ep16 蓼川
『蓼喰う虫』は至って普通の町中華である。
「どこが普通の町中華だよ。屋号からして中華料理屋らしくねーだろ」
いつものように草臥れ薄汚れた服を着た葦ヶ原栴檀が、油でギトギトになったガラス戸を開けながら言う。
「へぃらっしゃい。いつものか?」
「いや、今日はちょっと贅沢して、ネギラーメンネギマシマシ、トッピングで焼きネギ、それから白米に青ネギの甘辛醤油漬けと、ネギギョーザと半ネギチャーハン、あと納豆に薬味ネギのっけて、あ、レバニラのニラを青ネギに変えたヤツも頼む」
注文の中でネギと八回言って、更にポケットから
「こんなに頼むってことは、仕事上手くいったのか?」
「おう!」
……彼の職業は詐欺師である。
「……おまえさ、そろそろ真面目に働かないか?」
「あ?お前に言われる筋合いはねえよ」
「いや、うちは合法事業メインだから。日本の法に反することなんて、銃刀の不法所持と大麻の栽培と販売くらいだぞ?」
「殺人と脅迫はどこ行った」
「最近はほとんどやってねえよ。そもそも依頼もねえし、どこの組もちょっかい掛けてこなくなった」
「捩花兄貴(笑)ィー!」
あんまり顔をあわせたくない白髪が、ガラス戸を勢いよく開けて入ってくる。
こいつは面倒事ばっかり持ってくるから……ほら、左手で引きずってるその男とか。
「やぁー、昨日駅前の繁華街で、久しぶりにチンピラ狩りしてたんだけどさ?こいつ、あんたの組のだろ?」
白髪が男の方をぺちぺち叩いて、それでも起きないのでブーツの踵で思いっきり蹴って漸く、
「ぐぉっ!……く、組長!?」
あー、いたような気がする。
「はぁ……で、こいつが何をやらかしたんだ?」
「雪乃下仁を殺そうとした。これで」
白髪はポケットから取り出した拳銃を、カウンターにドンッ、と置く。
……馬鹿か。
「蓼川組家訓!」
「「一に曰く、和を以て貴しと為し、忤ふること無きを宗とせよ!……(中略)……二に曰く、篤く三宝を敬へ!……(中略)……三に曰く、詔を奉りては必ず謹め、君をば天とす、臣をば地とす!」」
流石は元恋人同士というべきか、栴檀と白髪が綺麗に声をそろえて、聖徳太子の十七条の憲法を唱える。
「貴様らは黙れ!」
この馬鹿に訊いているんだ。
「……一、任侠道を通し社会貢献をせよ。任侠道を不法行為の口実にする事勿れ。二、拳銃を使うな。なぜなら拳銃は明るい社会に不必要なものであり、化物のような戦闘者に通用する武器ではない。三、
「そうだな。じゃあ、おまえのしたことは、二と三を破ったことになる。言い残すことはないか?あるなら遠慮なく言え」
「雪乃下は破壊特殊型ですよ!?なぜ殺さないのです!」
馬鹿か。
「いいか、生きているということは、肉体に縛られているということだ。精神が健在……ではないが、消滅していない状態で殺したら、手が付けられなくなるだろう?そもそも、蓼川組で拳銃は一切取り扱っていない。どこから手に入れた?」
「それは……」
「答えなくていい……何だ?手なんか差し出して。指詰めなんかするわけないだろう?……秋葉、火ぃ見てろ。すぐ戻ってくる」
この馬鹿を担いで南西の森へ。
馬鹿の首に手を当てて、
「ひっ……組長……」
「安心しろ、一瞬で終わる」
首が、ぼとり、と落ち、血が噴き出す。
こいつのスーツは魔物も食わない化繊だ。幾ら森だといっても、放置しておくのは環境に悪い。
桑織式の『葬儀』で、綿か麻の服しか使わないのも、建前上は環境への配慮だ。
脱がして回収しよう。
……背後に気配。見られたか?
見られたところでやましいことなど何一つない。
「びーえる……ねくろふぃりあ……」
あの大きな丸眼鏡の女は、危険だ……絶対に手を出してはいけない……
「まったく、破壊特殊型を拳銃で殺そうとするなんて……バカだよね」
「ああ、そうとしか言いようがない。殺さずに捕獲す……」
白髪に#The Emperorを包んだ布袋を、喉元に突き立てられる。
口元は笑っているのが、かえって不気味だ。
「狭い店内で長物を振り回さないでくれ」
渋々、といった感じで袋を下げる。
「ま、その程度の事……ズズッ!ん、桑祓の坊主はとっくの昔に検討して……ズズッ!んめぇ……現実的じゃねえから却下したんだろ?」
栴檀がネギラーメンを啜りながら言う。
「桑祓の坊主って、どっちのこと言ってんの?
「さぁね?」
「そんなとこまで詐欺師っぷりを発揮しなくていい。そういやお前、大学で神職の資格取ったんだろ?」
「だから何だ」
「中学生に神社の管理させてる現状を見て、何も思わないの?栴ちゃん大好きでしょ?ネギ」
「その
「外界には禰宜って役職のPRの為に、ネギの被り物をする神社があるらしいよ?」
「急に出てくんな邪神!あと二人とも栴ちゃん呼びやめろ!」
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