ep11 桧木
今年もこの時期がやってきた。
僕が未だ中坊だったころ。
前年の全国大会で優勝していい気になっていた、中学三年の春。
「ぶちょーさーん、全国大会優勝したんですってー?すごいですねー。強いんですねー。ってことで、私と本気で戦ってくれませんかー?」
生意気なことを言う奴だな……と思いながら、その仮入部に来た一年の女子生徒と戦い、
完膚なきまでに敗北した。
彼女が怖くなった僕は、部活を休みがちになり、そしてそのまま引退した。
それでも、いつしか彼女の強さに憧れを抱くようになった。
教師としてこの学校へ戻り、剣道部の顧問としてこの剣道部へ戻ってから、彼女のような強い生徒を探し求め、発見すると形振り構わず戦いを挑むようになった。あの頃の彼女のように。
そして、彼女より強い人物には、未だ出会っていない。
今日は、仮入部期間の初日。
「仮入部の皆さん、こんにちは。ようこそ剣道部へ……」
部長が仮入部の一年に挨拶をしている。
いつの頃からだろうか、僕は強者が纏う雰囲気のようなものが判るようになった。
そう……この場にいる仮入部の一年の中に一人、突出した強さの生徒がいる!
漆黒の大きい瞳を持つ、彼だ。
「……剣道の経験がある方はいますか?」
……手を挙げていない。どう考えても竹刀と木刀が入っているとしか思えない袋を持っているのに。それも、相当使い込まれた物だ。
「じゃあ、二、三年は適当な一年生と……」
「待った!君の相手は僕だ」
部長が「またですか……」という顔を、
「またですか、桧木先生……」
実際に口に出した部長は、呆れ気味の顔をしている。が、そんなことは僕に関係ない。
「君!えーと、名前は……」
「桑祓。桑祓朝顔だ」
「桑祓君。君の本気を見せてくれないか?」
僕は木刀を構えながら、彼に問う。しかし彼は、おずおずと、
「あの……木刀も竹刀も持ってないので、貸していただけますか?」
……何を言っている?
「その袋に入っているのではないのか?」
「いや、流石に人間相手にこれは……」
躊躇う彼に、
「武具も含めて、君の本気だ」
と、言うと、
「分かりました。責任は取りませんからね」
袋から取り出されたのは、鞘に納められた一振りの太刀。
それを一度地に置くと、彼はジャージを脱ぎ、体操服の上にバックパックから取り出した黒い服を着る。どことなく、巫女服を思わせる形状の服だ。
再び太刀を拾い、彼はすらりと抜いて構える。
「……」
まごうことなき、真剣。
だが、僕は真剣に恐れをなしてなどはいない。
秋葉桂に戦いを挑んだ時、彼女は奇怪なカードのようなブレードを使った。アレを真剣といっていいのか微妙なところではあるが、斬撃力がある武器を相手にしたことがある、という経験が余計な恐れを消す。
ただ、その時はあの仮入部の一年生……森山草花に敗北を喫した時に次ぐ、大敗だった。
その奇怪ブレードで、僕の木刀は傷だらけというのは生温いほどに、ボロボロにされた。
因みに森山草花は、一歩も動かずに竹光を振るって木刀を斬った。
その後、秋葉桂は「不良在庫の処ぶ……弁償しないと私の気が済まない」と、一体何の木を使っているのか分からない真っ黒な木刀を僕に渡してきた。
確か、「雀槍ねえがギガ寿司打から作った夜空の剣」と言っていたが、ギガ寿司打ってなんだ?パソコン部がタイピング練習で使っているやつか?
とにかく頑丈なこれなら、真剣相手でも不足はない。
僕も木刀を構える。
「では」
彼は再度、刀を握り直す。
「ああ、来い!」
一応、僕の方が年長者なので初手は譲る。
そもそも、森山草花のように強い者は、先手を取った程度で勝てるものではない。
「ぁぁっ!」
「……遅い!」
秋葉桂と比べても、圧倒的に遅い剣速。
ガギィィン!と、金属質の音。
……峰打ちではないか!
「遠慮など不要!」
「いいんですね?ほんとに責任取れませんから」
彼はそういって、一旦距離を置く。
「ちゃんと受け止めて下さいよ桧木桜明!」
「ああ!」
先ほどとはうって変わって、まさに電光石火。
彼の一太刀は、木刀を易々と、豆腐のように斬る。
刀はその勢いのまま、僕の体を斬り裂こうと迫ってくる。
少なくとも普通の木刀とは桁違いの強度を持つこの木刀が、こんなにも易々と斬られ、僕は三度目の惨敗をかみしめながら後ろへ飛び退く。
彼は驚きを顔に浮かべ、すぐにその表情を焦りに変え、咄嗟に刀を戻そうとする。
つぅー。
顎に触れると、指先が紅く染まる。
少し切れたらしい。この程度の傷なら、すぐに治るだろう。
「っ!」
太刀を鞘に納めた彼が駆け寄って、僕の顎に触れる。
「……浄化完了、っと」
未だ手に握っていた木刀の切断面を見て、驚く。
その周辺だけ、スポンジのように朽ちていた。
触ると、そこだけフカスカした感触。
「ありがとうございました。桧木先生、所詮オレはこの刀の力でゴリ押ししたようなもので、我流の付け焼刃もいいところです。ご指導賜りたく……」
そんな彼の言葉も上の空。僕はこの奇怪な切断面に心を奪われていた。
その真偽は一切不明だが、僕の祖父が言うには、桧木家は戦国時代から続く武家であるらしい。
そんな我が家の床の間に白鞘で飾られている、一振りの太刀を、祖父は「絶対に使ってはならない」と厳しく命じていた。
真剣であるから、ではない。曰く「この太刀#貓爪砥は、使う者の命を削り、生きとし生けるもの総てを死に至らしめる」そうだ。
祖父も、手入れの際はとても慎重に、恐怖の混じった表情で扱っていた。
小学校低学年の頃だったか、僕は禁を破ってその#貓爪砥を握り、素振りをしたことがある。
だが、一度振るった途端、視界が暗転し、祖父に厳しく叱りつけられたことしか覚えていない。
記憶を思い出し比較すると、今さっき彼が握っていた太刀と、#貓爪砥。とてもよく似ていた。
形が、というよりも、その纏う雰囲気が。
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