ep10 秋葉

 はーぁ、ききょーったら、雪乃下さん泣かせちゃって……

 自分を嫌わせて、私に頼らざるを得なくさせる、って、私が言えたことじゃないけど、もっとマシな引き継ぎできないの?

 なんもしないで黒幕気取ってる、あの木菟入道よりはましだけどさ。


 ……とっ!


 体育館裏の、二人の様子を眺めていた体育館の屋根から、飛び降りる。

 ……飛び降り。あの人は、元気にやってるかな。


 雪乃下さんの背後に着地。


「……?」


 振り向いた、その涙でぐちゃぐちゃの顔を、白いハンドタオルで拭って、


「放課後、技術室」

 耳元で囁く。と、同時に予鈴の音。


「ほら、早く行かないと授業遅れちゃうよ?」

 雪乃下さんは、はっ、と我に返り、ききょーが立ち去ったのと同じ方へ駆けてった。


 私も早く行かないと。

 技術室の鍵は開けっ放しにしてあるから、次の授業の人たちは勝手に入って勝手に作業始めてると思うけど、私いないと機械類が使えないし。


 一階にある技術室の、一番黒板に近い窓を開け、サッシに腰を掛けてブーツのまま体を中へ。

 まあ、職員玄関や昇降口を回らないショートカット。今はあんまりやる人いないけど、私が通ってた頃は結構みんなやってたなぁ。

 足を床に着けず、ぶらぶらさせたまま靴紐を解く。

 脱いだブーツを手に持って、爪先立ちで床……に置いてある学校指定の上履きのインソールへ着地。

 ブーツを#The Emperorの近く、半分に畳んだ地方紙の上に、踵をそろえて置き、中に丸めた全国紙を詰める。


 ちょうど本鈴が鳴って、号令。

 春若竹のキレが凄い号令と比べたら、まあボヤッとしてるけど、まだ四月だから結構やる気を感じる声。これが三学期とかになると、「気を付けけー……れえ」だ。


 あー、そういえば昼飯、|あんパンと牛乳≪張り込みの刑事の食事≫しか食べてない。体育館の屋根に上るのてこずったせいだ。

 実際に張り込みであんパン喰うのかは知らない。張り込みなんか無縁の切り込み隊長みたいな刑事と、張り込み中にシンナーアンパン吸ってたヤクザは知り合いにいるけど。あ、後者は組長にチクった。どうなったのかは知らないけど、去年の例大祭でお面売ってる屋台の店番が、アンパンマンシンナー中毒者じゃなくて、ドラえもんのお面被ってたから、そういうことなんだろう。




 鋸傷だらけの木机をはさんで、俯きがちな顔を見つめる。


「資料室、行った?」

「……はい」


「ききょーが言ってたと思うけど、私には雪乃下さんを殺す気はない。そして、死なせる気もない。雪乃下さんが中学生の間は、絶対に死なせない」

「……は、い?」


「特化傾向は絶対に変えられないし、破壊特殊型の精神崩壊は絶対に治らない。崩壊の進みを遅らせる……のもなかなか難しいから、長期的な崩壊が進む速度が速くなることを遅らせる。まあ、対症療法みたいな感じだけど、崩壊の苦痛を、少しでも和らげようと思う」

「……?」

 一応説明したけど、理解してもらえなくて問題ない。


「!」

 背後に回って抱き着く。


「緊張しないで、脱力して……」

 弱めの魅了と命令の呪術を込めて、耳元で囁く。


「呪術を使うのに、これが一番効率いいから」

 嘘だ。呪術は対象との物理的、精神的な距離が近いほど効果が高くなる。だから、この距離が一番効率いい訳がない。ただ、現実的には、これがギリギリのライン。

 この前ので効果は確認済み。出力をさらに増やして……


 く……ぁ……!


 ヤバいキツい、破壊特殊型舐めてた……

 崩壊の苦痛を和らげる、なんていうのは大嘘。破壊特殊型に精神安定や苦痛緩和の呪術が効くはずもないので、肩代わりの呪術を使ってる。

 この前のは実験は、ごく低出力……一パーくらいだったからあんまり気にならなかったけど、これはキツイ。今は……二十パーくらいか?まあ、肩代わりのうち五十パー弱はロスになってるから、雪乃下さん側の緩和率は十パー。

 これじゃあ、同調の呪術なんて無理……いや、何弱音吐いてんのよ私!


「大丈夫、ですか?」

「大、丈夫。大丈、夫。全ッ然、だい……じょう……ぶ」

 大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫……自己暗示かければ、何も問題はない。


「あの、なんでせ……秋葉さんは、私にこんな色々、してくれるんですか?」

 とーぜんの疑問だよね。


「んー、雪乃下さんの為じゃない。自分の為。一言で言うなら、偽善」

「……偽善?」


「私の身の上話、聞いてくれる?」

 ……私らしくないなぁ。なんか調子狂う。


「えーと、私が教師……っ、先生になって二年目」

 あの頃は「先生」って呼ばれることに、抵抗感なんて何にもなかった。立派な社会人になったような気がして、誇らしかった。所詮歳だけ重ねたガキのクセに。


 一息で言おう。

「……えー、色々あって担任だったクラスのある生徒が飛び降り自殺未遂しました。以上!」

 ……言っちゃった。


「責任の一端は私にもあるっていうか、最後の一押しをしたのは私っていうか、そんな私に先生なんて呼ばれる資格ないし、呼んでほしくない。まあ、あの時みたいに『死神』って呼ばれるのも、やっぱり嫌だけど。とにかく、もう二度とあんな思いしたくない。担任はもうやりたくないし、生徒に死んでほしくない」

「……償いのつもりですか?」

贖罪マスターベーションだよ。ほんとに都合が悪い事には向き合わないで逃げるし。だから、ごめん、雪乃下さん。どんなに苦しくても、私の為に生きて」

 あー、なんでこういうこと言っちゃうんだろ。ほんとだめだ。嘘と偽善で塗り固めた外面を自分で剥がすなんて。破壊特殊型はずるい。


「はは、ははははは……同じですね、私と。自己中で、メンヘラで、偽善者で……」

 生産特化型雪乃下さん破壊特殊型。対局で似た者同士の私たちは、とても相性がいいのかもしれない。

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