ep9 桑祓
「殺せよ……!」
月曜日、昼休み、体育館裏。
数十年前、この学校が最も荒んでいた時期に数多くの伝説を残した森山草花、杉菜もぐさの母である彼女が生徒会長であった頃は、ここで煙草を吸う生徒もいたらしいが、今ではただドクダミが蔓延る、人気のないジメジメした場所。
オレは雪乃下仁にここへ呼ばれてきた。
数メートル前で、秋葉神刀・作の裁ち鋏#The Doomを構えている、雪乃下仁に。
「私を殺すんだろ?桑織神社分社宮司代理にして執行者序列第二位・桑祓朝顔!」
オレまで辿り着くとは思わなかった。
いや、坐禅が課してくる修行の中で、「あらゆる未来を想定しろ」みたいなこと言っていたので、その可能性自体は分かっていたが、その可能性はかなり低いと思っていた。
>オレが思考誘導の呪術で技術・家庭係を選ばせる。【成功】
>過去の失敗への後悔から、秋葉桂は雪乃下仁を救おうとする。【想定通り】
>不器用で口下手な秋葉桂は、自分の口から破壊特殊型について説明しようとせず、桑織神社資料室で調べるよう勧める。【想定通り】
>雪乃下仁は秋葉桂の勧めに従って資料室で破壊特殊型について調べ、「発見次第速やかに、霊体まで確実に処理すること」の文言を見る。周囲、特に桑織関係者が信じられなくなる。【想定通り】
>「処理」に関する殆どの権限を持つ「執行者」の次席がオレであることを突き止める。【予想していたが可能性は低いと判断・いまここ】
因みにあの木菟入道が主席、杉菜草花が最終防壁の末席だが、木菟入道は実動を放棄しているし、雪乃下についてはオレも秋葉桂に委任した。
「雪乃下。君は、心の底から死にたいと思っているか?」
一応持ち歩いている#神斬蟲を取り出し、鞘に納めたまま両手に持ち、オレは問いかける。
「……」
「苦しいだろう?逃れたいだろう?この刀を使えば、一瞬で楽になれるが……」
今、これを抜いて斬りかかれば確実に処分できるだろう。だが、そんな気は更々ない。
巫女服着ないと流石にキツいからな。そして校則違反だ。
「本当に死にたいのか?もし死にたいのだとしたら、今の沈黙は何だ?」
雪乃下は構えていた#The Doomをだらりと下げ、俯いている。
「よく考えろ。オレは君を積極的に殺そうとは思っていない。未だそこまで冷血に成りきれていないんだ。だから、本当に危ういときだけ動く。そして、君が本気で死にたいと思っているなら、すぐに楽にしてやる」
そういって、オレは雪乃下の方へ歩を進め、彼のすぐ脇を通る。
#The Doomで刺そうと思えば刺せる距離。それでも雪乃下は刺さないだろう。
#The Doomは幾ら大きくとも所詮裁ち鋏、そうそう一撃で人を殺すことなどできない。
一方オレが持っているのは日本刀。それも怨霊の力で霊体すら砕く#神斬蟲。たとえオレが致命傷を受けたとしても、相打ちには持ち込めるだろう。
オレにとっても、斬ろうと思えば斬れる。それでもオレの抜刀の間に雪乃下は攻撃できる。
だから、殺すにしても、こんなタイミングで仕掛ける必要はない。
さぁ、止めだ。すれ違いざまに、
「君の生殺与奪についてはあの死神・秋葉桂に一任している。オレは余程のことがない限り干渉しない。中途半端で甘ったれた自己満足の方策を取ってくれるだろう。精々ほんの少しだけ延びる余命を楽しめ、ユ・キ・ウ・サ・ギ・ちゃん?」
と、厭味っぽく告げる。
雪乃下は唇を噛み、そして両の目から涙をぽたぽたと零している。しかしもとより湿った地面。零れ落ちた涙が地面に跡を作ることはない。
これでいい。これでいいんだ。
ちらりと、体育館の屋根に目をやる。
オレは逃げ出して、彼女に押し付けようとしているのだから。
オレに助けを求められても、オレに縋られても、オレはこの刀で殺すことしか出来ない。
呪術で夢幻を見せることはできるかもしれないが、生産特化型の彼女のように、仮初でも幸せを作ることはできない。
ただ、雪乃下、君の仮初の幸せが叶うように……
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