ep8 黒文字
ふふふんふふ~ん♪ふんふふっふふふ~♪
三百六十五歩のマーチを鼻歌で歌いながら歩く。
いっちにっちいっぽ♪みぃ~かでさんぽ♪さ~んぽすっすんで、二歩下がる♪
っと、おお。歌に合わせて下がりそうになってしもうたのぉ。
後ろに人が居ったら迷惑だからのぉ。危ない危ない。
「ひゃっ!」
……ワレとしたことが、足が絡んで転んでしもうた。下がろうとしてやめたので、後ろへ尻餅をつく形だのぉ。
結構歩いておるのだがの、ワレの躰は全体的に筋肉が無い。直に骨に響いて、割と痛かったのぉ。
「よっこら、しょっ、と」
アスファルトの地面に手をついて立ち上がり、両手で薄い尻を叩いて汚れを掃う。まあ、アスファルトの上であるから、大して土埃などついておらぬであろうが。
チノパン……破れておらぬよな?ここはかなりデコボコした歩道であるから、確かブックオフかセカストかワットマンで……とにかく中古で買った、薄手で着古したチノパンが破れてないか心配であるのぉ……
うむ。たぶん破れておらぬ。
散歩というのは良いモノよな。
近所であっても、ほとんど通ったことのない道もある。新しい発見や出会いがある。
景色を見ながら歩くのも、音楽やラジオを聴きながら歩くのも、何も考えず「無」で歩くのも、逆にいろいろ考えを巡らせながら歩くのもよい。
流石に詩織のように、本を歩きながら読むのはどうかと思うがの。あやつ、学校の廊下でもやっておる。何故誰ともぶつからないのか不思議でならぬの。
そういえば、この辺りだとあまり二宮金次郎像を見ぬのぉ?やはり生家に近いからか、県西の方へ行くと頻繁に見るのだがの。
はて、これは……神社、かの?
何となく、いや凄く、胡散臭い雰囲気があるのぉ。
鳥居の色からして何かおかしい。
普通、鳥居は朱であろう?それか、素材そのままの、石なら石、木なら木の、色と質感であろう?
ここの鳥居は……朱なのだが、どうも黒ずんでおる。時間が経って乾いた血のような色であるの。
経年劣化や汚れによるもの、ではなく元からこの色のようであるのぉ。
しかも、一つではない。下の方に奉納者名が書かれた小さめの鳥居が、トンネルのようにいくつも並んでおる。
稲荷かの?だが、狐ではなく狛犬が居る……
碑に書かれた神社名も『桑織神社分社』と、稲荷の文字はないのぉ。
その近くには、格言のようなものが書かれた、ガラス張りの掲示板がある。これ、寺でよく見かけるモノよのぉ?凄い達筆で、
『今日もいい天気
わたしは能天気』
と書かれておる。深い……?のぉ……晴れでも雨でもこのまま貼られているのだからの。
胡散臭いが、ちょとお参りしていくとするかの。
ここの手水舎の龍、顔が猫っぽいよのぉ。まるでマーライオンよ。
傍に置いてある作法の書かれた看板は、赤いワンピースの可愛らしい幼子であることが多いが、ここのは黒衣であるのぉ……目がくりくりしておってかわゆいのぉ。どことなくワレに似ておる。
どうやらこの黒衣のロリは、この神社のマスコットキャラクターのようだのぉ。彼女が描かれた幟が幾つも立てられておる。おそらく朱色であった瞳が色あせて、白目をむいているのが怖いがの。
『電子決済使えます』
『十円玉お断り(但しギザ十を除く)。十円→遠縁』
『Thank you for SAISEN!』
「但しギザ十を除く」ってところが何とも言えぬのぉ。
賽銭は……五円玉を。少なくてすまぬな、ワレの家は貧乏なのよ。
『Thank you for SAISEN!』と書かれた看板の上に『賽銭の五円玉で作りました。ご縁がありますように』って説明書きが添えられた五円玉アートが置いてあるしのぉ。
二礼、二拍手、一礼。
一般的な神社での参拝作法であるが、出雲大社など一部の神社は違うので紛らわしいよのぉ。
その点、ここは、
『祈る心があれば、作法は違ってもいいのですよ』
と、黒衣のイラストの横に、吹き出しで書かれておる。
いいこと言うのぉ……
『日本の伝統礼法では左上右下
仏教においては右が神聖、左が不浄』
『おててのしわとしわをあわせて、しあわせ♪南~無~
手の節と節をあわせて、ふしあわせ』
その横にあるこの文章さえなければ。
んんっ、この黒衣、十字切っておらぬか?それもありなのか。
帰るとするか……ん?
なんであろう、これは。石に杖が突き刺さっておる。
『伝説の武器職人・神刀が作った錫杖を、新たな道を開拓する貴方に。抜けるもんなら抜いてみろ!(石ごと持ち去るとか、石を叩き割るとか、そういう荒業はやめてください)』
今までにまして胡散臭いのぉ。
『抜けるもんなら抜いてみろ!』って、抜いていいのかの?
割とぐらぐらしておるのぉ。山で適当な枝を杖にするように、軽く握って、
スポッ、と抜けた。
……抜いてしもうたが、どうすればいいのかの?
なんか、貰っていくのは気が引けるのぉ。トレッキングポールに丁度良さそうなのだがのぉ……
「あー、抜けた?それ」
「んんっ、桑祓か、おぬしは……」
桑祓朝顔、よな?なぜか上半身裸で太刀を腰に佩いておるが。
「黒文字さん?ああ、オレここの管理任されてるんだよ。一応言っておくが決してこの胡散臭いのはオレの趣味などではないからな!?」
おお、そうか……
「あの木菟入道と漆黒の巫女のせいだから。維持してるだけだから、な?」
恥ずかしいのか、この境内……
「しっかし、鍛えておるのだな」
「まあ、な」
腹筋割れておるし、胸筋も腕筋も凄い……全くワレとは大違いよの。羨ましいのぉ。
幾つか傷痕があるのが、またカッコよいのぉ。
ああ……開けさせておった上衣を着てしもうた……もう少し眺めておりたかったがのぉ……まだ春。寒いのか。
「え?ああ、あれも?」
独り言かの?
「黒文字さんちょっと待ってて」
社務所の方へ行ってしもうた……
手持ち無沙汰よのぉ。錫杖を握っておるが。
お、戻ってきた。
何か鎖の巻きついた棒を持っておるのぉ。
「はい」
渡されたのだが……
「いまいち、状況がつかめぬ……」
「あー、坐禅が黒文字さんのこと気に行ったらしくて……これを渡せと」
坐禅、とな?人名かの?
「はーい、桑織神社のマスコット、漆黒の巫女こと棚機坐禅、見ッ参ッ!!」
んんっ!こやつ、いつから居った?幟やら看板やらに描かれておるロリか?
本物は、よりかわゆいのぉ……かわゆい、かわゆい……
「朝顔!こいつ跪いて崇めてくるんだけど……!」
「魅了なんか使うからだろ」
「それで……これはワレが貰ってもよいということかの?」
「そゆことそゆこと!」
「しかし……なぜワレに?」
「ほら、私とむくちゃんって似てるじゃん?ユージオとエオライン・ハーレンツくらい似てるから、親近感っていうか。こいつもここで死蔵しておくより、ちゃんとした所有者のところで使われた方がいいだろうし」
むくちゃん……ワレのことかの?
「そもそもその錫杖の方は、抜いたやつ以外使えないからな。他の奴が使おうとすると……」
桑祓が錫杖の、ワレが握っているところより少し上を握る。
パチッ、と。
「弾かれる。まあ、使う気がなく持つだけなら……」
桑祓が再び錫杖を握る。
「できないこともないがな」
……ファンタジーよのぉ。
「では、ありがたく貰うこととするかの」
コ、コツ、コ、コツ、コ、コツ……
シャン、シャン、シャン……
アスファルトの地面に杖を突く音と、錫杖の音が心地よいのぉ。
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