ep6 黒文字

 どの教科も最初の授業はオリエンテーションばかりでつまらぬ。先生の自己紹介などそんなにいらぬわ。

 一番前の席だから寝るわけにもいかぬし……

 次の授業は……技術、か。ロッカーに教科書取りに行かねば……



 しっかし、小学校の頃から思って居るが、学校の廊下というのはいまいち好きになれぬ。特にあのビニールの質感と、濡れたときの音がのぉ。



 ワレはせっかちというか、趣味のウォーキングのせいもあるであろうが、歩くのが速い。

 なので、技術室に一番乗り!と入ろうとすると、未だ前のコマの別のクラスの輩が居る。ワレはそんなこと気にせず入るがの。

「失礼します……どこに座ればよいのかの?」

 特別教室特有の滑車が付いた錆びだらけの黒板に、教室の見取図に番号が振られたものが書かれておる。ワレの出席番号、十九は……ここか。


 だんだんと前のクラスの輩と、ワレと同じクラスの者が入れ替わってゆく。


 キーンコーンカーンコーン……


 チャイムが鳴った。先生は……まだ来ぬのか?そして、雑多なプリントが積み重なった机のところでパソコンを弄っておる白髪の生徒は、次の授業に行かなくてよいのかの?


「……?……キヲツケッッ!礼ッッ!」


 戸惑いつつも、チャイムの余韻が消えた瞬間に号令係が号令をかける。

 癖が強いのぉ……授業への切り替えとしては、これ以上ない号令ではあるが。

 その号令の瞬間、白髪はピクッ!と反応して、号令係を含めクラスの誰よりもキレのある礼。

 キーボードに勢い良く頭を突っ込みおった……


「っ……セーブしててよかった」

 それはよかったのぉ。

 白髪は頭を軽く擦ってから、すくっと立つ。


「技術科の秋葉桂です」

 ……教師、とな!?



 白髪は、他の教科と同じように配布した授業プリントを保管する為のフラットファイルを配る。ファイルの色が国語と同じでわかりにくいのぉ。

 これ、学期末に教材費として請求来るのよな。いや、市が負担してくれるのであったか?


 革新派の市議は中学校の給食導入と給食費無償化を訴えておるが、それよりも制服に補助出してほしかったのぉ。学校指定にも拘らず店によって値段もデザインも異なるし、女子はベストのせいで男子より少し高いし。

 つくづく、「義務教育はこれを無償とする」などという憲法の条文は狭い解釈であることを実感させられるわ。


「三年間使うから学年クラス出席番号は小さめに書いておいて」

 しっかし、よく見るとかわゆいのぉ……この秋葉とやら。ワレよりかわゆいわ。


「やべ、でっかく書いちまったっす……先生、どうすればいいっすか」

 いつものことながら、アスハラが五月蠅いのぉ。

 出席番号が若いから、白髪の注意を聞く前に書いてしもうたのか?

 こやつは注意を聞いても大きく書きそうだがの。

 あと、何でもかんでも他人に聞くでないわ。その首の上に載っているものは飾りかの?


「先生と呼ぶな」

 なんというか、怒りをこらえているような、棘のある声よのぉ。


「えー、じゃあ何て呼べは良いっすか先生」

 あやつは阿呆なのか。それとも白髪のことを舐めておるのか。反応を楽しめるような怒り方でないのは分かるであろうに。

「……ん、ん、そうだね、名前で呼んでほしいかな。敬称で「先生」ってつけるのもなしね」



 ヤバいのぉ。ネームペンを忘れてしもうた。昨日の帰り学活で雪乃下とやらが言っておったのにの。


「ワレにペンを貸してはくれぬか」

 向かいに座る桑祓に頼む。彼の者は既に書き終わったようであるしの。


「はい……」

 桑祓は目をそらしながら、極細のマッキーを差し出す。


「有り難うのぉ。しっかし、なぜワレから目をそらすのかの?」

「……あー、なんだ。オレは師匠がアレだから多少耐性あるけど、その……」

 ごにょごにょごにょごにょと、歯切れが悪いのぉ。


「胸元、目のやり場に困るっていうか……」

「?……ああ、これはお見苦しいものを見せてしまったのぉ。失礼」


 ジャージも体操着も、三年間着られるように少し大きめのものであったな。

 それでもジャージのファスナーを一番上まで上げると、少々息苦しいような気がするので、下ろしておったのだ。

 そのせいでネームペンを受け取るとき、ワレの扁平な胸、というかスポーツブラが見えてしまったのかのぉ。


 ワレはこんなものを見られたところでさして気にせんし、こんなもので興奮する輩などおらぬと思うがの。

 ただ、だらしなく見えてしまうかもしれぬ。そういうのが許せぬ者もおるやもしれぬしの。


「わたくしも桑祓さんと同意見です。わたくしが言えたことではございませんが、黒文字さんはもう少し、自分の見目というか、そういったことを自覚なされた方が宜しいかと」


「見目、とな?ワレは自分が普通に可愛らしいことは自覚しておるが?」

 まあ、世の中ワレよりかわいい奴ばっかりだがの。


「人によっては……直截的な言い方になってしまうが「誘ってる」ように見えて……いや、決してオレはそういう風には見てないけど、そういう風に誤解して襲おうとする男もいるだろう、世の中には」

「ダウナーな雰囲気と相まって、細かな所作の一つ一つに男を惑わすような色気がありますからね」

 そうかの?


「とにかく、あまり無防備な姿をみだりに晒すのは控えるべきかと」

「二人とも、なんというか……紳士であるな。あ、ペンありがとの。助かったわぃ」

 ネームペンを桑祓に返す。二人とも苦笑。


 まあ、そんな助言をされてもワレはワレ。多少は気を付けるであろうが、大して変わらないであろうのぉ。今みたいに。


 そもそも襲う方が悪いのであるからの。

 実際にそのようなことになれば、歩き続ける事しか能のないワレの貧弱な躰では、されるがままであろうがそれも運命と思うておる。

 覚悟ではなく戯言となってしまうかもしれぬがの。

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