ep4 桑祓

「ほんとによかったの?あれで」


 ふよふよと、半透明の黒い影が、オレの右肩の辺りに纏わりつく。


 黒衣黒髪朱眼に、病的に白い肌。


 邪神・棚機坐禅。


 遥か昔、戦国時代頃に桑織神社で巫女をしていた、らしい。

 以前は、桑織神社の境内で極稀に現れる程度だった。それでも人の形をして、質量のある物体を動かし、霊感のない生者と会話をできる亡霊というのは珍しい。


 しかし数年前、「『七小人』が一人『過剰』の」秋葉桂が……余計な説明を加えるな!


「むぅ……なんで定着しないんだろう。『七小人』。雨降らしの巫女と互いに名乗り合った時に思いついて以来、ずーっと言い続けてるのに」

 分かりにくいからじゃないか?

「『諦観』の桑祓朝顔よ、一緒に広めていこうではないか、『七小人』の名を!」

 嫌だよ、っていうか何でオレが入ってるんだ。

「『七小人』の内三人が同じクラスにいるんだよ!?これは運命だと思わないかい『諦観』よ!」

 ただの中二病だと思われるだけだろ。


 ともかく秋葉桂が何か色々と自分の生命力だの何だの結構重要そうなものを削って、『冥界』を創って以来、この亡霊がパワーアップしたのか常にオレの近くをふよふよしている。

 認識される対象をオレだけに制限してくれているのが、せめてもの救いか。


「私はパワーアップなんてしてないの。織天使級の実力は前から亡霊の状態であったんだよ!ただ、『冥界』っていうちょー安心安全なホームがあることによって、常に全力を発揮できるようになったって訳。命綱がない綱渡りと命綱がある綱渡り、綱渡りする人のバランス感覚は全く変化してないけど、命綱っていう安心感があるからこそ、その実力を十分に発揮できるでしょ?そういうこと」


 そういうことらしい。それ以来、オレにハードな修行を課してくるようになった。


「生命力を「重要なもの」なんて思っちゃメだよ!私たち呪術特化型は感情も生命力も限界まで削ったって割と何とかなるんだから」

 秋葉桂は生産特化型だったと思うが。

「生産特化型が作れるのは、なにも武器に限らないんだよ。原材料があればなんだって作れるんだから」

 『冥界』を作るための原材料が自分の生命力、と。

「好きでやってんだからいいじゃん。同じ大規模邪術でも、人身御供とかよりはマシでしょ」

 比較対象が間違ってる気がする。



「あんな爆発物を桂に丸投げしちゃって。それくらいの処理できるでしょ?」

 流石に、同級生を殺すのは乗り気しない。


「久しぶりに低木ちゃんの二刀の片割れが人の血を吸うと思ったのに。悪霊と魔物ばっかり斬ってさ」

 この時代に、しかも外界で殺しの依頼なんか来るわけないだろ。あったとしても、そういうのは専門の連中に頼む。蓼川組とか。

 間違っても胡散臭い神社なんかに頼まない。


 そもそも、あの刀は根本的な解決にはならない。

 霊体ごと殺すから、破壊特殊型の「暴走」を未然に防ぐことはできる。#貓爪砥の方でも怨霊化させるから、刀の下に縛り付けられて消滅するまで暴走しない。

 でも、そのために大量の雑魚亡霊が怨霊になる。それなりの意思を持っている亡霊は殆ど『冥界』にいるにしても、肉体の生死、霊体の優劣を問わず、無用に不幸になるものを増やしたくはない。


 最も安全かつ被害が最小ですむ処理の方法は、精神破壊系の呪術で霊体の破壊を早めながら、霊体が完全に壊れるまで飼い殺しにすること。

 勿論その非人道性という問題もあるが、破壊特殊型の異常なスペック、暴力特化型を超える物理的な力に耐えられる拘束具と、呪術特化型を超える呪術出力に耐えられる飼い主が、特に後者が存在しないというのが最も大きい問題である。


 とにかく、オレにはまだ無理だ。



 そんなわけで、オレはあるのかないのか分からない、おそらくないであろう仮初の希望の幻影に賭けてみることにした。


「でも、万が一……っていうか、かなりの確率で起こり得る事態に備えて覚悟は決めといたほうがいいと思うよ。桂は、結構甘いから」

 ああ、分かってる。

 もし失敗しても、その頃には飼い殺しの方法もとれるようになっているかもしれない。

 それも無理ならあの刀に頼る。


「あとは……蕺も。耐久特殊型だから厄介だと思うよ。少なくとも、今のままじゃ勝てない。刀、使いこなせるようにならないとね。杉菜草花の怪鳥流、森山きのこの割山流、桧木桜明の剣道部、どれがいい?」


 もぐさ母のところだけは絶対に行きたくない。

「だよね。邪道だけど、基礎もちゃんと教えてくれるらしいよ」

 理解を示したのになぜ推す!?


「森山きのこは……教えてくれそうにないし、剣道部でいいよ。朝顔は呪術特化型だから、「暴力特化型と生産特化型は武道系の部活をするべからず」っていうのに引っかかんなくてよかった」



「んじゃ、桂の様子でも覗いてくるよ」

 ふっ……と、坐禅の姿が消える。

 オレは桑織神社の分社に住んでいる。

 杉菜もぐさや春若竹は桑織に住んでいるし、兄と外界で暮らしている詩織も方向が真逆……という訳で、五月蠅い亡霊が纏わりついていることが殆どだが、帰り道は基本的に独り。


 家が近い同級生はいるが、


「……こーちゃん、目指せ学年委員長!」

「そうですね……一緒に頑張りましょう」


 あの豆腐屋の息子と壁面塗装会社社長の娘の間に入るのは無理だろう。


 距離感が恋人同士のそれだが、本人たち曰く、ただの幼馴染らしい。


「えいっ」

「ああ、わたくしのボールペン……返してー」

「ふふふっ」

「待てぇー」

 ブレザーの胸ポケットに刺していたのだろう。


 追い駆けっこ。小学校の頃からこの二人は、こうして帰り道で度々ふざけ合っていた。

 そして、


「ちょっとお兄さん、いいかな」


 雪花菜が職質される。


 180近いの長身に、中学生としては老け気味の顔。

『新・ぼくらシリーズにそんな感じの登場人物がいた気がするby詩織』(念話)

 ……坐禅の長距離念話は無視。

 白髪交じりの髪はオールバックにして三つ編み。そのせいか額はやや広い。薄く色の付いたレンズの、小さめの銀縁丸眼鏡を掛けている。

『織田信奈の野望の十兵衛ちゃんくらい広いby詩織』(念話)

 ……坐禅は無視。何でも詩織が言ったことにすればいいと思うな。

 何より雰囲気が大人びている。


 対して、豆府はやや低身長。髪型は幼さを感じさせるツインテール。彼と並ぶことでより幼く見える。


 なので、警察官には、幼気な少女を追い掛け回すロリコンオヤジに見えることだろう。


 がんばれー。

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