ep20 黒木

「このさつま揚げさ、ウィンナーソーセージが入ってるんだよ。意味深じゃない?」

「黙れ」


 流石に昼食中に立ち歩くのは良くないと思ったのか、百合郎が動く気配はないけど、もぐさのツッコミが容赦ない。

 言葉だけの方がグサッとくる……




「『勝色の空 浮かぶ富士の影 我らの学び舎 ああ、古林中学校 思い出を 両手に握りしめ 今、旅立つ』……古林中学校校歌『勝色の空』。作詞は初代校長の桧木丸葉、作曲は黒木九木です」


 心地よいテノールボイスが、音楽室に響き渡る。


「えーっと、この『勝色』っていうのは、スクールカラーですね。『校歌斉唱』の方が通りがいいので、卒業式などでは『斉唱』と言っていますが、『今』のところはハモるので、実際は二部合唱なんです」

 音楽の授業。鈴菜はタクトでホワイトボードに貼った楽譜を指しながら、校歌の歌詞を解説する。

 まあ、みんなちゃんと聞いてるけど、次の授業が体力テストのシャトルランだからか、そわそわしてる。


「とりあえず、聴いてみましょう!」

 タクトを譜面台に置くと、ピアノの前に座り弾き語る。


 ……音楽の先生だから当然だけど、ピアノめっちゃ上手い。声も綺麗なんだけど……


「♪いまぁー、たびーたつー……はぁ……ぜぇ……すみません、僕肺活量少なくて……ぜぇ……」

 ……凄い息苦しそう。


「詩織、歌って……」

 詩織が胸の前で手をクロスしたのを見て、


「あ、無理?うん……」


 詩織、代わりに歌ってあげたっていいじゃん……

 たぶんだけど、鈴菜と詩織は兄弟。二人とも本名を名乗らないのは、家系的な呪いか何かかな。


「じゃあ、歌えそうな人は口ずさんでちょうだい……っ」



 ちょうど歌い終えたところで、キーンコーンカーンコーン……とチャイムが鳴った。


「キヲツケッッ!礼ッッ!」

 若竹の号令に合わせるように、ジャーン、ジャン、ジャーン……と鈴菜がピアノを鳴らす。




「もぐさー、若竹ー!」

 廊下を小走りで駆けて、二人の左に並ぶ。


「あの校歌の歌詞ってさ……」

「ああ、そうだよ」

「この学校の生徒の六分の一くらいは桑織関係者だからな」


 作詞者の苗字はにーさんと同じ「桧木」。代々この辺りを治めてた武家で、昔から桑織と交流があったらしい。

 桑織からは関東ならどこへでも行けるけど、交流があるところの学校に、まとめて通わせた方が楽なんだと思う。


「はぁ、次シャトランか……」

「五時間目じゃないだけましだよ」

 弁当食べた直後は流石にキツイ。


「っていうか、若竹シャトルラン嫌いなの?」

「好きな奴いんのか?」

「私は好きだけど。人間観察の対象として最高」



 ……え、なんで黄木ちゃんとあっきー……?走るの?ゴリてぃ体育教師は走らないのに?


「じゃあ、二人組作れー」

 出た!「二人組作れ」!

 三十五人学級で一人欠席だから、理論上は、余る人がいないはず。さて、誰と誰が余るかな……


「こーちゃん!」

「……豆府さん」


「ユキウサギちゃん!」

「……」


 真っ先にペア組んだのは、雪花菜・豆府の幼馴染コンビ、銀杏姉妹、アスハラとユキ。ユキ、嫌がってる……

 黄木ちゃんとあっきーは最初から組んでるようなものだし、そこに入っていこうとするような猛者は中々いないよ。もしあるとしたら、ユキがあっきー、私が黄木ちゃんって感じだけど、ユキにアスハラを振り払って黄木ちゃんから奪い取るような事が出来る勇気があるとは思えないし、「贔屓にされてる」とか思われるの嫌だから、私も学校では積極的に黄木ちゃんと関わらないようにしてる。その分、帰ったら甘えまくるけど。


「桑祓、ワレと組んでくれぬか?」

「ああ」


「……えっと、葭原さん……私と……」

「いいよ」


「竜道さんっ!組みましょ」

「あ、ありがとうございます……」


「あの……誰か……私と組んでくれませんか……?」

「いいよ。あたし組んだげる」


 蕗霊柳と稲穂、もぐさと若竹とか、様子見してた人たちがだんだん組み始める。私は百合郎と組んだ。

 ……蕗霊柳の顔が、完全に恋する乙女のそれ……稲穂のこと好きなのかな。


 ……あれぇ?割とみんな適当な相手みつけて組んでる。わかりやすく余り者同士で組んでる人いないね。



 ビー!ポンポンポンポンファポンポンポンポン


 前半、八十回超えてまだ残ってるのは、あっきー、黒文字、芹歌、楢本、鈴木蘭、八十八倉の六人。

 私は割と早めに離脱して、応援観察に集中してる。


 あ、八十五回で八十八倉離脱した。あと三回頑張ろうよ。

 それから少しして芹歌も離脱したんだけど……


「竜道さんっ!何回?」

「はい、えーと……」

「七十九回だ」

「はぁ!?何言ってんの、葉!」

「八十回目と八十一回目は間に合ってなかった」

「ほかのペアに口出さないでくれる?……竜道さん、間に合ってたわよね!?八十七回よね?」

「えっと……」


 口をはさんできた明日ヶ原葉に、納得いかない芹歌は中指を立てながら抗議する。

 面白くなってきた。


「竜道さん!見てたよね?」

「竜道、こいつ間に合ってなかったよな?」


「……ぅう……ごめんなさい……」

 あーあ、泣いちゃった……


 「ワレは殆ど筋肉ない」とか言ってたけど、黒文字さんまだ残ってる。

 女子で白い体操着着てるの、このクラスは彼女だけなんだよね……ただでさえオーバーサイズで際どいのに、汗で湿って結構大変なことになってる。ほんと、無自覚すぎるっていうか無防備すぎるっていうか。

 そのうえ、顔が、特に目がヤバい……完全にイっちゃってる。所謂レイプ目。


「は、は、ははははは……」

 百回の手前で、笑いながら桑祓に倒れこむ。


「黒文字さん……」

 朝顔は呆れの混じった声で、授業プリントを挿むファイルでパタパタ黒文字さんの顔を扇ぐ。


「桑祓……ありがとうのぉ……」

 朝顔の体操着の胸の辺りをギュっ、と握りしめて呟く。

 おいおいおい……


 百回目あたりで鈴木蘭が二回連続で間に合わなくなって脱落。こっちはちゃんと、ゆっくり二往復くらい歩いてクールダウンしている。


 百二十回目。ついに楢本が床に崩れ落ち、それを見てあっきーも走るのをやめる。

 あっきーらしい。そもそもそんな走れないけど、黄木ちゃんだったら、気にせず続ける。



 後半。


「黄木ちゃん、ファイト!」

「こーちゃんがんばー!」


 百合郎は結構すぐダウンした。


 一人、また一人と離脱する人が増え、ユキと朝顔の一騎打……あ、存在感消してるけど、きのこも端っこで走ってる。

 雪花菜ともぐさも結構粘ってたんだけど、流石にガチ勢三人には勝てない。


 ……きのこは暴力特化型っていう圧倒的フィジカル強者だから置いといて、仙術の身体強化で無理矢理身体動かしてるユキと朝顔は大丈夫なの?


 あっきーが見てる前で、朝顔にだけは負けたくないユキ。

 徹底的にユキから嫌われるべく、負けられない朝顔。


 ……なんで朝顔が、そこまでしてユキから嫌われたいのか良く分かんないけど。


 二人とも同時に崩れ落ちるのが、一番きれいな終わり方かな。

 あ、思った傍から……


 ……ドサッ。


「桑祓!大丈夫か!」

「ユキウサギちゃん!」

 朝顔へは黒文字さん、ユキへはアスハラが駆け寄る。

 ……朝顔と黒文字さんって、そういう関係なのかな?あと、ユキは這いつくばってアスハラから逃げようとしてる……


「……回数」

「え?」

「……いい。自分で数えてたから」

 ユキはどんだけアスハラのこと信用してないんだか。まあ、実際数えてなかったっぽいけど。


 ……そんな中、きのこは未だに走り続けている。暴力特化型とはいえ、あっきーと違ってちゃんとした生徒だから、最後まで走る権利がある。


 キーンコーンカーンコーン……


 とはいえ、授業時間外でまで走ろうとは思えなかったのか、「これくらいでいいか」と足を止めた。



 シャトルランの疲れから、皆だらだらと掃除をする中、もぐさただ一人はいつも通り、いやそれ以上に黒板消しをかけていた。


 たった数分で、黒板が新品のように生まれ変わる様は、正に職人芸。

 そして、適当に床を雑巾がけしてる連中を追い立てるように、雑巾がけトレインにも参加。


 これこそが、もぐさにとってのシャトルランなんだろう。というか、このために余力を残してシャトルラン離脱したのかも。

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