ep2 黒木
「あとは……部活紹介動画か」
京菜一は、教材会社のロゴが入ったスクールダイアリーの、表紙に貼られた正方形の付箋を確認しながら、ノートPCにHDMIケーブルを繋げる。
そういえば小学生の頃、HDMIをMDMIとか言い間違えた人がいた気がする。誰だっけなぁ……
「あー、俺この古林中二年目なんだけどな……謎に灰汁強えのよなこの学校の部活」
そんなことを言いながら、カーソルを「
たぶん、
『こんにちはーっ。私たちはーっ、野球部です!野球の試合を通してーっ、野球という文化について考える文化部です!』
ユニフォームを着た生徒が、野太い声を張り上げている。部長かな?
『決してーっ、勝てないことの言い訳ではありませんっ!』
きっとそうなんだろう。強いプレイヤーはリトルリーグに行くから。
同じユニフォームの生徒が、ぞろぞろと部長の後ろに並んで、一斉に、
『ちくわーっ!』
と叫ぶと、ホームベースにへのへのもへじが書かれた変な被り物をした男が、変な踊りを踊りながら現れた。
野球部のユニフォームでも、学校指定のジャージでもない。ということは……
『こちらはーっ、顧問の竹島輪太郎先生ーっ、通称、ちくわです!みなさーんッ!ちくわ部に是非ーっ!』
姓名の頭文字を一つずつ取って、竹輪、ね。たぶん渾名ありきの命名かな。
フェードの切り替え効果で次の部活紹介に移る。
『こんにちはっ!わたしたちはサッカー部ですっ!』
制服姿の女子生徒がサッカーゴールの前で映っている。どう見ても運動は苦手そう。そして、画面越しでも分かる!私と同類の、腐の匂いが!
『二年前のある事件によって、わたしたちの所属していた文芸部は、廃部となってしまいました。パソコンで執筆していた一部の部員はパソコン部へ移籍しましたが、わたしを始めとした原稿用紙に手書きしていた部員は、活動の場を完全に奪われた形となってしまいました。そんなわたしたちを受け入れてくれたのは、部員の減少によって廃部の危機に在ったサッカー部でした。活動の場が欲しいわたしたちと、部員が欲しいサッカー部。利害は完全に一致していました。わたしたちはパソコン部に移籍した部員とともに、サッカー部に入部しました。そして、サッカー部から「ー」がとれ、作家部となったのです』
……!
『わたしたちは、もう屈しません。図書委員からの圧力も、生徒会本部からの圧力も、鈴木牽牛先生の威圧からも。黒木校長にも認めていただきました。私たち作家部は、どんな作風でも認め合うことを唯一の部則としています。クリエイターの皆さん、ぜひ一緒に活動しましょう』
「ここよ……」
「ああ……」
「作家部。私たちの、ユートピア!」
思わず浦島百合郎と抱き合ってしまう。
薔薇と百合、普段は不毛な議論を交わす私たちだけど、そこに対する思いは同じ!
「詩織!あなたも来るのよ!薔薇の黒木、百合の浦島、濫読の詩織。私たち読書家三人衆は一心同体なの!作家部で同人作家三人衆に進化するのよ!」
ありがとう、黄木ちゃん!
『こんにちは、陸上部、通称帰宅部です。活動内容の一部をお見せします。先ずは、基礎トレの全教科スクワット』
カメラが回転し、鞄を背負ったジャージ姿の部員が映る。
『登下校に使用しているバックパックに、国数英理社、技家音美保体、九教科の教科書を詰め、スクワットします』
スクワットしていたジャージ姿の部員がサムズアップ。
ぐっ、滴る汗、がっちりしつつもしなやかさのある肉体!誰と絡ませよう……じゅるり。
『次に、帰宅部と呼ばれる由来となった、下校RTAです。活動終了の挨拶をしてから、制服に着替え、中央階段前から正門を出て、校外に設置したポイントまでの時間を競います。今回は尺の関係でジャージのまま行います』
スクワットしていた部員が早歩きで下駄箱に向かい、靴を履き替える。
『勿論安全第一、学校内で走ってはいけません』
走ってほしい!学校の階段を!
『校外では近所の方の迷惑にならないよう気を付ける必要があります。他の部活動の関係でグラウンドを使えないことから編み出された、これら独自のトレーニングの成果もあり、市内中学校総合体育大会では好成績を残しています。ぜひ陸じょ……』
言い終わる前に次の部活紹介に切り替わってしまった……
その後暫くは普通の部活紹介が続いてた。つまんない。
『我々ハパソコン部デアル』
真っ黒な画面に、赤黒く「
ノートパソコンを横から見た形かな。それにしては余計な∠があるけど。
まあ、某雑誌のロゴに似てるのは、気のせいじゃないはず。
その画面は一秒くらい、ホワイトボードとその前に座る制服に目出し帽の何者かに切り替わる。
声変えてあるし、制服も男子用のだけど、たぶん女子生徒。
顔を隠してるってことは、合法事業ばっかりやってるあの任侠集団の関係者かな?
『コノ学校デ最もユルイ部活ダ。実家ノヨウナ安心感』
パソコン部って、作家部の話でも出てきたよね。来るもの拒まずな包容力があるのかも。
後ろのホワイトボードには、びっしりと何かが書き込まれている。でも、
『プログラミングヲ始メトシテ、活動ハ非常ニ自由デアル。アンデッド部員モ認メル』
後ろのホワイトボードの内容に触れる気配は、全くない。
どれどれ……
『UFO道同好会会員募集
・UFO道とは……未確認飛行物体(UFO)について、遊歩道から観察することである。
・活動内容……遊歩道からのUFO観察、遊歩道の清掃活動』
目出し帽の陰にならないように、ちゃんと調整して書いてある。
目出し帽は、「新元号は、令和であります」みたいな感じで、机に置かれたフリップを掲げる。
『щ(゚Д゚щ)カモーン』
結局、ホワイトボードの内容に触れることはなかった。知りたければ来い、ってことかな。
『♪~~』
陽気な音楽とともに、指人形が現れる。
『あらあらどうしましょう。自然科学部の部活動紹介を任されてしまいましたわ、お姉さま』
『そうですわね。どうしましょう。?あら、申し遅れましたわ、わたくしたち、こまごめパペッツ、自然科学部のマスコットキャラクターですわ』
『以後、お見知りおきを』
……かわいい。
下の方にスタッフが書いてある。
『こまごめパペット姉(声):部長/こまごめパペット妹(声):副部長/人形劇:新二年生部員A/撮影:顧問/BGM:『古中の一日』古中ティーチャーズカルテット(タンバリン:鳩麦数珠/作曲&ハンドチャイム&カスタネット:鈴菜/リコーダー:黒木黄木/キーボード&ハーモニカ&ドラム:秋葉桂)(校内での利用と古中の宣伝に限り自由に使用できる、古中の有志によるオリジナル音源です)』
……黄木ちゃんったら、そんなことやってるんだ。
それにしても分担とクオリティ偏り過ぎじゃない?丹波……じゃなかった、タンバリンは結構下手なのに、カスタネットはプロ級。小学校で使うような赤と青のじゃなくて、もっと本格的なやつ使ってるんだろうな。黄木ちゃんのリコーダーは……うん、黄木ちゃんらしい、下手じゃないけどたどたどしい感じ。で、あっきーはやっぱり器用だね。ワンマンバンドか。
『それでお姉さま、自然科学部ってどんな部活なんですの?』
『あら、ご存じないので?』
『教えて戴きとう御座いますわ』
『それはそれは……私が教えてあげますわ、と言いたいところなのですけど』
『どうされたのです、お姉さま?』
『わたくしも、詳しくは知らないのです』
『では皆様、百聞は一見に如かずといいますし、実際に仮入部にいらして、ご自身の目でお確かめください』
『あら、上手にまとめたわね』
『ありがとうございますお姉さま。わたくし、嬉しくて涙が……』
『あらあら……では皆様、ごきげんよう』
中身がまるでない人形劇だけど、百合郎は何か妄想に耽ってる。
『これで部活動紹介を終わります。一年生の皆さん、入ってみたい部活は決まりましたか?どの部活も個性的で楽しそうですよね。私も活動したーい。仮入部期間は二週間あります。あ、もちろん部活に入らなくても大丈夫ですよ。ただ……陸上部がガチギレするので帰宅部を名乗るのだけはやめましょうね』
黄木ちゃん……っ!
「全部活に仮入部……」
詩織が胸ポケットから本を一冊取り出して、私に向けて掲げ「これ?」と首を傾げる。そう、それ!
「部活が十個以上あるから無理だよ」
もぐさ!無粋なこと言わないで!
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