ep27-08 棚機坐禅(黒紀五年)
数日後。
「はぁっ!……てぃ、やぁっ!」
境内に、金属と金属がぶつかる音が響く。
一方は低木ちゃん、もう一方は耕雨。
低木ちゃんは#不如帰#神斬蟲#貓爪砥にも慣れ、フル装備でも問題なく動けるようになった。この三つの装備によって強化された身体能力と攻撃力もあって、セーブ鉄を使ってた頃とは比べ物にならないくらいTUEEE!のです。
「ぐ……坐、禅……暴力特化型の、相手が、俺に務まると……本気で思ってるわけじゃねえよな……!」
「っふっふっふ。私の耕雨は最強なのよ!」
勿論本気で思っているわけじゃない。成長特化型はオールラウンダー。器用貧乏というほどではないけど、戦闘は暴力特化型や生産特化型に、武器や道具の製造は生産特化型に、政治は奇術特化型や分析特化型に劣る。手数の多様さこそが成長特化型の真骨頂。
耕雨も正面切って戦うことには向いてない。得意なのは暗殺と撹乱。今も、何とか鉄製の鑿(彫刻や建築で使うやつじゃなくて、農業用のデカいヤツ。ほぼ槍)で低木ちゃんの二刀を捌いている。
……暴力特化型の攻撃を暴力特化型と生産特化型、特殊型以外が捌ける時点でおかしいんだけど。
それでも流石に限界か、鑿の柄の中央で攻撃を受けた耕雨は、その衝撃で後方、石段脇の斜面に生えていたミツマタをベキベキ圧し折り転がる。
天の逆鉾のように刃を上にした鑿を地に突いて、ボロボロの耕雨が石段を登ってくる。
「お疲れ」
「ああ……」
私が一晩中搾り取った後よりげっそりした顔。
そろそろギシギシの旦那に果し状送り付けてもいいかなー、と思いながら空を見上げ……ん?
視線を少し戻して、拝殿の屋根を見る。屋根の両端で交差してる部分、千木の先端は、この桑織神社の祭神が女神なので水平に切られている。
……祭神が本当に女神に分類していいのかはともかく。素戔嗚が暴れ回った時に、機織機が女陰にぶっ刺さって死んだ織女って神なの?
そこに猿がしゃちほこのようにしてちょこんと乗っていた。雉と同じように、野生のニホンザルは桑織にはいない。
よく見ると、猿は革のベストを着てる。完全に誰かの飼い猿。桑織で猿を飼ってるヤツといったら……
「猿と狂言を回す男、ギシギシの旦那……!」
「そもそも……なんで、仲悪いの?」
あれだけ耕雨をぼろぼろにして、汗一つ掻かない低木ちゃんが訊ねてきた。
「ああ、蓼川衆と?……一言で言うなら、利権の奪い合い」
「利権……」
「あと、私のやり方があんまり気に食わないらしい」
そんなことで……みたいな顔してるけど、殆どの争いごとは利権と独善から始まると思う。
正義なんてないし必要ない。聖戦なんて存在しないんだよ。
尤も、低木ちゃんみたいな暴力特化型にとっては名目なんてどうでもいいんだろうけど。
「こっちは巫女、向こうのギシギシの旦那は神父で、同業者だからね」
「あいつは神父じゃないぞ。キリスト教徒ですらないぞ」
「
直訳すれば、ね。
「賭け事とか大麻の販売とか、どっちが主導するかで揉めてんのよ」
「消費者からすれば、どっちでも大差ないんだから迷惑この上ないんだがな」
「単なる儲けの問題じゃないっていうか、私たちの方に金が入ってこなくても構わないんだよ。ただ、それによってパワーバランスが崩れるのが問題ってだけで」
対等くらいならいいんだけど、あいつらが私たちより上になるのはあんまりよくないっつーか、政治が財界の言いなりっていうのは宜しくないと思うんだよね。ま、どっちが上かはっきりつけないと。
「とにかく、低木ちゃんがすべきことは、ギシギシの旦那と戦って、勝つ。以上!ね?単純でしょ」
「うん。えい、えい、おー!」
「おー!」
「ほら、耕雨も一緒に」
「おー……!」
「ぅおぉー!」
あれ、なんか一人多い。
「ギシギシの旦那!?」
禿頭にラーメン屋のオヤジが被ってそうな黒いタオルバンダナ、海賊のような黒い眼帯。
藍染めの服はノースリーブで腰には瓢箪。織田信長がそんな感じの格好してたような。
惜しげもなく晒された上腕の筋肉は、低木ちゃんのように美しいというよりも、数々の傷と刺青が刻まれ荒々しい印象。手首には手甲と大量の腕輪。
この大男……と呼ぶにはちょっと細い……こそ、蓼川衆を率いる蓼川羊蹄!
ギシギシの旦那が、パンパンッ!と手を打つ。すると、拝殿の屋根にいた猿が、降りてギシギシの旦那の方へ向かってきた。ギシギシの旦那は飛びついてきた猿を胸に抱え、頭を撫でると耕雨に渡そうとする。が、猿はキシャー!と歯を剥いて威嚇。再び頭を撫でられ宥められた猿は、やや不満げな顔で渋々耕雨の腕の中へ。
「んじゃぁ……」
「……とりあえず」
「戦っか?」
「戦う」
暴力特化型が遇うと、何の前触れもなく戦闘が始まる。
力比べと呼んでいいのか分からない、一撃でも食らったらアウトな攻撃の応酬を。
それでも、ギシギシの旦那の場合、愛猿が巻き込まれないように、耕雨に無理やり押し付けたし、殆どの暴力特化型は人ごみの中で突然ストリートファイトを始めるほどの非常識じゃない。人払いしてからストリートファイトするか、人の少ないところまで行って戦うから。
暴力特化型と遇って戦わないという選択肢は、ほぼないらしい……そして、人的被害以外はほとんど気にしない……
二人とも、小手調べのみたいなことはしない。
低木ちゃんの振るう太刀を、ギシギシの旦那は刃の腹を殴って逸らす。低木ちゃんはもう一方の太刀を振るい、ギシギシの旦那ももう一方の拳で。
二の太刀を逸らされた隙をギシギシの旦那の決して遅くはない蹴りが襲い、間一髪避けた低木ちゃんは再び太刀を振るう。
すぐさま態勢を整え直したギシギシの旦那は、体を後方へ倒して攻撃を避けると、一瞬で背後に回り正拳突き。
それを気配だけで察したのか、低木ちゃんは倒れ転がるように避け、追い打ちをかけるギシギシの旦那のローキックを跳んで回避。そのまま空中で太刀を振り下ろし……
思考加速してるのに、その先は殆ど視認できない。ただ、その余波で風が吹き荒れて、時々玉砂利がこっちに飛んでくる。耕雨が蹴り落してくれるけど。
「アッヒャッハッハッハッ!」
「は!「はは!「ははは!「はははは!「ははははは……!」
決着ついたのか、抱き合って笑い合いながら境内をゴロゴロ転がり回る二人。離れろ離れろ!土手で並んで大の字だろ!……不良同士の喧嘩じゃあり得ないほどの攻撃が飛び交ってたけど。
あとギシギシの旦那、あんたどこの笑い屋?誰も問わず語りしてないよ。そして低木ちゃん、あなたどこの怪異の王ですか?
二人のイチャイチャ?もひと段落して。
「結局どっちが勝ったんだ?」
という耕雨の疑問は、
「っとぅぉおぅ……」
耕雨の腕の中からギシギシの旦那に飛び移った猿にかき消された。
「よぉしよし、んん?……そぉか、あのワンコ嫌ぁったきゃぁ、怖けったけぁ……よぉく我慢したぁねぇよしよし……」
ギシギシの旦那は愛猿に夢中で、耕雨の声は全く気にも留めていないらしい。
ただでさえ変な訛りあるのに、猫撫で……猿撫で?声になるともう意味不明。ワンコって……耕雨のこと?まあ、私の犬と言えなくもないか。
……ん?私に尻尾を振る忠犬にして猟犬にして狛犬と、猿と狂言を回す男。そして低木ちゃんの覇気の補助効果は蒼みのある黒龍。ついでに鉱物は雉肉。これは……!
「で、どっちが勝ったんだ?」
耕雨が再び問う。
「……ほぼ引き分け」
「しぃて言ぅんなら……」
「私」
ギシギシの旦那が低木ちゃんの肩を小突く。
「んまぁ、こんな服着てんとこっで彼ぁ奴ん勝っちゃ」
私の作った服を着て平気でいられる時点で相当な強者で、その服に付与した呪術で相当身体能力が向上している。つまり、自分より強いだろう……と、服を見ただけでそこまで見抜くとは、流石商人。それでも戦わずにはいられないのが暴力特化型の性か。
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