ep27-07 棚機坐禅(黒紀五年)

「……ゃん‥‥んちゃん……坐禅ちゃん!」


「ん……?……ぁぁ」


 空が見える。

 もちろん青空じゃない。青空だったら、耕雨が引きずってでも日陰に連れて行ってくれるはずだから。


 なんか、まだ意識がぼーっとしてるけど、取り敢えず気失ってたらしい。昨日二回も失神してた低木ちゃんのこと笑えないね。いや、低木ちゃんのこと笑おうなんて思わないけどさ。


「よかったぁ……坐禅ちゃん、ちゃんと生きてたぁ……」

「坐禅……ほんとはガツンと叱りたいところだが、暴力特化型に「ケガしないように気を付けろよ」って言うのと同じく、お前に呪術と機織についてなんか言っても意味ないだろうから言わないでおく。けどな……あんま心配させんなよ」


 !!耕雨がデレた!わーい!

 ……あの甘い香りの香のせいか。


「あ、低木ちゃんの服!」

 完成させたことは確かな筈だけど、織り始めた後の記憶が全くないから少し不安。


「引き揚げた機織機に掛かったままにしてあるぞ……怖くて触れたもんじゃねえからな」


 拝殿の、不気味な仏像の前に置かれた、機織機に向かって全力疾走。身体強化も惜しまず使って……

 賽銭箱に躓く。痛ぇえー!

 そのまま這うようにして機織機まで辿り着き、そこに掛かった黒い服を手に取る。

 逸る気持ちを呪術に変えて反動やら痛みやらを抑え込み、さらに身体強化。大事な仕事道具である機織機……を蹴るわけにはいかないので、不気味な仏像の腰辺りを蹴り、耕雨目掛け跳躍。


「耕雨ー!『夜は私が耕雨の迸る熱いアレを受け止めてんだから今度は私を受け止めてみろやオラァアア!』(念話)」

 流石に聞かれると恥ずかしいから後半は念話を使う。我ながらとんでもない暴論だ……


「……ぇえっ!?……っと」

「ヌァウィス、ッキャァァッチ!」

 えー、凄い癖のある発音だけどナイスキャッチと言っています。


「はい、低木ちゃん。プレゼント!私が死ぬ気で作った服だよ!」

 降雨に抱えられたまま、低木ちゃんに差し出す。


「え……?嬉しい、けど……さっき、耕雨さんが、ボソッと不穏なこと、言ってた気が……」

「大丈夫大丈夫。ダイジョブなハズ、ダヨ?」

「不安しかない……」


「ちょーっとだけ呪術をかけてあるから、着ると少し体を動かしやすくなるよ」

 着ると身体強化のような効果が得られるから、斬りやすくなるし、沢山killできる。残念ながらキルトは使ってない。つまらないね……御耳汚しでしたかごめんなさい。


「着ます!」

 即答……!って今脱ぐなー!


「……社務所行って着替えようか」

『……濡らした手拭い用意しといて』(念話)



「……えっと、布面積少なくない?」

「まあ、軽量化っていうか、動きやすさ重視っていうか」

 決して糸が足りなくなったとかそういうことじゃない!最初からこれでデザインしてたんだよ!


 でも、異世界ファンタジーとかで、「制服へそ出し標準はねえだろ……」って思ってたけど、そういう服を作ることになるとは、自分でも驚きだよ。


「成り損ないだけど桑織特殊型の織った布だから、レザーアーマーくらいには頑丈だよ」


 具体的にどんなデザインか、一言でいうと「和風軽戦士(二次元)」あるいは「くノ一(コスプレ)」。括弧の中が重要!そんな装備で戦えんの?蚊にも負けそう……ってそういう感じなんだけど、それこそ重甲冑でも着ない限り刃とか弾とか当たったらタヒんのは同じなんだから。それに、長袖着てたって蚊は刺すし。

 そういえはタヒるってスラング凄いよね。半角だと特にちゃんと「死」って読める上に、濁点つけたら荼毘じゃん?


 じゃあ動きやすさとエロ可愛さ重視でいいじゃんって。自分が着るやつじゃないんだし。

 私は……夏の日差しで死にかねない某蜘蛛くらいの虚弱体質もやし人間なので。


 萌やしというか、虚弱な印象のある女性に萌える、あるいは燃える男は古今東西にいるらしい。結核患者を美化する動きとか、まあ鶏が先か卵が先かだけど、佳人薄命は美人だから薄命なのか、薄命だったから美人なのか。でも耕雨はそういう虚弱な女性が好きなんじゃなくて、ロリコンなんだよね。


『断じて違う!』(念話)


 思考共有とか念話って、失格紋でも持ってない限り、広い部屋の端から端、叫ばない程度の声が届くくらいの範囲は有効範囲になる。

 部屋っていうのは一種の結界だから、障子一枚でも隔てると届かないこともあるんだけど、この部屋の中にいない耕雨の念話が届くのは、ここが神社という呪術的に特殊な場所であること、受信側の私の技量によるもの。


『じゃあ、鶴舞う形の……?』(念話)

『群馬県』(念話)

『YES!ロリータ……?』(念話)

『NO!タッ……上毛かるたのノリで危うく答えるところだった……』(念話)


 勿論双方合意の上で……偶に逆レイプ(あんまり好きな言い回しじゃないけど)がある気がするけど……私と耕雨はヤりまくってるからNO!タッチじゃないよね。


「……?ここどうすれば……」

 ちょっと着るの難しいか。えーと、ここはこうやって……


「よし、これでOK!」

「おーけー……ケホッ……血ッ!?」

「耕雨ー!」


 すかさず耕雨が障子を開け、手拭いを口にあてがう。

 この服……名前なんだっけ?


「ちょっとタグ見せて……#不如帰か。私が今着てる#死出田長と同レベルで呪術かけてるから、ちょーっと、いや超、体に負担がかかっちゃうんだよねー」


 言うなれば、高い生命力ペナルティがある代わりに、攻撃力が爆上がりする装備だね。


「私もしょっちゅう吐血したんだよね。先輩からアドバイス。慣れろ!」

 ひどいアドバイスだけど、ほんとにそれしか方法が無いからね……


「……ん。頑張る」


「坐禅、いくら何でも酷いぞ……そのネーミングは」

「……え?ホトトギスのことだよね?」

 知らないのか……知らないなら知らない方がいいよね。


『変なこと吹きこまないでね?』(念話)

『態々言われなくとも判ってる』(念話)


 皮肉すぎるというか説教臭いというか、そんなこと私だってわかってるんだけどさ。死出田長と同じ中国の古伝説に由来する呼び方だから、私との関係を暗に示すというか、呪術的に繋がりをより強固なものにするというか、そういうの狙うとこれしか思いつかなかったんだよね。


「というか……この上さらにアレを使わせるつもりなのか、坐禅」

「あ……」

 ヤベ。アレの事何にも考えないでこの服作ってたわ……


 普通にこれ単体でヤバいのに、さらにアレが加わったら……死ぬ!

 いや、暴力特化型の強さを求める狂気は、それくらいどうにかできると信じよう。

 と、外から砂利を踏む音がする。


 むさっしーか。


 さながらRPGの勇者PTのように、私、耕雨、低木ちゃんの順に一列に並んで歩き、玄関の方へ向かう。

 玄関扉を開けると、そこには見るからに怪しい男が。左手に小さな黒板を、左手に細長い風呂敷包みを持ち、頭には麻袋。あんた、どこの二刀流剣士ですか。


 彼、むさっしーこと秋葉武蔵鐙は風呂敷包みを小脇に抱え、懐から取り出した白墨で黒板に文字を書く。

 船橋市の非公認マスコットキャラクターは喋れるのに。なお、武蔵って字には、弾正とか上野介とかそういう官職の類の意味は全くない、というかこの問題児鍛冶師が武蔵一帯の統治なんか任されたら大変なことになるだろ……


『御注文の品を届けに参り候』


 いつ見ても文体がカタいな……そのくせ女の子みたいな丸っこい文字書きやがって!別に汚い訳じゃないけど、神札とかばっかり書いてるせいで、私の文字には可愛さの欠片も無いから。


「それにしても速いな」

 むさっしーは黒板を袖で拭い、再び白墨で文字を書く。


『御注文内容に狂喜乱舞し、居ても立っても居られなくなり夜なべで作り候』


 同類か。よくミニ黒板にそんな長い文章を書けるな……

 袖で文字を消すと、ミニ黒板を懐に仕舞い、風呂敷包みをこちらに差し出す。

 こういうのは使う本人が受け取ったほうがいいだろう。低木ちゃんを肘で突いて受け取るように促す。


『御確認を』


 低木ちゃんが風呂敷を解くと、そこには二振りの太刀が。


「おお……」

 片方を未だ壊れたままの耕雨の傘が入った傘立てに入れ、もう片方の刀を抜く。一見すると美しく、どこか禍々しさを感じる刃。


「おお……」

「……なんか、坐禅みたいな刀だな」


『短刀#凶獒牙です』

 むさっしーは懐からもう一振り、短刀を取り出す。いつもこうして、短刀をおまけでくれる。そして、


『請求書です。この度は私も制限なく刀を鍛える事が出來た故、少少御廉くして居り〼』

『太刀#神斬蟲、太刀#貓爪砥の代金として……』


 どこの名医紹介所だと思うような請求書の出し方。


『(\ω\)money!!』

 金の話になると、急に俗っぽくなるんだよなこの鍛冶師。金属を扱う仕事だから金には敏感なのか?


『39!』

 代金を渡すと、スキップしながら帰っていった。そんなことしてると石段で足踏み外すよ。


「ぴぎゃあぁああ!」


 ほら言わんこっちゃない。



 そんなわけで、新しい武器を手に入れた低木ちゃん。


「ケホッ……」

 吸血忍者の頭領みたいなペースで吐血。


 うん、知ってた。


「ゆっくり慣らしていこう……?」

「うん」

 口元を拭いながら、低木ちゃんは頷いた。


 #不如帰のときの分と合わせると、貧血気味になってもおかしくない量。鉄分補給したほうがいいよね。


「耕雨、外界でほうれん草買ってき……」

 ほうれん草。それは鉄分を多く含み、食べると超人的なパワーが出るスーパーフード。

 勿論どう足掻いても桑織じゃ育たないので、欲しいときは外界に買いに行かないといけない。だから耕雨におつかいを頼もうと思ったんだけど……


「鉄分補給……ペロ、ペロ……」

 低木ちゃんは、刀をなめていた。物理的に。


 新しく手に入れた#神斬蟲……?と#貓爪砥……だっけ?ではなく、セーブ鉄のほう。セーブ鉄にしたって危ないよ……

 これで鉄分補給できるのか分からないけど、まあいいか。鉄オタとかいう特殊能力者は見たり乗ったりするだけで鉄分を補給できるっていうし。え?違うの?

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