ep27-06 棚機坐禅(黒紀五年)

 さてと、いつまでも低木ちゃんに滝行用の白装束着せるのは申し訳ないから、ちゃんとした服を用意するか。


 鶴の恩返しじゃないけど、誰かに見られてると集中できないので、低木ちゃんと耕雨を眠らせる。

 低木ちゃんは呪術で優しく、耕雨は手刀を首筋に叩き込んで止めに仙術。明日の朝起きなかったら……呪術で無理矢理叩き起こせばいいか。



 夜闇の中、月明かりだけがぼんやりと照らす境内を歩いて拝殿へ。

 ただ「銭」とだけ書かれた殆ど何も入っていない賽銭箱の奥、自重で歪んでいるのか異常に開きにくい引き戸をこじ開ける。

 燭台に火を点けると、とてもアルカイックスマイルとは言い難い不気味な顔をした仏像と、その手に載った神札、天井や柱一面に張られた千社札、そして右の隅に布を被った何かが浮かび上がる。



「けほっ、けほっ」

 その何かに掛けられた布を外すと、大量の埃が舞う。


 現れたのは機織機。

 この埃を被った機織機こそ私の誇り……という訳ではない。

 上から読んでも下から呼んでも機織機……って、機織りの機が布を織るための機械を表してるんだから機織機は二重だよね。


 機織機に立て掛けられた看板を手に取り、石段の方へ。看板の左右についた紐を鳥居に縛り付ける。


『只今参拝制限中。桑織一、いや日本一可愛い巫女・棚機坐禅ちゃんが久しぶりにやる気出して作業中につき、本日の丑の刻参り、早朝の参拝等は自粛をお願い致します』


「あ、そうだ」

 社務所から筆と墨汁とあるものを持ってくる。そして看板に追記。


『追記・お賽銭はこちらに↓みんなの可愛い坐禅ちゃんが頑張ってるんだから、みんなも頑張って賽銭入れて!桑織神社は財政難です』


 あるもの……ミニ賽銭箱を下に置く。

 こういうことすると、また耕雨にお小言を言われそうだけど、私はこれでも聖職者。詐欺まがいのことはしても詐欺はしたくないし、自分を美化して見せるんじゃなく、欲にまみれた姿を正直にさらけ出したい……まあ、欲望に忠実とも言う。


 そもそも、私は宗教で直接的に金を稼ぐのは好きじゃない。確かな効果がある除霊や祈祷、占いという名の人生相談や賭博、住民が集まれる場所の提供。そういった間接的なことによってこそ金を稼ぐべきであり、神を信じるならお布施を、とか、これを買えば死後安らかに……とか、たとえ宗教団体であろうとも効果の不確かな物に法外な値段をつけるべきじゃない。


 十字を切り、髪を糸切鋏みで切って一房奉納。宗教が混在して拝殿はカオス……これはギリシャ神話だったか……と化しているけど、私は無神論者。これはあくまで、日本人らしく都合のいいときに都合のいい神を信じるという行為を通して、自分の力を増幅させる呪術。


 引き戸の小窓から杭のような閂を落とし、シャッターを落として小窓も閉める。これで、シャッターをブチ破るか引き戸を蹴破らない限り私が外に出ることは不可能。


 香を焚く。妖しい煙と甘い香りが充満する。

 この甘い香りの香は、大麻や怪しいハーブの数々を杉と白濁スライムで固めた桑織神社特製の逸品で、その効果は催眠催淫幻覚等々。

 まあ、特製の逸品と言っても、怪しいハーブの数々は毎回違ったりする。とにかく、魔除けであり繊維である大麻はマスト。

 耐久特殊型が調合すればもっと効果の高いものにできるんだろうけど、耐久特殊型なんて滅多にない特化傾向だし、効果が強けりゃいいってもんじゃない。


 神酒を口に含む。既に頭がくらくらしてるけど、これからさらに睡魔や空腹感、建物が歪んでんのに桐箪笥並みの密閉度があるから酸欠で、意識が朦朧としていく筈。

 そういえば、千利休キリシタン説で、酸素が欠乏する中でカフェインのを多く含む抹茶を飲む茶会はミサを模してるという話があるけど、この拝殿内も似たような状況と言えるね。ここの体積は茶室数個分だから、そうすぐには酸欠にならないだろうけど。


 私みたいな桑織特殊型の成り損ない準特化傾向は、こうして意図的に極限状態に追い込んで、一種の神憑り状態にしないと、真に「良い物」を作れない。

 単なる「最高級品」なら成り損ないでも簡単に作れるけど。


 本当に極限状態に追い込むなら、仏像をずらした下に狭い地下室があるんだけど、そこだとマジで私が死にかねないから。この拝殿で十分。



 準備は整った。

 えーと、糸は……って今確認してるって、全然準備整ってないじゃん!


 あったあった。この、今着ている……あれ、どっちだ?

 私の巫女装束は普段着の#妹背鳥(三着ある)と、正装というかマジで重要な仕事が入った時とかしか着ない一張羅の(と言いながら予備でもう一着ある)#死出田長があるんだけど、デザインが完全に同じだから見た目じゃわかんない。因みに、どっちもホトトギスの別名ね。


 でも、この感じ……普段着の#妹背鳥っぽい。#死出田長は取扱注意の劇物みたいなもんだから、間違えないようにタグをつけてあるはず……うん。#妹背鳥MarkⅢだ。


 そう、この前これを作った時の残りがあるから態々糸車引っ張り出して、インド独立の父みたいに半裸で糸を紡ぐ必要は……


 って、ダメじゃん!#妹背鳥MarkⅢじゃ!髪奉納したり香焚いたり色々して、肝心の#死出田長に着替えるの忘れてた!


 今から社務所に取りに行くにも、もうだいぶ充満した香の香りとか逃げて勿体ないし、閂落としたことで拝殿が一種の結界になってるから、これ破って出たら、また十字切って髪奉納するところからやり直さないといけないじゃん!


 ……予備だ!


 社務所に何かあった時、社務所に置いてあったら予備の意味ないし、かといって下手に拝殿に置いておくと事故が起こりかねない。そこで、私と耕雨しか存在を知らないあの地下室に放り込んだ記憶がある。まあ、仏像の下なんていかにも怪しい場所にあるんだから、調べれば直ぐ分かるけど。


 しかし、地下室か……入ると出れないんだよね……服を完成させるまでは。

 ただ服を取りに行こうとすると、完全に閉じ込められるという最悪のパターンになっちゃう。だから、仙術で無理矢理身体強化して機織機も運ばないといけないんだけど……私の体力的に、地下室から出る余力までは多分残らない。構造的に、内側から仏像をずらして出入口こじ開けんのが激ムズなんだよ。


 更に追い打ちをかけるのが、異界からの力だか何だか知らないけど、地下室内の時間の流れが異常に遅いこと。これによって、どんな長大な作業であっても一晩で終わらせることができるんだけど、どういう訳か老化や劣化は外と同じペースなのに、疲労や空腹度は地下室内の体感時間に準ずるという……


 なんか微妙に理不尽なことばっかり起こるからさ、この前呪術で調べてみたら、異界の神の手によって桑織全体に「全ての事象は少し悪い方向に進む」なんて設定されてたよ……

 「不毛の土地である」「住民の外界への移動は制限される」みたいな異界から追放された時の後付け設定じゃなく、それよりさらに古い、桑織が異界に在ったころに設定されて、桑織そのものと強く結びいてやがる。だから、引っぺがすことは元より、件の陰陽師のように上書きすることもなかなか難しい。


 まあ、仕方ない。この状況、どう考えてもやめた方がいいけど、私はやる。


 #死出田長に着替え忘れたのは、地下室で機を織ったほうが良いっていう占術的に導き出された結果……だと信じよう。服を完成させることはできる筈。けど……私の命の保証はどこにもないね!


 いや、先視で未来を視たときに、私についての記述がある資料を見たことがある気がする。けど……自分の未来なんか分かっても人生がつまらなくなるだけだー!っつってその資料の存在以外の記憶を全部削除してたわ……

 そういえば、同時期に私が書かれたイコンのようなものが大量に出回ってたみたいなんだけど、どれも外見がロリなのよねー……ダメだ、私の命を保障する情報が何もない!


 四十而不惑。って私はその四分の一くらいしか生きてないからただの無鉄砲か。ええい、私と耕雨と低木ちゃんの年齢足したら四十どころか五十くらいになるからいいんだー!自分でも何でいいのか分からない謎理論だけど、論より実行!君子危うきに近づかず、って言っても私は自分が君子でないことはよく知ってる。うぉりゃー!



 不気味な顔した仏像をずらして現れた四角の闇に、梁に固定された滑車を使って機織機を下ろす。

 糸と裁縫道具も放り込み、戻りだした仏像の隙間に、甘い香りの香が焚かれた香炉と火の点いた燭台を持ち、滑車の縄を二本とも握って滑り込む。


 滑車の縄が挟まってるから完全な密閉じゃないけど、やっぱり息苦しい。


 燭台が何かにぶつかって引火したり、灯が消えたりしない場所を探して置く。もしそんなことになったらショック大……寒ッ。

 早く#死出田長に着替えよ……っ!?


 何度着ても慣れないな……この胸が締め付けられる感じ。いや勿論物理的にじゃないよ?締め付けるような胸無いから。

 まあ、吐血しなくなっただけマシか。まさに啼いて血を吐く子規ホトトギス



 今度こそ準備は整った。

 寸法は添い寝した時に全身ペタペタ触りまくって、某浮遊城でリアルと同じ外見のアバターを構築するように、ほぼ完全に体形を記憶してるから問題なし。


 桑織特殊型の能力を完全開放!全身、特に頭が超痛いけど気にしない!その痛みすらもエネルギーに変えて、糸に呪術を染み込ませていく。


 縦の糸は呪い。横の糸も呪い!


 地下室に、機を織る音だけが響く。


 織る。


 織る。


 Weaving……

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