ep27-04 棚機坐禅(黒紀五年)
「そういえば私の刀……」
「あ、返してなかったっけ。耕雨ー、傘立てにぶっ刺してあるから取ってきて」
「ああ……ん?刺してある?」
「うん。鞘が見当たらなかったから、抜身で適当に刺してあ……」
「あアァァァァァッ!俺の、俺の傘がぁぁああぁ……」
見ると、そこには二振りの太刀に刺し貫かれ、無残な姿となった傘が。セーブ鉄と言えど、柿渋の塗られた和紙を破く程度の攻撃力はある。
「ごめんごめん。あとで直してあげるから」
「まだ一回も使ってねえのに!」
……よくよく考えたら、何故に傘買ったの?名は体を表すっていう通り、耕雨は晴れの日は畑を耕し、雨の日は私とイチャイチャする生活を送ってる。片手が塞がる傘を使う場面なくない?
「……はっ!」
晴れた日は虚弱な私が動けないから、雨の日に相合傘でお出掛けしたいと、そういうこと!?嬉しい……!
「ごめんなさい……」
「低木ちゃんが謝ることないよ。適当にぶっ刺した私と、傘立てに傘なんか入れてた耕雨のせいなんだから」
「自分の非を認めるのは良いが、「傘立てに傘なんか入れてた」俺のせい、ってのは暴論だ!傘立てなんだから傘入れるだろ!」
耕雨が激おこだ……
「そして同じ傘立てに入っているお前の日傘に傷一つないのはどういう訳だ!」
「HAHAHAHAHA……!私の準特化傾向、桑織特殊型のせいだとでも思ってくれ……!」
耕雨の傘は紙製だから桑織特殊型の能力の適用対象外、私の日傘は布製だから適用対象だと思う。たぶん。
「ごめんなさい……邪魔だからって、鞘を棄てて……そのせいで、耕雨さんの傘……」
「……ん??「邪魔だから」鞘を棄てた?」
剣士がそれやっちゃダメでしょ……「小次郎、敗れたリィィイ!」って。いや、治に居ても乱が忘れられない、本能的に乱を好む暴力特化型は、鞘に納めていない状態こそが常だからいいのか?
「あ、そうだ。あの木を斬ってみて」
そう言って、外の桑の木を指す。樹齢は不明だけど、耕雨が完全に隠れるくらい太い。
そういえば、この木を使って、耕雨と「伊邪那美と伊邪那岐ごっこ」をやったこともあったっけ。それぞれが逆回りに半周して、出会ったところで愛をささやき合って、そのままイチャイチャ……より正確に言えば、桑の木に手をついてバックで青姦……(〃ノωノ)
「え……いいの?なんか紙垂の付いた注連縄、巻いてあるけど」
「いやダメだろ。御神木だぞ」
「いーんだよ!その神木を含めたこの神社の管理権は、巫女である私にあるんだから!」
「じゃあ、えいっ!」
低木は二刀のうち、片方の太刀を両手で構え、注連縄の少し下あたりに打ち込む。
ほんの少し刃が食い込む。
「じゃあ、今度は刀を置いて、斧でやってみて」
二刀を地面に置いた低木に、長柄の斧を手渡す。耕雨の私物。
「斧……?まあいいや。せぃ、やぁあっ!」
斧が数十センチほど食い込む。衝撃はその先にも伝わって、幹が砕け散る。同時に、斧の柄も衝撃に耐えられず折れ、低木の手には折れたことで先が尖った木の棒が残る。
「あ、ヤバ……」
「おい、こっちに……」
「……倒れる?」
桑の木が、社務所の方に向かって倒れてくる。このままだと潰れる!
!
何かが爆ぜるような音がしたような気がした。回りくどい言い方だけど、そうとしか表現できない。そんなことを引き起こすものと言えば……
覇気。
感情に対し殆ど加工を加えず、ただ放つだけの、最も単純な呪術。
威圧なら少し怯ませる程度から精神破壊、場合によっては呪殺すらもできる。自己活性化なら仙術に匹敵するレベルを大した代償無しで叩き出せる。
こいつの補助効果がなかなかカッコイイんだよね。ほんとに弱いヤツなら何となくあるかも程度の靄が発生するんだけど、強いヤツはその靄が体の一部に固まって異形と化す。多いのは翼とか角とか、珍しいのだとウサミミになる奴もいるらしいね。
ただ、呪術特化型にとってはメリット少ないし、出力が不安定だからあんまり使わない。
そうそう、私は呪術を使うときに補助効果が出ないようにしてます。なんか、厨二っぽくて恥ずかしい。
補助効果を消す為のエネルギーと補助効果を消すことで削減できるエネルギーで相殺されてプラマイゼロ。いや、派手な補助効果は気分がアガるから、それがない分マイナスか?そんなことしなくても呪術が大好きな呪術特化型にとっては関係ないね。
低木ちゃんは暴力特化型だし、相手は植物なので、覇気の効果は自己活性化の方が強く出てるかな。さあ、補助効果は……っ!!めっちゃカッコいい!
イメージは龍。
両腕に蒼っぽい黒鱗をびっしり纏って、籠手のようになってる。
頬にも少し鱗があって、龍神が少女の姿で現れたんじゃないかって思うくらい神々しい。
両手に握る太刀は緋色に輝いて、あの民明書房ばりの信憑性しかない書物に登場する伝説の金属が実在したと思わせるほど。
……って、ん?あの刀どっから出てきた?いや、地面に置いてあったセーブ鉄の刀がなくなってるから、それであることは確かなんだけど、どう見てもセーブ鉄っぽさが感じられない。セーブ鉄の力を、覇気で調伏した?
「らぁああああああぁァアッ!」
あ、このままだと……!
「建材に使いたいから、あんまりバラバラにしないで!」
「え!?」
「坐禅、いい加減にしろよ……」
「低木ちゃんならきっとできる!適当に枝払って、あとは峰打ちであっちの方にふんわり投げ飛ばして!」
石段の脇、急な傾斜になっている辺りを指さして叫ぶ。
「ッ……!やったらぁぁあ!」
ベキベキと、石段脇の斜面に生えていたミツマタを圧し折り、太い桑の幹とその枝が、綺麗にばらされて倒れ散らばる。同時に、低木ちゃんは地面に倒れこんだ。
使い慣れていない覇気を、あれだけ高出力で使えばそうなるのも当然。
「耕雨ー!さっきみたいに低木ちゃん運んで、布団敷いて寝かせといて」
「ハイハイ……」
さて、綿の入った布団が使われ始めたのは丁度今頃。でも、庶民はそんな物買えないんでむしろ。庶民にまで広まったのは明治頃だっけ?
でも、そんなのは外界の話。桑織は綿も羊毛も割とたくさん手に入るから、それなりに普及してる。
まあ、普段私と耕雨が使ってるヤツに寝かせるわけにもいかないので、もちろん客人用のに寝かせてるよ?
『で、耕雨。低木ちゃんがぶっ倒れてる間に、色々聞かせてもらおうか。もちろん念話使えよ?』(念話)
念話が使いやすいように、胡坐をかいた耕雨の脚の上に座る。まあ、耕雨はあらゆる分野に長けた成長特化型だし、念話はごく簡単な呪術だから大して距離の影響は受けないんだけど。耕雨とベタベタしたいって理由の方が大きい。
『ああ、分かってる。いくら意識がないとはいえ、本人の目の前で堂々と個人情報を口に出すほど馬鹿じゃないからな。えー、本名は……桧木梅染、某大名に仕える……言い方は悪いが、弱小武家の長女だな。兄が二人。鐙の奴が若い頃に桧木家の近くで修業していた、らしい。セーブ鉄はその縁で低木の手に渡ったと考えるのが妥当だろう。とりあえずこんなもんでいいか?』(念話)
『ん。ありがと』(念話)
政略結婚が嫌だとか戦に出してくれないとか口走ってたし、何となくそんなとこだろうとは思ってたけど、やっぱり武士か。桧木、桧木、ねぇ……先視で数百年後を見たときも稀に聞く苗字。没落も断絶もせず、かといって栄えることもなく、細々としぶとく生き残る連中ね。
先視によると子孫の業績は、陸軍士官とか地方議員とか東大合格とか剣道全国大会中学生の部優勝とか、微妙に凄いんだか凄くないんだか。
まあでも、呪術は所詮呪術だから。やっぱり耕雨の正確な情報は重要だよね。
え?何で耕雨が正確な情報持ってるかって?耕雨は「百姓」だよ?カギカッコつきの。
表の顔は木綿農家、裏の顔は……私直属の隠密、所謂NINJA。
耕雨の服(もちろん私謹製)はリバーシブルになってて、裏返せば忍者装束に早変わり。私の巫女装束みたいに完全な漆黒だと、逆に闇夜に浮くから濃い鼠色に染めた布を使ってる。ちなみに表は麻の葉柄。
「あ、耕雨。このメモをむさっしーに渡しといて」
「あの鍛冶師を船橋市の非公認マスコットキャラクターみたいに言うな」
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