ep27-02 棚機坐禅(黒紀五年)
「あの、ここ何処?」
「桑織集落だよ」
「くわおりしゅーらく……ってあの魔境?」
「そんな大層なところじゃないよ。魔境なのは関東のシュヴァルツヴァルトなんて呼ばれるあの森。よく生き延びたね」
「森……?」
「もしかして覚えてない?」
戦闘の記憶を全く思い出せない暴力特化型か。知ってはいたけど実際にいるとは。戦闘の記憶を思い出せないが故に、より戦闘への渇望が強くなるって、特殊型と大差ない破滅性があるよね。
傾斜や長さに差は在れど、偶に少しだけ登ることも在れど、破滅に向かって坂道を転がり落ちることが、桑織に関わる者の宿命。
いや、桑織関係なく、生きとし生ける者は全てそうか。特化傾向の代償として、桑織は特に顕著だけど。
メメントモリ。まあ、どう解釈してもいいけど。そう言えば、あの森はメメント森とも呼ばれてるらしい。(羅)Moriであり、森であると。正式名称がないから通称がとっ散らかってるよ……
「じゃあ……戦うことへの渇望、戦闘欲求はある?」
「もちろん!」
「それを抑えることは?」
「無理!」
「外界でそれを発散させる機会は?」
「あることはある、けど、戦いたいときに戦えるわけじゃない……!でも、桑織は魔境、きっと、いつでも戦える……移住を希望する!」
一度でも血を舐めた暴力特化型っていうのは、歯止めがかからない。そんなのが外界で生きられるわけないよね。協調性に欠ける暴力特化型や生産特化型をまとめるとか、ギシギシの旦那って凄い。
正規の方法ではなく、森経由で桑織にたどり着いたっていうことは、余程外界に不満があるってことだし。
「あー、お前の本籍は……ぶぎゃ!」
耕雨がなんか言おうとしたみたいだけど、彼女の蹴りで無理矢理止めさせられた。ったく、そんな細けーこたぁ良いんだよ!
……後で詳しく教えてね?
「あ、耕雨、そろそろいいんじゃない?」
「ん?ああ、あれか」
湯気の上がる蒸し器から熱々の薩摩芋を取り出す耕雨。たったあれだけの会話で伝わる、それが愛の力……いや、割とマジで。
簡易的な思念伝達の呪術だって何らかのエネルギーを消費とする……仙術だとむしろコスパ悪い……ワケで、私が耕雨に対して使う呪術の殆どは恋愛感情を消費してる。
「ほれ」
「え、あ、くれるの?……えっと、これ、芋?」
「ぶっ倒れるまで森を彷徨い続けて腹減ってるっしょ?食いなよ」
「は、はむっ……あっ甘い。はふはふ……」
彼女が食べているのは、紅ASMR。
江戸時代の飢饉や戦中戦後の食糧難など、日本を救った芋と言えば薩摩芋!今朝のお粥のかさ増しにも使ってたけど。桑織で栽培されているこの品種名の由来は、茎を油で炒めたときの音とも芋の咀嚼音とも、はたまた焼き芋にするときの焚き火の音ともいわれている。
安納芋のような上品な甘さとしっとりねっとりした触感はないけど、素朴なホクホク感は最高!
特にこういう美少女が頬張ってる姿は最高だよね。
因みに、薩摩芋が関東まで広まったのは江戸時代だと言われてるんだけど、只今、戦国時代です。まあ、異界の影響。桑織に時代考証とかないから。
この地を不毛の地にする異界の神の呪いを相殺するために、350年くらい前偶然訪れた旅の陰陽師がかけた「糸に関する植物しか育たない呪い」。
五年前、私は、とっくに綻びかけたこれを維持するための贄にさせられそうになったんだけど、まあ今そんなことはどうでもいい。
この「糸に関する植物」の基準がガバガバすぎて、大抵の植物は育つどころか、普通以上に育って、数百年のうちに桑織の環境に適応した品種もいくつか生まれた。
その代表格が、この紅ASMRと山の上のオクラだね。
『また無駄な知識ひけらかして……』(念話)
『耕雨、そーゆーこといわなーい!』(念話)
私の思考は常に、耕雨に駄々洩れ。呪術っていうのは感情を使う術だから、私の「ずっと耕雨と繋がってたい」って思いのせいで、思考共有の呪術を切るのが非常にめんどく……難しい。
まあ、いくら耕雨でもプライバシーの侵害は良くないから、双方向性にはしてない。それに、常に思考加速かけてる私の思考を、そのまま耕雨に送り込むと脳がパンクする上に、思考共有のラインが焼き切れて大変なことになるから制限してるけど。
「にしても今更ながら、互いに名前知らないんだよね……呼びにくいったらありゃしない」
「なまえ……?忘れた」
そんな簡単に自分の名前を忘れるなんてこと……あ、そうか。森経由だし、うん。
「言いたくない」って意味だよね。
「お染って呼ばれてた。でも、あんまり好きじゃない。父上も兄上も「女子は戦になどでなくてよい」っていう。でも、私戦いたい。政略結婚とか、政の道具にされるくらいなら、戦場で血の花を咲かせて散りたい」
暴力特化型らしい考え方だ。
大体、女だからって理由で戦場に出さないって、ねー?
巴御前ほど戦場で活躍できる女性は殆どいないにしても、源平合戦のころは女性が戦に出るのは別に珍しくなかったらしい。土地の相続権とかも男と同じようあったらしいし。
総力戦で女性の協力を得るために参政権を与えた第一次世界大戦頃の欧州とは真逆だね。
更に遡れば日本武の東征にも女性が参加してたりとか、天照が過剰武装で素戔嗚を迎え撃ったりとか、黄泉国から伊邪那岐を追っかけたのも女神だよね。まあ、神とまでなれば男神だろうが女神だろうが強いヤツは強いんだろうけど。
そういえば、この前耕雨とお出掛けした時、数キロしか離れてない二つの神社に両方とも「日本武尊の腰掛石」があったんだけど、日本武休憩しすぎでしょ!私みたいに虚弱じゃないんだから。
男とか女とかウォークマンとかその三つに含まれない性別とか、死んでいようが人外だろうが、得意なこと、あるいは特異なことを生かせる組織を作りたいものだよ。
立ってるものは親でも使え、存在する者は悪霊でも使え。
『おまえはまたペラペラとどうでもいいことを……立ってるものは親でも使えって、親殺しのおまえが言うな』(念話)
『耕雨の勃ってるモノをギリシャ神話みたいに鎌で切り取るぞ……!』
ちゃんと私の代わりの贄として使ったよ。両方とも綻びかけた呪いとはいえ、「糸に関わる植物しか育たない呪い」のほうが先に切れたら大変だからね。
「そもそも、父上も、兄上も、弱い。そこにいる変態より弱いと思う」
「へ、変態って……」
まあ、初対面でハダカ見られたわけだからそうか。あと、耕雨はそこまで弱くないよ?
「でも、あなた、とっても強そう。私、弱い奴嫌い」
身体能力は雑魚だけどねー。
でも、期待には答えないと。そうだな、仙術を使って、
「……えいっ!」
彼女の額を軽く押すと、勢いよく後ろに転がっていった。
「すごい。今まで会った人の中で一番強いかも。一生ついていきます、えーと……」
「棚機坐禅だ。巫女をしておる……で、この変態が乃東耕雨」
「……坐禅姐さん!」
蓼川衆の連中みたいなことを……
「私に、あたらしいなまえ、つけて?」
「名前か……」
言霊。その人に直接結びつく名前は特に力が宿りやすい。
流石に真名を知られただけで殺されるとか精神を支配されるとか、そんなことはないけど、やっぱり命名っていうのは命名者と被命名者の間で弱い上下関係が生まれる。
親子なら血縁関係、結婚によって名字が変わる場合も婚姻関係だったりとか性行為だったりとかの影響に交じって殆ど分からないけど。
でも、私みたいな呪術特化型が上書きするとなると、命名単独による割と強い主従関係が生じる。まあ、本人が希望してるからいいよね。そもそも武士は主に仕えるものだし。
多少の主従関係になるのは仕方ないとして、できるだけフラットな関係にしたいから、あえてあんまり考えずに決めよう。名前に思いを籠めれば籠めるほど、影響は強くなるから。それこそ寿限無みたいな名前にしたら大変なことになる。
う~ん、花子……じゃあ流石に可哀想。茉莉、杏奴……って森鴎外か!剣士だから、刀のアナグラムで高菜……んー、なんか違うな。
っていうか、あんまり考えずに名前決めるとかムリー!そもそも私の頭の回転が無駄に速いせいでいろいろ関連付けて考えちゃう……
「そうだ!」
彼女が森を抜けてぶっ倒れてた時の風景を思い出そう。確か低木が生えてた!だから、
「低木!これで決まりや!まあ、自分でちょっと変えてもいいよ」
「低木……いいなまえ」
気に入ってくれたようで何より。
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