クリスマスの終わり

 そうして、クリスマスの日が終わりを告げた頃。

 薄暗いコテージのリビングには、小さなランタンの灯りだけが点いている。

 ソファに座っているフリィは一人、手に持ったマグカップの中身を飲む。すっかり温くなった飲み物では水分補給できた感覚はないが、喉は潤せただろう。

 それからフリィが、ふと背後に感じた気配に振り返った直後。

「オイオイ、コイツらまーた寝落ちてんのか」

 呆れたアクセプタの小声が微かに響いた。

 フリィの隣にはヒロとレジーナが並んで座っており、寄り添い合った状態で爆睡している。目の前のローテーブルにはレジーナがクリスマスパーティの時にもらったティーセットが二人分、片方だけまだ飲み残しが入っている状態で置いてある。心許ないランタンの灯りでもわかるガラス製のその中身は、鮮やかなビタミンカラーのハーブティである。

 呆れ顔のアクセプタは手に持っていた毛布を二人の身体にかけながら問い掛ける。

「んで、配達員。アンタの長年の夢とやらは叶ったのか?」

「うん。セプたんとヒロのおかげでね」

 頷いたフリィは隣を見て嬉しそうに笑った。

 ぐっすり眠っている二人の首には、お揃いの宝石のペンダントが下がっている。それはヒロがレジーナへ、レジーナがヒロへ贈った特別な贈り物の中身で、フリィの長年の願いが叶った証でもあった。贈り物の中身がまったく同じ理由は石の魔女の厚意にしてお節介であることは、ヒロから話を聞いたフリィでも察することができた。

 長年抱えていたクリスマスに叶えたい願い事について彼は、親友のヒロだけでなくアクセプタにも話していた。なぜなら、アクセプタにはレジーナの本心を叶えるという部分で協力を要請していたからで、ある意味で彼女は見事その期待に応えたと言っても過言ではなかっただろう。

 さまざまな出来事のせいで実現することはなかった村長やレジーナの母親が望んだクリスマスを叶えたい思いから始まったその願いは、相手が没キャラだろうと真摯に向き合ってくれる大事な友人たちとともにクリスマスを過ごしたいフリィの夢と、何か複雑な想いを抱えていそうなヒロの我儘と、好きな人のために我慢したレジーナの本心も叶えたいという想いを取り込んで、より難易度が上がっていた。何しろ相手は、主人公体質ゆえに我儘をのみこんでしまうヒロと、すぐ自分のことを蔑ろにするレジーナだ。一筋縄ではいかなかったのである。

「あの後ヒロが教えてくれたけど、レジーナの本心って、寂しいのは……独りぼっちは嫌だって気持ちだったんだって」

「なんつーか、薬屋らしいな」

「だから、セプたんが一緒に読書会をしようってレジーナを誘ってくれたことで、レジーナの本心は叶ってたんだよ。ありがとう、セプたん」

「そりゃどーも。じゃあ、勇者の我儘ってのは何だったんだ?」

「昨日の夜、ヒロはレジーナからの贈り物を僕からじゃなくて直接受け取りたいって言ってたけどね。でも僕の見立てでは、レジーナが蔑ろにしたレジーナの気持ちを救ってあげたいんだったと思うよ」

「そりゃまた……勇者らしい我儘だな」

 フリィは笑顔を浮かべるだけで何も言わなかった。

 ヒロが叶えたかった我儘が、彼の本心から湧き出した想いなのか、それとも主人公体質が身近な女の子を笑顔にするために導き出した結論だったのかは、彼と長い付き合いのフリィでも正解はわからない。だがそれでも、満足そうなヒロを見ていたらどちらでも良いかというのがフリィの本音である。

「それに、モイもグロウィンも初めてのクリスマスをめいいっぱい楽しんでくれて、素敵な思い出になったみたいで本当に良かったよ」

「それが当初の目的だしな。喜んでくれたなら計画した甲斐があったつーもんだ」

「うん。そうだね」

 フリィが頷いた直後、彼の膝にブランケットが投げかけられた。

 それは、いつだかのフリーマーケットで買っていたアクセプタ愛用のブランケットで。フリィ本人の分は彼の荷物の中にあるので、すぐに取り出せる彼女の分を貸してくれるということなのだろう。

 アクセプタは小さく欠伸を零した。

「アタシは朝までもう少し寝るけど、配達員もさっさと部屋戻って寝ろよ」

「うん、もう少ししたら寝るよ。おやすみ、セプだん」

 アクセプタはひらりと片手を振って答えると部屋へと戻っていった。

 その背中を見送ったフリィは、改めて隣で眠る二人へと視線を向ける。

「二人は没キャラの僕を助けてくれた大事な人たちだからね。二人が笑顔で過ごしてくれることが僕の一番の幸せだよ」

 そう呟いたフリィは、アクセプタから借りたブランケットに包まる。見た目や肌触りが薄手な割にポカポカするのは、機能性を重視する彼女らしいチョイスだ。

 フリィはふわりと優しい微笑みを浮かべた。

「メリークリスマス。今年も素敵な一年を」

 結局その後フリィもソファで寝落ちてしまい、翌日の早朝に起きたアウトリタとパーチェに三人揃って起こされる羽目になるのであった。

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聖なる夜の願い事 吹雪舞桜 @yukiuta_32

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