クリスマス、その早朝
そして翌日の早朝。
全員の枕元に置かれた聖女からのプレゼントのおかげで早朝から大騒ぎだった。
その発端となったのは、毎朝、早朝トレーニングに励むアウトリタに同行するために彼と同じく早起きをするモイだった。
モイは、昨晩アウトリタからクリスマスでも変わらず早朝トレーニングをやると聞いていたので普段通りに起床した。そうして、最近夜更かし続きのレジーナがちゃんと寝ているか確認しようと隣のベッドに視線を向けて、ベッド間のサイドテーブル上に置かれた二つのプレゼントに気付いたのである。
「……?」
モイは首を傾げるも無視してベッドを下りた。
プレゼントが気になるのは事実だが、だからといって、それを理由にぐっすり眠っているレジーナを起こすのは可哀想だと思ったのだ。早朝トレーニングを終えて部屋に戻る頃には彼女も目を覚ましているだろうから、その時に教えてもらえばいい。そう結論付けたモイはいそいそと身支度をすると静かに部屋を出た。
薄暗いリビングはキッチンだけが光々と明るい。
「おはよう、パーチェ。トリたんは?」
「あら。おはよう。リタなら顔を洗いに一旦部屋に戻ったわよ」
柔らかく微笑んだパーチェはキッチンのカウンター越しにモイへスープを渡す。
「熱いから気をつけて」
「うん、ありがと」
パーチェからスープを受け取ったモイは、カウンターに置いてある見慣れないドーム状の置物に気付くと小首を傾げた。
「パーチェ。これは何?」
「スノードームよ。こうして振ると、雪が降ってるみたいに見えてキレイでしょう」
「本当だ、キレイだね。トリたんからもらったの?」
「違うわ、聖女さまからのプレゼントよ。モイちゃんも起きた時に枕元にプレゼントが置いてなかった?」
「あった」
「そのプレゼントは、聖女さまからモイちゃんへのプレゼントなのよ」
「……! もってくる!」
そう言ったモイはスープを一気に飲み干すとカップをパーチェに返してから、部屋へと駆け込んだ。勢いよくドアを開けてからまだレジーナが寝ていたことを思い出したモイは、そっとドアを閉めると静かにベッドサイドテーブルへ近付く。
そして、モイ側に置いてある楕円体のプレゼントを掴んだ時だ。
「んん。モイ? どうしたの……?」
布団の中に潜っていたレジーナがもそもそと顔だけ出して眠そうな目でモイを見た。
「見てレジーナ。聖女からのプレゼント」
「ほんとだ。よかったね、モイ。モイがいい子にしてたからだよ」
「レジーナの分もあるよ」
「ほんと? 嬉しいなあ」
「ワタシのプレゼント、開けてもいい?」
「うん、もちろんだよ。私にも見せて」
モイはレジーナのほうを向いてベッドに座ると、プレゼントを膝の上に置いた。眠そうに目を擦るレジーナが見守る中でモイは豪快にラッピングを破く。
「見て、レジーナ」
「わあ。可愛いね」
出てきたのは丸みを帯びたポシェットだった。
蓋の縫い目に飾り縫いで装飾してあるだけのシンプルなデザインのそれは、フリィが愛用しているショルダーバッグと同色で大きさは半分程度だろうか。
モイはポシェットを肩から下げるとベッドから立ってレジーナを見やる。
目が合ったレジーナは嬉しそうに笑う。
「うん。似合ってるよ、モイ」
そう言いながらレジーナは布団から両手を出して、ポシェットのショルダー紐の長さを調節する。モイのお尻より少し上に収まったポシェットにレジーナが満足気にひとつ頷いた。彼女の手が布団の中へ戻ったのを確認してからモイは部屋に備え付けられている姿見鏡の前に立つ。
モイが動くたびに、まだ中身の入っていないポシェットが軽快に揺れる。
それを見てレジーナは優しく笑った。
「ふふ、フリィとお揃いだね」
「……! フリィとお揃い……嬉しい」
「よかったね、モイ。みんなに自慢しなきゃだね」
「うん。自慢してくる」
言うが早いかモイは部屋のドアを開ける。そんな彼女の背中をレジーナがひらりと手を振って見送った。
部屋を出たモイは一目散にキッチンへと戻る。
キッチン内で洗い物をしているパーチェの近く、カウンターを挟んだ向かい側にはアウトリタがいた。彼はすっかりトレーニングに向かう準備を終えており、どうやらパーチェと話しながらモイを待っていてくれたらしい。
「お、モイ。おはようさん」
「おかえりなさい、モイちゃん。プレゼントはあったかしら?」
「おはよう、トリたん。見てパーチェ、あったよ。聖女からのプレゼント」
モイは二人に背を向けてポシェットを見せた。
アウトリタとパーチェは同時に声を上げる。
「可愛いポシェットね」
「フリィとお揃いみてぇだな」
「そうなの。フリィとお揃いだって」
アウトリタの言葉にモイは口角を上げた。相変わらずの無表情だが、その声音からはどことなく嬉しそうな雰囲気が伝わってくる。
二人は顔を見合わせると微笑ましそうな笑みを浮かべる。
しばらくして、モイは改めて二人に向き直る。
「トリたん。もうちょっと待ってて。トレーニング行く前にフリィとグロウィンと、それからティアリーとセプたんとヒロにも見せてくる」
「お、おう? わかった、待ってるぜ」
アウトリタは小首を傾げつつも頷いた。
何か引っ掛かりつつも大したことではないだろうと気にしないことにしたのである。
モイは意気揚々と、早速フリィたちの部屋へと突撃しに行く。
「あ、待って。まだフリィくんたちは寝て――」
パーチェが言い終わるより先に、モイは彼らの部屋のドアを盛大に開いたのだった。
それから数時間が経ち、朝食が終わった後。
「それじゃあ今日は、夕方頃に片付けと荷造りをするまでは自由時間なんだね〜」
「その予定だ。まだ遊び足りねーやつがいるし、ニイサンものんびりしてーだろ?」
「そうだね~。自分はこのあと、もう一眠りしてこようと思ってるよ。何しろ、聖女からのプレゼントでネックピローをもらったからね」
「そーかい。そりゃよかったじゃねーか」
アクセプタとグローウィンはそんな話をしながらキッチンへ食器を運んでいた。
そのキッチンで食器を洗っているのはレジーナだ。この後料理をするらしく、ついでに皿洗いを引き受けたのである。当初は申し訳無さそうな顔をしていたヒロやアクセプタも、早起きしたんだからこういう時に少しでも休んでおかないと、と告げたレジーナの言葉に甘えて素直に引き下がった。
というのも。聖女からのプレゼントにはしゃいだモイがフリィたちの部屋に突撃した物音で、隣室のティアリーとヴィクリが目を覚ましたのである。二人して枕元に置いてあった聖女からのプレゼントにテンションが上がった結果、コテージ内はちょっとした騒ぎになった。主な被害者はフリィと同室なうえに考え事で夜更かししていたヒロと、ティアリーやヴィクリと同じ部屋で寝ていたグローウィン、ドア越しに響く三人の騒ぎ声に目が冷めたアクセプタの三人だった。ちなみに、フリィは嬉しそうに彼らの相手を師、アウトリタは早朝トレーニングから帰ってきてからその騒ぎに混ざり、パーチェは嬉しそうに見守りながら朝食の準備をし、レジーナは彼女たちのはしゃぐ声を子守唄にして眠っていたほどである。
そして現在。ティアリーは聖女からのプレゼントを手にソファでパーチェと一緒に女子トークを楽しんでおり、ヴィクリはローテーブルの上でアウトリタと一緒に昨晩の続きでパズルに挑戦している。早朝からはしゃいでいたモイはすっかり落ち着いた様子で、今はダイニングテーブルに広げたポケットの中の宝物たちをせっせとポシェットにしまっている。
それらを眺めていたフリィは、アクセプタが最後の食器をシンクに置いたのを確認してから声を上げる。
「みんな、ちょっといいかな。伝えたいことがあるんだ」
その言葉に全員が手を止めてフリィを見やった。
「実は今日の昼頃から、ちょっとしたお茶会をしようと思ってるんだ。昨日みたいなパーティじゃなくて、ただテーブルを囲んで好きなことしてのんびり過ごすだけなんだけどね。だから、みんなも興味があったらちょっとだけでも顔を出してよ」
どうかな、とフリィは首を傾げた。
その誘いに最初に口を開いたのは、興味津々な様子のパーチェだった。
「素敵なお茶会ね」
「わあ〜! いいですね、それ!」
続けて声を弾ませたティアリーの高度が少し上がった。
彼女たちの反応にフリィは嬉しそうに微笑むと説明を続ける。
「ただし。クリスマスの特別なお茶会だから、参加するには条件があるよ」
「条件だァ?」
「うん。でもそんなに難しいことじゃないよ。特別なクリスマスプレゼントをひとつだけ準備して持ってきてほしいんだ」
それを聞いたアクセプタとレジーナは思わず顔を見合わせる。それぞれが浮かべた表情は違えど、どうしたものかと二人揃って困惑している様子が見て取れた。
ポシェットの蓋を閉めたモイが小首を傾げる。
「特別なクリスマスプレゼントって?」
「モイも、昨日のパーティでみんなにプレゼントを配ったよね。それとは別に、モイの気持ちがたくさん詰まったプレゼントをひとつだけ準備してほしいんだ。モイの嬉しい気持ちや感謝の気持ちを、届けたいと思う相手に」
「なるほど。わかった」
答えるなりモイは立ち上がる。
「お茶会が始まるのは昼頃だよね。それまでに準備してくる」
そう言ったモイは、善は急げと言わんばかりに部屋へ戻っていった。どうやら、モイなりの特別なクリスマスプレゼントを準備するようだ。
彼女の背中を見送ったティアリーがハッとした様子でパーチェの腕を引く。
「こうしちゃいれません! パーチェさん、わたしたちもプレゼントを準備しに行きましょう!」
「ええ。ぜひ」
「セプたんとレジーナも行きましょう!」
翅を震わせるティアリーは若干高度を上げながら、声を弾ませた。
しかし、レジーナは申し訳なさそうにへらりと笑う。
「せっかく誘ってくれたけどごめん、ティア。私、このあとちょっと予定があって、一緒に行けないの。また今度誘ってね!」
「あー……、アタシも今回はパスしとく」
「そうなんですね。じゃあパーチェさん、二人で行きましょう!」
ティアリーはウキウキとした様子でパーチェの肩に座った。
パーチェは楽しそうに笑いながら立ち上がる。
「あら。ティアリーちゃん、ヴィクリくんは誘わないの?」
「いいんです。ヴィクリが一緒だとサプライズになりませんから!」
「ふふ、確かにそうだわ。ティアリーちゃん。私のプレゼント選び、手伝ってね」
「もちろんですよ~!」
ティアリーとパーチェは楽しそうに話しながらコテージを出ていく。
呆けた顔で彼女たちの背中を見送っていたヴィクリは、ハッとした様子で飛び上がると、器用にアウトリタの袖だけを掴んで引っ張る。
「なァにボーっとしてんだビビリ! オレ様たちも買いモンに行くぞ!」
「へ? オレか? グローウィンやヒロじゃなくて?」
目を丸くしたアウトリタはダイニングテーブルの方を振り返る。
話題に上げたヒロもグローウィンも表情こそは微笑ましそうにしているが、椅子に座ったまま重い腰を上げる様子はない。のんびり屋のグローウィンはいつものことだが、こういう時に率先して行動するヒロも静観しているのは珍しいことだった。
魔物恐怖症のアウトリタとしては、こうして友好的な関係を築いている小さな悪魔族の友人とともに出掛けることに不服はないのだが、できればもう一人同行してくれると有り難いというのが本音である。
しかし、ヴィクリはそんなことお構いなしで。
「テメェが行くに決まってンだろォ! それと、兵器は連れてってやってもいいが、勇者はダメだ。アイツは役立たねェ」
「ヒロがそう言われんのは珍しいな。何かあったのか?」
「プレゼントの選び方が重てェんだよ」
「へえ」
アウトリタはヒロを見やった。
レジーナが食器を洗う音だけが響くコテージ内では、ヴィクリとアウトリタの会話はこの場にいる全員にすっかり筒抜けているのである。
目が合ったヒロは困ったような苦笑いを浮かべた。
「別にそんなつもりはなかったんだが……」
「よく言うぜェ。ありゃ詫びの品選びじゃなくて記念日の贈り物選びっつーンだよ」
その話題は買い物当日にヒロとヴィクリの間でも上がっていた。
あの日ガラス製のティーポットを見つけたヒロは、レジーナが好きそうだからとの理由だけで小物など含め全種類が入ったフルセットを迷わずに選んだのだ。驚いたヴィクリがポットとカップだけのシンプルなセットを勧めるもヒロは、せっかくなら全部揃ってるほうが嬉しいだろうし、そのほうが大事に長く愛用してくれそうだと言って聞かなかったのだ。贈ったことは微塵も後悔していないヒロだが、あの後一式全部を必死にウエストバッグにしまうレジーナの姿を目の当たりにして、しまう時のことは考えてなかったなと少しだけ申し訳なく思ったのも事実である。
フリィがニコニコとした様子で口を開く。
「まあ、ヒロは何事にも全力だからね」
「だァから重てェんだよ」
「僕はいいと思うよ。それがヒロのいいところだし、レジーナもすごく喜んでたし」
それを聞いたアクセプタとアウトリタはレジーナへ目を向けた。素知らぬ振りをしている彼女の、水色の髪の隙間から見える耳が赤くなっているのを見たアクセプタはニヤりとすると、何かを耳打ちして彼女をからかっている。
アウトリタは立ち上がった。
「まあ確かに、オレもプレゼント買ってこねぇとだしな」
「ヨッシャ! 行くぞビビリ!」
「なら、グローウィンも行こうぜ。プレゼント、何も準備してないだろ?」
「そうだね~。でも、自分も一緒に行ってもいいのかい?」
「いいだろ、ヴィクリ?」
「兵器なら構わねェよ。おらテメェら、さっさと行くぞ!」
アウトリタの袖を引っ張るヴィクリと、少し引け腰ながらも素直についていくアウトリタ、ゆっくりと立ち上がったグローウィンの三人がコテージを出ていく。
彼らを嬉しそうに見送ったフリィは、満は持したと言わんばかりにヒロを振り返る。
「それじゃあヒロ、準備しようか」
「ああ、任せてくれ!」
ヒロは頼もしそうな笑みを浮かべて立ち上がった。
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