クリスマスイブ、その夜
ヒロはベッドの上に座って読書をしていた。読んでいるのは、クリスマスパーティで貰った本である。就寝前、ヒロはフリィやヴィクリに配慮してリビングのソファで読もうとしていたのだが、現在この部屋には彼しかいなかった。
というのも、ヴィクリはクリスマスプレゼントのパズルを組み立てるためにティアリーとともにグローウィンたちの部屋に行き、そのままグローウィンと一緒に寝たのだと彼らと同室のアウトリタが微妙そうな顔で教えてくれた。一方でフリィは、ちょっと用事があるから先寝てて、とだけ言い残して部屋を出たきり戻っていない。
不意にヒロの手が止まった。
「…………?」
物音が聞こえた気がして顔を上げる。
だが、その目線の先で部屋のドアが開く様子はなく、彼はフリィが戻ってこないことを確認すると再び本へと視線を戻した、が。ややもせずにヒロは栞を挟んで本を閉じると、再び部屋のドアへと目線を向ける。気のせいでなければ、先程聞こえた物音はコテージの玄関扉が閉まる音ではなかっただろうか。
迷ったのは一呼吸にも満たない間で、ヒロがベッドから降りようとした時だ。
「あれ? ヒロも起きてたんだ?」
部屋のドアが開き、フリィの声が聞こえた。
動きを止めたヒロが見やった先にいるフリィは、部屋のドアを静かに閉めているところだった。フリィは何故かクリスマスパーティの時にも被っていた赤い帽子を被っており、彼は部屋に入るなり自身が使用するベッドへと直行する。
ヒロは声量を抑えつつフリィへと声をかける。
「フリィ! お前、こんな時間まで何してたんだ?」
「みんなにプレゼントを届けてたんだ」
フリィは至極当然と言わんばかりに答えた。
言われてみれば、彼は室内だというのに配達用のバッグを肩から下げていた。しかし、みんなで準備したプレゼントはパーティの時に全て配り終えたはずである。
「プレゼント? 何でまた?」
ヒロの問いにフリィは言い淀む素振りを見せた。
返答に迷っていたのかと思えば、彼は何の躊躇いもなく喋り始める。
「実は……、ちょうど二週間くらい前かな? レジーナから、クリスマスイブの夜にみんなにプレゼントを届けようって計画を持ちかけられたんだ」
「レジーナから?」
「うん。レジーナがね、モイとティアリーがクリスマスプレゼントを楽しみにしてる姿を見ちゃったら計画しないわけにはいかないじゃん、ってすごく張り切ってて。それで、配達員で没キャラの僕ならこっそり枕元にプレゼントを置くのに適任だからって僕に相談してくれて。みんなに配るプレゼントを、二人で何にするか考えて、レジーナが準備して、僕が配ることになったんだ」
穏やかに微笑むフリィが事情を説明する。
「なるほどな。聖女からのプレゼントか」
「そういうこと。みんなに内緒の計画だから、本当は誰にも言わない約束だったんだけどね。だからヒロ、みんなにもレジーナにも内緒にしてね。じゃないと僕がレジーナに怒られちゃう」
「ああ、もちろんだ」
ヒロは頷いた。幼馴染み二人の内緒の計画に自分だけ仲間外れだったことに一抹の寂しさを感じないわけではないが、同時に、内容を聞いた限りでは声をかけられなくても仕方ないとも思えるわけで。こうして、フリィからこっそりと話を共有してもらえただけでもヒロにとっては十分だった。
フリィは自身のベッドの上に座るとバッグの中身を整理し始めた。
それを横目にヒロはベッドに寝転がる。
そして、ふと、あることに気付いた。
「ん? てことはフリィじゃないのか?」
「何が?」
「さっき、玄関が閉まる音が聞こえた気がしたんだが」
「あ、それ、よく気付いたね。さっきレジーナが帰ってきたんだよ」
フリィはあっけらかんと言った。
それを聞いたヒロは弾かれるように飛び起きる。
「帰ってきた? またあいつ、黙って勝手にどこか出掛けたのか?」
「違う違う。今のは僕の言い方が悪かったかも。レジーナ、ちょっと外の空気吸ってくるって表に出てたんだ」
「何だ、そうだったのか」
ヒロは安堵したように胸を撫で下ろした。
何かする前にヒロに伝えると約束をしたのはつい先程の話だ。舌の根も乾かぬうちに破られたのかと思ったが、さすがに考えすぎだったらしい。ヒロはレジーナが約束を反故にするとは微塵も思っていないが、それでも、彼女なら万が一という可能性を捨てきれないのもまた事実である。
ヒロはフリィのほうへ視線を向ける。そうして視界に飛び込んできた物を見て、今度は驚いて目を丸くした。
フリィの手には、掌に収まるほどの小箱があった。
「それ、レジーナの……」
「あれ? ヒロ、知ってたんだね」
フリィはジッとヒロを見つめると、穏やかに微笑む。
「そんな顔しないでよ。これはヒロへのプレゼントなんだからさ」
「俺?」
「うん。本当は枕元に置く予定だったんだけど、見られちゃったなら仕方ないよね」
フリィはそう言ってヒロにプレゼントを差し出す。
「はい、ヒロ。メリークリスマス」
「あ……ああ、ありがとな、フリィ」
戸惑いつつもヒロは大事そうに小箱を受け取った。
まだ記憶に新しいそれは、きっと、特別な贈り物なのだろう。
深い藍色のシンプルなデザインの箱は白色のリボンで装飾され、結び目のところに青色の花飾りが添えられている。それは石の魔女から薬の代金として受け取ったバスケットの中にリンゴと一緒に、それも隠すように置かれていた。それがレジーナが準備した特別な贈り物だろうと直感的に思えたのは、ヒロにも覚えがあるからだ。
だから、――だからこそ思ってしまうのだ。
「…………どうせなら、直接渡してくれればいいのに」
「でも、名乗らないで渡す気遣いもあるよね」
フリィの言葉に、ヒロは素直に頷けなかった。
確かに彼の言う通り、名乗らずに渡せば受け取り相手に下手な気を遣わせることはないだろう。ヒロ自身としてはその考えには痛いほどに同意できるが、それでも、受け取る立場になるとちゃんと手渡してほしいと思ってしまうわけで。そんな複雑な思いごと藍色の小箱を大切そうに握りしめた。
それから、ヒロは枕元に置いた自身のウエストポーチに目をやる。
そうして考える素振りを見せた彼は、意を決したようにフリィを見た。
「……フリィ。手伝ってほしいことがあるんだ」
「任せてよ。僕にできることなら、協力するよ」
フリィは穏やかな声でそう言った。親友の返答に背中を押されたヒロは、自身のウエストポーチを掴むとその中から大事そうに何かを取り出した。
それは、豪華な装飾がされた、掌に収まるほどの小箱である。
生成り色のシンプルなデザインの箱は金色のリボンで装飾され、結び目のところに赤色の花飾りが添えられている。言うまでもなく、先程受け取ったレジーナからの特別な贈り物と色違いの同じデザインだ。
実は昨日、ヒロは石の魔女を引き止めて、この相談を持ち掛けていた。
想いを、願いを込めた特別な贈り物がしたいのだと。石の魔女なら、それに見合う商品を取り扱っているのではないかと。
眉根を寄せて話を聞いていた女性は一つだけヒロに質問をした。
「なぜ石なのじゃ? 贈り物なら花でも良いではないか。薬の魔女でも、お主の望む通りの贈り物を準備してくれるだろうに」
「それだと意味がないというか……、その、花は違うんだ」
「なぜじゃ?」
「今年はみんなで過ごす初めてのクリスマスなんだ。だから今年は……今年だけは、ずっと記憶に残るようないつまでも手元に残せるような、特別な物を贈りたいんだ」
真剣な顔で告げたヒロの言葉に、しばし考えた後で石の魔女は頷く。
「本当は人間相手に取引せんのじゃが、クリスマスは稼ぎ時でもあるからのう。お主は勇者だし、特別にわたくしの商品を売ってやってもいいわい」
「本当か! 助かるよ、ありがとう!」
そうして受け取ったのが、今ヒロの手にある小箱だった。
クリスマスパーティの時にレジーナに渡したお詫びの贈り物とはまた違う、ヒロの想いを――願いを込めた特別な贈り物である。
ヒロは手元の小箱に視線を落とした。
レジーナが準備した藍色の小箱と、色違いだが揃いの、生成りの小箱。
まさか同じような贈り物を準備しているとは、夢にも思わなかった。
「俺、レジーナから毎年クリスマスプレゼントをもらうたびに、気の利いたプレゼントをひとつも返せないことが申し訳なくてさ。でも、それ以上に律義に準備してくれるレジーナの気持ちが嬉しくて、いつかまとめて返したいって思ってたんだ」
そう思うからこそ、ヒロは毎年クリスマスが近くなると今年こそは何かお返しがしたいと思い馳せ、その度にフリィにプレゼントを買ってきてもらおうかと考えるのだが、何となくそれは違うような気がして結局一度も決行したことはなかった。
「それで、ようやく見つけたんだ。俺はこれをレジーナに贈りたい」
「うん。良いと思うよ。……それで、ヒロは何を悩んでいるの?」
「……本音を言うと俺、今フリィから渡されたプレゼントを、レジーナから直接受け取りたい。きっとレジーナもあの贈り物に想いや願いを込めてるはずだから、その気持ちをなかったことにしたくないんだ」
「そっか。ヒロの考えはよくわかったよ」
フリィは得心のいった様子で頷くと、微笑みながら言う。
「ヒロ。一ヶ月前に僕が言ったこと覚えてる?」
ヒロは唐突に振られた話題に困惑しながらも頷く。
「あ、ああ。それって、長年の願いってやつだよな?」
「そう、それ。……僕ね、ピーク村にいた時からずっと、僕の夢とレジーナの本心とヒロの我儘、その全部が叶うクリスマスを過ごしたいって思ってたんだ」
突拍子もないフリィの発言に、ヒロは無遠慮に眉をひそめる。
どことなく抽象的というかアバウトな願いを聞かされたような気分になったが、要約するに、ヒロとフリィとレジーナの三人が心から望むクリスマスを過ごしたいということなのだろうか。ヒロは困惑とも怪訝ともとれる表情を浮かべた。
それを見たフリィは、困った顔でポリポリと頬を掻く。
「つまり、僕はヒロの我儘を叶えたいんだ。だって、ようやくヒロが内に抱えていた思いを言ってくれたんだよ。僕、ヒロが話してくれるのをずっと待ってたんだ」
「……俺、そんなにわかりやすいか?」
「それは僕にもわからないよ。……でも。ヒロは毎年クリスマスイブのディナーが終わった後は少しだけつまらなさそうな顔してたから、何か思うところがあるんだろうなとは思ってたよ」
フリィの言い分から察するに、ヒロの祖父でもある村長もまた気付いていたと思って間違いないだろう。自分では取り繕えていたつもりになっていただけで、その実、筒抜けだったことがこうも赤裸々に告げられると恥ずかしさが込み上げてくる。
ヒロはその気恥ずかしさを誤魔化すように、少しキツめの口調で言う。
「じゃあ、フリィの夢って何なんだよ」
「僕? 僕の夢は、僕とヒロ、それからレジーナも一緒に三人でクリスマスイブのディナータイムを過ごして、あの特別なアップルパイをみんなで食べることだよ。……だから、今年は僕たち三人一緒で、それだけじゃなくてセプたんたちも一緒に楽しいクリスマスパーティ過ごせて嬉しかったし、おかげで僕の夢は半分叶ったんだ」
フリィは嬉しそうに笑った。
だが、ヒロには違和感が拭えなかった。
ヒロが知る限りでは、こうして旅に出る前はフリィとレジーナに交友はなかったはずである。フリィは配達員だから一方的に彼女のことを知っていたが、レジーナのほうは没キャラである彼のことをヒロの親友であることしか覚えていない。そんな彼らの間に、一緒にクリスマスイブのディナーを過ごしたいと思えるほどの関係性があったとはヒロにはどうしても思えなかったのである。
そう考えたヒロの思考に気付いたのだろう。
フリィは困ったような微笑みを浮かべた。
「確かに僕とレジーナはピーク村にいた頃は同じ村民として挨拶する程度の間柄だったけど、でも、本当なら一緒にクリスマスイブを過ごせるはずだったんだよ」
「何だそれ? そんな話聞いたことないぞ?」
「そりゃそうだよ。これは村長とレジーナのお母さんの間で計画されて、レジーナの突然の行動でなかったことになった、内緒の話だからね。……もう時効だと思うからヒロには話すけど、実はね、レジーナたちが村に引っ越してきた最初のクリスマスイブの時に、僕と同じようにレジーナもヒロの家に呼んで、一緒にクリスマスディナーを食べることになってたんだよ」
フリィのカミングアウトにヒロは眉根を寄せた。
そんな内緒話があったことはともかくとして、どうしてレジーナがヒロの家でクリスマスイブを過ごす計画が立てられたのかヒロには理解できなかったのである。だって、独り暮らしのフリィと違ってレジーナは母親と一緒に暮らしているのだから、その日は自宅で過ごすはずだろう。
構わずにフリィは言葉を続ける。
「だって、レジーナのお母さん、毎年この時期はピーク村にいないんだよ」
「――は?」
「レジーナのお母さん、クリスマスイブは先代の薬の魔女の墓参りに出掛けて、古い知り合いに薬を渡してるんだって。以前はレジーナも一緒だったみたいだけど、ピーク村に引っ越してきてから、レジーナは友だちとクリスマスを過ごすってことで、お母さんと一緒に行かないで留守番してたんだって」
その言葉を聞いたヒロは、返す言葉が何一つ出てこなかった。
フリィはこんな嘘を吐くような人物ではないことは、誰よりもヒロが一番よくわかっている。だからこそ、彼の言葉は事実なのだろうとすんなり受け入れられたのである。けれど、……いや、だからこそ。理解ができなかったのだ。だってヒロは、レジーナがクリスマスは母親と一緒にケーキを食べて過ごしたと楽しそうに語ってくれたことが嘘だったとも思えないのだ。……思いたくない、だけなのかもしれないが。
「そんな顔しないでよ、ヒロ。僕がヒロにこの話をしたのは、このエピソードがヒロの我儘を叶える手助けになると思ったからで、それに、ヒロが協力してくれればレジーナの本心も叶えられる気がしたからなんだ」
「そうだ、レジーナの本心。フリィは知ってるのか?」
「ううん、それは僕にもわからないんだ」
フリィはあっけらかんと言った。
そんなハッキリと否定されると思っていなかったヒロは、思わず出鼻を挫かれたような気持になる。しかし、三つ中二つも不明な状態で三人の要望を叶えたクリスマスを過ごすことが願いだと断言する辺りは、何とも彼らしい。
内緒の計画を知った今ならわかる。おそらくフリィの夢とは、彼だけのものではなく村長やレジーナの母親の望みも汲み取った願いだったのだろう。何しろフリィは、ヒロやレジーナに負けず劣らず、誰かのために全力を尽くすような人物なのだから。
「レジーナの本心、な……」
ヒロは二つの小箱に視線を落として思案する。
一度だけ。……本当に一度だけ、レジーナはクリスマスもヒロと一緒に過ごしたいと思っていると言ってくれたことがあった。それが本音だったのか社交辞令だったのか当時のヒロにはわからなかったが、フリィから彼女の隠し事を聞いた今なら本気だったのだとわかる。不意にヒロの脳裏によぎったのは、石の魔女が去り際に、今年は寂しくなさそうで安心した、と呟いていた言葉だった。だが、もし彼女の本心がクリスマスを一人ぼっちではなく親しい人と一緒に過ごしたいという想いであるのなら、フリィ同様すでに叶っていると言えるだろう。
「フリィが期待してくれるのは嬉しいが、俺には荷が重すぎないか? それに、考える限りだとレジーナの本心はもう叶ってるような気がするし……」
「大丈夫。その確認も含めて、僕に良い作戦があるから」
「作戦?」
「うん。僕の残り半分の夢を叶えつつ、ヒロの我儘を後押しする作戦だよ」
そう告げるフリィは自信満々な様子で、どことなく嬉しそうな声をしている。
具体的な内容は何一つわからなかったが、フリィの残り半分の夢も自分も我儘もレジーナの本心とやらも叶えられそうな気がしてくるから不思議だ。
「よし。その作戦、俺も乗った。フリィの長年の夢ってやつ、絶対叶えような!」
ヒロは迷わずに、二つ返事で即答した。
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