クリスマスイブ

 そして。ついに、クリスマスイブになった。

 日が沈むとともにツリーが点灯し、コテージの共用リビングは楽し気な空気と賑やかさに包まれていた。

 温かみのあるオレンジの電球色が照らすリビングは、ティアリーとモイとアウトリタ、そしてヴィクリ、アシスタントのグローウィンたち飾りつけ担当の尽力により、クリスマスツリーをはじめとした飾りつけで賑やかになっていた。クリスマスリース、星や雪のクリスマスガーランド、靴下やツリーなどクリスマスモチーフを型取った手作りの紙製オーナメントが壁全面に飾ってあり、そして、七色のモールやクリスマス色のバルーンが天井から吊るされている。盛りに盛った飾りつけはごちゃごちゃとしていてお洒落とは程遠かったが、賑やかで楽しいクリスマスパーティにとてもよく合っているだろう。

 備え付けのカウンターキッチンでは食事担当のパーチェとレジーナがご馳走作りの追い込みをしており、同じく食事担当だがやることが終わって手持ち無沙汰のアクセプタがせっせと完成した料理をテーブルに運んでいる。そんな彼女たちの手伝いを名乗り出た買い出し担当のヒロとフリィは、アクセプタに言われるまま食器やグラス、カトラリーを準備してテーブルセッティングをしている。

 最後にヒロが、持っていた料理をテーブルの上に置く。

「よし、これでひとまず準備完了だな」

「うん、そうだね。お待たせみんな。クリスマスパーティを始めようか」

 フリィの言葉を合図に、十人全員がダイニングテーブルに揃った。

 座り順はダイニングテーブルのキッチン側、一番キッチンに近い席からパーチェ、レジーナ、モイ、テーブルに座るティアリー、アクセプタと並び、アクセプタと向かい合うフリィ、ヒロ、テーブルに座るヴィクリ、グローウィン、アウトリタの順で席に着いている。

 だが、座った直後にアウトリタが勢いよく立ち上がった。

「乾杯の前に、オレとパーチェから、みんなにクリスマスプレゼントがあるんだ!」

「じゃん! シャンメリーよ!」

 アウトリタに続けて、パーチェがシャンメリーの瓶一本を全員に見せる。

 以前訪れたとある町で振る舞ってもらったワインによく似たフォルムの瓶にレジーナとモイが目を輝かせ、ヒロが戸惑ったように眉根を寄せ、アクセプタが思わずと言った様子で表情を引き攣らせた。

 聞き慣れない単語にフリィが首を傾げる。

「シャンメリーって何? 僕、初めて聞いたよ」

「シャンパンによく似たノンアルコールの炭酸飲料よ。酒豪の多いランパートでは有名な、人気の高いパーティ用のドリンクなの」

 それを聞いたグローウィンがどことなくしょんぼりとした様子で口を開く。

「ノンアルコールってことはお酒じゃないのかい?」

「ええ。リタから、みなさんにお酒を飲ませたら悲惨なことになる人がいると聞いたから、アルコールの入っていないソフトドリンクを準備したわ」

 シャンメリーを手にパーチェが微笑む。

 彼女の説明にアクセプタはホッとした様子で胸を撫で下ろした。ヴィクリとパーチェを除いた八人のうち、誰とは言わないが、飲んだ途端に言動に制御が利かなくなるのが二人、酔っ払うとぶっ壊れるのが三人と、半数以上が悲惨なことになる。そのうち反省したのは二人だけで、残りの三人は釘を刺しても性懲りもなく悲劇を繰り返そうとするので、アクセプタにとっては悩みの種の一つでもあった。

 ヒロはアルコールではないという事実に安堵した後で爽やかに笑う。

「ありがとな、アウトリタ! パーチェ!」

「おう! ホワイトとロゼがあるから、好きなほうを選んでくれ」

 アウトリタが、パーチェからシャンメリーの瓶を受け取りながら答えた。

 その言葉にレジーナが即座に手を挙げる。

「はいはーい! 私、ホワイトがいい!」

「早ぇよ」

「ワタシもホワイト。レジーナと一緒にする」

「へいへい。わかったから開けるまで待ってろ」

 言いながらアウトリタはホワイトシャンメリーにテーブル布巾を被せる。それから、瓶を持って布巾をクルクルと回し始めた。

 それを見ながらヴィクリが誰に向けるでもなく問いかける。

「なァ、酒って美味ェの?」

「美味しいですよ~! 頭がふわふわして、楽しい気分になるんです~」

 答えたのは、妖精サイズのグラスを持ってソワソワと待つティアリーだ。

「ふゥん。酒ってよくわかんねェな」

「ヴィクリは酒を飲んだことがないのか?」

「ねェな。酒はニンゲンの飲み物だしなァ。勇者は飲んだことあんのか?」

「ああ、一応飲んだことはあるが……、俺は体質的に飲めないんだ」

 ヒロが苦笑いでそう答えた直後。

 ポンッと威勢のいい開栓音が響いた。

 ヒロとレジーナとグローウィンが歓声を上げ、テンションの上がったティアリーとヴィクリが思わず浮き上がる。アウトリタがコルク栓ごと布巾をテーブルに下ろせば、封の開いたシャンメリーから僅かに煙が出ているのが確認できる。それを見たモイが我先にとグラスを突き出し、パーチェが笑顔でそれを受け取る。

「なァ。ソレ、いらねェならオレ様にくれよ!」

「これか? ああ、いいぜ」

 ヴィクリの言葉に頷いたアウトリタはコルクを彼に向けて投げる。綺麗な放物線を描いたコルクを見事キャッチしたヴィクリは嬉しそうにニヤリと笑った。

 それを見ていたティアリーが声を上げる。

「え~! ヴィクリばっかりズルいです!」

「早い者勝ちに決まってンだろォ」

「トリたん。ワタシも欲しい」

「じゃあ、これ開けたらモイにやるよ」

「やった」

「トリたん! モイちゃんの次はわたしにくださいね!」

「わかったわかった。順番にな」

 グローウィンがアウトリタの足元を見ながら言う。

「自分はロゼを飲んでもいいかい」

「もちろんだ。今そっちも開けっから」

 そう言ったアウトリタが再びコルクを開けようと、布巾を被せてクルクルと回し始める。直後にもう一度響いた開栓音に、再びヒロとレジーナが歓声を上げた。

 そんな全員を眺めることができる位置に座っているフリィが、同じように、はしゃぐ仲間たちを楽しそうに眺めているアクセプタへ笑みを向ける。

「いい出だしだね、セプたん」

「だな。何だか楽しくなってきたな」

 二人の視線の先では、アウトリタからシャンメリー瓶を受け取ったパーチェが各自のグラスにそれぞれ希望のシャンメリーを注いでいて。フリィとアクセプタも希望の味を伝えながらパーチェへグラスを差し出す。

 そうして、全員のグラスにシャンメリーが注がれた。

「よし。全員もらったな? じゃあフリィ。乾杯の挨拶を頼む」

「えっ僕?! ヒロじゃなくて?」

「当たり前だろ。パーティをやろうって最初に言ったのはフリィなんだから」

 そう言いながらヒロは笑った。

 唐突な振りに戸惑ったフリィが仲間たちを見回せば、誰もヒロの意見に異論はないようで全員がフリィの言葉を待っている様子が窺える。

 それを目の当たりにしてフリィは大きく頷いて応える。

「……上手くできるかわかんないけど、わかった。やってみるよ」

 フリィはそう言って、ロゼシャンメリーの入ったグラスを持って立ち上がった。

 彼が立ち上がる理由がわからずヒロとアクセプタとアウトリタは不思議そうな顔をし、続くようにグラスを持って立ち上がろうとしたモイをティアリーが座らせた。神妙な空気感に何かを察したレジーナがすでに笑いを堪えた顔でフリィを見つめ、グローウィンとパーチェとヴィクリはグラスを片手に乾杯の挨拶を待っている。

「えーっと、こうしてみんなでクリスマスパーティができて、本当によかったよ」

 ニコニコと笑みを浮かべるフリィが語り出す。

「ピーク村では、クリスマスイブは家族で豪華なクリスマスのディナータイムを過ごすって習慣があって、僕は毎年ヒロの家で僕とヒロと村長の三人でクリスマスイブを過ごしてたんだ。毎年クリスマスにはこの日しか食べれないご馳走を食べてたんだけど、その中でも僕が特に好きだったのが、……あ、その前に。そもそも僕がヒロの家に呼ばれるようになった理由なんだけど――」

「待て待て!」

 思わずアクセプタが声を上げた。

「どうしたの、セプたん?」

「なげーよ!」

「え? でもまだ全体の一割も話してないよ?」

「見てくださいフリィ。モイちゃんが待ちきれずに獲物を狙う目で料理を見てます」

「そっか。ごめんねモイ。待たせちゃって」

「ううん、大丈夫」

 答えたモイは、しかし、その視線が料理から外されることはない。まだ腹の虫が鳴いていないので空腹に耐えきれないわけではないようだが、この様子では時間の問題だろう。

「それじゃあ改めて。みんな、今日のパーティを楽しもう。乾杯!」

「乾杯!」

 フリィの言葉を合図に、全員の声が重なった。

 思い思いにシャンメリーを飲み、それから、テーブルに並んだ料理に手を伸ばす。

 一番乗りだったのは一口だけシャンメリーを飲んだアウトリタで、彼は大皿に山盛りに載ったフライドポテトをごっそりと自分の分の取り皿に移している。そこはかとなく嬉しそうな雰囲気を纏ったモイがそれに続き、勢いよくシャンメリーを飲み干した彼女は目の前に置いてあったミートボールとブロッコリーとプチトマトのツリー盛りを皿ごと引き寄せた。

 グラスをテーブルに置いたヒロが声を弾ませる。

「モイの取ったそれ、クリスマスツリーみたいだな!」

「ツリーをイメージしたって聞いたよ」

「へえ、すごいな。もしかして、この茶色いやつはミートボールか?」

「たぶん、そう」

「俺もそれ食おうかな」

 ツリー盛りはそれほど大きくないからか、テーブルの各所に置いてある。ヒロは自身の目の前にあるツリー盛りを皿ごと取って自身の目の前に移動させた。

 その隣でフリィがヒロの邪魔をしないように気を付けながら、テーブルの中央の大皿に並んでいる小さなココットを二つ、自身の取り皿に載せる。その中身は、シュレットチーズがたっぷり乗ったベーコンペッパーのポテトグラタンである。

「このグラタン、小さな器に入ってるんだね」

「デケーと他の料理が食べ切れねーだろ」

「わたしにもちょうどいいサイズで嬉しいです~」

 ティアリーもポテトグラタンをひとつ手に取った。

 その斜め向かい側では、グローウィンがヴィクリのために大皿からパスタを載せている。何のソースもかかっていない素パスタだが、オリーブオイルがかかっているからかパスタ同士がくっついてしまう事態にはなっていない。

「これぐらいで足りるかい?」

「あァ、バッチリだ」

「ソースはどっちにするかい?」

「つってもよォ、この赤いのと緑色の、一体何味なんだァ?」

「セプたん、ソースは何味だい?」

「えーっと何だっけな。めんどくせーや、作ったの薬屋だから本人に聞いてみ」

「え、何?」

 アクセプタの言葉にレジーナが振り返った。彼女が手にした取り皿には、パーチェが取り分けたローストビーフサラダが小さな山を作っている。

 グローウィンが続いて自分の分のパスタを取り分けながら問いかける。

「レジーナ、パスタのソースは何味だい?」

「パスタソースはね、赤いのがトマトソースで、緑のがバジルソースだよ。クリスマスっぽい色でいいでしょ!」

「へェ。じゃあオレ様はトマトソースにすっかなァ」

「自分はバジルソースにするよ」

 ヴィクリとグローウィンがそれぞれでパスタにソースをかけた。

 それを横目で見ながらアウトリタは、取り皿に盛った山盛りのフライドポテトを半分食べ終わったところで言う。

「なあ、グローウィン。その後で構わねぇが、グラタン二個とってくんねぇか?」

「ワタシがとってあげる」

「サンキュー、モイ。シャンメリーのお代わりいるか?」

「いる」

 アウトリタがモイのグラスにホワイトシャンメリーを注ぐ。

 サラダを食べながらレジーナはそれを眺めていたが、食べ終わるなり彼女は唐突に立ち上がった。キッチンに向かって行く彼女に気付いたアクセプタも席を立ち、その背中を追う。

 ヒロは思わず食事の手を止めてそれを見ていた。だが、横から静かに伸びてきた手に気付くと、ハッとした様子で今まさに食べ途中だったツリー盛りへと視線を戻す。

「あっ、フリィお前、俺の皿からブロッコリーとっただろ」

「もらったよ。こっちのブロッコリーのほうがサラダに乗ってるやつより大きくて色が綺麗なんだ」

「だったら、そっちの手付かずの皿からとればいいだろ」

「ブロッコリーだけとったら、せっかくのツリーが崩れちゃうよ」

 そんな二人の会話を聞いていたティアリーがクスクスと楽しそうな笑い声を零す。

「ヒロは上から一つずつ丁寧に食べるんですね。ヴィクリなんて、ツリーの跡形もないですよ」

 ティアリーの言葉に、ヒロとフリィは同時にヴィクリに目を向ける。

 いつの間にツリー盛りを確保していたヴィクリはミートボールだけ綺麗に食べ終えており、プチトマトが半分とブロッコリーが一切手をつけられないまま残っていた。

 三人の視線に気付いたヴィクリが、フライドポテトを食べながら振り返る。

「ンだよ」

「ヴィクリ。そのブロッコリー食べないなら僕がもらってもいい?」

「いいぜェ」

 答えたヴィクリは生野菜には興味がないようで、ツリー盛りの残りをヒロのほうに押しやると今度はポテトグラタンに手を伸ばしていた。ヒロがその皿をフリィへ渡せば、受け取ったフリィはニコニコとブロッコリーを食べ始める。

 ヒロは自身のツリー盛りを食べ終わらせると、今度はパスタを取り皿に盛った。

 そんなヒロの前に座っているモイは一心不乱に何かをボリボリと食べている。

 それに気付いたグローウィンがしばらくモイの様子を眺めていたが、モイ一人で器の中身を食べ切りそうな頃に静かに問いかける。

「ところで、モイは何を食べているんだい?」

「わかんない。けど、美味しくて癖になる」

「ローストアーモンドよ。ランパートでは定番の、クリスマス料理のひとつなの」

 パーチェが横から説明する。

「作り置きがたくさんあるから、なくなったら言ってね。追加の分を持ってくるわ」

「やった。じゃあいっぱい食べる」

 モイのその様子に興味を持ったグローウィンもまた、彼女が独り占めしているのとは別の器に入っているローストアーモンドを一粒食べてみた。ザクッという食感とともにパッと表情を明るくしたグローウィンからは、言葉がなくともモイ同様にローストアーモンドが気に入ったことが伝わってくる。パーチェは嬉しそうに微笑んだ。

 と、そこに、キッチンに行っていたレジーナがウキウキとした様子で戻ってくる。

「お待たせ! メインディッシュだよ!」

 その一言で全員の注目を一瞬で掻っ攫ったレジーナは、直後にサッと道を開けた。

 彼女の後ろには大皿を両手で持ったアクセプタがいて。

 大皿には、丸々一匹の鶏をじっくりと焼いたクリスマスチキンが載っている。

 それを見たフリィとヒロ、アウトリタ、モイ、ヴィクリが同時に声を上げる。

「おぉ」

「すごいな!」

「美味そうだな!」

「これがクリスマスチキン……!」

「すげェ!」

 大皿には他にも、レタスがチキンの下敷きになっており、香りづけのハーブ、フライドポテト、赤と黄色のパプリカが彩りとして添えられていた。

 レジーナがテーブル中央にあるグラタンが乗っている大皿をどかすと、残り二つだったグラタンをモイとアウトリタがそれぞれ貰っていく。皿を持ってキッチンに戻ったレジーナと入れ替わるようにアクセプタが、その開いたスペースにクリスマスチキンの皿を置いた。

「みんなで切り分けるタイプのチキンなんだけどさ、これだけじゃ、自警団や迷子が腹いっぱいになんねーだろ」

 アクセプタの言葉にフリィが頷く。

「確かに。なかなか大きいけど、十人で分けたら少し足りないかもね」

「だろ? だから、メインディッシュはもう一つあんだよ」

 そう言ってアクセプタはニヤリと笑った。

 直後、レジーナが両手に料理を持って戻ってきた。

「じゃーん!」

「パイシチューか!!」

 声を弾ませたヒロが嬉しそうな顔で立ち上がった。

 レジーナが両手に持っているのは、こんがりときつね色に焼き上がったドーム状のパイ生地に包まれたパイシチューである。器こそは違うものの毎年食べている物と寸分違わないそれを、ヒロは誰よりも先に手を伸ばしてレジーナから受け取った。

 彼女はもう片手に持っていたパイシチューをモイの前に置くと、残りを取りにキッチンへと戻る。それを見てパーチェが配膳を手伝うために席を立った。

 キノコのようなそのフォルムにモイとティアリーが同時に覗き込む。

「すごいね」

「可愛いですね~!」

 それを聞いたアクセプタが、クリスマスチキンにナイフを入れながら言う。

「勇者のリクエストだ。どーしても食いてーって言うから」

「ああ、そうなんだ! これ、本当に美味くてさ。今年も食えて嬉しいよ!」

「へえ。パイシチューってことは、中にシチューが入ってんのか」

「ああ。アウトリタも気に入ると思う。俺、大好物なんだ!」

「そりゃよかったな。オレも楽しみだぜ」

 ヒロとアウトリタが話している横でレジーナが追加で持ってきた二つのパイシチューを、一つはフリィに手渡してもう一つをアウトリタの前に置いた。大きなパイシチューはこの四つだけで、次にテーブルへ運ばれてきたのはハーフサイズかと思わんばかりに先程のよりも半分ほど小さな物だった。そして、ティアリーとヴィクリの前に置かれたパイシチューに関してはタルトぐらいに小ぶりである。

 アクセプタがフォークとナイフを手にクリスマスチキンを切り分けていく。

 目の前で行なわれる切り分けをモイとグローウィンが、それからティアリーとヴィクリも夢中で見つめており、パーチェと一緒に席に戻ったレジーナも目を輝かせて眺めている。切り分けたクリスマスチキンはモイ、ヴィクリ、ティアリー、グローウィン、レジーナ、アウトリタ、パーチェ、ヒロ、フリィ、アクセプタの順で選ぶ。残ったチキンは追加で食べたい人が早い者勝ちでとっていく形に落ち着いた。

 クリスマスチキンとパイシチュー。

 メインディッシュが揃い、改めて各自のグラスにシャンメリーが注がれる。

 誰よりも最初にメインディッシュに手を付けたのはヒロで、嬉しそうにスプーンでパイ生地を割っていく。割った生地をシチューに入れようとした彼はシチューの中にハンバーグがあるのを見つけると、顔を輝かせてフリィの肩を叩く。

「見ろフリィ! 中にハンバーグが入ってる!」

 その言葉にフリィは、今まさに食べようとしていたチキンを頬張ってから答える。

「ヒロ、毎年飽きずにそれ言うよね。あ、このチキン美味しい」

「よかったなフリィ。でも本当に、毎年感動すんだって、シチューもハンバーグも美味いしさ!」

「よかったねヒロ。僕、このチキン好きかも。味付けが美味しい」

「来年も食いたいな」

「うん。僕も、来年もこのチキンが食べたいよ」

 ヒロとフリィは夢中で食べながらそんな話をしていた。

 二人は互いに相槌は打つもののキャッチボールにはならない会話に気にした様子もなく、むしろ、ただ言いたいことを言い合っている状況ですらあった。だが、本人たちはもちろん同様にメインディッシュを夢中で食べている仲間たちも誰も気にも留めていない。……ただ唯一、それを目の前で聞いているアクセプタだけが、時折妙に居心地が悪そうにポリポリと頬を掻いていたが。


 そうして、大満足のクリスマスディナーのご馳走に舌鼓を打った後。

 あれだけあった料理は食べ残しもなく完食された。テーブルの上にあった料理皿はすべてキッチンのシンクへと移動し、残っているのは各自のグラスと、食後のデザートである三段ケーキスタンドに盛ったクッキータワー、そしてジンジャーブレッドマンクッキーが乗った大皿だけだ。

 すっきりしたダイニングテーブルの中央に、アクセプタがケーキの箱を置いた。

「よーしアンタら。美味い飯の後は美味いデザートだ!」

 その言葉にティアリーとモイとヴィクリの三人がテーブルの中央に集まった。

 もしこの場にいたら彼女たちと同様に喜んでいただろうレジーナはキッチンで、パーチェと二人で何かをしている。アウトリタがクッキーを口に入れつつ、準備した人数分のケーキ皿とフォークを、皿とフォークのセットにしてそれぞれに配っていた。

 アクセプタが箱からケーキを取り出す。

 目を輝かせたティアリーが、パチパチと両手を叩く。

「ブッシュドノエルです~!」

「ぶっしゅど……?」

 聞き慣れない単語にモイがクッキーを食べながら首を傾げた。

 出てきたのは、切り株ケーキとも呼ばれるブッシュドノエルだ。雪ダルマの砂糖菓子や、メリークリスマスと書かれたチョコプレートもバッチリ飾られていた。

 そんなモイの向かい側では、グローウィンが興味深そうにケーキを観察している。

「ずいぶんとお洒落なケーキだね」

「ケーキ屋の店主がクリスマス限定のケーキだっつーからな。限定品ならパーティにピッタリだと思ってさ」

 答えながらアクセプタはケーキナイフを構えて十等分に切るイメトレをしている。

 それを眺めつつ尻尾をゆらりと揺らしたヴィクリが言う。

「ケケケ。このケーキ、ちっせェからなァ。もう一品、何かあんじゃねェの?」

 その言いようから察するにヴィクリはチョコがふんだんに使われたブッシュドノエルよりも、そちらのデザートを楽しみにしているのだろう。

 そんな彼に答えたのはキッチンから戻ってきたレジーナだった。

「ご名答だよ、ヴィク! これは、私からみんなへのクリスマスプレゼント!」

 レジーナはテーブルの上に、多種多様な小さなパイが十個並んだ大皿を置いた。

「じゃーん、たくさんのベリーを贅沢に使ったベリーパイだよ!」

 彼女の言葉通り多種多様な小さなパイには、ストロベリーやシャインベリーにクランベリー、それら赤色のベリーに彩りを足すようにブルーベリーやブラックベリーといろんな種類のベリーがふんだんに使われている。手のひらサイズの小さなパイはそれぞれ、パイ生地で器を作った物やシュークリームに似た見た目の物、まるでタルトのような物、何層にもパイ生地を重ねたタイプの物まである。

 ケーキ屋さながらのラインナップにティアリーが目を輝かせる。

「わ〜! すごいです! 美味しそうです!」

「好きなの選んでね!」

 嬉しそうに笑ったレジーナが席に戻ったそのタイミングで、ちょうどアクセプタがブッシュドノエルを十等分に切り終わり、それぞれの皿にケーキを載せ始めた。喫茶店などで提供されるロールケーキと比べると厚さが半分ほどだが、どれも同じくらいの大きさなので、アクセプタはキッチリ十等分したようだ。ほぼ変わらないサイズだが、各自それぞれ好きなものを選んで受け取った。

 ブッシュドノエルを載せたケーキ皿はまだスペースに余裕があったので、ヒロはそこにパイ生地で器を作ったベリーパイを載せた。毎年食べていたアップルパイとは違う種類だが、全員分のベリーパイをみんなで選んで分けるのは、これはこれで特別感があるような気がした。

 ヒロに続くように、ティアリーたちもベリーパイを皿に載せていく。大皿のパイをジッと見つめるモイが、じっくりと悩んだ末にひとつ選んで自身の皿に移動させたと同時に、パーチェがお盆に載せた飲み物を運んできた。各自の好みに合わせて珈琲に紅茶や緑茶がホットかアイスの二種類ずつ準備されており、デザートのお供として十人分のカップがテーブルに並んでいく。

 それをソワソワしながら見ていたティアリーがアクセプタを振り返る。

「ケーキ、食べてもいいですか?」

「いいに決まってんだろ。生クリームが溶ける前にさっさと食え」

「わーい」

「いただきまーす」

 ティアリーと、続けてレジーナが喜び声を上げた。

 彼女たちは早速ブッシュドノエルにフォークを刺す。嬉しそうに食べる二人を微笑ましそうな表情で眺めるグローウィンが、アイスコーヒーを一気飲みした。食べ途中だったジンジャーブレッドマンクッキーを口に放ったアウトリタが、空になったグローウィンのカップにお代わりを注ぐ。

 それを皮切りに残りのメンバーも食後のデザートを堪能する。

 ブッシュドノエルを半分ほど食べたところで、モイがふと首を傾げる。

「そういえばフリィは?」

 どこにも見当たらないその姿を探すように、モイが周囲を見回した時だ。

 ヒロとフリィが使っている部屋のドアが盛大な音を立てて開く。

「メリークリスマス!」

 そこには赤い帽子に赤い服、作り物感満載の白いもじゃもじゃな髭をつけたフリィが、白い大きな袋を担いで立っていた。

 ティアリーとヴィクリが歓声を上げて立ち上がる。

「フリィがサンディになってます!」

「すげェ! 本物みてェだ!」

 普段のフリィからは想像もできない陽気な声と姿にモイが目を丸くしてフリィを見つめ、その気合いの入れようにアウトリタとパーチェが思わず顔を見合わせた。

 目を輝かせたレジーナも楽しげな声を上げる。

「えー何それ! いつの間にそんな服を準備してたんだね!」

 唯一アクセプタだけが口元をニヤリとさせている辺り、どうやら彼女は事前に知っていたらしい。ヒロがフリィから聞いた限りだと、今日の昼にアクセプタと二人でグラリエへ最後の買い出しに出掛けた時に顔見知りと会ってパーティで盛り上がる鉄板ネタを教えてもらったと言っていたので、おそらくその時に準備したのだろう。

 穏やかな笑みを浮かべるグローウィンが口を開く。

「すごいね~。クリスマスパーティは、そんなことまでするんだね」

「うん。これが今回のパーティの目玉企画だよ」

 楽しそうなフリィは自分が座ってた場所に白い大きな袋を置くと全員を見回す。

「僕は配達員だから、サンディに代わって、みんなにプレゼントを届けにきたよ」

 フリィはそう言って笑った。

 ヒロとレジーナとアウトリタが、いえーい、やったなと合の手を入れ、パーチェが拍手して盛り上げる。四人のそのノリについていけないアクセプタは、バツが悪そうに小さく手を叩いた。

 状況を察知したモイが、どことなく表情を明るくする。

「プレゼント!」

「よっしゃァ!」

「嬉しいです~!」

 ガッツポーズをしたヴィクリとティアリーがテーブルよから浮いている。ティアリーの翅からは鱗粉が舞い、ヴィクリの尻尾がゆらゆらと揺れている。ニコニコと笑うグローウィンからも、楽しくて仕方のない様子が伝わってきた。

「それじゃあ早速、最初の一つ目は……」

 言いながらフリィが白い大きな袋に手を突っ込んだ。

 あえて中を見ずに袋の中を探るフリィを、ティアリーとモイ、ヴィクリが固唾をのんで見守る。

「じゃん、コレだよ」

 フリィが取り出したのは、手のひらに収まるほどの小袋で。

 赤と緑のクリスマスチェック柄に赤色の豪華なリボンで封をしたシンプルなプレゼントに全員から期待の眼差しが向けられる中、プレゼントに貼ってあるメモを見てフリィが呟く。

「……あ。これ、僕へのプレゼントだ」

「あははっ! フリィらしいね! 一番最初に自分の分を引いちゃうんだ!」

 レジーナが腹を抱えて笑い出した。

 そんな彼女をパーチェが落ち着かせようと宥めており、グローウィンが慣れた様子でそっと空のグラスを差し出した。

「僕のプレゼントの中身は後で見るとして、次のプレゼントは……」

 言いながらフリィが白い大きな袋に両手を突っ込む。

 かと思えば、すぐに次のプレゼントを取り出した。

「じゃん、コレだよ!」

 フリィが両手で取り出したのは長方体の、珈琲色の無地のラッピングに黄色のリボンを結んだシンプルでお洒落なプレゼントボックスで。

 それを見たティアリーとヴィクリが嬉しそうに声を上げる。

「それは!」

「待ってたぜェ!」

 そうして二人は同時にレジーナへ期待を込めた眼差しを向けた。

 グローウィンから渡されたグラスで水を一気飲みしたレジーナが小首を傾げる。

「え、私?」

「うん。レジーナへのプレゼントだよ」

「ありがと。何が入ってるのか楽しみだよ!」

 笑顔のフリィが差し出したプレゼントをレジーナは両手で大事そうに受け取る。

 と、そこへティアリーとヴィクリが揃って声を掛ける。

「レジーナへのプレゼントは特別なんですよ! ね、ヒロ?」

「ケケケ、気合い入れて選んだもんなァ。なァ勇者?」

「ああ、そうなんだ」

 頷いたヒロはレジーナへ視線を向ける。

 絶妙に視線を逸らしている彼女はへらりと笑っているが、その眼差しからは戸惑いが見て取れる。それでも、プレゼントを大事そうに抱えている様子からは、少なくとも喜んでくれていることが伝わってくる。

 ヒロは立ち上がった。

「レジーナ。すまなかった!」

 威勢のいいヒロの声に、勢いよく下げられた頭に、静かに目を逸らしていたレジーナは目を丸くして彼を見つめた。

「あの日、俺が上手く伝えられなかったばっかりに酷いこと言って勘違いさせて、そのせいで傷付けて悲しませて……本当にごめんな」

 顔を上げたヒロの燃えるような緋色の目が真っ直ぐにレジーナを見つめ返す。

「別に、謝られても……」

「違うんだ、レジーナ。聞いてくれ」

「……」

「俺は、レジーナが心配するほど弱くないってちゃんとわかってるし、いつだって頼りにしてる。だから違うんだ。俺、……本当はあの時、一人で勝手に行動しないでくれって言いたかったんだ」

「一人で、勝手に……?」

「ああ。大丈夫だってわかってても、それでもやっぱり、自分のことを顧みず無茶ばっかするレジーナに何かあったらと思うと不安でさ」

「……うん」

「今回のことだって、レジーナが俺の知らないところで何かしてるって気付いた時はすごく焦ったし、俺の手の届かないところで一人で戦ってるって知った時は嫌な予感ばかり浮かんで、……無事を確認するまでは生きた心地がしなかった」

 ヒロは自身の掌に視線を落とす。

「けど俺は、だからって誰かのために無茶するレジーナの勝手な行動を制限したいわけじゃない。ただ俺はレジーナに一人で行動しないでほしくて、何があっても俺がすぐフォローできるようにしたいだけなんだ。だって、レジーナが一人で無茶してるのをただ心配して気を揉むよりも、俺も一緒にいて手伝ったほうが、何かあった時にすぐ助けられるだろ」

 そう言ってヒロは笑った。

 黙って話を聞くレジーナの顔が真っ赤になっている。ふと目を伏せたレジーナは、普段思い切りのいい彼女にしては珍しく、小さく口を開いては閉じるを繰り返している。その様子からは、言葉を探しているのかそれとも何かしらの葛藤があるのか、そのどちらにせよ、返答を躊躇っているようにヒロには思えた。

 ややあって。

 レジーナはそっとヒロを見上げると、おもむろに問いかける。

「…………じゃあ、それじゃあ私は、これからもヒロの旅に一緒にいてもいいの?」

「何言ってんだ、いいに決まってんだろ。むしろ、いてくれなきゃ困る」

 ヒロは間髪容れずに断言した。

 どうして彼女がそんな質問をするのかヒロにはわからなかった。だがおそらく、感情的になってヒロが口にした言葉を聞いて、飛躍した解釈をしたのだということは想像できる。何しろ、彼女は時々ネガティブに振り切れた考えをしてしまうから。

「だからさ、レジーナ」

 言葉を切って、ヒロは真っ直ぐにレジーナの目を見つめる。

 この気持ちが伝わるように、今度こそわかってもらえるように、案外意地っ張りな彼女が素直に頷いてくれるように。

「これからは、どこかに行く前に何かをする前に、必ず俺に言ってほしい。レジーナが俺のことを助けてくれる分、俺にもレジーナを助けさせてほしいんだ」

 ヒロは優しい声でそう言い切った。

 直後、レジーナは一瞬だけ目を潤ませた。

「もう……しょうがないなぁ」

 そう言ってレジーナが浮かべたのは、ふりゃりとした温かくて優しい笑みだった。

「私だって、ヒロを困らせたいわけじゃなくて、ヒロと助け合いたいもん」

 嬉しさを滲ませた彼女の蒼色の目が、陽射しを反射する水面みたいにキラキラと輝いているようにヒロには思えて。

 ヒロは優しく目を細めて、そんな彼女を見つめる。

 和やかな空気を壊すかのように、モイがレジーナに抱き付いた。

「よかった。レジーナが元気になって」

 淡々としていながらもどことなく嬉しそうなモイの声に、レジーナはモイを抱きしめ返そうとして、ハッと我に返ってダイニングテーブルを見回した。

 陸に上がった魚みたいに口をパクパクさせていたレジーナの顔が徐々に真っ赤に染まっていく。それを見るアクセプタとアウトリタは何も言わないものの、からかうようなニヤニヤとした笑みを浮かべている。

 ややもせずに、レジーナはプレゼントを大事そうに抱き締めて声を上げる。

「わっ私のことはもういいから、ほらフリィ! 早く次のプレゼントを配ろうよ!」

「うん。わかったよ」

 微笑ましそうな嬉しそうな表情をしていたフリィが小さく笑って頷いた。

 それからフリィは白い大きな袋に両手を突っ込む。

「じゃん。次のプレゼントは、コレと、コレだよ」

 そう言いながらフリィが取り出したのは、レジーナが受け取った物の半分くらいの大きさの赤いリボンでラッピングした箱と、フリィが受け取った物と同じくらいのサイズの青いリボンでラッピングした小箱の、二つのプレゼントで。

 それを見たモイとティアリーが同時に首を傾げる。

「二つもあるの?」

「もしかして、二人分なんじゃないですか?」

「ティアリーが正解だよ。これは、トリたんとパーチェの分なんだ」

 言いながらフリィは笑顔でプレゼントを差し出した。

 意外な展開にアウトリタとパーチェは顔を見合わせて、それからアウトリタが立ち上がって二人分のプレゼントを受け取る。

「何か悪ぃな。オレらまでもらっちまって」

「みんなの分があるからね。小さいほうがトリたんで、大きいほうがパーチェだよ」

「お、ホントだ。後ろにメモが貼ってある」

「リタのと私のプレゼント、ラッピングペーパーが同じだから、もしかしたら同じお店の商品かもしれないわね。楽しみだわ」

 アウトリタからプレゼントボックスを受け取りながらパーチェが言った。

 それを聞いたティアリーが二人のプレゼントを交互に見比べた。どちらの箱のラッピングも、緑色の濃淡を利用した無地にワンポイントデザインの入った柄である。

「確かに本当です! パーチェさん、よく見てますね~」

「昔からの癖なの。ラッピングペーパーは綺麗に外すと使い回せるから」

「なるほど、それが孤児院あるあるってやつなんだね」

 得心がいった様子でグローウィンが頷いた。

 それは孤児院あるあるなのかとヒロとアクセプタが同時に疑問符を浮かべるものの、当のアウトリタとパーチェが笑って流すだけで否定しない辺り、あながち間違いではないのだろう。

「オレたちも後で開けるか。な、パーチェ」

「ええ、そうね。次のプレゼントを配ってもらいましょう」

「それじゃあ、次のプレゼントを配るね」

 フリィが次に取り出したプレゼントは、片手で持つには少し重そうだった。ラッピングはクリスマスモチーフが散りばめられた薄黄色のシンプルなものだが、豪華な青いリボンが斜めがけに結んであることで不思議とお洒落に見える。フリィやパーチェの物と比べると少し大きいぐらいだろうか。

「次はコレ。ヒロの分だよ」

「俺か! ありがとな!」

 フリィが軽い調子で差し出したプレゼントを、ヒロもまた軽い調子で受け取った。

 目の前で行なわれた、あっさりとしたやり取りにアクセプタが苦笑いを浮かべる。

「勇者相手だからってずいぶん雑じゃねーか」

「ヒロ相手にもったいぶっても仕方ないかなって思って」

「だな。俺も受け取る側じゃなくて渡す側だし」

 あっけらかんとフリィが言えば、ヒロもカラリと笑って答えた。

 彼らの言葉を聞いたヴィクリが待ち切れない様子で言う。

「じゃあ、さっさと次いこうぜェ」

「それもそうだな、フリィ」

「うん、わかったよ」

 頷いたフリィは白い大きな袋に両手を入れる。

 残るプレゼントは、アクセプタとティアリーとグローウィンとモイとヴィクリの分だ。ヒロやフリィ同様に企画した側であるアクセプタ以外は、今回のプレゼント企画のメイン対象である。ここからが本番といったところだろうか。

 フリィは少しだけ考える素振りをみせた後で、そっとプレゼントを取り出した。

「次のプレゼントはコレだよ!」

 フリィが大事そうに持っているのは赤色に白いファーが付いたブーツ型のプレゼントボックスなのだが、上部の巾着のような布を閉じることで中身が見えないようになっており、閉じ口に白いリボンがお洒落に飾ってある。ブーツの側面には妙にファンシーなクリスマスモチーフが描かれていた。

 それを見たティアリーとモイが目を輝かせる。

「可愛いです~!」

「すごいね」

「喜んでくれてよかった。これはモイへのプレゼントだよ」

 フリィはそう言うと笑顔でプレゼントを差し出した。

 勢いよく立ち上がったモイが、いそいそとプレゼントを受け取った。そうして席に座った彼女はテーブルの上に置いたプレゼントを大事そうに両手で持つ。

 それを見たレジーナとティアリーは、二人とも自分事のように嬉しそうな笑顔で、同時にモイへと視線を向ける。

「よかったね! モイ」

「うん。嬉しい」

「中身が何か楽しみですね」

「うん。楽しみ」

 頷いたモイはウキウキとソワソワが混ざった様子でプレゼントを眺めている。

 そんな彼女とそれを横から覗くティアリーを、アクセプタとグローウィンとパーチェが微笑ましそうに見つめていた。

 やがて満足したのかモイはパッとフリィを見た。

 目が合ったフリィは柔らかく微笑む。

「モイ。先に開けてもいいんだよ?」

「ううん。ワタシも待つ。みんなで一緒に開けたい」

「優しいね! モイは仲間想いのいい子だよ!」

 そう言ったレジーナがモイをぎゅうと抱き締めて頭を撫でる。されるがままのモイは相変わらず無表情だが抵抗しない辺り嫌ではないどころか、レジーナが撫でやすいようにそっと頭を傾けたのでむしろご満悦のようだ。

 フリィはニコニコと嬉しそうに、柔らかい眼差しでモイを見つめていた。

「よかったね、モイ。じゃあ次のプレゼントは……」

 そう言ってフリィは白くて大きな袋に手を入れる。

 ややあって、手のひらに収まる正方体のプレゼントが出てきた。

「じゃん、コレだよ!」

 クリスマスとは関係なさそうな不思議な赤色の紋様柄のラッピングがされたそれには、シールタイプの白いリボンが貼ってある。独特な雰囲気を放ちつつもシンプルでコンパクトなサイズのプレゼントにティアリーとヴィクリが顔を見合わせる。二人の表情からは、小さいプレゼントだと思っていることが伝わってきた。

 それを察したらしいフリィが笑って言う。

「これはグローウィンへのプレゼントだよ」

「自分にかい……?」

 グローウィンは少し戸惑った様子でフリィからプレゼントを受け取る。

「こんな素敵なプレゼントをもらうのは初めてだから、どうしたらいいのかわからないね」

 そう言いながらグローウィンは手の中のプレゼントを見て苦笑いを浮かべた。

 今日を含めて今までグローウィンはプレゼントを貰う人を見守る立場だったからこそ、いざ自分がもらう側になると、どうリアクションをすればいいのかわからないのだろう。贈り物を準備してくれた嬉しさと申し訳なさ、そして自分のためという照れくささで溢れ返った喜びを伝えるにはありがとうだけでは足りないのに、それでも、それ以外に言葉が見つからなくて何と言えばいいのかわからなくなる気持ちはヒロにも覚えがある。

 穏やかな笑みを浮かべたフリィが言う。

「グロウィンが思ったことをそのまま言えばいいんだよ」

「配達員の言う通り、深く考える必要ねーだろ。今回のパーティの発端はクリスマスが初めてなニイサンと迷子に楽しんでもらいたいからなんだしさ。素直に喜びゃいーじゃねーか」

「素直に喜ぶなんて、兵器の自分には難しい気がするよ」

 グローウィンの言葉にモイが首を横に振る。

「大丈夫だよ、グロウィン。ワタシも苦手だから。でもフリィが、少し難しいと思うならまずは真似するとこから始めるといい、って言ってたよ」

「そりゃ名案だな。せっかく模範解答みてぇなお手本が近くにいることだし」

 アウトリタは目線でグローウィンの隣と、それから向かい側を示した。

 彼に促されるままグローウィンが視線を向けた先では、目が合ったヒロとレジーナがキョトンとした後で同時に嬉しそうな屈託のない笑顔を浮かべる。

「よかったなグローウィン!」

「プレゼント、何が入ってるのか楽しみだね!」

「……そうだね。開けるのが楽しみなほど嬉しいよ」

 そう言ってグローウィンは眉を八の字にしながらも柔らかく笑った。

 やはり戸惑いはなくならないようだが、それでも、嬉しさと照れくささの滲んだグローウィンの笑顔に全員がそれぞれ顔を見合わせて笑い合う。

「うん。グロウィンが喜んでくれてよかったよ」

 ニコニコと笑うフリィはそう言うと、白くて大きな袋に両手を入れる。

「それじゃあ次のプレゼントは、……コレだよ」

 苦戦しつつも取り出されたプレゼントに、ヴィクリとティアリーが歓声を上げる。

「おォ!!」

「大きいです!」

 フリィが両手で持つプレゼントは、赤色に白いクリスマスモチーフが散りばめられたラッピングに濃青色のリボンが結んであった。大は小を兼ねると言うが、確かに今まで登場したどのプレゼントよりも高さのある長方体の形には、クリスマスプレゼントらしいワクワク感が詰まっているように思える。ティアリーもヴィクリも、自分の番だろうかと期待に満ちた眼差しをフリィに向けていた。

 ニコニコと笑うフリィは、プレゼントをテーブルの上に置く。

「これはヴィクリへのプレゼントだよ」

「ヨッシャ! ケケケ、サンキュー」

 ヒロの目の前を通過したプレゼントは、ヴィクリの真ん前で止まった。

 おそらくフリィの中で、人間でも両手じゃないと持てないほどに大きなプレゼントを小さな悪魔族であるヴィクリに手渡しするのに抵抗があったのだろう。ややあって、大きなプレゼントはテーブルの上に置かれた。

 すげェぜ、と喜ぶヴィクリを見てティアリーが呟く。

「いいなぁ。ヴィクリのプレゼント、大きくて羨ましいです~」

「ティアリーのプレゼントも、ヴィクリのほど大きくないけど良いプレゼントだよ」

 フリィは安心させるように笑った。

 しかし、続けて取り出されたプレゼントを見た瞬間、ティアリーの目の色が変わる。

「そ、それはまさか……!」

 ティアリーへ渡されたプレゼントは、フリィやパーチェのプレゼントと同じくらいの大きさだろうか。箱ではなく袋状のプレゼントは意外にも、ティアリーが両手で抱えれば持てるサイズである。白色のシンプルな袋は、メリークリスマスと書かれたギフトタグが添えられた藤色のリボンでお洒落に封をしてあり、何かロゴのような文字が赤色で書かれている。

 それを二度見したティアリーが嬉しそうに声を弾ませる。

「やっぱり! ピー・シー・ダブルの袋です!」

 目を輝かせたティアリーが嬉々として羽ばたいている。目視でもわかるほど大量に舞っている鱗粉が、彼女の興奮と喜びようを表していた。

 全身で喜びを示すティアリーを眺めていたアクセプタが、何とはなしに呟く。

「そんなにすげーのか、そのピーなんちゃらってやつは」

「えぇっ!? セプたん、ピー・シー・ダブルを知らないんですか!?」

 驚いたティアリーの高度が少し上がる。

 小首を傾げたアクセプタは、知らねーな、と呑気に答えた。

「今、種族も年齢も問わず、すべての女性に人気の装飾ブランド、ピー・シー・ダブル! ユニトライブの豊富な品揃えが自慢らしいんですけど、移動販売だからか滅多にお目にかかれないんですよ~!」

「ふーん。そんなに有名な店なのか」

 淡白な相槌を打つアクセプタはどうやら、女性に人気の装飾店には一ミリも興味がないらしい。

 モイがレジーナの袖を引っ張る。

「ユニトライブって何?」

「種族問わず、って意味だよ。あのお店の商品は、どんな種族の客でもサイズが合わないって諦めなくていいように幅広いサイズ展開をしてるんだって」

 レジーナは朗らかに笑って答えた。

 モイ同様にレジーナの説明を聞いていたヒロは、だからティアリーが受け取ったプレゼントは彼女にピッタリのサイズだったのかと感心した。おそらく、小さな妖精族向けの商品を選んで買ったプレゼントだったのだろう。

 そんなことを考えているヒロの隣で、そっぽを向いたヴィクリがぽつりと言う。

「ふゥん、……よかったじゃねェか」

 照れくささの混じったヴィクリの素っ気ない言葉は、相手に届かないのではないかと思えるほどに小さな声量だった。しかし。

 ティアリーはパッとヴィクリを見ると嬉しそうに笑う。

「うん! 開けるのが楽しみですね、ヴィクリ!」

 その返答から察するに、どうやらティアリーにはちゃんと届いていたようだ。

 彼の呟きがバッチリ聞こえていた両隣のヒロとグローウィンが良かったなと言わんばかりの表情でヴィクリを見ていたが、当の本人はティアリーからの思わぬ返事に動揺していたようで二人の視線には気付いていなかった。

 ニコニコと嬉しそうなティアリーとそんな彼女に絡まれるヴィクリを、微笑ましそうに眺めていたアクセプタの目の前にずいと何かが差し出された。

 アクセプタが驚いた様子でそちらに視線を向ける。

「お待たせ、セプたん。最後はセプたんへのプレゼントだよ」

 嬉しそうに優しく笑うフリィが、アクセプタへのプレゼントを両手で大事そうに差し出していた。

 珈琲色の無地のラッピングに白色のリボンを結んだシンプルでお洒落なそのプレゼントは縦に細長い長方形で、なぜか表面に妙なデコボコがある。

 それを見たアクセプタは奪い取るかのように、プレゼントを乱暴に受け取る。

「別にもったいぶる必要ねーだろ。アタシだって渡す側なんだし」

「それはそうなんだけど、やっぱりセプたんにはちゃんと渡したくて」

「そーかよ」

 悪態を吐くアクセプタはむすっとした表情をしている。

 それでも、頬が少し赤いことまでは隠せておらず、話し相手のフリィは彼女のその態度が単純に照れ隠しだと気付いていた。微笑ましそうと嬉しそうが混ざったような優しい笑みを浮かべ続けるフリィの眼差しに耐えきれなくなったアクセプタは、少しだけ居心地が悪そうに受け取ったプレゼントに視線を落とした。

 フリィとアクセプタのやり取りを聞いていたティアリーが笑いながら言う。

「セプたん、セプたん。実はセプたんへのプレゼントも特別なんですよ」

「言われてみれば、フリィお前、めちゃくちゃ悩んですごく考えて選んでたな」

「うん。ヒロがすっごく真剣にプレゼントを選んだって聞いて、僕もそういうプレゼントを贈りたいなって思えて」

 その会話を聞いたレジーナはアクセプタへからかうような視線を向ける。

「ふふ、特別なんだって、セプ?」

「あーもう、うっせーぞ薬屋」

「さっきのお返しだよ!」

 言い合ったアクセプタとレジーナは顔を見合わせて、堪えきれず同時に笑い出す。

 膝の上に乗せたプレゼントを大事そうに抱えるレジーナからも、受け取ったばかりのプレゼントを強く握りしめるアクセプタからも、喜んでいる様子が伝わっる。そんな彼女たちを嬉しそうに見ていたヒロとフリィは示し合わせたかのように顔を見合わせると、同時に二ッと笑って互いの拳を突き合わせた。

 そうしてからヒロはこの場にいる全員を見回すと、にんまりと笑う。

「これで全員にプレゼントがいったな。じゃあ、早速プレゼントを開けようぜ! 俺、プレゼントの中身が気になってたんだ」

 言うが早いかヒロはプレゼントのリボンを解いた。包装紙を豪快に破いて誰よりも先にプレゼントの中身を見たヒロは嬉しそうに声を弾ませる。

「これ『勇者カノンの旅記録』だ! 懐かしいな!」

 ラッピングペーパーの中から出てきたのは文庫サイズの本だった。

 それも一冊ではなく三冊もある。

「まさか、続編が出てたのか! ……感動の最終巻? 完結したのか?!」

 三冊目の本に巻かれた帯を見てヒロが驚きの声を上げた。

 その作品はまだピーク村にいた頃にヒロが定期的に読んでいた愛読書だ。勇者として村を旅立つ前に燃えて無くなってしまったのだが、こうしてまた手に入れることができたのは感無量である。ヒロは溢れる感動のままに、隣でニコニコとみんなの様子を眺めていたフリィの肩を叩く。

「フリィ、見ろよこれ! 勇者カノン、全三巻らしいぞ!」

「そうみたいだね。続きが出てたことも完結してたことも驚いたよ」

「フリィも知らなかったのか」

「僕はあんまり本読まないし、ピーク村にはそういう情報は全然入ってこないしね」

「確かにそうだよな。……なあ、レジーナはこの本覚えてるか? 前に貸したことあっただろ」

「えっ、うん、もちろん覚えてるよ」

 ヒロにとってその本は、まだ病弱だった頃に何度も読み返しては冒険への期待に胸を膨らませるのに貢献した一冊である。そのことを話していたフリィともレジーナともこの感動を共有できた彼は満足げにプレゼントの本を見ている。早速今日の夜からまずは一巻を読み直そうと、ウキウキ気分のヒロはそんなことを考えていた。

 そんなヒロの向かい側で、モイがブーツ型のプレゼントの紐を開けて中を覗き込む。

「見てレジーナ。ワタシのプレゼント、中にお菓子がいっぱい入ってる」

「わ、ほんとだ! やったねモイ、美味しそうなお菓子がいっぱいだね!」

「うん、嬉しい」

 モイがコクリと頷いた直後。

 ラッピングペーパーを破かないよう丁寧に開けていたヴィクリと、袋に糊が残らないよう丁寧にシールを剥がしていたティアリーが揃って声を弾ませる。

「うわッ、すげェなコレ! 大人向けの立体型パズルだとさァ!」

「わ~髪飾りがいっぱい! 特にこの、リボンの髪留めが可愛いです~!」

「しかもコレ、完成したら宝箱になるンじゃねェか! さッすがだぜ!」

「あっ手鏡も入ってます! ミントグリーンにお花の柄なんて、最高です~!」

 ティアリーもヴィクリもその言葉は誰に向けたわけでもないらしく、ただ嬉しそうにはしゃいでいる。そんな二人をこの場にいる全員が微笑ましそうに見守っていた。

 本を机に置きながらヒロが笑う。

「よかったな、ティアリー、ヴィクリ」

「はい!」

「ティアリーのプレゼント、可愛くてティアリーに似合いそうだな!」

「えへへ、つけるのが楽しみなんです」

「俺もティアリーがその髪飾りをつけるのが楽しみだよ」

 ティアリーが嬉しそうに笑い返した。

 笑い合う二人にヴィクリは少しだけ不機嫌そうな表情になった、が。

「ヴィクリのプレゼントもすごいな! 完成したら中に物が入れられるのか?」

 ヒロの質問にヴィクリはパッと顔を明るくする。

「みてェだぜ! オレ様の宝物入れにすんだ」

「それはいいな!」

 ヒロと話していたヴィクリと、それを聞いていたティアリー。不意に目が合った二人は動きを止めて互いに相手を見つめる。

 ややあって、ティアリーが笑顔を浮かべる。

「ヴィクリのプレゼント、かっこよくていいですね」

「どォも。……オメーのも、まァなんだ、らしくていいんじゃねェの」

「えへへ、ありがとうございます、ヴィクリ」

 そっぽを向いたヴィクリはティアリーと目を合わせようとしないが、それでもティアリーは嬉しそうに笑っている。そんな二人の間には、和やかでほんわかとした空気が流れていた。

 そんな二人の一連の流れをジッと見ていたモイは、レジーナの袖を引っ張る。

「レジーナのプレゼントも開けよう」

「うん、開けてみよっか!」

 頷いたレジーナが丁寧に包みを外していく。包装の下から顔を見せたのは深緑色のしっかりとした箱だった。目を丸くした彼女はワクワクと箱の蓋を開ける。

「えっ可愛い! ガラスのティーセットじゃん!」

 声を弾ませたレジーナは嬉しそうに目を輝かせて、箱の中身を取り出した。

 お披露目されたのはティーポットで、ガラス製のそれには青薔薇の花や蔦の細工が取っ手や底部、注ぎ口付近に咲いているように飾られた、お洒落なデザインである。

 嬉しそうにティーポットを見るレジーナを眺めながらモイが言う。

「レジーナに似合う素敵なプレゼントだね」

「うん、素敵すぎてビックリだよ! ティーポットにティーカップ、ソーサー、スプーンもあって、……シュガーポットもセットになってる! とっても豪華だね!」

 その声音も動きも笑顔も含めてレジーナはまるで全身で喜びを表しているようで。

「今度これで一緒にティータイムしようよ、モイ!」

「うん。ワタシがもらったお菓子を一緒に食べよう」

「ふふ、楽しみだね!」

 屈託なく笑うレジーナの心底嬉しそうな様子を、ヒロは嬉しそうに眺めていた。

 彼女の満面の笑みを優しい表情で見つめながらヒロは、喜んでくれてよかったと心の底から思えた。ティーポットを大切そうに箱へ戻す様子からはレジーナにとって宝物のひとつになったことが伺える。ここまで喜んでくれると、選んだ本人としては嬉しさを通り越してこそばゆいものがある。どうやら人生二度目の贈り物も無事に良い結果で終わったようだ。

「ねえねえセプは? セプは何もらったの?」

「は? アタシ?」

 突然話題を振られたアクセプタが怪訝そうに首を傾げた。

「だってセプのプレゼント、私のとリボンの色が違うだけでお揃いじゃん」

「あー……、言われてみりゃ確かに、薬屋のと同じ包装紙だな」

「でしょでしょ! 絶対セプのも素敵なプレゼントだよ!」

 レジーナは迷いなく断言したが、一方でアクセプタは怪訝そうに表情を曇らせた。

 困ったように髪を掻いたアクセプタがぽつりとぼやく。

「つっても配達員が選んだっつー話じゃねーか。イマイチ信用ならねーんだよな」

 おそらくアクセプタは、フリーマーケットでの件を思い出しているのだろう。

 フリィが買った変な置物の話は改めて言うまでもないだろうが、ほとんどの仲間たちがどちらかと言えば否定的な見解をした理由は、その置物自体にあった。何しろ、あの置物はただそこに置いてあるだけだというのに、妙に目を背けたくなるような視界に入れたくないような不思議な嫌悪感が湧いてくるのだ。例えるなら、封印した黒歴史の思い出が鮮明に綴られた日記帳を見つけてしまった時のような感覚に近い。その上で一番欲しいものにあの置物を選んだフリィのセンスを思えば、アクセプタがそうリアクションする理由がヒロにはわからなくもない。

 煮え切らないアクセプタの態度に、彼女の目の前に座るフリィが困ったように笑う。

「自分で言うのもなんだけど……。今回のプレゼントは僕一人じゃなくて、ヒロやティアリーたちとも一緒に考えて選んだから、セプたんも文句なしだと思うよ」

 フリィの言葉に続くように、ティアリーとヴィクリが首を縦に振る。

「はい! セプたんの好みに合ったものを選んだんですよ!」

「ケケケ。まァ、なかなか悪くねェプレゼントだと思うぜ」

「ほら! フリィも、ティアもヴィクもそう言ってることだし、照れてないで早く開けてみようよ!」

「べっ別に照れてねーよ」

 アクセプタは乱暴に言い捨てた。

 それから彼女はリボンを解くと包装紙をビリビリと豪快に破く。

 中から出てきたのは白いシンプルな細長い箱で、蓋を開けてその中身を見たアクセプタは目を丸くした。

「これ……万年筆?」

 箱の中から出てきたのは、ガラスペンを思わせる透明な本体に乳白色や紅色の波紋のようなデザインの万年筆だった。アクセプタは驚くでも喜ぶでもなくただ呆けた顔して万年筆をジッと見つめている。どうやら、ビックリしすぎて脳がショートしたらしく言葉もリアクションも何も出てこないようだ。

 一方で、万年筆を見たヒロとレジーナが同時に声を上げる。

「このデザインにしたのか! お洒落だな!」

「可愛くて素敵だね!」

 アクセプタの反応を見て、二人の言葉を聞いたフリィがはにかみ笑った。

 万年筆を眺めていたモイは、ふと、机の上に残っていた包装紙に目を向ける。

「セプたん。中にまだ何か入ってるよ」

「んー? あ、本当だ。何だろ」

 包装紙の中から出てきたのは、万年筆とお揃いのデザインのガラスの小瓶に、ブルーブラック色とローズレッド色のインクが入ったインク瓶だった。

 目を丸くしていたアクセプタは、信じられないような顔をしてフリィを見やる。

「万年筆とインクって……、これ、本当に配達員が選んだのか?」

「うん。勤勉で努力家なセプたんに役立つ物を渡したくて」

 フリィは笑顔でそう答えた。

 プレゼント探しをしている際に何度も聞いたそのセリフにヒロは、あの雑貨屋で買い物をしていた時の事を思い出し、にんまりと笑う。

「フリィのやつ、店内で万年筆を見つけた瞬間から、アクセプタへのプレゼントはこれにしようって言って譲らなかったんだ」

 そう。何を贈ろうか色々と迷ったヒロの場合と違って、フリィの場合は贈り物自体は早々に決まったのだ。……だが、そこからが長かったのである。

「まァ、選んだのはドクロと炎の柄だったけどなァ」

「あれ、個性的なデザインだったよね~」

 腰に手を当てたティアリーが口を尖らせる。

「あれは絶対にダメですよ。プレゼントとして最悪です」

「そうかな。厳つくてかっこよかったし、セプたんも好きそうだと思うけどなあ」

「好きそうつっても、普通、あんな奇抜なデザインのは選らばねぇだろ」

「女の子に贈るデザインじゃないのは確かだよな」

 アウトリタとヒロの言葉にティアリーとヴィクリが大きく頷いた。

 そういうわけで、フリィが目を付けたデザインは五対一で却下され、色々と悩みつつも六人で話し合った結果、最終的には色味が似たこのデザインを選んだのである。

 それを聞いたアクセプタは照れを滲ませた笑みを浮かべた。

「ま、まあ、何だ。大事に使わせてもらうとすっかな。……あんがとさん」

「うん。どういたしまして」

 フリィはどこか安心したような笑顔で笑い返した。

 そんな彼らのやり取りを聞いたティアリーは嬉しそうに翅を震わせる。

「セプたんもレジーナも、喜んでくれてよかったですね」

「ああ。二人のおかげだ。本当にありがとな、ティアリー。ヴィクリも」

「ケケケ。まァ、今回パーティに誘ってくれた礼だと思ってくれや」

 ヴィクリは素っ気なく答えたが、その尻尾は嬉しそうに揺れていた。それを見て微笑みを浮かべたヒロは、ヴィクリの後ろでニコニコとした表情で仲間たちを見守っているグローウィンを見て、小首を傾げる。

「グローウィンは? どんなプレゼントもらんだの?」

「自分のは一体何だろうね。開けてみようか〜」

 そう答えがグローウィンがプレゼントのラッピングを外す。

「こ、これは……?」

 現れた中身を見てグローウィンが目を丸くした。

 そのリアクションに興味を持ったアウトリタが隣から彼の手元を覗き込む。

「コケ、の栽培キットって書いてあるな」

 聞き慣れない名前にグローウィンとヒロ、アウトリタは揃って顔を見合わせた。

 その絶妙に微妙なチョイスに彼らは、選んだのはフリィだろうなと同時に悟った。

 それを見ていたモイは不思議そうに首を傾げると、レジーナの袖を引っ張る。

「レジーナ。コケって何?」

「湿地とか森の奥で地面や岩とか木の表面に生えてる、緑色のふわっとした絨毯みたいな植物のことだよ。コケが育ったらテラリウムを作るのも素敵かもね!」

 そう答えてレジーナは笑った。

 納得した様子でひとつ頷いたモイがグローウィンに視線を戻す。

「育つのが楽しみだね」

「うーん。自分に上手く育てられるかな……?」

「ワタシも一緒に育てるよ」

「モイが手伝ってくれるなら心強いよ」

 グローウィンは微笑むと、それから栽培キットのパッケージを真剣に読み始めた。

 それを見ていたヒロがふと声をかける。

「なあ。アウトリタはプレゼント開けないのか?」

「すっかり忘れてたぜ。よっしゃ、開けてみっか」

 言うが早いかアウトリタは袋のリボンを解く。

 ポイとテーブルの上に放られた青色のリボンはパーチェが手早く回収した。彼が受け取ったプレゼントはフリィやティアリーと同じくらい小さなサイズなのだが、厚みを踏まえると全プレゼントの中で一番小さい。

 アウトリタが豪快にひっくり返した袋の中から出てきたのはアイマスクだった。

 しかし。

「何だこりゃ?」

「あら。ずいぶんとユニークな顔をしているのね」

 しっかりとした黒地のアイマスクは彼らの言葉通り、グルグル模様の目に波線の口と独特なデザインをしていた。まるで目を回しているような顔に喜んでいいのか呆れたほうがいいのか判断に迷ったアウトリタは困ったように指で頬を掻いた。

 テーブルに転がったアイマスクをまじまじと眺めていたモイがぽつりと言う。

「面白いアイマスクだね」

「ああ。レジーナが好きそうな可愛いデザインだな」

 モイの言葉にヒロが同意する。可愛いと言っても、ティアリーが好きそうな女の子らしい可愛さではなく、ぬいぐるみのような愛嬌のある可愛さだ。

 二人の言葉を聞いたアウトリタは弾かれるようにレジーナを見やる。

「お前かレジーナ! これを選んだのは!」

 その言葉にレジーナはグッと親指を立てて答える。

「うん! 早寝するトリにぴったりな快眠グッズだよ!」

「そのチョイスは有難えけど、このヘンテコなデザインはどうにかなんねぇのか」

「それでも普通なほうだよ。ほんとは、瞼が動かせて自由に表情を変えられるアイマスクにしようと思ったんだけど、セプに止められちゃって」

「ナイスだアクセプタ」

「えー。トリにはユーモアが足りないよ」

「オレにユーモアを求めんな」

 そんな二人のやり取りを聞きながらアイマスクを見ていたパーチェがぽつりと呟く。

「でも、この顔っぽいデザイン、私は良いと思うわ。何となくリタに似ているもの」

 その言葉にレジーナが勝ち誇った顔をし、アウトリタはバツが悪そうにアイマスクを乱暴に袋へ戻した。

「オレのはもういいだろ。パーチェは何もらったんだ?」

「マグカップだったわよ」

 パーチェはあっけらかんと答えた。

 質問したアウトリタ、それを聞いていたヒロとレジーナが揃って驚いた顔をして、それから三人同時にパーチェが持つプレゼントへ視線を向ける。プレゼントのラッピングはいつの間にかに開けられており、彼女の手には木製のしっかりとした箱があった。そして、その傍らには外された包装紙が丁寧に畳まれている。

 木製の箱をジーッと見ていたモイがパーチェを見やる。

「どんなマグカップ?」

「持ち手が尻尾になっているネコのマグカップだったわ。とても可愛いの」

 声を弾ませて答えたパーチェに、今度はアウトリタが言う。

「へえ。見せてくんねぇの?」

「あら。リタってネコが好きだったの?」

「ネコってより、パーチェが気に入ったマグカップに興味があるな」

「ふふっ、いいわよ。今出すからちょっと待っていてね」

 クスクスと楽しそうに笑いながらパーチェが木の箱を開けた。濃いネイビーブルーのマグカップを両手で持って嬉しそうに見せびらかすパーチェを、アウトリタは微笑ましそうに優しい眼差しで見つめている。

 婚約者同士の和やかな空気感を意外にもレジーナが微笑ましそうに、そして嬉しそうにしながら静かに見守っていた。そんな彼女の横顔を見ていたヒロは、ふと思い出したかのように今まで背を向けていた右隣の親友を振り返る。

「そういや、フリィがもらったプレゼントは何だったんだ?」

「まだ開けてないからわかんないや」

「開けてみろよ」

「うん、そうだね。何が入ってるんだろう」

 フリィはヒロに促されるままリボンを解き始める。

 その様子に気付いた仲間たちは、各々で楽しんでいた会話を止めてフリィへと視線を向ける。全員から見守られる中でフリィはプレゼントの中身を取り出す。

 中から出てきたのは、手のひらに収まる長方形のケースだった。

「これは……、トランプ?」

「トランプですね~」

「カッコイイじゃねェか、真っ黒なトランプ!」

 ティアリーとヴィクリが食いついた。

 フリィが貰ったトランプは通常の物と違い、カードの地色がブラックでスーツがレッドとブルーに分けられたスタイリッシュなデザインである。

 理由を求めるようにフリィが目の前のアクセプタを見やれば、目が合ったアクセプタは照れたように髪を掻く。

「あー……、まあ、なんだ。アンタから前に、自由時間に何したらいいかわかんなくてヒマを持て余してるっつー話を聞いてたからな。暇つぶしの道具を一個ぐらい持ってて損はねーだろうと思って」

「うん、確かに。僕、トランプの一人遊びゲーム、いっぱい知ってるんだ」

 自慢げに告げたフリィに、アクセプタが呆れた笑みを零す。

「そこはみんなで遊ぶんじゃねーのかよ。ま、まあ、ほら。アタシだって、ヒマな時は相手ぐらいしてやってもいーしさ……」

「ああ、俺もだ。遊ぶ時は俺も誘ってくれ。自由時間を持て余してるのは俺も同じだからさ」

「わたしも誘ってくださいね。わたし、トランプゲームいっぱい知ってますよ~」

「トランプ遊び、楽しみ」

 アクセプタの言葉に、ヒロ、ティアリー、モイと続いた。

 それを聞いたレジーナが楽しそうに笑う。

「じゃあさ、今度フリィも一緒にポーカーやろうよ! トリ、めちゃくちゃ弱いからフリィでも勝てるよ!」

「だったら、ブラックジャックもやろうぜ。レジーナがすぐ自滅すっからフリィでも勝てるぜ」

「それなら、自分のおススメはバカラかな。レジーナとアウトリタの百面相は見てて飽きないよ~」

 対抗するようにアウトリタと、ニコニコと笑ってグローウィンがそれぞれ続いた。

 そんな仲間全員の言葉にフリィは嬉しそうに笑う。

「うん。ありがとう、みんな」

 フリィはその嬉しさを噛みしめるように、今日貰ったものを忘れないように、トランプをラッピングごと大事そうにショルダーバッグへしまった。

 その直後、モイが勢いよく立ち上がった。

 隣に座るティアリーとレジーナ、目の前に座るヒロが不思議そうに首を傾げる。

「モイちゃん?」

「どうしたの?」

「何かあったか?」

 二人の問いにモイは口角を上げて答える。

「ワタシたちもみんなにプレゼント準備したの。ね、グロウィン」

「そうだね〜」

 モイの言葉にグローウィンは頷くとポケットから取り出した袋をモイに手渡す。茶色の水玉模様が描かれたベージュ色の袋を受け取ったモイは、そこはかとなく誇らしげな表情をしていた。

「ワタシたちからのプレゼントはこれだよ」

 モイは言うと同時に袋の中身を取り出した。

 それを見たヒロとティアリーとレジーナが同時に声を上げる。

「へえ、すごいな!」

「可愛いですね!」

「素敵なオーナメントだね!」

 テーブルの上に転がったのは、クリスマスのクリアボールオーナメントだった。

 手のひらにすっぽりと収まるサイズのクリアボールはちょうど人数分ある。袋から出てきた勢いのままテーブルの端まで転がってきたオーナメントのひとつを手にとって、アクセプタがその中身を眺める。

「ふーん。ずいぶんと凝ってんじゃねーか」

 彼女が眺めているその中身をフリィが反対側から覗き込む。

ガラス玉のように透明なボールの中身は雪が積もったクリスマスツリーが入っているのだが、そのうちの五つにはツリーの根元にプレゼントの山が置かれていて、残りの五つにはツリーの側に二つの雪だるまが寄り添うように並んでいる。まるでボールの中に浮いているようなその中身は、模型なのか置物なのかはわからないが、とても精巧な作りであることは見てわかる。

 ややあって、アクセプタは持っていたクリアボールをテーブルの上に戻した。

 アウトリタがテーブル上のクリアボールを眺めながら問いかける。

「二種類あんのか。どっちを貰えるのかは決まってんのか?」

「うん。ちゃんと考えた」

 モイは力強く頷いた。そうして、十個集まるクリアボールをジッと見つめると、ややもせずに、そのうちの一つを掴んでフリィに差し出した。

「これはフリィ」

「ありがとう、モイ」

「ヒロはこれ」

「ありがとな、モイ」

 続けてモイは彼の隣に、自身の向かい側に座るヒロにもクリアボールを渡した。

 フリィが受け取ったのはツリーの根元にプレゼントの積まれたほうで、ヒロが渡されたのは二つの雪だるまが並ぶほうのクリアボールだった。親友の二人が違うデザインを渡されたことに、渡した本人であるモイ以外の全員が不思議そうに首を傾げる。

 が、モイはお構いなしに次々とクリアボールを渡していく。

「これはセプたん」

「ん、ありがとさん」

「これはティアリー」

「モイちゃん、ありがとうございます〜」

「これはヴィクリ」

「……どォも」

「レジーナはこれ」

「ありがとね、モイ!」

「トリたんはこれ」

「サンキュー」

「パーチェはこれ」

「ありがとう」

 そうしてモイの手元には二つのクリアボールが残った。プレゼントが積まれたクリアボールと、二つの雪だるまが並んだクリアボール。モイはそのうちの片方クリアボールをグローウィンに渡した。

「これはワタシ。グロウィンはこっち」

「ありがとう」

 グローウィンが受け取ったのは、雪だるまのほうのクリアボールだった。モイは手元に残ったプレゼントのほうのクリアボールをジッと見つめると、そこはかとなく満足気に頷いた。

 それを微笑ましそうに眺めながらアクセプタが言う。

「迷子とニイサンから金がほしいって言われた時はどーしたもんかと思ったけど、このためだったんだな」

「そうだね。自分とモイにとっては初めてのクリスマスだからね。せっかくだから何かしたいとモイと話していたんだよ」

 アクセプタとグローウィンの会話にアウトリタが口を挟む。

「へえ、それでプレゼントか」

「実は昨日の夜まで何にしようか迷ってたんだよ。でも、ヒロたちとプレゼント選びをして何となくコツを掴んだからね。今日の昼に、モイと二人でいろいろなお店を見て回ったんだよ」

「うぅ〜、それならわたしも何かプレゼントを準備すればよかったです〜」

 それを聞いたティアリーが翅を震わせる。

「来年こそはビックリするようなプレゼントを準備しますから! ね、ヴィクリ!」

「ハァ? 何でオレ様まで……?!」

 翅を震わせて意気込むティアリーに、ヴィクリが呆れた様子で尻尾を揺らした。

 そんな楽しそうな彼らの会話に耳を傾けながらモイはテーブルを見回す。

 ティアリー、アクセプタ、フリィ、ヒロ、ヴィクリ、グローウィン、アウトリタ、パーチェ、レジーナ。そしてモイ。全員の手に同じクリアボールオーナメントがあるのを見たモイはふと表情を柔らかくする。

「みんな、喜んでくれてよかった。またひとつ、大事な思い出が増えた」

 モイはクリアボールをぎゅっと握りしめた。

 それを黙って見守っていたヒロは心底微笑ましそうな柔らかい表情を浮かべた。


 そうして。

 それぞれデザートを食べながら、貰ったプレゼントについて語り合う。

 ゆっくりとクリスマスイブの夜は深まっていった。

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