準備5日目
そうして、クリスマスパーティの前日になった。
ヒロとフリィがみんなと一緒に考えた計画を実行すべく、アクセプタがレジーナとともに念入りに予定を組んで下準備をした結果、今日はパーチェとヴィクリも含めた十人総出での買い出しである。具体的に言うと、ご馳走のための食材とパーティのための飾りつけの買い物だ。
「ヒロはよかったのかい?」
町へ向かう雪の山道を歩きながらグローウィンが問い掛けた。
その問いに、フリィとともにアウトリタの後ろを歩くヒロが振り返らずに答える。
「ああ。大きな問題もなく二手に分かれてよかったよ」
今回の買い出しは、今朝になって急きょ編成が変更になっている。
要塞の都グラリエはその性質上魔物は入れないので、買い物はグラリエとランパートの二手に分かれることだけは予定通りで。まあいろいろあった結果、アクセプタとモイとレジーナ、そしてパーチェの四人がグラリエへ向かい、残りの六人がランパートに行く形で収まったのである。
現在の編成に決まった時のアクセプタの心底安堵した顔を思い出しながら、グローウィンは首を横に振る。
「自分が聞いたのは買い出しの組み分けのことじゃなくて、レジーナのことだよ。もう少しちゃんと話をしたかったんじゃないかと思ったけど」
「ありがとな、心配してくれて。でも大丈夫だ」
ヒロはグローウィンを振り返ると爽やかに笑った。
その笑みが昨日までと違ってあまりにも普段通りだったので、ヒロの中で何かが変わったのだろうとグローウィンは思った。それがきっと、昨日帰ってきたフリィのおかげなのは改めて問うまでもないことだろう。
ヒロの片手には、今朝レジーナから預かったバスケットがある。
それは、アクセプタから買い出しの組み分け発表が終わった後のことだ。
「…………ヒロ、ちょっといい?」
レジーナが心底気まずそうに視線を逸らしたまま声をかけてきたのである。
「どうした? レジーナ」
「その……私の代わりにランパートの人たちに届け物をしてほしくて」
「ああ、もちろん。俺に任せてくれ」
レジーナは持っていたバスケットをヒロに差し出しながら、中身を指さす。
「ありがと。それじゃあ、この軟膏をパン屋のおばあちゃんに渡すのと、この回復薬セットを自警団の本部に届けるのと、トリん家の隣のご夫婦にこの瓶を渡すのをお願い。あと、もし勇者の仲間の魔女を尋ねてくる人がいたら、この、薬の魔女印の瓶を渡してほしいの」
「尋ねてくるってことは、向こうが受け取りに来るのか。どんな人なんだ?」
「それが本人の希望もあって詳しく教えられないんだけど……、でも前々から約束してた人だから、ヒロなら会えばわかると思う」
「ああ、わかった」
ヒロは快く受け取った。
配達員のフリィやランパートが地元のアウトリタもいるのに、それでもヒロに頼んでくれたことが嬉しかった。ケンカをしている気まずい関係のなかでも、まだ嫌われているわけではないと、仲直りできるチャンスがあるのだと信じられるから。
「じゃあよろしくね」
「ああ。レジーナ、いってらっしゃい。気を付けてな」
「あ、うん。ヒロもいってらっしゃい」
ヒロが笑いかければ、つられるようにレジーナもまたぎこちない笑みを浮かべつつ小さく手を振って答えてくれた。そうして、グラリエに向かう彼女たちを見送った後で、ヒロたちもランパートに向かうことになったのだ。
そんなやり取りを思い出したヒロはふと柔らかい表情を浮かべる。
彼の隣を歩くフリィはそれを見て微笑ましそうに笑う。
和やかな空気の道中で、グローウィンの肩に座っていたティアリーがふと問う。
「ところで、フリィとヒロは何を買うんですか? 一緒に飾りつけですか?」
その質問にヒロをフリィは思わず顔を見合わせた。
今回のクリスマスパーティで買い出し担当のヒロとフリィが任された仕事は、クリスマスプレゼントの準備である。ご馳走と並んで今回の目玉企画のひとつでもあるためにとても重要視されていたと同時に仲間たち、特にプレゼントを喜びそうなモイとティアリー、そしてヴィクリには内緒だった。ドスの利いたアクセプタに、マジでバラすんじゃねーぞ、と再三念を押されたほどの重要機密である。
一方で、アウトリタもプレゼントの話は聞いていないものの彼らのそのリアクションを見て、孤児院の年長組であった経験から、二人がクリスマスプレゼントを買おうとしていたことを察した。
訪れた沈黙を破るようにヴィクリが笑い声を上げる。
「ケケケ、勇者は大事な買いモンがあんだよなァ?」
ヴィクリの訳知り顔な発言に一番驚いたのはティアリーだった。
「えっ! 大事な買い物って何ですか?」
目を丸くしたヒロとフリィの目の前でグローウィンの肩から肩へ移動したティアリーは、足を組んで座るヴィクリの腕を揺らして情報提供を催促している。
「気になります~、教えてくださいよ~!」
「教えらんねェんだなァ。特に泣き虫には」
「えーっ、何でですか! ヴィクリばっかりズルいです」
「ケケケ、勇者のプライドってモンがあるし、男同士の秘密だからなァ」
「ううう気になります~!」
ティアリーは、翅を震わせつつ自身もプルプルと震えている。
そんな彼女を見ていたフリィが、ふと、何かに気付いた。
「もしかして、ヒロがレジーナに渡す贈り物の話?」
「なァんで言うんだよ! せっかくオレ様が内緒にしてやってたのに!」
「だってティアリーが知りたそうにしてたから」
勇者のプライドもとい男同士の秘密は、親友によってあっさり暴露された。
とはいえ、暴露された当のヒロはアクセプタに念押されていたクリスマスプレゼントがバレたわけではなかった事実に、ひっそり胸を撫で下ろしていたのだけれど。
「レジーナへの贈り物! 仲直りのプレゼントってことですね!」
ティアリーが目を輝かせてヒロに近付いた。
目に見えてテンションが上がっている彼女が羽ばたかせている翅からは、雪上でもわかるくらいにキラキラとした鱗粉が舞っている。
「秘密を知ったからには仕方ありません、わたしも協力します!」
それは、言葉とは裏腹に手伝う気満々な物言いだった。
どうやらティアリーの中ではヒロのプレゼント選びを協力するのは決定事項になっているようで、どの店に行こうかどんな物がいいのかと想像を膨らませている。
そんな彼女へ、目を丸くしたヴィクリが慌てて言う。
「ハァ? 飾りつけはどォすんだ?」
「それはトリたんに託します!」
ヴィクリの正論にティアリーが即座に答えた。
突然名指しされたアウトリタは、キョトンとしながらも笑う。
「オレは何でも構わねぇぜ」
「ティアリーが良いならそれでもいいが、俺、レジーナから頼まれた事があるから、その間にツリーの飾りつけを探せるんじゃないか?」
「名案ですヒロ! そうしましょう!」
ティアリーはウキウキとしながらグローウィンの肩に戻っていった。
そうして。
昼頃に到着したランパートはクリスマスムード一色だった。
町に入ってすぐの広場に並ぶ屋台を見てティアリーとヴィクリ、そしてグローウィンは興奮気味に目を輝かせている。いっぱい屋台がある、楽しそう、すごい、とはしゃぐ彼女たちを見てアウトリタは嬉しそうに笑っている。
広場に並ぶ屋台を見回してヒロが言う。
「先にみんなで昼飯食おうぜ」
「うん、僕も賛成。屋台の料理、美味しそうだよね」
それに大喜びしたのはヴィクリとアウトリタである。
アウトリタと顔馴染みの店主がやっている屋台で串焼きと肉まんを買い、ティアリーの提案でクリスマスらしい器に盛られたスープも買った。
買った料理を両手に、広場の端のベンチで腰を下ろしつつ食事を済ませる。ベンチにはフリィとグローウィンが座り、グローウィンの肩の上にティアリーが座った。なかなかなボリュームにすっかり腹が満たされた後だというのに、気付けばアウトリタとヴィクリは追加で買ってきたらしい焼きリンゴを食べていた。
「クリスマスって美味ェな」
「な。クリスマスは美味いもん食えるからいいよな」
それを聞いたティアリーが腰に手を当てて口を尖らせる。
「ヴィクリもトリたんもあまり食べ過ぎちゃダメですよ。セプたんから余計な買い物はしないようにって言われてるんですから!」
それを聞きながらヒロは爽やかに笑う。
「そうだな。飯も食い終わったし、そろそろ買い物に行くか。早めに買い物終わらせて帰らないと、夕食に間に合わなくなるかもしれないしな」
ヒロの言葉にフリィとグローウィンは立ち上がった。
同時にアウトリタは近くのゴミ箱に食べ終わったゴミを入れ、ヴィクリもグローウィンの肩に座る。
「あ、そうだ。悪ぃんだけどオレ、ちょっくら別行動してもいいか? せっかくランパートに来たんだし、自警団に顔出そうと思ってさ」
「じゃあ僕はトリたんと一緒に行動するよ。飾りつけ以外にも買いたい物があるんだけど、トリたんならランパートに詳しいからすぐにお店を見つけられそうだし」
アウトリタとフリィが、しれっと別行動を提案した。
グローウィンが不思議そうに首を傾げる。
「飾りつけ以外に買う物があるのかい?」
「うん。パーチェに頼まれたんだ。パーティの時にテーブルに置く飾りだから、ある意味飾りつけではあるんだけどね」
「なるほど。実物を見るのが楽しみだよ」
フリィの言葉は嘘ではないが、上手い誤魔化し方だった。
本来ならフリィと一緒にヒロがクリスマスプレゼントを買う予定だったが、レジーナへの贈り物を買う予定が追加されたので別行動ができなくなってしまった。なので、ヒロの代わりにアウトリタがフリィに同行することになったのである。
ヒロはひとつ頷くと全員を見回す。
「じゃあ、用事が終わったらこの広場に集合な」
その言葉に全員が頷いた。
直後、ティアリーが、さっそくと言わんばかりに声高に宣言する。
「行きましょう、ヒロ、ヴィクリ、グロウィン! レジーナへの贈り物探しです!」
ティアリーの言葉を合図にヒロとグローウィンは商店街のほうへ歩き出した。
「でェ? 一体どこ行くつもりなンだよ」
「事前調査によると、この先にある雑貨屋さんが可愛くておススメですよ!」
ヴィクリの問いにティアリーが自慢げに答えた。
「ティアリー、いつの間に調べていたんだね~」
「はい! 以前ランパートで女子会をした時に見つけたんです」
その店の話は、ヒロも聞いた記憶がある。
それはだいぶ前にフリィとグローウィンと一緒に、モイからパーチェを含めた女子五人で行ったというウィンドウショッピングの話を聞いていた時のことだ。ティアリーの提案で立ち寄った店の一つで、アクセプタいわく王都にある人気の雑貨屋の姉妹店とのことだったと覚えている。
「見えてきましたよ。あのお店です!」
前方の店を指差して、ティアリーは翅をパタパタとさせた。
王都でも人気の雑貨屋と聞いていた時点でヒロは、女の子向けの可愛らしい店を想像していたのだが、思っていたよりも素朴でシンプルな雰囲気の店だった。
雑貨屋のウィンドウディスプレイは小さなドールハウスや木で作られた雪ダルマなどの置物が陳列され、緑葉の木の置物を並べたり綿を散らして雪を再現したりと小さなジオラマ風になっていた。それを見て同時に感動の声を上げたティアリーとヴィクリは、目を輝かせてウィンドウディスプレイに見入っている。
窓から窺った店内の客入りは存外疎らである。
グローウィンが店のドアノブを掴みながら声をかける。
「ヒロ、中に入ろうか」
「ああ、そうだな」
店のドアが開くなりティアリーが飛び込むように中に入った。
それに続いてヴィクリ、ヒロ、グローウィンの順で店内に足を踏み入れ、グローウィンが後ろ手でドアを閉める。脇目も振らずに店内中央の陳列台へと直進するティアリーとヴィクリを見守りながらヒロは、入り口脇のスツールに積まれていた籠をひとつ手にする。
「これ、すごいです~!」
「マジでスゲェな!」
「本当だな!」
「すごいね~」
四人の視線の先、陳列台の上にはシュビップボーゲンと呼ばれる、木の板をカットして冬の街並みを切り抜いたスタンドタイプの置物がたくさん並んでいる。シンプルな物から意匠を凝らした物までさまざまで、その繊細な技術はもはやレースのように細かすぎる物まであった。
それらの隣にはクリスマスピラミッドと呼ばれる、同じ製法で作られた立体的な置物がたくさんある。いろいろなデザインの小屋型の置物の外周には何かが飾れそうな場所があるのだが、特筆すべきは屋根の部分に上向きについたプロペラだろう。
「可愛いお家ですね~」
「へェ、変な置きモンだなァ」
ヴィクリが屋上のプロペラをクルクルと指で回すと、小屋の中の仕掛けが同様に回り出したが、それ以外には何か目ぼしいギミックがあるわけではないらしい。
ヒロが何とはなしに商品カードを見やれば、そこにはロウソク置きと書かれている。
「これ、ロウソク置きだったのか」
「ふ~む、なるほどね。小屋の周りのこの場所にロウソクを置けるみたいだね。セプたんの話だと、火の熱で温まった空気は上昇するらしいから、その動力で風車が回るんだと思うよ」
「ああ、そういうことか」
森に囲まれたランパートらしい特産品で、そしてクリスマスにピッタリのプレゼントではある。だが、使える場面が限られているし、薄い木の板で作っていることを考えると旅の最中で壊れてしまうかもしれない。他の物を探すべきだろう。
ヒロは次の候補を探して、背後を振り返った。
後ろの陳列棚はどうやらウィンドウディスプレイと面しているようだ。
そこにはさまざまな陶器製のミニチュア建物や人形などの置物がところ狭しと置かれているのが目に映る。どれもこれも冬の装いになっているうえに、どことなくクリスマスらしいデザインだ。丈夫で小さな物なので壊れにくそうだ。
贈るなら、こういう可愛らしい物ほうが喜んでもらえるだろうか。
「こういうのはどうだ?」
そう言いながらヒロは置物の一つを手に掴む。
彼が何となく手にしたのは、持ちやすい寸胴の体と丸い頭の、頭の上からピンと伸びた長い耳が特徴のニット帽を被った、どことなくウサギを彷彿とさせる人形だ。それとなく触ってみればニット帽も本体と同じく陶器で出来ているのがわかる。
「あっ、それ可愛いですね」
振り返ったティアリーが吸い寄せられるように陳列棚へと飛んできた。
「でも、プレゼントとしては微妙だと思います~」
「そうなのか?」
「はい。確かに可愛いですけど置物ですし、荷物になっちゃうだけですよ」
「……確かにそうだな」
ティアリーの言葉にヒロは、フリィのバッグの中の変な置物を思い出した。
置く場所がない以上、本来の役目を果たせずずっとバッグの中にしまわれている置物はよほどお気に入りでもない限り邪魔になる。特にレジーナのウエストバッグにはすでに手帳や調合器具、薬やその素材などその見た目以上にたくさんの中身が詰まっている。なおさら余計な物を入れて容量を圧迫させるのは申し訳ないだろう。
ヒロは手にした置物を元の場所に戻した。
「レジーナへの贈り物、迷っちゃいますね~!」
言うが早いかティアリーは目を輝かせて店の奥へと消えた。ヴィクリもヴィクリで興味の引かれる物を見つけたようで、ティアリーとは別の方向へと飛んでいく。
店内はそれほど広くないので迷子になることもないだろうし、客入りも疎らなので小さな魔物がいても迷惑をかけることもないだろう。
そう判断したヒロは周囲の商品棚を見回しながら店内を奥へと進んだ。
そんな彼の後ろを、全ての商品に興味津々なグローウィンが続く。
「ヒロ。レジーナへの贈り物の検討はついているのかい?」
「全然決まってないんだ。好みは知ってても具体的に選ぶのは難しいな」
「わかるよ、プレゼント探しは思っているより難しかったからね」
グローウィンはしみじみと言った。
まるでプレゼント探しをしたことがあるような言いぶりだったが、ヒロが知る限りでは、彼が誰かに贈り物を渡しているところを見たことがない。一緒に旅をする前の話なのだろうか。
「グローウィンはどんなプレゼントを贈ったんだ?」
「いいや、自分は渡したことないよ。プレゼントを探したのは、今みたいに他の人の手伝いだったからね。……ああ、でも。前にレジーナから、贈り物は相手が喜ぶ顔を想像して探すといいって助言をもらったことがあるよ」
「なるほどな」
レジーナらしい、シンプルでわかりやすいのに抽象的なアドバイスだ。
昔、フリィにアドバイスを求めた時も、ヒロが自分で選んだならどんな物でも喜んでくれると言われたので、プレゼント探しとはそういうものなのかもしれない。
「そうだヒロ。余計なお世話だと思うけど、ひとついいかい?」
「ああ、構わないぞ。どうしたんだ? グローウィン」
「昨日の話をアウトリタたちから聞いたよ。自分は、ヒロもレジーナも今のまま変わらなくて良いと思っているよ」
唐突に変わった話題と、意外な発言にヒロは弾かれたようにグローウィンを見た。
「レジーナは強い腕力もないし頑丈でもないのに、持ち前の頭の良さと器用さだけであれだけの戦術と立ち回りをするからね。そんな頭の良いレジーナが後先考えずに行動するとは思えない。ヒロの思惑とは違うかもしれないけど、レジーナだってちゃんと色々考えて行動してると自分は思うよ」
「それは、そうかもしれないが……」
「自分は人間を守るために作られた兵器だからね、心配になるヒロの気持ちはよくわかるよ。……けれど、だからこそヒロ、君がいるんだろう?」
グローウィンは何てことないように言った。
返す言葉を失ったヒロに、グローウィンは穏やかに言葉を続ける。
「前にヒロが言ったことを覚えているかい? 誰かがレジーナを気にかけないととヒロは言ってたけれど、自分もフリィたちも、その誰かがヒロだと思ってるんだよ」
「俺……?」
「そうだよ。個人差はあるかもしれないけど自分もフリィたちも、みんなレジーナのことを心配してるんだよ。けれど、誰よりもヒロがいつもレジーナが無理しないように気にかけて支えてくれてる。それに、もし何かがあってもヒロがレジーナのことを守ってくれると信じられるからね。……でも知ってるかい? ヒロもレジーナと同じくらい危なっかしい行動をしてるんだよ」
「……」
「けれど、ヒロがレジーナを気にかけて守ってくれてるように、レジーナがヒロをフォローして助けてくれてる。そうやって勇者と勇者の仲間として、二人は当たり前のように二人で協力し合ってるじゃないか。だから、ヒロもレジーナもそんなに難しく考えないで、今まで通りお互いを信じて支えてほしいと、自分は思ってるよ」
グローウィンは真剣な眼差しで真っ直ぐにヒロを見ていた。
仲間たち、少なくともグローウィンには自分たちがそういう風に見られているのだと思うと、ヒロはくすぐったいような嬉しいような不思議な感覚になった。勇者としてもヒロ個人としても、病弱だった頃から勇者と呼ばれるようになった今でもずっとレジーナには恩義がある。支えられてきた分、今度は自分が支えたいと思ったヒロの気持ちは、少なくともグローウィンから見た限りでは報えているらしい。
「それに、ヒロがレジーナのストッパーになってくれないと、セプたんの心労が増えちゃうからね。そうなったら自分も大変だから、やっぱりヒロには今まで通りでいてもらわないと」
そう言ってグローウィンは、わははと笑った。
冗談とも本気ともとれるその言葉にヒロは目を丸くした後で、ふと笑い返す。
「ああ、そうだな。俺もそうしたいと思うよ」
柔らかな声で告げたヒロの笑みは、嬉しさの中に照れを滲ませたようなもので。
普段の彼らしからぬその表情にグローウィンは微笑ましそうな顔だけを返した。
それから、二人は店内の商品を見て回るのを再開した。
店の入り口近くに並ぶ商品は時期の関係もあってクリスマス関連の物が多かったが、店内の奥の方はシーズン関係なしの日用雑貨が並んでいる。
贈るならやっぱり普段から愛用してくれるものがいいなと、ヒロは思った。
一通り店内を見て回り終わったのだろうティアリーが戻ってきた。
「プレゼントに良さそうな物は見つかりましたか?」
ティアリーはそう訊ねながらグローウィンの肩に座る。
ヒロをグローウィンは顔を見合わせる。店内を見て回って、いくつか候補に上がる品はあったものの、イマイチ決定打に欠ける物ばかりだったのである。
「いや、悩んでるところだ。ティアリーはどんなプレゼントが嬉しかったんだ?」
ティアリーはサイズこそは小人のように小さいが、れっきとした女の子だ。
お洒落に興味を持ち、可愛い雑貨やアクセサリーに目を輝かせる姿はまさしく年頃の女の子そのものである。なので、女の子が喜ぶプレゼント選びの参考にはなるだろうとヒロは考えた。この際、贈られる側のレジーナに年頃の女の子らしい感性があるかはひとまず置いておくことにした。
ヒロの質問に、ティアリーは目をキラキラと輝かせた。
「わたしはこの髪飾りですね!」
そして彼女は、誇らしそうに自身が付けている髪飾りを示した。
それは花の髪飾りで、白い花は花弁の先にかけてほんのりと薄ピンク色のグラデーションがとても可愛いらしく、ティアリーの緑髪によく映えている。彼女がその他に大事にしているアクセサリー類と比べると少し子供っぽく、そして、ずいぶんと使い込まれているように見える。
「もしかして、ヴィクリからもらったのか?」
「はい! わたしが大事にしてたカチューシャを壊したお詫びにってくれました」
「髪飾りか……」
呟いたヒロの脳裏に、レジーナの水色の髪が思い浮かぶ。
少し癖のある柔らかそうな彼女の髪はよく晴れた日の水面みたいで、それでいて、雨上がりの青空みたいだとヒロは思っている。明るく元気な彼女の動きに合わせてふわふわと揺れている胸元までの水色のセミロングを思い出して、ヒロはふと表情を優しくした。
「……あいつ、絶対落としそうだな」
レジーナのウエストバッグには、彼女の宝物のぬいぐるみストラップ三体が落ちないよう厳重に括り付けられている。戦闘中の激しい動きで落とさないためだと彼女は説明していたが、まだ戦闘とは無縁のピーク村にいた頃からあのぬいぐるみたちはバッグに括り付けられていたのを見ているで、単純に彼女が好奇心旺盛に動き回るのが理由だろうとヒロは考えている。もちろん、それを口にしたことはないが。
パッと表情を明るくしたヒロは爽やかに笑う。
「でも髪飾りはいい贈り物だな。ティアリーもその髪飾り、よく似合ってるよ」
「えへへ、本当ですか。ありがとうございます~」
ヒロに褒められ、ティアリーは嬉しそうに笑った。
顔を見合わせて笑い合う二人の間に、不意にヴィクリが割り込む。
「オイオイ、なァに甘ェ空気出してんだよ。詫びの品はいいのかァ? 勇者」
ヴィクリはジロリとヒロを睨んで口を尖らせた。
その言葉にヒロは困ったように首を横に振る。
「いや、それが全然思いつかなくてさ」
「ケッ、まァだ悩んでんのかよ」
「ああ。プレゼント選びって難しいな。ヴィクリはどうやって選んだんだ?」
「アァ? そりゃァ、……そいつが好きそうで、最近ハマってるモン選んでっけど」
「好きなものか……」
「魔女の姉ちゃんの好きそうなモンって、何かねェのかよ?」
ヴィクリの質問にヒロは思案する。
以前みんなで行ったフリーマーケットでは、レジーナは珍しい本を買っていた。薬学研究に熱心で薬の魔女としての研鑽を怠らない彼女なら、薬学関係の物なら何でも大喜びしそうだ。昨日も素材が足りないと言っていたことを考えれば、喜んでほしいだけなら雑貨屋ではなく素材屋に向かうのが正解なのだろう。……けれど、ヒロが贈りたいと思っているのは、そんな無粋な消耗品ではないのだ。
「あるにはあるんだが、せっかくなら、お洒落な物を贈りたいんだ」
「ケッ、贅沢だな」
「そういう気持ちは大事ですよ~。お詫びのプレゼントなんですから!」
四人揃ってうーんと考え込む。
お洒落な贈り物と言うのは簡単だが、選ぶのは難しいなとヒロは改めて思った。
ふとヒロが視線を向けた先には、アンティーク調の大小さまざまな小物入れやガラス製の色鮮やかなグラスが並んでいる。それらの近くには、ギフト用ラッピング承りますと書かれたポスターが掲示されているので、おそらくプレゼント品の定番なのだろう。下手にサプライズを狙って外すよりも無難に薬の調合器具としても使える小物入れやガラス瓶を贈るほうが良いと考える気持ちと、本当にそんな安直で無難な贈り物で良いのだろうかという気持ちが、ヒロの中でせめぎ合っている。
ヒロは、レジーナのウエストバッグの中身を思い出しながら棚に目を走らせた。
そうして、ふと目にした商品に目線が止まる。
「あ」
これしかないと、これがいいと、ヒロの直感がそう告げていた。
「あァ? どうしただ勇者?」
「もしかして、良い物見つけたのかい?」
「ああ。俺、レジーナへの贈り物はこれにする」
そう宣言するなりヒロは真っ直ぐ向かうと、迷わずそれを手に取った。
何を隠そう、ヒロは物心ついた時から今日までずっと直感で生きてきた男である。
別に物事を考えていないわけではない。色々と深く考えた結果でヒロが自分の思ったままに行動することが常に事態を良い方向へ好転させてきたし、本人にそこまでの自覚はないが主人公体質であるがゆえに彼が直感で選んだものが最終的に最善の結末を迎えるのだ。
「良いですね! きっとレジーナ、喜んでくれますよ!」
「ああ。みんなありがとな。おかげで良い贈り物が見つかったよ」
ヒロは、選んだプレゼントを買い物籠に入れながら笑った。
それから、雑貨屋での買い物を終えた後。
ヒロはレジーナからの頼まれ事を完了させるために各所へ薬を届けた。
その間別行動をすることになっているティアリーたちは、レジーナへの贈り物と一緒にいくつかクリスマス飾りを買ったにも関わらず、更なる飾りつけを求めてまた別の店へと吸い込まれていった。
頼まれていた各所へ薬を届け、ヒロが待ち合わせの広場へ向かっていた時だ。
「ちょっといいかのう?」
突如声をかけられ、ヒロが声のしたほうへ振り向く。
少し離れた道の脇に、全身黒い服装に身を包み、蓋付きのバスケットを持った女性がジッとヒロを見ていた。彼女は、ヒロと目が合い彼が足を止めたことを確認すると、レースやフリルをふんだんに使ったスカートの裾をふわりとなびかせて近寄ってきた。雑踏の中でも高らかに響くヒールの音にヒロは困惑混じりに彼女を迎えた。
目の前にやって来た女性は、瞳孔が縦に長い金色の目を細めてヒロを頭の天辺からつま先まで無遠慮に観察してきた。
「お主が勇者じゃな?」
そして、温度のない無機質な声で問われた。
若そうな見た目と裏腹にその口調は老人のようで。
女性から感じる違和感にヒロは彼女が人間ではないと悟る。
「ああ。何かトラブルがあったのか?」
「わたくしは勇者の仲間の魔女に会いに来たのじゃ。彼女はどこにいるかのう?」
「あいつなら今は別行動を――」
「別行動じゃと?」
ヒロの言葉を遮って、女性は眉間に皺を寄せた。
それから彼女は、驚きと若干の不機嫌が混ざった声でヒロに詰め寄る。
「この町に勇者と一緒に来る予定だと聞いとるわい。なら、どこにいるのじゃ?」
「急遽予定が変わったんだ。今は別の町に行ってる」
「何なのじゃ、約束が違うではないか」
女性はそうぼやいた。
「ランパートに来るというから、わざわざ出向いてやったというのに……!」
腕を組んでそう呟いた女性の言葉に、彼女が告げた勇者の仲間の魔女という単語に何となく引っ掛かりを覚えたヒロは自身のバスケットへ視線を落とした。
彼が持つバスケットには、薬があと一瓶残っている。
それは、花飾りのあるトンガリ帽子を被ったウサギのシールで封をした薬瓶だ。ティアリーが提案しヒロがデザインを考えフリィが描いて完成したそのシールを、レジーナは薬の魔女の印として愛用してくれている。ゆえに、そのシールで封をした薬は薬の魔女にしか作れない特別な薬なのだと、ヒロは以前レジーナから聞いている手元にある薬が実際にどんな効能なのかはわからないが、市販では絶対に手に入らない特別な代物であることに変わりはない。
レジーナから、前々から渡す約束をしていたと、特徴は伝えられないが会えばわかると言われたことを思い出したヒロはひとつ問い掛ける。
「貴方は、あいつと知り合いなのか? えーっと……」
ヒロの問いに我に返った女性は、ふんと鼻を鳴らしながら自身の髪を払う。
「そう言えば名乗っとらんかったのう。わたくしは石の魔女。薬の魔女とは先々代からの古い付き合いじゃよ」
「石の魔女……ということは、石? を取り扱ってるのか」
「無論じゃ。宝石や鉱石、魔石も取り扱っとるわい」
薬師のレジーナや彼女の母親が薬の魔女であるように、石の魔女と名乗るこの女性もまた石に関する職業を生業にしており、その界隈では実力者なのだろう。レジーナの母親もそうだったが、魔女を名乗る彼女たちは総じて有名になることを厭うきらいがあるらしいとレジーナから聞いたことがある。特徴が伝えられない、というのもそこが関係しているのかもしれない。
「なるほどな。……もしかして、薬を受け取りにきたのか?」
その問いに女性は意外そうな顔をした。
「ほう。なぜそう思ったのじゃ?」
「勇者の仲間の魔女を尋ねる人がいたら渡してくれって頼まれてたんだ。貴方はあいつと会う約束をしていたみたいだし、渡す相手の特徴は伝えられないが会えばわかると言われたのも相手が魔女なら納得だろ」
ヒロは笑みを浮かべながらそう言うと、持っていたバスケットを差し出した。
しかし、女性は受け取ることなく、代わりにぽつりと問う。
「お主はその薬が何か知っておるのか?」
「いや、どんな薬かは聞いてない。でも、特別な薬なのはわかってるさ」
「ならば、その特別な薬をあっさり手放していいのかのう?」
「これは貴方に渡してほしいと頼まれた薬だからな」
「…………なぜ、バスケットごと渡すのじゃ?」
「……? そう頼まれたからだ」
「なるほどのう。魔女がお主に頼んだ理由がわかったわい」
女性は愉快そうに小さく笑った。
そして、突然笑われて困惑した様子ヒロからバスケットを受け取る。
「勇者よ、薬を届けてくれて感謝する」
「気にしないでくれ。俺は頼まれただけだから」
「ついでと言ってはなんだが、これを魔女に渡してくれんかのう?」
言葉とともに女性から差し出されたのは、彼女が持つ蓋付きのバスケットだ。
ヒロは困惑しながらも素直にバスケットを受け取る。
思っていたよりも重量のあるバスケットに、興味本位で蓋を開ければ、鮮やかな赤色が美味しそうなリンゴがいくつかと、その隙間に綺麗にラッピングされた小箱がひっそりと顔を覗かせている。
きょとんした様子のヒロを見て、女性はクツクツと笑う。
「代金の代わりにと、魔女から頼まれた物じゃよ。……魔女と勇者の仲間の二足の草鞋と聞いた時には驚いたが、なかなか楽しく過ごしてるみたいじゃのう。そのリンゴも、今年は旅の仲間と一緒に過ごすからたくさんほしいと言われてのう」
そう告げた彼女の表情と物言いからは、深い愛情が感じ取れる。
ただ取引相手なだけではない何かがあると思わせるには十分だろう。
ヒロは少し躊躇ってから問い掛ける。
「…………あいつ、――薬の魔女とはどういう関係なんだ?」
「薬の魔女とは古い知り合いじゃが、あの子とはただの顔見知りじゃよ」
女性はそう言って妖しい笑みを浮かべた。
深い意味が込められていたようなその返答に、しかしヒロは何と答えていいのかわからず口を噤んだ。
「勇者よ。そのバスケットの中身は薬の代金じゃ、しかと魔女に渡しといてくれ」
「ああ。任せてくれ」
「さて。用も済んだことだし、わたくしはもう行くとするかのう。……この町はまだマシなほうじゃが、やはり人間臭くて敵わん」
女性はそう言い残すと、黒いドレスの裾を翻して踵を返した。
見送ろうとその背中を眺めていたヒロは、ふと、その後姿に声をかける。
「待ってくれ」
その声に魔女は立ち止まり、怪訝な顔で振り返った。
「引き留めて申し訳ない。無理を承知で頼みたいことがあるんだ」
「…………なんじゃ?」
「実は――」
ヒロが告げる言葉を、石の魔女は眉根を寄せて聞いていた。
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