準備1日目

 コテージに泊まった翌日からクリスマスの準備が始まった。

 とはいえ、フリィは配達員の仕事があって、レジーナは薬師としての業務をやるため、それぞれ朝食時にはすでにいなかった。そして、グローウィンはアクセプタの指示でお金を稼ぐため一足先に出掛けていた。残りのメンバーのうち、モイとティアリーにはコテージの飾りつけが任命され、孤児院育ちでクリスマスパーティ経験者のアウトリタも彼女たちの保護者兼監視役として飾りつけ担当になった。

 ヒロは買い出し担当になり、本日は食事担当のアクセプタとグラリエへ向かった。

 人通りの多い都内を迷わず歩くアクセプタが、ぽつりと言う。

「やっぱクリスマス前で人が増えてんな。全員で来なくて正解だったわ」

 そんなアクセプタの言葉に、町中を眺めながら彼女の隣を歩くヒロが口を開く。

「俺はこの町に来るのが初めてなんだが、普段からそんなに人が多いのか?」

「多いってもんじゃねーよ。王都より狭い町だってのに王都と同じくらい人がいるんだからな」

「それは多いな。……やっぱり、安全な場所には人が集まりやすいんだな」

 そう言ったヒロの隣を、町を巡回する機械がすれ違った。

 それは兵器の一種で対魔物用の防衛設備である。同じく兵器と分類される生物兵器のグローウィンと比べると格も性能も低い量産型ではあるが、魔物の脅威から人間を守るために人間の技術によって作られた点に相違はない。

 兵器によって守られた平和な町を眺めながらヒロが問いかける。

「クリスマスで何作るのかは決まったのか?」

「方向性ぐらいで、まだまだだな。っつーわけで楽しみにしてるところワリーけど、今日買うのはクリスマスとは関係ないやつだ」

「え? 違うのか?」

「違うに決まってんだろ。クリスマスまでまだ一週間もあんだぞ。……ったく、揃いも揃って一ヶ月前からずーっと浮かれやがって」

 呆れた物言いのアクセプタに、ヒロは苦笑いだけを返した。

 一ヶ月前にフリィからクリスマス計画を持ち掛けられてから、ここ最近ヒロは何だかんだとクリスマスについて考えていた。だが、グローウィンやモイをはじめとした仲間たち全員に楽しんでもらえるように特別な日になるようにとずっと考えていたので、ヒロ自身に浮かれている感覚はなかった。とはいえ、フリィとクリスマスの計画を練っている最中も当日のことを想像した時も楽しかったのは事実なので、実際、アクセプタの言う通り浮かれていたのかもしれない。

「ピーク村にだってクリスマスはあったんだろ? 何をそんなに浮かれんだよ」

「あったって言っても、みんなで一緒に夕飯を食うぐらいだったし、それに俺は去年までずっと寝たきりだったからさ。こういうクリスマスって新鮮なんだ」

「あー……、そういやそーだったな」

 そう言ってアクセプタはバツが悪そうにポリポリと髪を掻いた。

 どこか申し訳なさそうな表情を浮かべるアクセプタへ、ヒロはからりと笑う。

「気にしないでくれ。寝たきりって言っても毎年クリスマスはじいちゃんとフリィと一緒に夕飯食って過ごしてたから、別に寂しくしてたわけじゃないんだ」

「ふーん。配達員も一緒だったのか」

「ああ。フリィは育ての親が亡くなってから、ずっと一人で暮らしてたからさ。せめてクリスマスの時ぐらいは、って俺ん家で一緒に夕飯食ってたんだ。まあ、フリィはその時にはもう配達の仕事をしてたからな。配達が終わる夕方頃に家に来てもらって一緒に飯食ったら明日の仕事に備えて帰る、ってそれだけなんだけどさ」

「じゅーぶん、いいクリスマスじゃねーか」

 そう言って笑い返したアクセプタは、嬉しそうな安堵したような表情をしていた。

 彼女が安堵した理由が、没キャラであるフリィがクリスマスに孤独ではなかったことに対するものなのだとヒロはすぐに気付いた。何しろ、親友であるヒロに次いで、ある意味ではアクセプタのほうが、同じ村で育ったレジーナよりもフリィとの交友期間が長いのである。フリィとアクセプタの出会いについてフリィ本人から思い出話として熱弁されたことがあるヒロとしては、アクセプタはきっとヒロとはまた違った意味でフリィと言う没キャラに助けられたのだと思えるのだ。

 自分を支え助けてくれた恩人に笑っていてほしい気持ちはヒロにもよくわかる。

「アクセプタはどうなんだ? クリスマスはどう過ごしてたんだ?」

「別にアンタらと似たようなもんだよ。部屋で勉強してるアタシんところに、クリスマスだから一緒に食おうってじーちゃんばーちゃんがクリスマスチキンとかを持って来るから一緒に夕食を過ごしたぐらいだな」

「そうか。優しい人ばかりだったんだな」

「ホントにな。みんな、アンタと同じでお人好しばっかだったよ。特に隣に住んでたばーちゃんなんてアタシのことを孫かなんかと勘違いしてんのか、髪の手入れぐらいちゃんとしろって、頼んでもねーのに勝手に手入れしてきやがった時もあってさ」

「ああ、だからアクセプタの髪は綺麗なんだな」

「っはぁ?」

 驚いたようにアクセプタの声が跳ねた。

 弾かれるように隣を歩くヒロの横顔を見やるアクセプタは、突然褒められたことに照れて顔がほんのり赤くなっていた。だが、道行く人とぶつからないよう気をつけながら通り側を歩くヒロは、それに気付かず言葉を続ける。

「一緒に旅をし始めた頃から思ってたんだ、アクセプタの髪は全然癖がなくて真っ直ぐで炎が燃えてるみたいだって。それに、過酷な旅の中でもアクセプタの髪はずっと綺麗なままだよな」

「バッカじゃねーの。褒めたって何も出ねーぞ」

「……? 別に、思ったことを言っただけだろ」

「あーあーそーだった。そういや、そーゆーヤツだったな勇者は」

 アクセプタは呆れたような乱暴な物言いで言い捨てた。

 その少し苛立ったような怒ったような言動にヒロは不思議そうに彼女を見やる。バッチリと目が合ったアクセプタは逃げるように視線を逸らすと、ふんと鼻を鳴らした。

「アタシの髪のことはいーんだよ。それより今日の買い物のことだ」

「クリスマスとは関係ない買い物だよな?」

「そーだ。今日買うのは普通の、クリスマスまでの食料品とか生活品だ。キャンプつってもせっかく都が近いんだから新鮮な食材で飯食いてーだろ」

 言いながらアクセプタは懐からメモを取り出した。

 その紙は買い物リストである。所持品から不足している物や仲間からリクエストがあった中で、彼女が必要だと判断した物が羅列されているのだ。横からヒロが覗き見て確認した限りではクリスマスっぽい物は一切記入されていなかったので、本当にクリスマスとは無関係の買い出しらしい。

「褒めてくれた礼だ。今日の夕飯は勇者の食べたいモン作ってやるよ。何がいい?」

「うーん、そうだな……」

 アクセプタからの提案にヒロは考え込む。

 そう問われても、残念なことにヒロにはリクエストが思い浮かばなかった。食べたい物と言われて真っ先に思い浮かんだのは自身の好物だったのだが、先日食べたことともうすぐクリスマスであることから候補にすら挙がらなかったのである。

 しばし考えたヒロの脳裏に浮かんだのは親友の好物だった。

「ピーマンの肉詰めなんてどうだ? フリィの好物だし喜ぶと思うぞ」

「何で配達員の好物なんだよ。っつーかアイツ、ピーマンの肉詰めが好きなのか?」

「フリィ、食べ物の中ではピーマンが大好物で一番好きなんだってさ。肉詰めにされてたら俺も食えるし、そこが妥協点だなって」

「いや、そこは妥協点じゃねーんだよ」

 間髪容れずにツッコミを入れたアクセプタはヒロの脇腹に肘討ちも入れた。じゃれ合い程度の軽い一突きを入れた彼女は、ドン引きした表情をしていた。

「何だよピーマンが一番好きって。ピーマンが大好物だなんて初めて聞いたぞ」

 アクセプタは心底呆れ返った声でぼやいた。

 彼女は腰に片手を当てて深いため息を吐いてから、あっけらかんと言い捨てる。

「んなもん却下だ、却下。妖精と自警団が食えねーだろ。っつーか、勇者には好物とかねーのかよ?」

「そりゃあもちろんあるが、今日の夕食じゃないなと思って」

「まあ言うだけ言ってみろや?」

「ハンバーグとパイ」

 ヒロが素直に答えればアクセプタはニヤリと笑った。

「ハンバーグは何となくわかるけど、パイなんて、こりゃまたずいぶんシャレた料理が好きなんだな」

「パイ生地のサクサク感が好きなんだ。パイの中でも特に、毎年クリスマスん時に食ってるアップルパイとパイシチューが気に入ってる。特にパイシチューはシチューも美味いし、しかも中にハンバーグが入ってて俺の大好物だ」

「ふーん。さすが勇者だな。めちゃくちゃ凝ったご馳走作ってんじゃねーか」

「作ってるわけじゃないんだ。俺は料理なんてこの間が初めてだったし、じいちゃんは村の村長だからクリスマスでも忙しいし、フリィも夕方まで配達の仕事があるからな。俺の見舞いに来るレジーナが毎年持ってきてくれたんだ」

「っつーことは薬屋ん家からのお裾分けか?」

「まあ、そんなところだな。あいつん家もクリスマスは薬屋業務が忙しいみたいだから、俺たちの分もついでに買ってきてくれてたんだと思う」

 そのことについて実はヒロは一度だけレジーナに質問したことがあった。だが、誰かに代わられたら嫌だから秘密とはぐらかされてしまっていた。ヒロとしても彼女を困らせたいわけではないので、それ以上言及しなかったのである。

「ふーん、なるほどな。じゃあ、後で薬屋に聞いてみてやるよ。勇者がそんなに絶賛する料理って気になるし、せっかくならクリスマスに出してやりてーしな」

「えっ、いいのか?」

「ただし! あんま期待すんじゃねーよ。薬屋に聞いたところで、準備できるかどうかは別問題だからな」

「ああ、わかってる。ありがとな、アクセプタ!」

 思わぬ話にヒロは嬉しそうに笑った。

 好物と好物を掛け合わせた大好物を今年も食べられる可能性が出てきたことはもちろん、毎年ともに食卓を囲んでいたフリィだけでなく大事な仲間たちにも振る舞えるかもしれないことがヒロにはより嬉しく思えた。サクサクな生地を割った中からシチューとハンバーグが出てくる驚きとワクワク感はきっとモイやアウトリタも気に入るだろう。……まあ、別にヒロが調理したわけでも考案したわけでもないから、振る舞うというのは厳密には少し違うのかもしれないけれど。

「確かに、そーなるとアンタの好物は今日の夕食向きじゃねーな……」

「だろ。……あ、そうだ。それなら、アクセプタの好物はどうだ?」

「は? アタシ?」

「ああ。いつもアクセプタには助けられてるからな。こういう時ぐらい、アクセプタの好きにしてほしいんだ」

 ヒロの言葉にアクセプタは目を丸くした後で小さく笑う。

「ま、そうだな。勇者もそう言ってるわけだし、今日ぐらいはアタシの好きにさせてもらうとするか。……明日以降は自警団おススメの、妖精や迷子たちが喜ぶようなキャンプ飯っぽいメニューを考えてっから楽しみにしとけよ」

「それは楽しみだな!」

 話しながら歩いていた二人は町の中央を抜けて、商店街にまでやって来た。

 アクセプタはもう一度手元のメモに視線を落としてから、自分たちと同じように食材の買い出しに勤しむ人々の合間を縫って目的の店へと向かって行く。そんな彼女の背中を見失わないよう気を付けながらヒロも、周囲の迷惑にならないようにアクセプタの後を追う。

 新鮮な魚や穀物、加工品などの専門店を通り抜けて最初にアクセプタが立ち止まった店は、瑞々しい野菜や果物が並ぶ八百屋だった。

 主婦や買い出しのメイドに混ざってアクセプタが店頭に並ぶ野菜や果物を選び、彼女の一歩後ろにいるヒロがそれを受け取って買い物籠に次々と入れていく。

 目当ての食材を全部手に入れ終えたアクセプタがおもむろにヒロを振り返る。

「そーいや、ちょいと気になったんだけど、ピーク村はリンゴが特産品なんだろ?」

「ああ。ピークリンゴって言って甘くて美味いぞ」

 アクセプタの言葉にヒロは笑って答えた。

 特産品とは言っても、外界と滅多に関わりのない閉鎖的なピーク村には収穫した物を他の町で売るという概念はなく、そのほとんどが村で消費されていくので特産品と呼んでいいのかは定かではない。しかし、聞いた話によれば、フリィやレジーナの母親など村の外へ仕事をしに行く人たちはピークリンゴで作られたジャムを持って出掛け、それを売ることで村の外にいる間の生活費を稼いでいるらしい。

「ならアップルパイなんていつでも食えんじゃねーの? やっぱクリスマスん時のアップルパイは特別なのか?」

「他の人はどうだかわかんないが、俺はクリスマスの時しか食ってないんだ。普段は俺とじいちゃんの二人だから、アップルパイなんて買う機会がなくてさ」

「なるほどな。クリスマスん時は配達員がいるからってわけか」

「ああ。毎年レジーナがクリスマスプレゼントにアップルパイをくれるからさ。それを夕食後にフリィとじいちゃんと三人で食ってんだ」

 ヒロの言葉にアクセプタは目を真ん丸に見開いた。

 彼女の表情には混乱と困惑がありありと映っている。

「え? 何? 薬屋アイツ、毎年アンタにアップルパイ贈ってんの?」

「ああ。せっかくのクリスマスだからみんなで食べてって、俺は何のお返しもできないのに毎年律義にさ。道具屋に薬を届けてるって言ってたから、たぶんそこで買ってきてくれてるんだと思う」

「そりゃまた薬屋らしいじゃねーか。……配達員も祝い事ん時は必ずアップルパイを食うって言ってたし、薬屋も自分で作るほどアップルパイ好きみてーだしな。ある意味アップルパイがアンタらの故郷の味ってわけか」

 呆れたように笑いながらアクセプタは、ヒロから奪うように買い物籠をとった。そして八百屋の店主にそれを渡してさっさと会計をし始める。

 それを横目で見ながらヒロは、幼馴染みたちの意外な情報に目を丸くしていた。ピーマンが大好物だと言いのけるフリィがそこまでアップルパイも好きなことも、甘い物が大好きなレジーナがアップルパイを作れることも、ヒロは今アクセプタから聞いて初めて知ったのである。思わずヒロが、リンゴの値札だけがぽつんと置かれた空のスペースをジッと見つめた時だ。

「兄ちゃん、リンゴがほしいのかい?」

 八百屋の店主に話しかけられ、ヒロは慌てて顔を上げた。

 視界に映ったのは、申し訳なさそうな顔の店主と、まさかアップルパイが食いたくなったんじゃねーだろうなと言わんばかりにジト目を向けるアクセプタで。

「すまんな。今年は例年以上に冬眠し損ねた魔物が山道をうろついてるらしくて、ランパート側からの納品が少なくてよ」

 店主の言葉にヒロとアクセプタは顔を見合わせた。

 魔物のせいで物流が滞り、結果として人間の生活に影響が出てしまうのなら、それは勇者として放っておけない。

「それは、放っておいても大丈夫なのか?」

「ああ。ランパートにはそれ専門の自警団がいるって話だからな。クリスマスには間に合わないかもしれんが、年越しまでには片付くだろうから問題ないさ」

「そうか。問題ないならよかったよ」

 二人は揃って胸を撫で下ろした。

 山脈の向こう側にある壁の町ランパートはアウトリタの家がある町で、話題に出てきた自警団は彼が所属する組織でもある。ヒロとアクセプタがアウトリタと出会った際に彼ら自警団と共闘戦線を張ったことがある。頼もしい彼らが対応するのなら、あえてヒロたちが出る幕はないだろう。

 店主が合計金額を伝えながら紙袋に詰めた野菜や果物をアクセプタに渡す。

 それを受け取ったアクセプタの横から、ヒロが紙袋をさらうように取り上げた。されるがまま紙袋を渡したアクセプタは懐から財布を取り出して店主に代金を払う。

「はいよ、お代だ」

「毎度あり!」

 それから何店舗か回って買い物をしてからルミエル村のコテージに帰った。

 本日の夕食は肉じゃがだった。

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