到着

 勇者一行は、北方の山脈地帯にある、高原の村ルミエルにやって来ていた。

 理由は言わずもがなクリスマスのためである。

 高地にある小さなルミエル村は、丸太の柵で囲われた中に木造建築が建つ素朴な雰囲気があるのどかな村だ。周囲に何もない辺鄙な立地から物見遊山の客は滅多に来ないのだが、その代わりにこの村には観光とは別の目的で訪れる者がいるのだ。

「わぁあ……! すごい! クリスマスって感じがするね!」

「うん、そうだね。想像してたより全然賑わってるよ」

 村の入り口に立つレジーナが目を輝かせれば、フリィが相槌を打って答えた。

 ウェルカム看板の横に植えられたモミの木はクリスマス仕様にイルミネーションが飾られており、その足元には可愛らしい雪ダルマの置物が置いてある。その隣の色とりどりの花が咲く花壇は、華やかなクリスマス飾りでデコレーションされていた。

 そんな花壇を眺めながらモイは両隣にいるフリィとレジーナの袖を引っ張る。

「フリィ、レジーナ。あの赤い帽子のヒゲモジャは誰?」

「うーん、僕にもちょっとわからないなあ。レジーナは知ってる?」

「知ってるよ。あの人は聖女さまの生涯の友人でサンディっていう魔物だよ! サンディは、聖女さまの代わりに魔物にプレゼントを届ける配達員なんだって!」

「配達員ってことはフリィと同じなんだね」

 和やかに話す彼らの後ろを、大きな荷物を背負った夫婦が楽しげに笑い合いながら村の中に入っていく。村のエントランスには彼らの他にも、目を輝かせた男の子が両親の手を引いて急かしていたり、活発そうな青年たちが待ち合わせをしていたりと、のどかな村とは思えない賑わいを見せていた。

 そんなエントランスには、村随一の立派な二階建て家屋が建っている。

 しばらくして、二階建ての建物からアクセプタ、ヒロとアウトリタが出てきた。アクセプタは建物の脇に設置されたベンチで、荷物袋を抱えティアリーを肩に乗せて座っているグローウィンを見つけるなり眉間に皺を寄せて大股で彼に近寄る。

「オイ、ニイサン。薬屋と迷子がその辺うろちょろしねーよう見張っとけっつったよな? 何してんだ?」

「ああセプたん。レジーナとモイならフリィと一緒にいるよ~」

 のんびりとしたグローウィンの口調にアクセプタは頭を抱える。

「一緒にいるよ、じゃねーんだよ。アイツらが何かやらかしたらどーすんだ」

「でもほら、ここからでも見守れるし、それにフリィが一緒にいるんだから二人とも危険な目に遭うことはないよ」

「そーゆーことじゃねーんだよ」

 遅れて合流したヒロが苦笑いを浮かべながら口を挟む。

「まあまあアクセプタ。三人ともちゃんと目の届く範囲にいるんだし、少しぐらい好きにさせてやろうぜ」

「確かにそうですね~。モイちゃんもレジーナも、村に来た時から子どもみたいに目をキラキラさせてましたもんね」

「ま、フリィもレジーナも他人に迷惑かけるようなことはしねぇし、モイもあの二人と一緒なら大人しくしてるだろうし、大丈夫だろ……多分な」

 ヒロに続くようにティアリーとアウトリタがフォローを入れた。

 それを聞いたアクセプタは、自身に言い聞かせるような物言いで呟く。

「まあ……、そうだな……。何事もねーなら自由にしてても構わねーけどさ……」

 そう言って、アクセプタはため息をひとつ吐いて肩を竦めた。彼女の視線の先には、和気あいあいと談笑する三人の後ろ姿がある。

 彼女の視線に気付いたのだろうか、ふいにモイがこちらを振り返った。

 何かに気付いたモイがフリィとレジーナの袖を引っ張り、アクセプタたちを指差すと、フリィとレジーナも遅れてこちらを振り返る。そうして、三人とも戻ってきた。

「ヒロ! セプたんたちも。受付してきてくれてありがとう」

「俺はほとんど何もしてないんだ。アクセプタとアウトリタに任せきりでさ」

 フリィと話していたヒロの腕をレジーナがツンツンと突く。

「ねえねえ! ヒロが持ってるその紙は何?」

「ん? ああ。これはこの村の案内図で、こっちは注意事項が書いてあるんだ」

「案内図! 見せてみせて!」

「ああ」

 頷いたヒロは村の全体マップが書かれた案内図を広げ、レジーナが横からそれを興味津々そうに覗き込んだ。そんなレジーナの真似をして地図を見ようとしたモイは、アクセプタが持っている木札付きの鍵が視界に入るなりパッとそちらへ顔を向ける。

「ねえねえ。セプたんが持ってるその鍵が、泊まる場所の鍵?」

「そーだ。この木札に書いてある番号のコテージが、アタシらが泊まるコテージだ」

「コテージ……。どんなところなんだろ」

「うふふ、楽しみですね~、モイちゃん」

「うん。楽しみだね。ティアリー」

 ティアリーが楽しそうに笑い、モイが大きく頷いた。

 それを見てからフリィは、仲間たち全員を見回して最後にヒロへ視線を向ける。

「ヒロ、この後はどううするか考えてる?」

「ああ。まずはコテージに荷物を置いて、それから夕飯まで自由行動にしようかと思ってる。みんなはそれでいいか?」

 全員が頷いた。誰も反対意見はないようだ。

「よし。じゃあみんな、行こうか!」

 ヒロの言葉で一行はまとめ上げられた。



 ここ、ルミエル村は、国内屈指のキャンプ場として界隈では人気のエリアである。

 高原にあり見晴らしがいいこと、閑静ながらもコテージも完備しており管理が行き届いていること、周辺に狂暴な魔物の縄張りがないこと、そして麓にある要塞の都グラリエへのアクセスがいいこと。そんな好条件が揃っていることが理由だった。

 一行がクリスマスを過ごす場所にこの村を選んだのはキャンプをするためである。

 旅の途中で野宿をすることはあれど、こうして設備の整ったコテージでただキャンプを楽しむなんてしたことがない。だからこそ、宿に泊まったり野宿するのとはまた違った楽しみがあるんじゃないかとアピールしたアウトリタとそれに賛同したアクセプタの意見が採用された。ついでに、宿や店での豪華なディナーもいいけどキャンプなら自分たちでご馳走を作れて楽しいかもねと言ったレジーナの提案に、モイの後押しがあったことも加えておこう。

 元々ヒロとフリィが計画していたクリスマスでは買い物に食事、できれば宿泊もとそれなりにお金が必要になると予想されていた。それを踏まえて事前にアクセプタと予算の相談をして、ある程度の資金は準備してあった。だからこそ、クリスマス本番に向けて一週間前からコテージで泊まることも可能だったのである。




 コテージに泊まった翌日からクリスマスの準備が始まった。

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