とある夕食にて②

 そうして賑やかな夕食の時間が終わり、片付けも済ませた後。ヒロとアクセプタとアウトリタは今後の予定を話し合い、フリィとティアリーとモイは今日あったこと座談に花を咲かせ、グローウィンはレジーナにクリスマスについてさらに質問を重ねてと、各々好きなことをして過ごしていた。

 やがて夜も深くなり、月が空を五合目近くまで登り始めてきた頃。

「ふぁああ……」

 焚き火の明かりを頼りに地図とにらめっこしている最中、アウトリタが欠伸を零した。それに気付いたヒロとアクセプタが顔を見合わせる。

「もうそんな時間か」

「今日の作戦会議は終わりにすっから、さっさと寝たらどうだ、自警団」

「ああ悪いな。じゃあ、オレはもう寝るとするか」

 素直に頷いたアウトリタは、もう一度欠伸を零してから席を立った。

 荷物袋の中からブランケットを取り出したアウトリタがフリィたちやレジーナたちにもおやすみと挨拶をすれば、それぞれで盛り上がっていた仲間たちも話を中断して彼に挨拶を返す。それを皮切りにヒロたち、フリィたち、レジーナたちもそれぞれ寝る準備をし始め、ゆっくりと就寝時間が訪れていく。

 ヒロとフリィは一人二つずつ寝袋を持って、その辺をウロウロしていた。

「こっちのほうが寝心地いいかな?」

「そうだな。焚き火からは少し遠くなるが、こいつはそっちに敷くか」

「だね。じゃあ、残りはこっち側に並べようか」

 そう二人で相談しながら持っていた寝袋を全部敷いた。それが終わるとフリィは荷物番をしているグローウィンを、そんな彼が持っている荷物袋を指さす。

「じゃあ僕、みんなの分のブランケット持ってくるね」

「ああ、頼んだ。その間に俺は、念のためその辺に魔物除けを撒いとくよ」

「わかった。よろしくね」

 ヒロが魔物除けを撒き終わる頃には、気付けば一足先に就寝したアウトリタはその辺の岩に寄りかかって寝息を立てていた。そんな彼の足元付近に二重に敷いた寝袋にモイはなぜかブランケットと一緒に入っており、その近くに置いてある丸めたブランケットに包まるティアリーがその中で丸まって、それぞれぐっすりと眠っている。

 手持ち無沙汰にフリィを待っているヒロがふと視線を向けた先では、一向に寝る素振りを見せないレジーナが焚き火の側で手帳のような書物を読んでいた。

 仕方ないと息を吐いたヒロが焚き火の側へ向かう。

「レジーナ。何読んでるんだ?」

 ヒロの問いに、書物から顔を上げたレジーナが笑顔で答える。

「この間買ったやつだよ」

「古い誰かの手稿だったよな。確か」

「よく覚えてるね! この手稿ね、ずっと昔の植物学についての研究記録が書いてあったの。薬草学に通ずる部分もあってとってもおもしろいよ!」

 そう語ったレジーナの目は、焚き火の明かりが反射しているかのようにキラキラと輝いている。楽しくて仕方ないと言わんばかりの彼女につられて、思わずヒロも笑みを浮かべた。

「よかったなレジーナ。でも、そろそろ寝るぞ」

「うん、わかった。おやすみ、ヒロ」

 ヒロの催促に頷いたレジーナはにこやかに挨拶をした。

 そんなレジーナの返答に意味が通じていないのだと悟ったヒロは、あろうことか再び読書に戻ろうとする彼女へ、今度は直球な疑問を投げかける。

「レジーナは寝ないのか?」

「うん。今日は私が夜番しようと思って」

 そう言いながらヒロに向き直った彼女が視線で示した先を見れば、いつの間にモイとティアリーの近くに移動していたグローウィンが、荷物番をしつつもブランケットを羽織って眠る姿が確認できた。兵器とはいえグローウィンは生物という側面もあるので、食事もするし睡眠もするし疲労もする。すっかり寝入っている辺り、それなりに疲れが溜まっていたらしい。

 兵器だからと率先して夜番を担ってくれるグローウィンを労わりたいレジーナの気持ちは、ヒロにもよくわかる。だが同時に、料理の下拵え中にレジーナが仲間たちに気付かれないように隠れて時折眠たそうに欠伸をする姿を見ていたヒロとしては、彼女一人で無理しないでほしいとも思うわけで。

「そうだったのか」

 言いながらヒロはレジーナの隣に腰を下ろす。

「あれ? ヒロは寝るんじゃないの?」

「まだ眠くないし、俺ももう少し起きてようと思って」

 ヒロは小さく笑って答えた。

 目を丸くしたレジーナが何か言うよりも先に、足音が近付いてくる。二人同時にそちらへ顔を向けると、ブランケットを二枚持ったアクセプタが呆れ顔を浮かべていた。

「おいおい。ニイサンから聞いたけど、薬屋が見張り番なんて大丈夫かよ」

「大丈夫だよ。任せてね!」

「ならいいけど」

 ぶっきらぼうに答えたアクセプタは持っていたブランケットを二枚ともヒロに投げ渡した。そして、おやすみ、と言い残してアクセプタは欠伸を噛み殺しながらさっさと寝袋へ戻っていく。

 彼女が向かう先ではすでにフリィが一番外側の寝袋を陣取っており、彼はヒロと目が合うと、小さく手を振りながら口パクでよろしくと告げてきた。何に対しての言葉なのかわからなかったけれどヒロは小さく手を上げて答えた。それからヒロはアクセプタから受け取ったブランケットのうち、レジーナの分を彼女に差し出す。

「ほらレジーナ。寒いだろ」

「ありがと! 明日セプにもお礼を言わないとだね」

 ニコニコとレジーナは嬉しそうに笑った。

 彼女はヒロから自身のブランケットを受け取ると、羽織るように肩にかけて包まった。そうしてから、もう冬なんだねぇと呟いたレジーナに、ヒロはそうだなと相槌を打つ。打ってからヒロも彼女と同じように自身のブランケットに包まる。

「レジーナ。眠くなったら無理せず寝ろよ。俺がいるんだから」

「ふふ、気遣いありがと。でも大丈夫。夜番は私に任せてよ! ヒロこそ、眠くなってきたら遠慮せずにちゃんと寝てね」

「ああ。先に眠くなったらそうさせてもらうよ」

 ヒロの言葉にレジーナは微笑んだ。

 ややあって、彼女は途中だった手稿の続きを読み始める。焚き火に照らされるレジーナの横顔には眠そうな気配など微塵もなく、その目は相変わらず炎が反射しているかのようにキラキラと輝いているようで。

 それを優しい眼差しで見つめていたヒロはレジーナが安心できるようにと、寄り添うように彼女との距離をそっと詰めた。普段ならビックリして素っ頓狂な声を上げるレジーナも、今ばかりは読書に集中していて肩が触れても気付く様子がない。ふと表情を優しくしたヒロはそれから、すぐ近くに転がっていた太い枝を拾うとおもむろに焚き火の世話をし始める。

 静寂に満ちた野営地には焚き火の音と、時折ページをめくる音だけが響いていた。



 ヒロとフリィ、そしてレジーナの三人はピーク村という小さな村で育った。

 立派なケヤキが立ち並ぶ自然溢れるその村は辺境にあるがゆえに付近に他の町や村がなく、村内の自給自足ですべてが成り立つほど狭く完結した集落だった。

 ヒロもフリィも捨て子で血の繋がった家族はいないが、村長に拾われたヒロは村長の家で、村の独身男性に引き取られたフリィはその男性の家でそれぞれ成長した。

 病弱だったヒロはずっとベッドで寝たきりだったが、生まれ持った『主人公体質』によるカリスマ性と生来の人柄から村では人気者で、時々窓越しに見舞いに来てくれる友人たちと話す以外はベッドの上で本を読んだりぼーっと窓の外を見て過ごしていた。一方でフリィは『没キャラ体質』という宿命を背負っていたがゆえに、例え会話中でも次の瞬間には忘れられてしまうのが常であるためか、村の誰かと一緒に遊んでいたとしても気付けば一人でいることが多かった。一般人とは違う生い立ちや背負った体質から互いに他人からは理解されない孤独を抱えていたヒロとフリィはやがて、『主人公体質』ではなくヒロ自身を見てくれるフリィと、『没キャラ体質』のフリィを忘れずに覚えていてくれるヒロと、唯一無二の親友へとなっていった。

 そして時が経ち、フリィの育ての父親が亡くなった後、彼は父の跡を継いで配達員の仕事を始めた。それまでは自身が『没キャラ体質』であることに悩んでいたフリィは、やるべきことや生き甲斐との出会いをきっかけにその体質と向き合えたからなのか以前と比べて格段に生き生きとし始めたのだった。

 そんな折に、レジーナが育ての母親とともにピーク村へ引っ越してきた。『薬の魔女』という界隈では有名な薬師だったレジーナの母は村の薬屋兼医者として病弱なヒロを、大きな病気はないし身体は健康だからきっと時が経てば元気になるよと診断した。それからは、母に代わって薬の魔女見習いの新米薬師レジーナが毎日ヒロの見舞いと定期健診に来てくれた。

 そのおかげでベッドの上で寝たきりだったヒロの生活は、早朝に荷物を届けつつ挨拶に来たフリィと軽く雑談するという予定だけでなく、毎日昼前に見舞いと定期健診に来るレジーナが夕方頃に帰るまで彼女と一緒に過ごすという時間も加わり、以前に増して賑やかで楽しいものへと変わった。

 ヒロは二人とそれぞれで親しくしていたが、一方でフリィとレジーナは同じ村に住んでいる程度の関係だった。配達員であるフリィはレジーナのことをよく知っていたらしいが、レジーナはヒロの親友はヒロから話を聞いて何となく知ってる程度で挨拶したことあるかもしれないけど覚えてないとのことだった。そんな二人が互いに大事な友人と呼び合うほどに仲良くなったのは、勇者として覚醒したヒロがピーク村を旅立った後で、残されて落ち込んでいたフリィを励ましたレジーナがヒロを追いかけようとフリィの手を引っ張って二人で旅立ったことがきっかけだったらしい。

 それが今では三人一緒に、しかも旅先で出会った仲間たちを含めた八人で、こうして旅をしていることがヒロには何よりも特別に思えた。平和なピーク村で寝たきりだった頃では想像もできないほどに、毎日が慌ただしくて充実しているのだ。



「ヒロ、起きてる?」

 突如聞こえたフリィの声にヒロはハッと我に返る。

 声のしたほうへヒロが顔を向ければ、いつの間にかにフリィが焚き火の向かい側に座っており、微笑ましそうとも嬉しそうともとれる眼差しでこちらを見ていた。

「フリィ! お前、いつからいたんだ?」

 ヒロが、そしてレジーナもフリィの存在に気が付かなかったのは彼が『没キャラ』だからだ。

 フリィが生まれ持った『没キャラ体質』は、本来ならこの世界に存在しない『没キャラ』であるという証明でもあった。本来なら生まれるはずのない没キャラは基本的に誰かと関わることができない存在であるゆえに、誰からもすぐに忘れられて記憶に残らない。そんな宿命を背負っているフリィは今では、その体質を利用した隠密行動を得意としていた。誰かと関われないからこそ、その記憶に残らないからこそ、何の影響を受けることも誰かに認識されることもなくひっそりと行動できるのである。無論、その体質のせいでフリィは見張り番や場所取りなど存在をアピールするような役割はできないけれど。

 今回の件で言えば、フリィは自身が没キャラであることを利用して、ヒロとレジーナに気付かれないようにこっそりとこの場所に座っていたということだろう。

「ヒロがレジーナに肩を貸してあげてた辺りかな」

「だいぶ前だな。何で声かけてくれなかったんだよ」

「僕も混ざったらレジーナが起きちゃうかと思って」

 そう話すヒロもフリィも、ひそひそ声ほどではないがボリュームを抑えている。

 彼の返答を聞いたヒロは、アクセプタがついていた悪態の理由に、フリィの意味深なよろしくの意味に、ここでようやく気付いた。ヒロが寝不足気味なレジーナを心配していたように、フリィもアクセプタも彼らなりのやり方で連日夜更かししている彼女を心配していたのだろう。

 フリィはホッとしたように表情を和らげる。

「でもよかった。レジーナ、ちゃんと寝てくれたんだね」

「ああ」

 頷いたヒロが優しい眼差しを向ける先では、ヒロと寄り添って座るレジーナが彼に凭れてスヤスヤと眠っていた。焚き火の音に混じって微かに彼女の寝息が聞こえるのはきっと、これほど近い距離にいるヒロだけだろう。レジーナが読み途中の手稿は今、寝るのに邪魔だろうと取り上げたヒロの膝の上にある。

 いつも明るく笑顔の絶えないレジーナは、仲間内では知られていないしおそらく本人も気付いていないが、意外にも繊細で敏感な部分がある。普段は小さな物音でもすぐに目覚めてしまうほどに眠りが浅いことも、誰か信頼の置ける相手が傍にいないと熟睡できないことも、きっと今ではもう彼女の育ての母親から話を聞いたヒロだけが知っていることなのだろう。

「最近は野宿ばかりだからな。グローウィンにもレジーナにも負担かけちまったな」

「仕方ないよ。まさかフリマで、財布の中身がすっからかんになるなんて誰も思ってなかったんだから」

 話題に上がったフリマとは、前に立ち寄った町で行なわれていたフリーマーケットという、広場に並べたテーブルを簡易的な店にして売り手が雑貨や服、アクセサリーなどを販売するイベントのことだ。フリーマーケットが開催されるタイミングで偶然その町を訪れた彼らは、せっかくだからと一人一つ欲しい物を買うことにしたのだが。

「あの時は本当に、みんなに申し訳ないことをした。もう少し考えればよかった」

 後悔を口にしたヒロは、実はフリーマーケットで一番高額な買い物をしたのである。

 しかし、フリィは静かに首を横に振った。

「僕はよかったと思うよ。だってトリたんもレジーナもすっごく喜んでたし、みんなも気に入ってるみたいだし。それにきっと、何だかんだ必要になったよ」

 ヒロがフリーマーケットで買った物は人数分のブランケットだった。

 今まで野宿では薄手でかさばらない布を布団代わりに使っていたのだが、ヒロはこれから寒くなるから大きめで厚手のブランケットが欲しいと、せっかく安く買えるなら人数分揃えたいと言ったのだ。気温なんて気にしないフリィやモイ、体温が高いアクセプタ、独自の寒さ対策ができるティアリー、気候に左右されないグローウィンと寒さに強い仲間が多いこともあり、当初はヒロの分だけでいいのではないかという空気が流れた。だが、寒いのが苦手なレジーナとアウトリタが揃ってヒロの言葉に大喜びしたので、結局ヒロの希望通り人数分のブランケットを買ったのである。八人それぞれが好みのブランケットを自分用に選んだ結果、総額で一番高くなったものの全員が全員毎晩愛用しているので、良い買い物だったのは言うまでもないだろう。

「それもそうだよな。みんな、ちゃんと使ってくれてるみたいでよかったよ」

 表情を和らげ安堵した様子のヒロは、膝上の書物の表紙をそっと撫でる。

 その手稿はレジーナがフリーマーケットで山のような古書の中から選んだ一冊で、仲間内では一番低額な買い物だった。作者不明の、しかも古い手稿。普通の店では買えない本との出会いを求める人のために持ってきたのだと笑った店主が、八枚のブランケットを買って小銭しか残っていない懐事情を踏まえて安くしてくれたのだ。

 ちなみに、総額ではヒロが一番高額な買い物をしたが、単品で一番高価な買い物をしたのは掘り出し物の魔導書を買ったアクセプタである。

 不意にヒロが思い出したように笑う。

「そう言えばフリィは、何かすっげえ変な置物を買ってたよな」

「ヒロって時々失礼だよね。レジーナはアートで先進的って褒めてくれたのに」

「褒めてるのか、それは」

 ヒロの記憶が正しければ、あの置物に好意的な感想を返したのはレジーナだけである。何しろ、アクセプタは絶句し、ティアリーは苦笑いを返し、グローウィンは曖昧に言葉を濁し、モイは食べ物なのか聞き、アウトリタは呆れたほどだ。ちなみにヒロはあの場では否定も肯定もせず無難な返答をした。主人公体質のなせる業である。

「見る? 今見たらヒロも良さがわかるかもよ」

「いや、いい」

「そっか。じゃあ仕方ないね」

 フリィには悪いが、ヒロにはそのアートで先進的とかいう変な置物の良さが一切理解できないし、そもそも今この瞬間に見せてもらう意味がわからないし、見たところで何かわかるとも思えなかったのである。

 会話が途切れるとヒロはおもむろにその辺に数本残っていた薪をくべる。ややもしないうちに火は夕食時ほどの勢いを取り戻した。

 煌々と燃える焚き火をぼんやりと見つめながらフリィがぽつりと言う。

「実は、ヒロに相談したいことがあるんだ」

 その言葉にヒロは思わずフリィを見やる。

「どうしたんだ、突然。フリィがそう言うなんて珍しいな。何だ?」

「今年のクリスマスをさ、みんなで一緒に祝いたいなって思って」

 焚き火越しに見た親友は、寂しそうとも嬉しそうともとれる表情を浮かべていた。

「だって、クリスマスのことを知らなかったグロウィンとモイにとっては、今年が初めてのクリスマスなんじゃないかなって思ったら、二人にクリスマスをめいいっぱい楽しんでもらいたくて」

 フリィの言葉が、そう言った親友の気持ちが、ヒロには共感できた。

 夕食時に初めて知ったクリスマスに、期待に目を輝かせるモイと興味津々だったグローウィンの様子を思い起こせば、きっと誰だってそう思うだろう。

 だからヒロは、フリィににんまりと楽しげな笑顔を返した。

「いいな、それ! みんなで一緒にクリスマスを祝おうぜ」

「よかった。ヒロが協力してくれるなら絶対成功するよ」

 ヒロの言葉にフリィは嬉しそうに笑った。

 それからフリィはウキウキとした様子で言葉を続ける。

「せっかくなら、ご飯食べるだけじゃなくて、楽しいことがやりたいんだ」

「それもいいな。フリィは何か考えてることがあるのか?」

「全然。僕、美味しいご飯食べるくらいしか思いつかなくて。ヒロはどう?」

「俺も、クリスマスは豪華な夕飯を家族で食うぐらいしかしたことないしな」

 二人揃ってうーんと考え込む。

 村の外から訪れる者が滅多にいない小さな村では村人全員が親戚みたいな側面もあるため、ある意味では閉鎖的なピーク村で育ったヒロとフリィは、クリスマスといえば家族で豪華なディナータイムを過ごす感覚しかなかった。王道な思考回路をしているヒロ、突拍子もない考えをするフリィと考え方自体は正反対だが、同じ村出身であるがゆえに価値観は似たり寄ったりなのである。

 沈黙が続き、焚き火の音だけが聞こえる中、ヒロがぽつりと呟く。

「……これはいろいろ調べないとな」

「確かに。まずは情報収集しないとね」

 ヒロの言葉にフリィが同意する。

 二人がやりたいと考えているのはグローウィンやモイが喜ぶような楽しいクリスマスだ。この旅の中でヒロもフリィも、ピーク村にいるだけだったらわからなかったことをいろいろと見て知って経験してきた。ただ宿泊先でディナーにご馳走を食べるだけではない、この日だけの特別な時間を過ごせるようなクリスマスだって不可能ではないはずだ。

 そんなことを考えたヒロはふと、今年のクリスマスはグローウィンとモイの二人だけでなく、旅の中で出会いと再会を経て集まったこの八人で迎えるも初めてのことなのだと気付いた。せっかくなら、今年のクリスマスは自分たちも含めた仲間全員にとって最高の日にしたいとヒロは思った。

 何しろ、クリスマスは家族や大切な人と一緒に過ごす特別な日なのだから。

 不意に訪れた沈黙を蹴散らすようにフリィがぽつりと言う。

「セプたんには早めに事情を説明しないとね。絶対お金が必要になると思うし」

「確かに、明日にでも話しておいたほうが得策かもな。財布の紐を握ってるのはアクセプタだし、この間のフリマで使い切っちまったし。……今から少しずつでも金を貯めておけたらいいんだけどな」

「うん、そうしなきゃね」

 フリィとヒロはしみじみと頷いた。

 八人という大所帯にもなれば何をするにもそれなりに金がかかる。

 アクセプタいわく懐事情は常に金欠で、野宿と節約レシピでたまにの宿代を何とかやりくりしているほどだという。その辺はすっかりアクセプタに任せきりにしているのでヒロは実態をよく知らないが、それでも、必要最低限以外の買い物を渋る彼女の様子からその辺は何となく察することができる。フリマで所持金がほぼ底を尽きたと気付いた時のアクセプタの焦りようは、それ以降野宿ばかりになったことを踏まえれば改めて言うまでもないだろう。世界を救う勇者の旅なんて言えば格好はいいが、その実態は普通の旅人と何ら変わらない貧乏旅だったりするのだ。

「最悪、俺たちもグローウィンみたいに短期で稼げば……、フリィ?」

 言いかけて、ヒロは怪訝そうに首を傾げる。

 ニコニコと笑みを浮かべるフリィがとても優しい眼差しで、ヒロに寄りかかって熟睡しているレジーナを見つめていることに気付いたからだ。

「どうしたの、ヒロ?」

「それは俺のセリフだ。フリィこそどうしたんだ? ボーっとして」

「うん。実は僕、嬉しいんだ。……今年こそ、ようやく、やっと願いが叶いそうで」

 フリィの言葉にヒロは思わず眉根を寄せる。

 育ての親が亡くなってフリィが独りになってからは毎年クリスマスの日だけは、フリィは配達が終わると自宅に帰らず村長の家にやって来て、ヒロとフリィと村長の三人でクリスマスのディナータイムを過ごしていた。確かに、一時期フリィは寂しそうな申し訳なさそうな顔をしていた時もあったが、近年はずっと三人で楽しく過ごしていたとヒロは記憶している。だからヒロは、今しがたフリィが口にした長年抱えていた願いなんて一度も聞いたことなかったし知らなかった。

「願い? 何だそれ?」

「叶ったその時に、ヒロに教えるよ」

 ヒロが問い掛けにフリィは柔らかく笑った。

 遠回しに内緒にされた事実がヒロは少しだけ意外だった。今までずっと黙っていた長年の願いがあると、このタイミングで正直に言うぐらい何でも包み隠さずに話すフリィのことだから、願い事の内容も聞けば教えてくれるだろうと心のどこかで思っていたのである。とはいえ、叶ったら教えてくれるということは、隠し事というよりサプライズに近いものなのだろうと判断したヒロは深く考えるのを止めた。本人が話してくれるまで待つことにした。別に彼は親友の秘密を暴きたいわけではないのだから。

 やがて地平線からゆっくりと空が白くなり夜が明け始める少し前。

 夜番を寝かせるために見張りを代わるアウトリタが起きてくるまで、二人は幼い頃と同じように他愛のない話をして夜を過ごした。



 そうして、それから半月が経った。

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