思考の海に沈む前に
人間、どんな意味不明な状況でも慣れて来ると意外と何も感じなくなってくるものだ。
テロリストに誘拐されたが、忍者に助けられて、そのあとUFOに乗って俺達は事務所に帰って来た。なんて、荒唐無稽を通り越して風邪ひいてるときの夢みたいなごちゃごちゃした展開の直後でも俺が割と冷静でいられたのは、FMK設立から少しずつおかしな出来事に巻き込まれてきて精神が鍛えられていたからなのかもしれない。
鍛えられていた……あるいは麻痺していた……?
そんなものはどっちでもいい些末事だったが、今確実に言えることはひとつ。
「疲れた……」
「右に同じくよ、Mr.代表……」
キャロルと2人して、事務所のソファにぐったりともたれかかる。
肉体的な疲労はないが、精神的な疲労のせいで身体が重い。
テロリストの機嫌ひとつでいつ死んでもおかしくなかった。その緊張感から解放された反動も相まって一気に疲れた押し寄せて来た。昨夜から連続しておかしな目に遭ってるせいもあるが。
「某、そんなことよりもUFOが普通に存在していたことの方が驚きなのでござるが」
「UFOじゃなくてララ子GOだぞ!」
「それは失敬したでござるララ子殿」
ララ子は元気だな……。
能天気な宇宙人のことだから、自分がさっきまで危険な状況に置かれていたと認識していないだけかもしれないけど。
「しかし、よく俺達のことを見つけられたな。重ねて礼を言わせてもらう、助かったよ七八十」
「うむ。階下の喫茶店の店主が気を失ってるのを見つけた時は、何事かと思ったでござる。代表殿も事務所におらんようでござったし」
「どうやってテロリストの場所を見つけたんだ?」
「忍法追跡の術にござる」
術の名前が安直すぎる。
「ともかく、この緊急時に某を呼んだのは正解でござるな」
「ああ、いや、お前を呼んだのは実は別件の依頼があったからなんだが。誘拐されたのは、たまたま間が悪かっただけだ」
「おや、そうでござったか。して、某に何を?」
俺は手短に昨日密林配信の事務所であったことを説明した。
それから密林に置いてきた俺達の手荷物を回収してきて欲しい旨も伝える。
目を瞑ってノーリアクションで話を聞いていた七八十は、俺の話が終わったのを見計らって口を開く。
「色々とツッコミどころの多い話でござるが、本物のUFO……ララ子GOに乗った後でござるしな。あい分かったでござる。直ぐに代表殿たちのスマホを取って来るでござる。あ、報酬は後日請求で良いでござるか?」
「ああ、頼むぞ」
「了解。行ってくるでござる」
七八十の姿が煙に包まれて掻き消える。
すげえ忍者っぽい去り方だ。っぽいじゃなくて忍者なんだけど。
とりあえずスマホは七八十に任せておけば大丈夫だろう。有栖原や北巳神に邪魔されるかもしれないが、七八十なら大丈夫なはずだ。唯一の懸念があるとすればジャングルキングの存在だが、アレはあの屋上から動くことはない……なんとなくそんな気がする。
「困ったわMr.代表」
「ん?」
「宇宙人やニンジャが出て来たせいで、私のキャラが薄くなってないかしら」
「そこそんな気にするところか?」
「するわよ。これから同じ事務所のライバルになるかもしれない相手なのよ?」
「そうか……そうだな」
キャロルのスマホが戻ってくれば、瑠璃の行方の調査結果も同時に分かるはず。そうなれば、俺はいよいよ瑠璃と正面切っての話し合いをしなければならない。
その時は瑠璃に戻ってくるよう全力で説得するつもりだが、果たしてアイツがその話し合いに素直に応じてくれるか怪しいものだ。
鞍楽は、薙切ナキが自主卒業した理由を、アンチの批判に耐えられなかったからだと解釈していた。
キャロルは、瑠璃がFMKを去ったのは、俺と瑠璃の両親が邪魔をしてきたせいだと疑っている。
そして俺は、今回の件は全部、FMKを潰すために密林かもしくはアメリカが裏で暗躍していたのだと思っていた。
そのどれもが可能性としてはあり得るとしか言いようがない。
だから俺が今から考えておくべきなのは、これらの瑠璃が卒業した原因となったものを根こそぎ排除する方法だ。改善が見られなければ瑠璃が安心してFMKに戻って来ることはない。
疲れたとかなんとか言ってる場合じゃない。
今は七椿も蘭月もbdも居ないのだから、俺が頭を働かせなくては。
「ねえ、Mr.代表。ちょっといいかしら?」
「……なんだ? 今ちょっと思考の海に沈みこもうとしてたんだが」
「じゃあダイビングする前にちょっと聞かせて欲しいのだけれど……誘拐事件の回想がまだ途中だったわよね? アレの続きを聞かせてもらえないかしら」
「あの後どうなったかは、お前も知ってるだろ。テロリストたちはトレちゃんと蘭月、それから警察とFBI、CIAが全部逮捕。人質だったお前はトレちゃんに助けられてたし、俺と一鶴もあの後七八十が運転するタクシーで事務所まで送られて――」
「そして、スターライト☆ステープルちゃんと蘭月マネージャー、そしてフランクリンはFMKから居なくなった。そうでしょ?」
「……そうだ」
一鶴は無事だったが、でもFMKはそれで元通りとはならなかった。
テロリストたちが起こした誘拐事件は、大きな爪痕を確実に残していたのだ。
主に、メリーアン・トレイン・ト・トレインという、繊細な少女の心に。
「あの事件以来、フランクリンともまともに話せていないし、私も何があったか又聞き程度の知識しかないの。だから聞かせて、当事者の口から詳細な事実を」
「……そうだな。分かった、話してやるよ。自分自身を省みるためにも、この回想は欠かせないしな」
「それよりララ子はお腹空いたぞ~」
「お金あげるから下の喫茶店で食べてていいぞ。マスターも普通に営業再開してるらしいし」
「やったぞ!」
ララ子は諭吉を握り締めて事務所を飛び出して行った。
トレちゃんもあれくらい能天気だったら、今事務所で俺の助けになってくれてただろうにな。
あの日の悔しさに満ちたトレちゃんの表情を脳裏に思い浮かべながら、俺はソファから立ち上がり、キャロルと対面になるよう前の椅子に座り直した。
「どこから回想を再開すればいい?」
「じゃあMr.代表と小槌が、事務所に戻ってステちゃんと合流してからで」
「分かった」
そうして俺は誘拐事件における、起承転結の結を語る。
今休止中のFMKライバーの中で、一番最初に姿を消したトレちゃんがいなくなった理由を思い返すために。
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