奇妙な依頼
「七八十 千秋、ここに見参――にござる」
監禁現場に現れた招かねざる客。
闇に溶け込む暗黒色の上衣と袴に身を包む、
敵はまだ大勢残っている。
騒ぎを聞いたテロリストたちが、外から続々と倉庫内に集まってきていた。
こういう場合、中に入ってくる前に外の雑魚を全部片付けておくのが正解なんじゃないのか? そっちの方が忍者っぽいし、こんな風に一度に大勢を相手どらなくて済むのに。
「いやはや、それにしてもよく面倒に巻き込まれる御仁でござるなあ、代表殿」
しかし集まって来る敵の数に対して、七八十の危機感はまるで釣り合っていない。腕組みしながら俺に暢気に声を掛けている場合か。
「宝くじに当たってから俺の人生こんなんばっかだよ。七八十……これ、なんとかなるのか?」
「なんとかなるでござるが、助けたらFMKに入れてくれるでござるか?」
「助けてくれなきゃそもそもFMKがなくなるがな」
「おっと、これは一本取られたでござる。はっはっは――おっとと」
七八十の笑い声を遮るように銃声が響く。
目で追える速度じゃない銃弾をなんなく躱し、七八十は引き金を引いた男に視線を向ける。銃を撃ったのはドレイクだった。
「お前に会いたかった、ニンジャ」
銃口を七八十に向けながら、ドレイクが興奮を隠しきれない面持ちで情熱的な言葉を送る。しかし七八十は「はぁ……」と気の抜ける反応を示すだけ。
「某は貴殿を知らんでござる。何者にござるか」
「ドレイクだ」
「名前を聞いても全くピンと来ないでござる。どうして某に会いたかったのでござる?」
「聞きたい事がある」
ドレイクは銃口を今度は俺に向ける。
このイカれた男の怒りに震える指先にちょっと力がこもるだけで、俺の短い人生は一瞬で終わりを迎えることだろう。濃厚な死の気配に身体が強張る。
「七八十……ここは正直に答えてやってくれ」
「それは質問の内容次第でござるが」
七八十の余裕な態度は変わらない。
コイツの実力を疑うわけじゃないが、頼むからドレイクを不用意に刺激するのは止めて欲しい。
そのドレイクが、真の目的を口にする。
「代表を攫ったのは、この男が危険な目に遭えばまた
「なんの話にござるか?」
「とぼけるなァ!!」
銃声。
頬が灼熱する。
「っ!!?」
直撃はしていない。
銃弾が頬を掠めただけ。
しかし恐怖は身体に刻まれた。
ドレイクは、七八十が喋らなければ迷いなく俺を殺す。
「言え! 誰に依頼されてコイツを護ってる! そいつが俺達をハメたんだ!」
「某の依頼人が、貴殿らを陥れた? 意味不明にござる」
「ああ――? まあ、そうか、そうだよな。悪かった、順を追って説明してやる」
額に血管が浮き出るほど怒鳴り散らしていたと思ったら、今度は一転してヘラヘラと柔和な態度で笑顔を浮かべる。情緒不安定ってレベルじゃない。純粋に怖い。
「モンタージュが崩壊したあと、俺達ロールシャッハはパキスタンの地下に身を潜めていた。モンタージュの下部組織は他にも色々あったが、ほとんどが炙り出されて捕まるか殺されるかしていたからな……次はいつ俺達の番が来るのかと、怯えながら暮らしていた」
ドレイクは挙動不審に周囲を見渡しながら話を続ける。
「逃亡生活をする上で特に徹底したのは、PCやスマホに近付かないことだった。何故だか分かるか?」
「悪い電波に毒されないためにござるな」
「バカか。bdが、モンタージュからアメリカの手に渡ったと思っていたからだ」
そこで、bdの名前が出て来るのか。
「bdの性能は俺達もよく知っていた。ヤツの手に掛かれば、世界中の何処に隠れていようと一瞬で見つけられるってこともな。ただし、それはネットの繋がる場所ならの話だ」
「現代社会においては最強の諜報員でござるな」
「ああ、だから俺達はどうにかしてbdを始末したかった。さもなきゃ俺達は一生眠れぬ夜を過ごすはめになる。だがキューブの所在は不明だし、そもそもアメリカに入ることすら俺達には困難だった。俺達は実質、処刑を待ちの死刑囚みたいなものだったんだよ」
そんなのは自業自得だろ。
とは口が裂けても言えない。
銃口はまだ俺の方を向いている。
「だがある時、神の使いが俺達の下を訪れた」
「神の使い? 頭は大丈夫にござるか?」
「見ての通り正常だ」
とてもじゃないが正常には見えない。
「ボロを着た浮浪者のジジイだった。そのジジイは言ったよ『レディラックに頼まれて、アンタたちにこの手紙を届けにきた』ってな。まあ、要するに小銭を貰う代わりに、手紙を届けに来ただけのメッセンジャーだったわけだ、そのジジイは」
「レディラック……」
「ん? どうした代表? まさかこの名前に心当りでもあるのか? ん?」
「――いや、ない。……疫病神みたいな女なら知ってるが、
思わず余計な呟きをしてしまったせいで、ドレイクの注意を引いてしまった。気を付けなければ。
ドレイクは俺の返答にさしたる興味を持たなかったらしく、自分の話に戻っていく。
「俺達はジジイを始末して手紙を読んだ。そこにはキューブを日本のFMKという弱小事務所が所有しているということと、FMKという組織の構成員についての詳細が事細かに書かれていた」
そのレディラックとかいうヤツのせいで、あの誘拐事件が発生したということか。何者かは知らないが、俺にとっても無視できない存在であることは間違いない。そして話の流れから察するに、そのレディラックが、ドレイクやマリーネをハメたのだろう。
「俺達は直ぐに情報の裏を取って、bdを始末するために動いた。キューブを強制シャットダウンさせるプログラム自体は、組織に忠誠を誓っているマリーネのような大幹部たちに、bdとヴァレンタインが裏切った時のためにと配布されていたものがあったからな。キューブさえこちらの手に渡れば、あとはどうとでもなるはずだった」
「だが失敗したでござるな」
「ああ、そうだな。だが俺はお前を怨んじゃいない、ニンジャ女。お前が蹴とばして車から落ちたマリーネが、あの後日本の警察に捕まってからFBIに引き渡されたのは知っているが、それでもニンジャは怨んじゃいない。何故だか分かるか?」
「某の日頃の行いにござるな」
「違う。俺もマリーネも、代表も、大統領の娘も、そしてニンジャも……全員がレディラックに操られていたと分かったからだよ」
ドレイクは虚空を見つめる。まるで俯瞰してこの世界を覗き見している誰かと視線を合わせようとでもしているかのように。
「ニンジャ、お前はあの誘拐事件の時、依頼主からこう指示されていたはずだ。『ここでこのナンバーのタクシーを待て、その中に誘拐犯と人質が一緒になって乗っているから助けてやれ』ってな。まあ、命令の細部は違うだろうが、似たような感じで指示を受けていたはずだ」
「……忍びの掟ゆえ、詳細は明かせぬでござる」
「いやいい、肯定してくれなくても分かってる。俺達は代表が公園からタクシーに乗るまで……乗った後も、ずっと尾行がないかチェックし続けていた。ニンジャがどれだけ闇に溶け込もうが、あの日の俺達の装備なら絶対に見つけられたはずだ」
「まあ、某もサーモグラフィーとかで探されたらイチコロでござるからなあ」
「ニンジャが普通に横文字使うなよ。……だのにお前は、なんだ。街灯の上で仁王立ちして待ち伏せていたと思ったら、次の瞬間には運転手と入れ替わってやがった。どうしてあんな場所で待ち伏せしてたんだ? ええ? それはお前が予め、マリーネの通るルートを知っていたからだろうが」
ドレイクが歯を食いしばり、地団太を踏む。
「レディラックは、どうやっていたのか知らないが俺達の動向を把握出来ていた! だからお前にそんな指示を出来るのは、ヤツ以外には居ない! そうだろうが!!」
「…………」
ドレイクの嵐のような激昂を、七八十はそよ風でも受け流すかのように目を瞑って聞き流す。
「……某、件の依頼主から、人質救出以外にも一つだけ依頼を受けていたでござる」
しかし七八十は、唐突にそんなことを言い出す。
いきなりの告白に、ドレイクも眉を曲げて困惑を露わにした。
「依頼? なんだそれは?」
「奇妙な依頼にござる……今の話を聞いたあとだと尚更そう思わずにはいられないような」
「何を言ってる!?」
「落ち着くでござるよ。某が依頼されたもう一つの頼みは――次に代表殿が同じような目に遭った時、もし犯人に依頼主が誰なのかと問われたら、正直に名前を答えてもよいと。そういう依頼にござる」
「あ……?」
確かに、それは奇妙すぎる依頼だった。
まるでこうなることを最初から予見していたかのような依頼。ドレイクはさっき、誘拐事件に関わっていた人間が全員操られていたという風なことを言っていた。その発言が信憑性を帯びて来る。
「某に、あのタクシーから代表殿を救出するよう依頼してきた人物の名前は……レディラック。貴殿の言う通りの人物でござるよ」
そして信憑性が確信へと変わる。
幸運の女神を名乗る何者かが、俺達の運命を弄んでいたことに。
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