九が無いからクナイと読む

 誘拐犯でテロリストのマリーネを置き去りにして、俺と一鶴を乗せたタクシーが直走る。

 タクシーを運転するのは、いきなり現れたござる口調の変な女だ。正直混乱してワケが分からなかった。


「何者なんだ、あんた」


「敵ではないでござる。某は七八十くない 千秋せんしゅう、ただの忍びにござる」


「現代社会でただの忍びだなんて自己紹介するヤツは信用ならな……い……」


 俺の言葉が尻すぼみに小さくなる。

 既視感。何故か、七八十くないという変わった苗字に聞き覚えがあった。聞き覚えというか、見覚えが。


「どこかで会ったことあったか?」


「初対面にござるが」


「そりゃそうだろうけど。ござる口調の女なんて一回会ったら忘れるわけないし」


「ともかくコレは返すでござる」


 と、七八十がマリーネから奪っていたキューブを後部座席に投げて寄越してきた。精密機械を投げるな。俺はなんとかキューブをキャッチして、もう2度と敵の手に渡すことのないよう固く両手で握り締めた。


「すまん、助かった」


「ほんとそれね。あたしからもお礼を言わせてよ。出せるものはなんもないけど。ってかその四角いのなんなの?」


「礼には及ばないし、報酬は前払いで貰ってるので問題ないでござる」


「ねえー、あたしの質問無視しないでよー」


 どうやら七八十は誰かから依頼されて動いていたらしい。

 俺は真っ先に蘭月のことを思い浮かべた。こういう怪しい伝手を持ってそうな人物と言えばアイツしかいない。


「蘭月の知り合いなのか?」


「蘭月? 誰でござる?」


 しかし七八十は全然ピンと来てない様子だった。とぼけているだけなのか、それとも本当に知らないのか。俺にはなんとも判断が付かなかった。結局七八十の雇い主が誰なのかは分からずじまいとなった。


 ■


「待て。ストップ、話を止めてもらおうか」


 回想の中断を命令されて、俺ははたと口を噤む。目を合わせたがらないドレイクにしては珍しく、俺の目を探るようにジッと睨みつけてくる。


「ニンジャはお前が呼んだんじゃないのか? んん?」


「俺が? 回想ちゃんと聞いてたか? この忍者と俺は、この時が初対面だよ」


「なあ、代表。俺とお前の間では嘘はなしにしよう」


「嘘なんて吐いてない」


「はあ……」


 ドレイクはわざとらしく大仰な溜息を吐いて、貧乏揺すりしながら俺から目を逸らす。


「なら聞くが、お前をたまたま助けにきたニンジャが、たまたまお前の事務所のオーディションを受けていたってことか? うん? そうなるよな? ニンジャがオーディションに応募してたって回想の頭で言ってたよな?」


「そうなるな、すげえ偶然。俺もあとから気付いて驚いたよ。どうりで名前に聞き覚えがあったわけだってな」


「俺に嘘を吐くな!!」


 ドレイクが弾かれたように立ち上がり、ナイフを振り回して癇癪を起こす。今にも誰かに斬りかかりそうな勢いだ。危険過ぎる。


「お……おい、落ち着いてくれ、ドレイク……な? 多分何か誤解や行き違いがあるんじゃないのか?」


「誤解だと?」


 ドレイクがピタリと動きを止める。

 急に落ち着かれたらそれはそれで怖い。


「どう誤解があったって言うんだ? ええ?」


「いや、ほら、あれだよ。あー……まず、お前の言うとおり、うちのオーディションを受けてた七八十が、誰かも分からない依頼主に頼まれて俺と一鶴を助けに来たってのは、確かに偶然にしては出来すぎてる。そこは認めよう」


 実際その偶然については、俺も引っかかっていた時期がある。しかし面接において七八十にキッパリと偶然にござると言われてしまったので、それで納得していた。


 ちなみに、その時についでに聞いた、七八十がFMKに応募してきた動機は以下の通りである。


『FMKに応募した理由? よくぞ聞いてくれたでござる。某、九重ここのえ忍者総会にて、日本に他国の凄腕の密使が逃げ込んで来ており、しかもVTuberとやらになってどこかで活躍しているらしい。という話を耳にしたでござる。で、某はその密使殿に憧れて、オーディションを受験したのでござる。誘拐事件の時に大暴れしていた給仕姿の金髪が、その密使殿なのでござろう? いや~噂に違わぬ凄腕でござったなぁ~、一度手合わせ願いたいでござる』


 ……とのことらしい。

 つまるところ、トレちゃんの活躍を聞いてFMKに入ろうと決めたらしい。


 面接でのその他の受け答えがあまりにもアホっぽかったので、俺の中では七八十は何も悪い事は企んでない白という判定に落ち着いていた。そもそも1次選考のbdフィルターを通過出来ている時点で、FMKに対する悪意がないことは分かっていたしな。


 だがドレイクはそんな答えじゃ納得しないだろう。

 どうする? とにかくベラを回して時間を稼ぐしかない。


「うちのオーディションを受けていた七八十が、誘拐事件で俺を助けてくれたのは偶然じゃないと仮定して話を進めよう。偶然じゃないってことは、誰かが意図してその状況を作り上げたってことだ……ドレイクはそう言いたいんだよな?」


「ああ……そうだ」


「それってつまりアレだよな――どうしてそんなことに拘るんだ?」


 どこの誰が七八十に依頼したのかなんて、正直どうでも良くないか?

 今の今まで黙って回想に耳を傾けていたドレイクが、どうしてここで、こんなクライマックス間近の場面で回想を中断させてまで忍者の依頼主を知りたがる?


「まさか、キューブじゃないのか」


 思い返してみれば、ドレイクが俺の回想を遮ってきたのはこれが初めてじゃない、これで2回目なのだ。


 そして1回目に回想を遮ったのも、実は忍者絡みの話が出た時だった。


『ニンジャ……ってのは、アレか? 前の誘拐事件の時に、邪魔をしてくれたヤツのことか?』


 ドレイクは忍者という単語に過剰ではないにせよ、あからさまに興味を示していたように思う。俺はてっきりドレイクが外国人だから、日本の特産とも言える忍者の登場に色めき立ったのだと思っていた。だが、実はそうじゃないのだとしたら?


「狙いは……七八十なのか?」


「不正解だ、代表。俺の狙いはその依頼主。あの誘拐事件の時に、お前とキューブをマリーネから奪還するようニンジャに指示を与え、そして俺達をハメやがったクソ野郎だ!!!」



 ブツンっ。


 っと、不意に建物の証明が全てブラックアウトした。

 何も見えなくなる。一気に不安が広がる。

 依然として身動きは取れないままだし、頼りになるのは聴覚だけ。その聴覚が捉えたのは、最悪なことにドレイクの荒い息遣いと、苛立ちに満ちた唸り声だった。


「あぁあああああ……来やがった! やっぱり来た! キタキタキタぁああああ!!! 待ってたぜニンジャ野郎!!!」


 暴力的な破壊音が聞こえる。

 恐らくは、ドレイクが自分の座っていた椅子を乱暴に蹴り飛ばした音だろう。


 この暗闇は、ドレイクたちのせいじゃない。

 奴が言っているように、ようやく来てくれたのだ。呼んでおいた助っ人が。


「ぐわっ!?」


 暗闇の中で誰かが殴られてる音がした。


「うわ!?」


「なんだこいつ!?」


「ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」


「アイエエエエ!」


 この真っ暗な視界の中で、誘拐犯たちが次々と成敗されていっている。

 ニンジャリアリティショックを引き起こしているヤツまで居るらしい。


「ライトを点けろ!!」


 ドレイクの号令で、倉庫内に明かりが灯る。

 暗闇が打ち払われ、その闇に忍んでいた影なる者が姿を顕現させる。


 複数のライトの明かりをスポットライトのように浴びるポニーテイルの黒装束。


「七八十 千秋、ここに見参――にござる」


 FMK2期生オーディション最終候補が、また一人合流した瞬間だった。

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