最悪の乗り継ぎリレー

 キューブにUSBを挿し込んで数秒が経過。

 何か劇的な変化があるのではと身構えていた俺は、物音ひとつ立てないキューブに、逆に不気味な気配を覚えていた。


「b、d……?」


 恐る恐る問いかけるが、返答はない。

 代わりにスマホから返って来たのは、まだ通話途中だった誘拐犯の女からだ。


『ご苦労様。これで我々の任務の半分は達成出来た。協力に感謝するよ、代表くん』


「……どういうことだ? bdに何をした!?」


『落ち着くと良い。死んではいないよ? まあ、AIに生死の概念が適用されるかはさておき、少なくともデリートまではしていない。ただ、シャットダウンプログラムで強制的に黙らせてもらっただけだ』


「シャットダウンプログラム……?」


『そう、我々が任務を遂行するにあたって、最も邪魔だったのがそのAIの存在だったからね。だからまず、大人しくしてもらった。ただそれだけの話だ。理解頂けたかな?』


「再起動は出来るんだろうな!?」


『勿論、じゃなきゃ意味がない』


 良かった……。

 bdが一時的に機能停止……眠っているだけだ。

 ならまだどうとでも挽回できる。


 あとはここからをどう乗り切るかに全てが掛かっている。


『さて、これで私達の足取りをしつこく追いかけられる心配はなくなったわけだ。今の時代、インターネットを経由してどこにでも入り込めるAIなんて存在、厄介以外の何物でもないからね。あとは、そのキューブを渡して貰うだけだ』


 結局狙いはキューブか。

 しかもここからはbdのサポートがなくなる。

 今度こそ俺は完全に孤立した状態になった。


『キューブを持ったまま移動だ。あのチャイナ服の護衛と合流しようなどとは考えてくれるなよ? こっちにはまだ人質がいる』


「……分かってる」


『よろしい。では、なるべく人目に付かないように、入って来た方向とは反対側の出口から公園を出るんだ。そこにタクシーが停まっている。運転手には行先を告げてあるから、君は乗っているだけでいい』


 それだけを一方的に指示して、通話は一旦切れてしまった。

 クソッ、やるしかないのか。


 だが通話時間は十分に稼いでいたはず。

 あとはbdがシャットダウンされる前に、電話を掛けている犯人の位置を特定して、トレちゃんにその情報を送信出来ていることを祈るだけだ。


「行くしかない、か」


 指示に従って公園を出る。

 公園に面した道路には、黒塗りのタクシーが一台だけ停まっている。

 恐る恐るタクシーに近付いていくと、まるで食虫植物が獲物を誘い込むかの如く後部座席のドアが開いて、俺に乗れと無言の圧を掛けて来た。


「失礼します……」


 タクシーに乗り込むと、バタンとドアが勢いよく閉じた。

 そして俺が何も言ってもいないのに、運転手は無言で車を発進させた。


 運転手はどこにでもいそうな壮年の男だ。

 一見すると普通のタクシー運転手に見えるが、どうにも様子がおかしかった。

 既に目的地を聞いているとは言え、ずっと無言なのがまず異様。それと、バックミラー越しに見える運転手の表情は、酷く怯えて蒼褪めているように見えた。まさかと思うが、この運転手もテロリストに脅されているんじゃ……。


「あの――」


「話掛けないでください」


 真意を問おうと俺が声を掛けると、運転手は震えた声でそれを咎めてきた。


「私の家族の命が掛かってるんです……お願いですから、黙っていてください……」


「――」


 無関係の人間まで巻き込みやがって……!

 喉元まで出掛かった怒声をグッと堪える。

 ここで騒いでも得られるものは何もない。

 今はただ耐えるだけ。


 それにしても俺は一体どこに連れていかれようとしているのだろうか。

 どんどんと都心から遠ざかって行ってることだけは分かる。


 bdが居なくなった今、いくら蘭月とトレちゃんでも、俺を簡単には探せないだろう。

 いや、スマホはあるのだから二人に現在地を教えておくくらいは出来るか?

 ……ダメだ、監視されているに決まっている。下手に動けば一鶴の身が危ない。





 そのまま黙ってタクシーに揺られ続けること数分。不意にタクシーが停車した。まさかもう目的地に着いたのだろうか。運転手は相変わらず何も言わないので、俺もどうしたらいいか分からない。降りるべきなのか?

 そう悩んでいると、また電話が掛かって来た。


『そのタクシーを降りて、後ろに停まっているタクシーに乗り給え』


 後ろを振り返ってみると、このタクシーの後ろにもう一台いつの間にかタクシーがぴったりくっ付いて停まっていた。


『それと、そのタクシーを降りる前に、今使ってるそのスマホは運転手に渡しておくんだ。心配はいらない、新しい連絡手段は次のタクシーに用意しているからね』


「ああ、そうかよ。それはどうも」


 スマホを指示通りに運転手に手渡す。

 一瞬だけ視線が交わったが、運転手は慌てて視線を逸らしてから後部座席のドアを開けてくれた。


 ……巻き込んでしまって本当に申し訳ない。


 次のタクシーに乗り込む。


「先に言っておきます……絶対に私に話しかけないでください……!」


 乗り込むなり、そんなことを言われてしまった。

 クソ……どこまで無関係の人間を巻き込んだら気が済むんだ……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る