災いを呼ぶ立方体
■
「でもって、私はその時初めて、小槌が同じ車に乗せられていなかったことに気が付いた。結論から言うと、私はメイド仮面を引き付けるための囮だったってわけね」
メイド仮面、とはトレちゃんのことだ。
モンタージュ壊滅の折に、そう名乗ったとトレちゃん自身から聞いたことがある。
キャロルもキューブの件に関わっていた誰かしらから、その呼び名を聞いて知っていたのだろう。モンタージュの下部組織であるロールシャッハの構成員についても同様だ。
そして同時に、トレちゃんのハチャメチャな強さも知っていたロールシャッハのテロリスト達は、トレちゃんを倒すのではなく、作戦の邪魔にならないように遠ざけた。キャロルという囮を使って。
「その囮作戦は見事に成功した。お陰で俺とキューブを守ってくれるのは、蘭月だけとなっていた。普通なら蘭月だけでも十分すぎる戦力だが、テロリスト達もバカじゃなかった」
俺達はまんまとしてやられ、そして……。
「もういいな、大統領の娘には黙っててもらおう。俺は代表の話の続きを聞きたいね」
ドレイクが指示を出すと、再びキャロルは口に布切れを嚙まされて喋れなくなった。
回想の手番が俺に回る。そろそろ良い時間が経った頃だが、救援はまだ来ない。
今回は宇宙船も来てくれないようだし、困ったな。ララ子もUFOを呼べるならとっくにそうしてるだろうが、来てないということは呼べないのだろう。もしかしたらリモコンとかを操作しなくちゃならないのかもしれない。
「分かった、さっきの続きを話してやる。誘拐犯の指示に従って、蘭月と一緒に事務所を出たところからな」
とにかく今は口を動かすしかないだろう。
少しでもコイツらの意識を俺に割かせておくべきだ。
「俺と蘭月は、まずトレちゃんと合流することにした。キューブを俺が預かるために。蘭月が電話でトレちゃんに俺達の現在地を伝えると、トレちゃんは直ぐに飛んできたよ。文字通り、飛んできた」
■
ダァンッと、派手な音を立てて目の前に金髪メイドが降って来た。
その余波で砂埃が舞い、俺は後ろに倒れそうになったところを蘭月に支えられた。
蘭月がトレちゃんに電話を掛けてから、およそ3分後の出来事だ。
「どっから降って来たんだよ……」
「目立ちすぎアル」
雑踏の注目は当然こちらに集まる。
もしこの中に、事務所を襲撃した奴らのようにキューブを狙う刺客が居たら、わざわざコソコソと事務所から逃げて来た意味がなくなる。だがトレちゃんはそんなことまで気が回っていないようだった。
「代表さん……! 怪我は!? 事務所が襲われたって……姫様は無事!? 他のみんなは!?」
カタコトを忘れるほど余裕のなくなっているトレちゃんは、俺の身体をまさぐって怪我がないか調べ出した。
「大丈夫だトレちゃん。みんな大丈夫だから。むしろ今のトレちゃんの登場シーンの方が危なかったくらいだ。後ろに倒れかけた」
「あ……ごめんなさい、デス」
一先ずトレちゃんを引き剥がす。
公衆の面前で金髪美少女メイドに服を脱がされる危機は脱した。
「一旦目立たない場所に移ろう。ここは人目に付き過ぎる」
帰宅ラッシュの時間帯だからか、通りはそこそこ人で溢れている。
そんな衆人環視の中で、空から降って来た金髪メイドとチャイナ服は目立ちすぎる。こっちにスマホのカメラを向けてる輩も居るし、さっさと移動するべきだろう。少なくともこんな場所でキューブの受け渡しは出来ない。
「じゃあ、コッチにツイテくるデス――ランユエ!」
トレちゃんが叫ぶのと、俺が蘭月に引っ張られてずっこけたのはほぼ同時。
次いで聞こえてきたのは、格闘音と悲鳴だ。
多分、俺が誰かに攻撃されて、そこをまた蘭月に助けられたのだと思う。
こんな人だらけの場所でもお構いなしかよ。なんて思いながら顔を上げると、既に事態は収拾していた。
「他愛ナイアル」
「ザコしかいないデス」
俺がこけてた数秒の間に、通りには10人以上の人間がノックダウンされて気を失っていた。やっぱこの2人は尋常じゃないな。俺は改めてそう思った。
「ありがとう2人とも、助かったよ」
だがこんな騒ぎが起こったせいで、周囲には最早人だかりが出来てしまっていた。
普通に事件なのだが、ここはどう乗り切るべきか……ああ、ここはひとつ、配信者らしい切り口で誤魔化して逃げるか。
「えー……撮影は以上!! お騒がせしましたー! トックチックの撮影です!」
SNSの投稿のための撮影だったと大声で喧伝してみる。
暴行事件で通報されるより、ただのパフォーマー集団だと思われた方がマシだと思ったからだ。まあ、公道でこんな時間に無許可で撮影するのもアウトだが、実際の映像が投稿されることはないのでセーフだ。野次馬の誰かが撮影してたものを投稿してしまうかもしれないが、その時はその時だ。
「ほら、蘭月とトレちゃん。適当にお辞儀でもしとけ」
「ワカッタデス」
「なんで私マデ……」
トレちゃんと蘭月が野次馬に向かってお辞儀をすると、ものすごい歓声が爆発した。それほどまでに2人の見せたストリートファイトがオーディエンスを魅了したのだろう。なんかおひねりまで飛んできてるが、そんなものを拾ってるヒマはない。余計に目立ってしまった。今度こそさっさと離れよう。次は周囲にまで被害が及びかねない。
「行こう、倒れてるやつらは放っておいていい」
「今度コソツイテくるデス。スイマセーン! 通してクダサーイ!」
トレちゃんが強引に人ごみに道を作っていく。
俺と蘭月はその後ろに続いて、なんとか群衆の群れから抜け出した。
「マダ狙ってるヤツらがいるネ」
歩きながら蘭月が穏やかじゃないこと言う。電話の誘拐犯が忠告してきた通りの展開だな。キューブを他の勢力に奪われる前に自分達が奪ってしまおうと、色んな勢力がなりふり構わずって感じだ。
「ダケド、コッチの戦力は示しマシタ。私がイル限りは襲ってキマセン。襲ってきてもビョウサツデス」
「頼もしい限りだが、キューブを俺に渡したらトレちゃんは別行動を取ってもらいたい」
「ハ?」
トレちゃんはマジギレモードで振り返った。
「シにたいんデスか? 代表さん。今代表さんにキューブをワタしたら、それこそゼンブのコウゲキが代表さんに集中するデス」
「もう既にそうなってる気がするけど」
「キューブを所有するソシキのボスだからシカタナイアル」
全部の勢力が、キューブを持ってるのがトレちゃんだと知ってるワケではないってことだな。逆に言うと、それを知ってる勢力はトレちゃんを襲っていた可能性もある。
「トレちゃんも道中襲われたか?」
「10回くらいデス」
思ったより多かった。こっちの5倍だ。その全部がこっちに来るのは流石に頂けないな。俺だって命は惜しい。
「死にたくはない。それに死なせたくやつがいるし、テロリストの手に渡したくないやつもいる。だけどこのままだと、どれか一つは失うことになる」
「bdを私がFMKにツレてキタカラ……私の責任デス」
「そんなことないと思うが」
「イヤ? これはトレインの責任がオオキイネ。こうなることはサイショっから予想デキテタアル」
蘭月の言葉にトレちゃんが分かりやすく肩を落とした。
だがだらりとなった右肩が、直ぐにピンと伸ばされる。ピンとコインを弾く音、遠くで「ぎゃっ」という悲鳴。
「狙撃手ネ」
「あ、そう……」
敵の方を見もしないで、遠くの狙撃手を指弾で倒せるんだ……。
「えー……話を戻そう。この際誰の責任かどうかはどうでもいい。で、とにかく俺は誰も失いたくない。そのためには多少の賭けも必要だ。オーケー?」
「どうするデスか」
「俺が誘拐犯の指示に従ってるフリをしてる間に、トレちゃんは一鶴と大統領の娘を助け出してくれ。2人の居場所は――bd」
『見つけてますとも、これだけの時間があって見つけられないはずがないですとも』
「流石」
スーパーAIは見事人質の居場所を見つけ出してくれたらしい。
となればもう後は時間の問題だ。
『最初に丸葉一鶴のスマホから電話がかかって来た時点での、GPSの座標を調べました。そこには誰も使っていないはずの貸しビルがあります』
「じゃあそこに一鶴が?」
『いえ、どうやら電話を掛けた直後に建物を出たようです。建物周辺の監視カメラに、車に乗り込む姿が映っていました。車に乗り込んだ人間の中に、目隠しされて拘束された人間が少なくとも2人。歩容認証の結果、その片方が大統領の娘なのは確定です』
「もう片方は一鶴で間違いないんだな?」
『可能性は高いでしょう。ですが映像の角度的に確証に至るまでのデータは得られませんでした』
「十分だ、ありがとうbd」
『いえ、私も自分の身が掛かっていますので。これでも必死です』
「そうだったな」
キューブがテロリストの手に落ちれば、またbdは兵器のように扱われてしまうことになるだろう。それは誰にとっても、bdにとっても望む展開じゃないのは俺もよく分かっている。分かってなきゃいけない。そしてそのためにもトレちゃんの力は必要不可欠だ。
こんなことを頼むのは本意じゃない。もうトレちゃんや蘭月に戦って欲しくないという気持ちはある。それでも今回だけは四の五の言っていられない。
「さて、聞いた通りだトレちゃん。頼めるか?」
「ワカッタデス。デモ……」
「でも?」
「……なんでもナイデス」
迷いを振り切るように頭を振るい、トレちゃんはメイド服のスカート部分から、立方体のスーパーマシンを取り出した。どこに持ち歩いてるのかと思ったら……。
「コレを」
まだ周囲に人は多い。が、ここは都内のど真ん中だ。どこに行っても人はいる。
それに俺がトレちゃんからキューブを預かったと誘拐犯に知らしめるためにも、ある程度の注目は仕方ない。誘拐犯以外の連中も寄って来るのが一番の問題だが、そこはこれから蘭月がなんとかしてくれる。多分。
「ヒトジチを助けタラ連絡するデス。ランユエ、代表さんを頼むデス」
「言われるマデもナイアル。ボスもキューブもどっちも守るヨ」
トレちゃんの姿が掻き消える。
まさしく瞬間移動の如きスピードだ。
蘭月は見えているのか、目線がビルの上らへんまで伸びている。俺も蘭月の見ている方向を視線で追ってみたが、暗くなってきた空に何か残像めいたものが一瞬見えた気がしただけだった。あの速度なら車にも簡単に追いつけるはず。
「じゃあ俺らも行くか」
「コッチの方がタイヘンだけど、覚悟はイイアルカ?」
「あー……あんまり」
言ってる傍から銃を持った集団に囲まれてることに気が付き、俺は自信なさげに眉を下げた。そいつらは蘭月が、引き金を引く間もなくボコしてくれたが、そこからずっと俺達はテロリスト紛いの集団に襲われ続けることとなった。
キューブを狙う勢力はあまりにも多い。
この誘拐事件は、それを分かりやすく浮き彫りにしてしまった。
だからこそ、だ。
だからこそトレちゃんは、この事件の後であんな選択をしたのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます