ただの囮
自己紹介を終えた小槌と私は、お互いの状況を伝え合ったわ。
小槌も私と同じく、昨日は自宅で寝たはずなのに起きたらここに居たと言っていたわね。だけど、私より早く目が覚めていた小槌は、途中で様子を見に来た誘拐犯と話をしていたそうよ。そこで初めて、この部屋に自分以外の誰かが一緒に捕まえられていることを知ったらしいわ。
「でも誘拐した理由とかはなんも教えてくれなかったのよね。そっちは何か心当りはないの? えーっと、キャロラインさんは」
「キャロルでいいわよ。……さっきも言ったけど私は大統領の娘よ。誘拐される理由には心当りしかないわね」
「あんたはそうなんでしょうけど、じゃああたしは何? 今は瑠璃ちゃん以外の相手には借金してないはずだし、裏の連中も追っかけて来てないはずなのに……」
小槌は自分が誘拐された理由が分からずに、ずっとうんうん唸ってたわ。
私は何故彼女が私とセットで誘拐されているのか、既に理解していたけれど。
ほぼ間違いなく、FMKが所有しているキューブが狙いの誘拐だろう。
私はアメリカへの、そして小槌はFMKへの取引材料というわけね。
「まったく……折角パパから許可を貰って日本に来てるのに、これじゃあ色々と危うくなってくるわね……」
「無事に帰れたとしても、当分ひとりで国外旅行なんて出来ないでしょうね。ご愁傷様」
「それは困るわ」
アメリカから出られなくなるとしても、せめてオーディションが終わってからじゃないと日本に来た意味がなくなる。今捕まってることよりも、むしろそっちの方が私にとっては大問題だったわね。
■
「そこまでFMKに入りたかったんだな」
「当然でしょ、今更分かり切ったことを言わないで」
「悪かったな。続けてくれ」
■
「パパにバレる前に、なんとか逃げ出せないかしら」
「無理でしょ。要求が何かは知らないけど、とっくにホワイトハウスだかどっかに連絡行ってるんじゃない?」
その可能性は高かったが、私ならまずアメリカではなくFMKと交渉する。何故なら、国を相手にするよりも、日本の小企業を相手にした方が遥かに楽だからだ。肝心のキューブもFMKが持っているわけだし。そして私の推測は当たっていた。
真っ暗闇の部屋に不意に光が差してきた。
ドアが開き、隣の部屋から光が流れ込んで来たのだ。
同時に人が入ってくるのも見えた。
「2人とも目が覚めたようだね」
部屋に入って来たのは、クセのある声の女だったわ。恐らくはMr.代表の回想にも出て来た、電話を掛けて来た誘拐犯と同一人物ね。金髪のショートヘアで、背が高かった。まだ部屋の中は暗かったけど、辛うじてそれくらいは分かったわ。
「今すぐ解放して」
「用事が済むまでそれは出来ないね。分かっているだろう? キャロライン。君たちは大事な人質だ」
女はそう言って、小槌の方へと近付いて行ったわ。そこで私はようやく小槌の姿を視認出来た。フランクリンに聞いていた通りの容姿だったわ。
「イヅル。今から君の事務所の代表に電話を繋げる。自分の口から今君が置かれている状況を説明してやるといい」
女は小槌の耳元にスマホを近づけた。で、小槌は電話口に向かって必死の形相で叫び始めた。
「代表さ~~~~ん!! だずげて~~~~!!!」
さっきまでわりと普通にしてたのに、小槌はドン引きするくらい顔をくしゃくしゃにして助けを求め始めたわ。
「あたし……誘拐されちゃった~~~!!! え? 違うから!! ほんっとにマジの誘拐なの! 今誘拐犯に言われて、代表さんに電話かけてるの!」
そこで女は小槌の耳元からスマホを離したわ。
『まあ、そういうワケだ。状況は理解出来たかね。そこにCIAのでくの坊も居るんだろう? 君のとこの大事なタレントと、合衆国大統領の娘はこっちで預かっている。キューブを渡さなければ2人の命はない。OK? ……そりゃそうだろう。で、返事は? ……よろしい。それではキューブと人質との交換方法をメールで指示する。妙な動きはしないように』
女はそこで通話を終えて、スマホを後から入って来た覆面の男に渡したわ。
「このスマホを適当な車の底にでもくっ付けておけ。時間稼ぎだ」
女の仲間は無言でスマホを受け取って消えて行った。
今思えば、あれが小槌のスマホだったのね。
「ねえ、どうだった? あたしの迫真の泣き真似。身代金はどれくらい踏んだくれそうかしら?」
出し抜けに、小槌がそんなことを言っていたわ。
流石の私も口を半開きにして驚いたわね。
何言ってんのコイツって思ったわ。
「はっはっは、咄嗟にあんな演技を出せるのは大したものだよ。そうだねえ、君のとこの代表が要求を呑んでくれたらいいのだけれど」
「もし10億くらい取れたら、1割くらいあたしにくれない? 前々から思ってたんだけど、代表さんってそれくらい金持ってそうなのよね」
「えぇ……流石の私もそれは引くよ、君」
しかもクソみたいな発言をして誘拐犯をドン引きさせていたわ
■
「ほぅ、それは初耳だな」
一鶴のやつ、やっぱり誘拐犯に協力してやがったのか。
どうかしてるぞあのバカ。
「私も最初は驚いたけど、でもそれでこそ小槌って感じで感銘を受けたわ」
「受けるな」
■
「だがまあ、そうだね。もし我々の目的が達せられたら、君にも多少の分け前をくれてやろうじゃないか」
「マジ? 全然頑張るけど」
「はっはっは、イイね君」
「いやいやそれほどでも」
小槌はへらへら笑ってたわ。
この誘拐犯の目的が、金じゃなくてキューブだとも知らずに。
アホの極みって感じだったわね。
「さて、お喋りは一旦止めにして移動しようか。もうスーパーAIにこの場所を察知されてるだろうし、となればメイド仮面が駆け付けてくるのは時間の問題だ」
そこで私と小槌は目隠しされ、口をダクトテープで封じられた。
建物を出て、車に乗せられたのが分かった。
そこからしばらくは車中の人だったわね。
1時間くらいは走ってたかしら。
その間、誘拐犯たちは一言も喋らなかった。
で、いきなり世界がひっくり返ったわ。
「!!??」
轟音と共に平衡感覚が消失した。
車が横転したのだと分かったのは、転がるのがストップしてからかしら。
よくあれで怪我がなかったと思うわ。
あるいは車内の人間が怪我をしないよう、手心を加えてくれていたのかしらね。彼女は。
「イヅルを、返すデス!!!」
金属がひしゃげて、引きちぎれる耳障りな音。
耳を塞ごうにも両手は相変わらず拘束されていたから軽く地獄だった。
けど、世界一頼りになる人物が助けに来てくれたことが声で分かったから、私はもう何も心配しなかった。
激しい戦闘音とちょっとの悲鳴。
それらはものの数秒で聞こえなくなった。
そして、私は車内から優しく引っ張りだされたわ。
目隠しが外され、十数時間ぶりに陽の光を拝めるかと思ったけど、外はもう暗かったわ。時間の感覚がなかったけど、どうやら最初の暗い部屋で目が覚めた時点で、どうやらそれなりの時間だったらしいわね。もしかすると前日の食事に薬でも盛られていたのかも。
それはともかく、目隠しを外された私の視界に飛び込んで来たのは、この状況にあまりにもそぐわない、金髪メイド服の少女だった。
「イヅルはどこデス!?」
少女――スターライト☆ステープルちゃんの中の人は、怒りに満ちた表情で私に問い詰めてきた。人質だった私に聞くのはお門違いなのにね。それくらい、彼女はその時余裕がなかったということの証拠でもあるのだろうけれども。
でもって、私はその時初めて、小槌が同じ車に乗せられていなかったことに気が付いた。結論から言うと、私はメイド仮面を引き付けるためのただの囮だったってわけね。
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