絶対言ってない!

 10月31日。

 この日の私の記憶は暗闇の中から始まるわ。


 目が覚めてみたら見知らぬ部屋の中。

 手足を拘束されて、床に敷いた毛布の上に寝転がっていた。


 窓の無い部屋。

 電気も付いておらず、10cm先さえまともに見えない真っ暗闇。


 昨夜の最後の記憶は、ホテルのベッドでスマホを見ながら寝落ちしたとこで終わってる。それが見知らぬ部屋で、手足の自由を奪われた状態でのスタート。でも私は一切混乱することなく、瞬時に状況を理解したわ。


「どうやら誘拐されたようね」


 ■


「うーん……」


「どうしたのMr.代表。そんなに分かりやすく呻いて。まだ回想は始まったばかりなのだけれど、もう何か気になる事でも?」


「いや……冷静に的確に状況判断してるなぁって思って」


「ええ、まあね、大統領の娘だもの。あの程度の状況のシミュレーションは常にしているわ」


「そっかぁ。邪魔して悪かったな続けてくれ」


「ええ」


 ■


「あ、目が覚めたんだ」


 その真っ暗な部屋の中には先客が居たわ。

 私が起きたことに気付いて、こっちに話しかけて来た。


 若い女の声だったわ。

 それも何か聞き覚えのあるような声。

 私は引っかかりを覚えつつ、この女から情報を聞き出すことにしたの。


「誰? 誰か居るの? 貴女が私を誘拐したのかしら?」


「いんや、私も誘拐された側」


「ふぅん……私とセットで誘拐されるってことは、貴女も難儀な立場の人間ってことね」


 私はアメリカ合衆国大統領の娘。

 誘拐される理由としてこれ以上のものはない。

 誘拐犯にとっては人質ガチャSSSSSRくらいはの価値はあるわよね?


 そんな確定的に勝利を約束された星の下に生まれた私だけでも人質としての価値は青天井のはずなのに、付け足すように一緒に誘拐されているこの女は何者?

 私は自分が誘拐された理由や経緯なんかより、そっちの方に俄然興味が湧いた。


「難儀な立場の人間……? まあ、確かに最近は色々と難儀な状況に陥りつつあるけども。税金マジでどうしようみたいな」


「なるほど、税を徴収する側……日本政府の高官が親にいるってところかしら」


「全然違うけど」


「……今のは忘れて頂戴。じゃあ貴女はなんなの?」


「そっちこそ何様なのよ。まず自分から名乗ったらどうなの?」


 ご尤もな意見だったわ。

 私としたことが自分から名乗ることを失念していた。


「あら、失礼。私の存在は全人類があまねく認識しているものだと普段から夢想しているものだから、ついつい名乗るのを忘れてしまっていたわ。許してね」


「うわぁ、姫ちゃんみたいなこと言う人間が他にも居たんだ。驚きだわ」


「姫ちゃん……?」


「こっちの話。で、あんたは誰なの? 名前は?」


 耳慣れたワードに、私の中に新しい引っかかりが生まれたわ。

 もうこの時既に、顔の見えないこの女が何者なのか。私はその正体に気が付きかけていたのかもしれないわね。


「私はキャロライン。キャロライン・M・シルバーチェインよ」


「あ? 外国人なの? 日本語上手いから全然気付かなかったわ」


「勉強したもの。大いなる目的のためにね」


「へー、そうなんだ。で? そっちは何か誘拐される心当りはあんの? ちなみにあたしは心当りゼロ」


「私、アメリカ合衆国大統領の娘」


「すげぇえええええええええええ!!! 靴舐めさせて!!!」


「なんなのこの人……」


 しばらくモゾモゾと動く気配があったから、もしかしたら本当に靴を舐めようとしていたのかもしれないわね。あっちも拘束されてるようだったから、舐められなかったようだけど。

 それにしてもこの突飛な行動と、聞き覚えのある声。私は半ば確信しながら、いよいよ謎の女の名前を聞くことにしたわ。


「それで、貴女の名前は?」


「えー……大統領の娘のあとに名乗るのすげーイヤなんだけど。そんなハードル上げられてもなぁ」


「大丈夫、貴女なら私が上げたハードルを軽く跳べるはずよ」


「何その急な信頼は」


「いいから早く名乗って。私も名乗ったのだから。hurry!」


「そんな急かされると名乗りたくなくなるわね、逆に」


「もう! 焦らさないでよ!」


 そんな感じのやり取りを5分くらい繰り返して、散々焦らされて弄ばれたあと、ようやく女は名前を名乗ったわ。


「あたしの名前は、丸葉一鶴。ただの一般人よ」


 丸葉一鶴。

 予想通りの名前だった。


 本当は彼女のもう一つの名前の方が馴染み深いのだけれども、私はフランクリン経由で彼女の真名を知っていた。だからそれで彼女の正体がハッキリしたわ。彼女が誘拐された理由も、全部そこで理解出来た。


「一般人、ね。あの金廻小槌からそんな言葉が出るなんて」


「え!? 全然違うけど!?」


「隠さなくてもいいわよ。言いふらしたりしないし」


「……どうして分かったの?」


「声よ」


 まあ、ここは嘘を吐いたけど、本当のことを言うのもアレだから仕方ないわね。


「声かぁ……ってか大統領の娘もあたしを知ってるって、結構知名度ヤバいわね、あたし」


「ふふっ、そうね。前々から貴女には会ってみたいと思ってたの。よろしく」


 私は毅然とした態度で、未来の先輩に挨拶をしたわ。

 丸葉一鶴――VTuber金廻小槌の魂に。


「辛い状況だけどお互いに助け合って、なんとか逃げ出す方法を探しましょう。大丈夫よ、私が貴女を助けてみせるわ」


 ■


「うーん……」


「どうしたのMr.代表。そんなに分かりやすく呻いて。ここからが良いところなのだけれども」


「いや……一鶴のやつから聞いてた話と、ファーストコンタクトの様子が全然違うなぁって」


「え!? そ、そうかしら? まあ、人間の記憶なんて曖昧だもの。齟齬や食い違いなんてザラじゃない?」


「でもなあ、一鶴から聞いた話だと、部屋で目が覚めてからお互い名乗るまでのキャロルは――」


 ■


「ちょ、暗い!! 動けない!?? 怖い!! フランクリーーン! 居ないの!? 誰かー!! 助けて―!」


「ひゃ!? 誰か居るの!? 誰!? やだやだ! やめて! 私大統領の娘よ! 痛いことしないで!」


「えっ、えっ、貴女もしかして……金廻小槌!? 声がそうだもの! キャー!!」


「サイン! サイン頂戴! あっ、あっ、ペンがない! ファーーーーック!」


 ■


「絶対言ってない!」


「いやでも一鶴が……」


「言ってないから! 小槌は嘘吐いてるわ! だってほら! 喫茶店で誘拐されてここに連れて来られてからの私の態度見てた? 全然そんな感じじゃないじゃない!」


「2回目の誘拐だったから慣れたとかか?」


「シャラップ! ともかく小槌がMr.代表に話した回想は忘れる事ね! 今から話すストーリーこそが真実の物語よ!」


 うーん……。

 鞍楽の時以上に信用出来ない語り手が爆誕してしまった。

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