悪目立ちのボディガード

「つーか、警察が来ちゃうのはマズくないか? 通報したら人質に危害を加えるって言ってたのに……」


 通報はしていないが、事務所に警察が来たら通報したと思われてもおかしくない。

 ロールシャッハの連中がどうやってこちらを監視してるのかは知らないが、バレたら一鶴の身が危うい。


 とか思っていると、俺のスマホに知らない番号から着信が掛かって来た。

 このタイミングでの着信……もしかして誘拐犯か?


「bd、俺の番号に電話を掛けて来てる相手を特定してくれ」


『分かりました。ドムガル案件の時とは違って今回は人命が掛かっているので、私も全力でサポートします』


 俺からすればあの時も同じくらい切羽詰まってたんだがな。

 未だにナキの配信には荒らしが湧いてるようだし、ドサクサに紛れてなんとかしてくれねえかな。

 モヤモヤしたものを感じながら、画面をタップして通話に出る。


「もしもし」


『護衛を連れて、今すぐにそこを出たまえ』


 相手は名乗りもせずに、いきなり用件だけを押し付けて来る。

 だが名乗る必要はない。声で分かる。コイツはさっき電話を掛けて来た誘拐犯だ。特徴的な声をしてるから直ぐに分かった。


「出ろって、どういうことだよ」


『警察やらCIAやらFBIやらがそっちに向かってるんだろう? 彼らと合流されたら面倒だからね、身動き取れなくなる前にその場から速やかに移動するんだ。いいね? さもないと人質の安全は保障出来ないよ』


 こっちで何があったかは全部把握済みってことか。

 もしかしてまた盗聴器でも仕掛けられてるのか……?

 いや、もし不審者が入って来てたら、セコムより優秀なうちのスーパーAIが報せてくれてたはず。フランクリンが盗聴器を仕掛けてた一件以来、そこには気を払っていたしな。であれば、別の手段……例えば見張りが近くにいるとかか?


「……分かった」


『護衛も一緒にだ。君たちは君たちが思っている以上に多くの敵に狙われている。今しがたそこを襲撃した彼らのように』


「誘拐犯に忠告されるのも変な話だけどな。……その前に一鶴たちが無事なのかだけ確認させてくれ」


『いいだろう』


 俺の申し出は以外にもあっさり許可された。

 少し間があって、通話口から別の声が聞こえて来る。


『代表さん!? 代表さんなの!?』


「一鶴か? 一応聞いておくが本物だよな?」


『本物に決まってるでしょ!? なんでもいいから早く助けてよ! えーっと、身代金100億ドルね! 耳を揃えて早く持ってきてよ! 逃走用のヘリも!』


「よし、本物だな」


 なんでこの状況で犯人側に回るボケをかませるんだよ。


『さて、人質の安否は確認出来たね? ではさっさと移動だ。通話を切らずにそのままその建物を出るんだ』


「分かった。……蘭月」


「聞こえてたアル。私が護衛スルヨ。フランクリンはここでお客サンの対応シトクネ」


「お嬢を頼むぜ、リーダー」


 頼むと言われても俺に出来るのは、せいぜい相手を怒らせないよう指示通りに振舞うだけだ。

 だが俺はフランクリンを不安にさせないように頷いておく。

 それから蘭月を連れて事務所から出た。


「事務所から出たぞ」


『そのまま出来るだけ遠くへ。……おいおい、チャイナ服の護衛は悪目立ちが過ぎるだろ。他にもっとマシなのはいないのかね』


「うちの事務所は個人のアイデンティティを尊重してるからなぁ」


『立派な心掛けだが今は場違いだよ』


「まあ、心配しなくてもうちのカンフーマスターは気配消しの達人だから問題ない」


『……どうやらそのようだね』


 そのようだね?

 後ろを見ると蘭月の姿が消えていた。

 いや、居る。消えてなどいない。ただ存在感が恐ろしいまでに希釈されただけだ。


 俺と誘拐犯との通話に耳をそばだてていた蘭月が、自主的に気配を消したらしい。

 流石だな。


「だから問題ないって言ったろ? それにしても、お前はどこから俺達のことを監視してるんだ? 今の発言は目視してないと言えないよな?」


『近くに居る。ただし探るような真似はやめておくことだ。こっちには人質が2人も居るってことを忘れずに』


 誘拐犯は近くに居る……のか?

 相手の言葉をどこまで信用していいか分からない。

 もし本当に近くにいるとしたら、電話に出た一鶴も近くに居るということになるが……。


 bdが逆探知で相手の居場所を特定しているだろうから、どうせ直ぐに居場所は割れるはず。

 そうなれば少なくとも一鶴の安全は保障出来る。


 あとは大統領の娘だな。

 2人の人質が同じところに居ればいいが、もし別々の場所に居たとしたら下手に動けない。

 片方を無事に救出出来ても、もう片方を助けられなければ意味が無い。


 一鶴も、そして2期生オーディションを受けてくれた大統領の娘――キャロルも、俺は見捨てるつもりはないのだから。


 ■


「大統領の娘は見捨ててもバチは当たらないと思うがな、俺は」


 回想中。俺の独白を聞いた2代目誘拐犯のボスは、キャロルの爪先辺りを睨みながらそう言った。

 この男、アメリカに恨みでもあるのだろうか。それとも上流階級に対する私怨か。どうでもいいな。どんな理由があるにせよ、俺とこの男とは永遠に分かり合えない。


「キャロルはな、お高くとまってるように見えるが、こう見えてなかなか可愛いとこもあるんだぜ? コイツがオーディションで送って来た自己PR動画見せてやりたいね」


「ほぅ? 大統領の娘がどんな動画を取ったのか、ちょっと興味がなくもないな」


「んんーーーー!!」


 猿ぐつわで喋れないキャロルが、必死にジタバタと暴れ出す。

 そこまで嫌がらなくてもいいのに。なんも恥ずかしいことないんだから。


「まあ自己PR動画の件はおいておくとして、だ。えーっと、アンタ……誘拐犯のボス」


「ドレイクだ」


 誘拐犯のボス――ドレイクは、そこでちゃんと俺と目を合せた。直ぐに逸らしたが。


「じゃあドレイク、悪いけどキャロルの猿ぐつわを解いてやってくれないか?」


「いやだ」


「前回の誘拐事件について、キャロル視点の話も聞いておきたいんだよ」


「そういうことなら仕方ないな。おい」


 ドレイクが部下に指示を出す。

 キャロルの口は直ぐに自由になった。


「Mr.代表! 私の自己PR動画は帰ったら消しといて!」


「開口一番なんだよ。別に消すほどのもんじゃないだろ」


「いいから!」


「はいはい」


 消さないけど。


「じゃあキャロル。人質視点で見えたことを話してくれ」


「いいけど……人質側の方で何があったのかは、彼女から聞いてるんじゃないの? 小槌から」


「それはそうだけど」


 キャロルの言う通り、前回の誘拐事件の後、救出された一鶴からそっちで何があったのかは大体聞いている。だが一鶴も結構混乱していたのか、どうにも証言がチグハグな部分があったのだ。そこについてもう少し詳しく知っておきたい。

 なにせこの誘拐事件がキッカケで、トレちゃんと蘭月とフランクリンが、FMKから離れてしまったのだから。


「頼む、キャロル」


「分かったわ。じゃあ、人質目線での話を少しだけ」


 キャロルが細部を思い出すかのように目を瞑る。

 そしてゆっくりと回想を語り始めた。

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