襲撃

『結論から言わせてもらいますが、最良の策は私が人質の位置を特定して、メリーアン・トレイン・ト・トレインが単身で突っ込んで人質を救出するのがいいでしょう。それが一番被害出る可能性が少なく、また作戦実行におけるコストも少なくてすみます』


 時間ギリギリまで作戦を練るまでもなく、bdがババっと最初に結論を提示した。

 作戦の内容は、bdとトレちゃんにほぼ全投げするような内容だ。

 素人の俺は何も言えなかったが、蘭月は不服そうに鼻を鳴らした。


「トレインだけネ? 私のデバンは?」


『中途半端な戦力はいたずらに被害を広げるだけかと』


「ほーぅ、私がチュウト半端とは言ってくれるアル」


「はい、そこ。喧嘩するな」


 bdと蘭月がバチバチしだしたので待ったを掛ける。

 この2人は以前死闘を繰り広げた仲だからか、時たまこういう感じでバチる。

 ライバーとスタッフの喧嘩は勘弁してもらいたいものだ。


「bd、人質救出はトレちゃんの役目なんだろうが、蘭月にも別の役割があるんだよな?」


『ええ、はい、当然ですとも。李蘭月とフランクリン・スモーレンバーグにも当然やってもらうことがあります』


「それをサキに言うヨ」


 蘭月が大人しくなった。

 俺、珍しくナイスフォロー。


『まず代表は、誘拐犯の指示通りに指定の場所に単独で向かってください』


「キューブはどうする?」


『とりあえず持っていくしかないかと。本当にキューブを持ってきているのかどうか確認させろと言われた時のために。もしそうなった場合にキューブが無ければ、人質の身が危ないので』


「おいおい、馬鹿正直に持っていったらその場で奪われるんじゃないのか?」


 フランクリンがbdの作戦に異議を唱える。

 確かに、俺みたいな一般人がキューブを持ち歩いてたら相手は何の容赦もなく奪うだろう。

 それが怖いから、キューブは常にトレちゃんが持ち歩いているのだ。


『そこは大丈夫ですよ、なにせキューブの中には私が居るのですから』


 自信満々にbdが、問題ないと胸を張る。


「どういう意味だ?」


『簡単な話です。もし人質が解放される前にキューブを奪うのなら、私があらゆる手段を持ってキューブを使い物にならなくすると、そう脅し返せばいいのです』


「……なるほど。キューブには最初から、意図せず敵の手に渡った時の為に、自己破壊を実行するプログラム的なのも組み込まれているってことだな」


『お、代表にしては理解が迅速ですね』


 一言多いAIだなぁ。

 だが今のは肯定と受け取っていいのだろう。


 つまりbdはこう言っているのだ。

 最悪自分が敵の手に渡ることがあるとしたら、自分自身をこの世から消し去ることも厭わないと。


「bd」


『なんですか』


「何があっても自殺行為は禁止だ」


『AIに命はありませんよ』


「俺はそうは思ってない。他のみんなも、お前のリスナーとかもな」


 bdがいなくなれば悲しむ人間は絶対に居る。

 それだけは絶対に絶対だ。


「だから死を選ぶような真似だけはしてくれるな。もし敵の手にキューブが渡ったとしても、絶対にどんな手段を使っても取り返すから」


『合理的ではありませんね。でも嫌いじゃないです』


 画面の中のbdは、そう言って少しはにかんで見せた。


「感動的な話だな。それで? 俺とランユエの役割は?」


 フランクリンが作戦説明の続きを促す。

 急いているように感じるが、実際急いてるのだろう。

 確かにこんな話をしている余裕はなかったな。


「bd」


『はい、李蘭月とフランクリン・スモーレンバーグの役割ですが――』



 バリンッ



 突然の破砕音。

 外から何かが投げ込まれ、事務所のガラスが大きめの音を立てて割れる。


「ボス!!! 姿勢をヒククして伏せてるヨ!」


 蘭月が叫んだ直後、爆発が起きた。

 真っ白な光が拡散し、目の前が文字通り真っ白に染まる。

 同時に耳が聞こえなくなった。これはアレだ、スタングレネード的なヤツだ。


「――――!」


 ざけんな! と叫んだ自分声すらも聴こえない。

 俺はただ蘭月に指示された通りに事務所の床に這いつくばって、両手で頭をカバーした。


 視覚と聴覚が潰され、何が起きているのかまるで分からない。

 ひとつ分かるのは、FMK事務所が襲撃されたという事実だけ。

 誘拐犯の仲間なのか? 人質との交換という約束を反故にして、やっぱり強引にキューブを奪いに来たのか? だが、だとしたらあまりにも行き当たりばったりな行動すぎやしないか? つーか窓ガラス弁償しろよ。


 いって! 誰か俺の背中踏んだぞ!

 見えなくてもそれくらいは分かるんだからな!


 ……果たしていつまで床に伏せっていただろうか。

 時間すると5秒くらいか? 体感時間はもっと長かったが、実時間は多分それくらいだ。


 初めて体験するスタングレネードの効果は、ゲームとかで知ってるものより随分と効果は薄いように感じた。少なくとも気絶なんかはしなかったな。そんな感想はどうでもいいか。


「ボス、いつまで寝てるアル。もう起きてダイジョウブアル」


 耳鳴りの向こうから蘭月の声が聴こえ、俺は恐る恐る顔を上げて目を開く。

 事務室は数秒前とは違い、明らかに人の数が増えていた。

 特殊部隊っぽい服装の人間が8人。事務所のあちこちで伸びてぶっ倒れていた。


「誰だよコイツら」


「知らんヨ。ユウカイハンの一味じゃないアルカ? ヨワすぎてハナシにならなかったケドネ」


 カカカっ、と襲撃者のひとりを踏みつけながら蘭月が笑う。

 この一瞬で乗り込んで来た敵を一掃したのか。流石蘭月だな。

 頼もしすぎる。


「代表、大丈夫ですか」


「なんの騒ぎですの……ああ、まだ耳がキーンってしますわ」


 騒ぎを聞きつけた七椿と、それから幽名までもが事務室に入って来てしまった。

 幽名まで巻き込むのはちょっと……だが流石にこれをなんでもないと誤魔化すの無理があるな。


 ってか近隣住人の皆さんにどう説明するべきか。

 流石にこれは警察とか消防に通報されててもおかしくないよな。

 この場合、警察が事務所にやってきたら人質に危害が及ぶのでは?

 いや、そもそも先に襲撃して約束を違えたのは誘拐犯の方だ。


 というか、この襲撃者たちは本当に誘拐犯の一味か?

 さっきも思ったが、あまりにも計画が行き当たりばったりだ。


「蘭月、ちょっとコイツら締め上げて、誘拐犯の仲間かどうか確認してくれ」


「リョウカイアル」


「フランクリンは幽名と七椿と一緒に仮眠室に。幽名には適当に事情をでっちあげて説明しといてくれ」


「OK、リーダー」


 フランクリンが、幽名と七椿に仮眠室に戻るよう誘導する。

 幽名が若干駄々を捏ねたが、そこは七椿が説得を手伝ってくれたのでわりとスムーズに事が運んだ。幽名も七椿の言う事ならちゃんと聞いてくれるな。良かった。


「サテ……オイ! オマエらどういうつもりアル! キューブは人質と交換だってイッテたのに、襲撃して奪いにクルとは良い度胸ネ!」


 早速蘭月が襲撃犯のひとりの首根っこを掴んで脅し付ける。

 どうやらちゃんと、ひとりだけ意識を刈り取らずに残しておいたらしく、首根っこを掴まれた男は呻きながら蘭月を睨み付けた。


「ぐっ……人質……? なんの話だ……」


「おっ、とぼけるアルカ? じゃあ指を一本ずつ、もいでいくネ」


 もいでいくの?

 折るとかじゃなくって?

 なにそれこわい。


「ま、ま、待ってくれ……本当に知らないんだ……! そいつは俺達とは違うヤツらだ……!」


 男はあまりにもあっさりと全てをぺらぺらと喋り始めた。


「俺達もずっとキューブを狙っていたが、先にキューブを奪うために行動を起こした勢力が居るとの情報を得て、そいつらの手に渡る前に俺達が回収しに来たんだ! 俺達は人質なんて知らない! 信じてくれ!」


「他のセイリョクぅ? 具体的にどこのセイリョクか知ってることゼンブ吐くヨ! あとオマエらがどこのセイリョクなのかも! 全部ヨ!」


「分かった! 分かったから指から手を放してくれ! 痛い!」


 本当に指をモギモギするつもりだったのかな。

 事務所でスプラッタなことするのは止めてね。

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