ヤツザキ
「まさか一鶴まで誘拐されるとは……」
「マサカって言うほどアルカ? キューブのショユウケンはFMKにあるコトになってるカラ、FMKに対する脅しとシテハむしろ真っ当な流れネ」
言われてみればそうかもしれない。
大統領の娘が誘拐されたとしても、FMKがキューブの引き渡しを拒否したらそれまでなワケだからな。だからこそ誘拐犯たちはFMK関係者である一鶴を誘拐したのか。
「この誘拐犯たちは何者なんだ?」
「知らんアル。フランクリンが知ってるんじゃナイネ?」
「キューブを狙う勢力が多すぎて分からないな。まあそんなことは、捕まえれば分かることだろう」
敵の正体は分からないが、確かにそこは大した問題じゃない。
問題は、うちの事務所のタレントが誘拐されたとい事実だけだ。
「代表」
ここまで存在感を消していた七椿が、眼鏡を光らせながら声を上げて来た。
しまった、キューブのこととか、それを狙う勢力が居る事とか、その辺の事情は七椿には説明してなかったっけか。事が事だから巻き込まないように秘密にしていたのだが、結局こんな形で知られてしまうとは。
七椿はしばらく俺の顔を無言で見つめる。
七椿相手にこれ以上隠し事は不可能だろう。
何を質問されても正直に答えるしかない。
そう覚悟していたのだが、
「私はしばらく席を外します」
「え?」
「知られたくない話なのでしょう」
「いやまあ、そうなんだが」
「では私は居ない方がいいですね。今日はこれで退勤させていただきます」
「あ、ああ」
「退勤しますが、察するにFMK関係者がひとりで出歩くのは危険そうなので、私は仮眠室で幽名さんと一緒に待機しています。何か用があれば呼んでください。では」
七椿はこちら側に深入りしようとせず、尚且つ危険な状況にあることを察して用心してくれるらしかった。七椿……やっぱりお前は有能だよ。
「それじゃあ俺たちは」
「ダイトウリョウの娘とバカの、救出サクセンとイクネ」
一鶴は絶対に取り戻すし、キューブも誘拐犯には渡さない。
俺達の目的は、誘拐犯をやっつけて人質を救出することだ。
とはいえ、俺に出来ることなんてあんまりなさそうだけど。
「蘭月、任せた」
「アイヨ、ボスはここで座ってマッテルアル。……bd、さっきのデンワは何処から掛かってキタネ」
『着信履歴からも分かる通り、丸葉一鶴のスマートフォンからの通話でしたね。現在既にGPSからスマートフォンの位置を特定しています』
「何処だ?」
『場所は都内、八王子近辺です。移動中のようですね。スピードからみて車で移動しているようです』
早速犯人一味の居場所特定か?
だがそんなに簡単に捕まえられるほど甘いとも思えない。
「あっちだってbdにスマホの位置情報を特定されるくらいは想定してるんじゃないか?」
俺の指摘に、フランクリンが「そうだな」と肯定する。
「タクシーやバスのような無関係の車両にイヅルのスマホを置き去りにして、こちらの捜査を撹乱してると見るべきだろう」
「一応カクニンしてオクベキネ、トレインに連絡するアル」
蘭月が自分のスマホでトレちゃんに電話を掛ける。
ちなみにだが、キューブはトレちゃんが肌身離さず持ち歩いている。
トレちゃんが持ち歩くのが、この世で最も安全な管理方法だからだ。
……誘拐犯たちは、キューブがFMKの管理下にあることは知っているのだろう。
しかしキューブの所在についてはどうだ?
トレちゃんが常に持ち歩いてることは知っているのか?
もしトレちゃんから奪い取るのが不可能だからという理由で、今回のように人質を取ったのだとしたら、誘拐犯らはトレちゃんの強さを知っているということになる。
トレちゃんの強さを知る者は限られている。先日のキューブ騒動に関わった人間だけだ。つまり誘拐犯はその中の誰か、あるいはその中の誰かから指示を受けているのではないか?
もしくは単純に、FMKがキューブを隠して保管していると踏んで、その居場所を見つける手間を惜しんだ結果、人質を取って交換条件を呑ませるという作戦にしたのかも。
どっちかというと後者の方が可能性が高そうに思える。
だがキューブの隠し場所を知りたいのだったら、FMK関係者全員を誘拐して拷問するなりした方が手っ取り早そうではある。そういう手段に訴えてこなかったということは、やはり誘拐犯は最初からキューブがトレちゃんの手元にあることを知っており、実力行使では目的を達成できないということを知っていたのではないだろうか。
なら犯人は誰だ?
トレちゃんの強さを知る人物。
アメリカのお偉いさん方は知ってそうだ。トレちゃんと蘭月はそっちで粗相したそうだし。あとはテロリストグループ『モンタージュ』の生き残り(生き残ってるやつがいればだけど)と、モンタージュ殲滅作戦に参加していた兵士傭兵辺りか。
ああ、そうだ、有栖原ら密林の面子もトレちゃんのことは知ってるんだったな。
やっぱ怪しいぞ、有栖原。
「あ、もしもし? トレインか? 蘭月アル」
俺が色々考えてる間に蘭月の電話にトレちゃんが出たようだ。
くだらない考察はこの辺にしておこう。
さっきフランクリンも言ってたが、誘拐犯の正体なんて捕まえれば分かることだ。
「アン? 部活中だった? ソレハ申し訳ナイネ、でもそれドコロじゃないアル。いや、ほんとマジネ」
蘭月が世間話でもするかのような軽い調子で話を始める。
電話の向こうでトレちゃんが嫌な顔をしてるのが目に浮かぶようだ。
「アイヤー、実はイヅルのバカが誘拐されたアル。しかも誘拐犯はキューブを要求してるアルネ――うぉ」
蘭月が肩をびくっと竦ませてスマホを耳から遠ざけた。
何かトレちゃんが恐ろしいことでも言ったかのように……言ったんだろうな。
「オイオイ、そんなにキレなくても……え、あ、そうアルネ、私もそう思うアル、うん。じゃあbdに情報を送らせるカラ、そっちでちょっと動いて欲しいネ。頼んだヨ」
用件を手短に伝え終えた蘭月は、通話の切れたスマホを見て「ふぅー……怖っ」と率直な感想を漏らした。
「トレちゃんはなんだって?」
「ヤツザキにするって言ってたアル」
「ああ……」
頭に血の昇ったトレちゃんなら本当にやりかねないな。
「蘭月、トレちゃんがやり過ぎないように頑張ってコントロールしてくれ」
「善処スルネ」
「bd、トレちゃんの行動をモニターして、何かあったら俺に報せてくれ」
『了解しました。とりあえず、丸葉一鶴のスマホの現在地を彼女に送りました。直ちに現場に急行するそうです』
「こっちはどうするんだ、リーダー」
どうしたもんかな。
そういえば、誘拐犯が人質とキューブの交換方法をメールで伝えるとか言ってたな。
「bd、FMKのメーラーに変なメールは届いてないか? 誘拐犯からっぽいやつ」
『来てますね、画面に出します』
bdが映っていたモニターに、メール画面が表示される。
「えーっと……FMKの代表がキューブを持って、ひとりで指定の座標まで来い……ね。俺をご指名か」
メールには他にも、俺以外の人間が指定位置まで同行してたら、人質に危害を加えるだの色々と要求が書いてある。
「この座標はどこだ? 座標で書かないで住所で書いてくれよ」
『その座標は公園のようですね』
「指定時刻までに現れなければ、人質を片方殺すって書いてるな」
『指定時刻は20時。現在は17時38分なので、もうあまり時間はありませんね』
マズいな、その時間までにトレちゃんが誘拐犯を見つけられればなんとかなるだろうが、間に合わない場合を考えてこっちも行動する必要がある。
「……行くしかないのか、俺が」
「危険アルヨ?」
「一鶴の命が掛かってるんだ、仕方ないだろ」
だが無策は危険だな。
俺達は、時間ギリギリまで作戦を練ることとなった。
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