交換要求

 ■


「忍者キャラで売っていきたいようなヤツを3人も通してどうすんだよ」


「いっそ3人とも合格させればいいアル」


「普通に却下」


「俺は逆にアリだと思うがな……っと電話だ。ちょっと失礼」


 1次選考を通過した3人の忍者について談義していると、フランクリンがバイブするスマホを手に事務室を出て行った。


「アイツ最近電話で中座することが多いよな」


 扉の向こうでフランクリンが電話に応答するくぐもった声を聞きながら、俺は何とはなしにそう溢す。

 実際ここ1ヶ月のフランクリンは、事あるごとに電話対応に追われている様子だった。

 まあ現役のCIAエージェントなわけだから、そっち方面でも色々とやることがあるのだろう。


「あの電話はアレアルよ。ホラ、例のダイトウリョウの娘アル」


「あ、そっち?」


「どうやら相当ワガママで、フランクリンをこき使ってるらしいアル」


「ふーん、フランクリンも大変だな」


 ■


「んんーー!!」


 回想中にキャロルが騒ぎ出した。

 どうやら今の描写に異議があるらしい。

 猿ぐつわしてるから何言ってるか分からんけど。


「キャロルが何か言いたげだけど、無視して続けるぞ」


「賢明だな」


 誘拐犯のボスは、ナイフの刃に映ったキャロルを睨み付けている。

 刺激させないためにも話を先に進めるべきだろう。


 ■


「待て! 切るな! おい!」


 ……? なんだ?

 電話をしていたフランクリンが、急にドア越しでもハッキリと聞き取れるほどの大声で叫び始めた。どうやら通話相手に電話を切られそうになっているようだが、大統領の娘と何か揉めたのだろうか。

 そう思っていると、フランクリンが余裕なさげに事務室の中に戻って来た。


「マズイことになった」


「マズイこと?」


「お嬢が……誘拐された」


「は?」


 フランクリンがお嬢と呼んでいるのは、大統領の娘だったはず。

 つまりアメリカ合衆国大統領の娘が何者かによって誘拐されたのだと、フランクリンはそう言っているのだ。


「今の電話は誘拐犯だったのか?」


「ああ、そうだ。お嬢の電話から掛けて来た」


「……冗談だろ。マジなら警察案件だ」


「いや、警察に通報すればお嬢の命はないと言っている。それに日本の警察を、俺はそこまで信頼していない」


 警察に通報したら~ってのは、誘拐犯のテンプレみたいな脅し文句だな。

 まさかリアルにそんなことを言う誘拐犯が居るとは。


 しかし警察を頼りたくないってのは無茶な話だ。

 だったらどうするつもりなのか。

 そもそも誘拐犯たちは、大統領の娘を誘拐して何をしたいのだろうか。そこがまず問題だ。


「誘拐ってことは身代金目的か? 相手の要求は?」


「誘拐犯の要求は……キューブの引き渡しだ」


「……そう来たか」


 事態の深刻さがFMKにまで一気に波及した。

 いや、FMKどころか、下手をすれば世界の危機にまで及びかねない。


 キューブは元々アメリカが開発した超高性能のブラックボックスマシンだ。

 軍事AIであるbdの本体とも言える代物であり、その価値は恐らく国家予算レベルのはず。


 今はbdはVTuberとしての道を歩んでいるが、本来の正しい用途・・は兵器としての運用である。bdがその気になれば、大量のドローン兵器を同時に操って世界中を火の海に出来る。


 bdを兵器としか見ていない連中にとっては、喉から手が出るほど欲しい代物なのは間違いない。


 だからいつかはキューブを狙う勢力が卑劣な手段に訴えかけてくることも覚悟していた。

 そしてその時は、俺の想像よりもずっと早く訪れた。

 ただそれだけの話だ。


『人命には替えられませんね』


 と、事務所のモニターに姿を現したbdが出し抜けにそう言った。

 話は説明するまでもなく全部聞いていたらしい。


『最悪の場合、キューブを誘拐犯に渡すことも視野に入れるべきでしょう』


 献身的な発言をするbdだったが、俺はその言葉を聞いて逆に決意を固くした。


「何があろうともbdは渡さない。特にお前を兵器だと勘違いしてるバカどもにはな」


『代表……私は兵器です』


「今はFMKの大事なタレントだ」


『――ありがとうございます』


 俺に言わせてみれば論外な取引という他ない。

 大統領の娘は生身の人間だし、その命を軽視するつもりはない。


 だがbdだって生きているのだ。

 だからキューブを交渉のテーブルに乗せるのは無しだ。


「そういうことだ、すまんなフランクリン」


「ああ、構わない。こっちとしても、何処と繋がってるかも分からない誘拐犯にキューブを渡すつもりはない。上に判断を仰いだとこで、結論は同じだろう」


 フランクリンはフランクリンで、知り合いが人質に取られても情に流されたりはしない様子だった。


 しかし肝心の人質は大統領の娘だ。

 つまり最終的な判断は大統領次第ということになるのではないだろうか。


「その……CIAの本部的なとこには連絡したのか? あと大統領にも」


「しようと思えば出来るが、するつもりはない」


「誘拐犯にするなと言われたからか? だけどCIAやFBIとかの出番じゃないのか、こういう事件は」


「そうなんだが、あまりうちの大統領の耳に入れたくない話なんでな。出来ればここで話を止めておきたい」


「なんでだよ。娘が誘拐されてんのに可哀想だろ」


「娘が誘拐されてるからだ。大統領はお嬢を溺愛してる。お嬢が人質になってるなんて知ったら、あのアホ大統領は確実に要求を呑むぞ」


「あー……」


 それは良くない展開だな。

 FMKにとっては特に。


「話がデカくなる前にお嬢を取り戻して、誘拐犯たちを捕まえる。キューブを守るにはそれしかない」


 フランクリンは意を決したように背筋を伸ばし、それから丁寧にスキンへッドの頭を下げた。

 黙って話を聞いていた蘭月に向かって。


「そのためにもアンタの力を借りたい。頼めるか?」


 フランクリンからの懇願に、蘭月がニヤリと笑う。


「カンタンな仕事ネ。だが報酬はタカイアルヨ?」


「オタクらがホワイトハウスでやらかした件をチャラにするってのはどうだ? アメリカに入国禁止扱い受けてるのは辛いだろ?」


 蘭月とトレちゃんとその仲間たちが、bdの所有権を勝ち取るためにアメリカで派手に暴れた時のことを言ってるのだろう。今回大統領の娘を救出するために手を貸してくれたら、その件についての恩赦を与えてもらえるように掛け合ってくれるらしい。というか入国禁止になってたんだ。


「悪い条件じゃないんじゃないか? 蘭月」


「ウーム……ボス的には、私とトレが今回の件で動くのはセーフアルか? この前、極力こういう仕事をするのは無しとかイッテなかったアル?」


「まあ、人の命が掛かってるし。ってかトレちゃんにも動いてもらうつもりか?」


「私ヒトリでもモンダイないと思うアルケド、シンプルにアイツが居た方が確実ネ」


「それもそうだな――」


 そこで今度は俺のスマホがバイブした。

 一鶴からの着信だった。


「こんな時にバカからか」


「放っとくアルヨ」


「そうしたいんだけどな」


 放っておいたら放っておいたで、何をしでかすか分からないのが一鶴の怖いところだ。

 だから俺は用件だけでも聞いておこうと思い、一鶴の着信に出ることにした。


「もしもし、どうした一鶴。悪いけど今取り込んでるから、用件は手短にたの」


『代表さ~~~~ん!! だずげて~~~~!!!』


「助けて?」


 俺のセリフを遮って聞こえて来たのは、一鶴の悲痛なSOSだった。


『あたし……誘拐されちゃった~~~!!!』


 ……おい、マジか。

 誘拐って、今そんなに誘拐が流行ってるのか?

 1日でこんなに身の回りで誘拐事件が起きるってあるか?


「狂言誘拐だな? お前ならやりかねない」


『違うから!! ほんっとにマジの誘拐なの! 今誘拐犯に言われて、代表さんに電話かけてるの!』


『まあ、そういうワケだ。状況は理解出来たかね』


 通話口から今度は一鶴じゃない声が聞こえてきた。

 ねちっこい口調の女の声だ。


 一鶴が俺から金を騙し取るための狂言……ではなさそうな気配がしてきた。

 スマホをスピーカーモードにして、全員に聞こえるようにする。


『そこにCIAのでくの坊も居るんだろう?』


 女の声にフランクリンがピクリと反応した。

 恐らくはさっきフランクリンの電話に掛けて来たヤツと同じ声だったのだろう。

 つまりは、そういうことだ。


『君のとこの大事なタレントと、合衆国大統領の娘はこっちで預かっている。キューブを渡さなければ2人の命はない。OK?』


「――同一犯か」


『そりゃそうだろう。で、返事は?』


「……分かった」


 とりあえずそう返事しておくしかない。

 今はな。


『よろしい。それではキューブと人質との交換方法をメールで指示する。妙な動きはしないように』


 それだけを告げて電話は切れてしまった。

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