忍者と忍者と忍者
――10月末。
2期生オーディションの応募開始から1ヶ月が経ち、今日がその応募締め切りの日となる。
というか、たった今応募締め切りとなったところだ。
「皆さんお疲れ様です、オーディションの応募は今を持って終了となりました」
七椿が時計を見ながら時間ピッタリにそう宣言する。
俺の方でも確認したが、時間と同時にしっかりと応募フォームも締め切られている。
もうこれ以上タスクが増えることはない、あとは減らす一方だ。
「ありがとう七椿……それで、今回の応募総数は?」
「13077人です」
「すげえな、前回の3倍以上かよ。ちなみに1次選考の進捗率は」
「70%ほどかと」
「うーん……」
毎日フル態勢で地道に選考を進めて来たはずなのに、まだ進捗は7割くらいだったらしい。
というか、締め切り最終日である今日だけで1000くらい応募があったのでそのせいもあるだろう。まだまだ選考地獄からは抜け出せそうにない。
「だから私も手伝うって言ったのに」
そう嘯いたのは、俺の妹兼所属ライバーの瑠璃だ。
つい数日前まで、俺や幽名と揉めた挙句に不貞腐れて事務所に顔を出さなくなっていた瑠璃だったが、そこら辺の問題に一応の決着が付いたので、また以前のように顔を出してくれるようになっていた。
というか今日は月末なので、七椿に未提出の領収書を出せと催促を受けての訪問だったようだ。こと経理面に関しては七椿を怒らせると怖いからな。
「所属ライバーに選考を手伝ってもらうほど人手に困ってない。前回のオーディションでお前の手を借りたのは、まぁそれこそ人手不足だったからだよ」
1期生オーディションの時は俺と七椿の2人しかスタッフが居なかったからな。
今はその2倍だ。それでも4人だけど。
とにかくもう2度と運営の仕事を瑠璃に手伝ってもらうようなことはないだろう。
ライバーはライバーの仕事に専念していれば良いのだ。
そこんとこの住み分けは大事にしていきたい。
「それに2期生オーディションの最終選考は1期生+bdが取り仕切るんだから、お前の出番はそっからだ。どんなヤツらが最終まで残るのかは、最後まで楽しみにとっとけ」
「別にどんな人が残るのか知りたいから手伝うって言ってるんじゃないんだけど。大変そうだから手伝うって言ったつもりだったのに」
「分かってる、気持ちだけ受け取っとく」
「まあいいけど、変なの残したら全員最終で落としてやる」
なんて不穏なことを言いながら、瑠璃はさっさと家路についた。
折角事務所に来たのだからここで配信してけば良いのに、忙しいヤツだな。
「しかし変なヤツは全員落とす、か」
「カカカっ、ヘタしたら最終センコウでゼンイン脱落しそうアルネ」
愉快そうに笑う蘭月に対し、俺は渋い顔で対抗する。
現状1次選考を通過させている応募者は、揃いも揃って曲者揃いの様相を呈していた。
やれ大統領の娘だの、やれ自称忍者だの、やれ刀鍛冶だの、それと自称忍者と、自称宇宙人と、剣術家や刀鍛冶とかプロゲーマーとか帝王とか魔王とか覇王とか呪術師とかデビルハンターとか忍者とか、そんなのばっかりだ。
「……色物選びすぎだな」
「2次センコウと3次センコウで減ラセバいいカラ、モーマンタイアル」
「ってか忍者が3人も通過してるのはなんなんだよ。いや、1人は俺が通過させたヤツだけど」
「もう1人は私アル」
「もう1人は俺だぜ」
俺と蘭月とフランクリンの3人が、それぞれ別々の自称忍者を通過させていたらしい。
この手の奴らはデビュー後もどうせ忍者キャラでロールプレイしたがるだろうし、2次と3次で忍者の数は1人になるまで減らすとしよう。
■
「ニンジャ……ってのは、アレか? 前の誘拐事件の時に、邪魔をしてくれたヤツのことか?」
誘拐犯のボスは、俺の回想を遮って忍者について問い質してくる。
そこまで知っているのなら話は早いな。
「ああ、そうだ。察しが良いな」
「今回お前らを誘拐するにあたって、一番の障害となり得たのがそのニンジャだった。だが今日は一緒じゃなかったようで助かった」
「……」
本当は呼んでたんだがな。
タッチの差で誘拐犯たちが行動を起こす方が早かったせいで、忍者とは完全にニアミスした形になる。
だが、もしアイツが俺達が攫われたということに気付いてくれれば、あるいは……。
俺が誘拐されたにも関わらずずっと冷静でいられるのは感覚がマヒしているからだけではなく、忍者の存在という希望がまだ残っているからだ。
俺が今やるべきことは、助けが来るまで少しでも時間を稼ぐことだ。
キャロル以外の人質には用が無いと言っていた言葉が本当なら、俺とララ子は最悪この場でどうこうされもおかしくない。だからその気にさせないためにも、まだ俺に興味を持っておいてもらう必要があるだろう。
こんなところで死ぬつもりはさらさらない。
瑠璃を取り戻すまでは、何があっても死んでたまるか。
「回想を続けていいか?」
俺が許可を求めると、目を合わせたがらない誘拐犯のボスは明後日の方向を見ながら頷いた。
「ああ、続けてくれ。だが日常風景はもういらないぞ。俺が知りたいのはあくまでも誘拐事件の描写だからな」
「……分かった。と言っても、さっきの回想の直ぐ後に事件は起こるんだけどな」
「ほぅ」
「事務所でオーディションの応募者についてスタッフと話していると、誰かのスマホが鳴り出した。スタッフのフランクリンのスマホだった。着信の相手は――そこで椅子に縛り付けられている大統領の娘だった」
「ああ、つまりその着信が誘拐犯からの通話だったってことか」
「そうだ。というワケだから、さっきの続きから詳細な回想に入らせてもらう」
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