こんな状況で回想を!?
黒ずくめの男達に誘拐され、車で移動すること数十分。
一体何処まで連れて行かれるのかと不安になっていると、不意に車が停車する気配があった。
「来い」
服を掴まれて否応無しに車を降ろされる。
抵抗しても痛い目に遭うのは分かっていたので逆らわずにされるがまま従っておく。
近くで2人分のモゴモゴ声が聞こえたので、恐らくキャロルとララ子も一緒なのだろう。
USAの店長が無事なのかも気になるが、今は他人の心配よりも自分の心配をするべきなんだろうな。
とはいえ、いきなり穏やかじゃない集団に拉致されたにも関わらず、割と俺は冷静に状況を俯瞰している。昨日から非現実的なイベントに連続して巻き込まれているせいだろうか。感覚が完全にマヒしてるのかもしれない。あんまり良くない兆候だな、危機感の欠如は。
「歩け」
さっきから2文字で命令してくる男の指示に従い黙って歩く。
目隠しのせいで何も見えないので、誘拐犯たちに引っ張られるがままにだが。
潮の臭いがする。あと波の音も。
何処かの港か? 随分とおあつらえ向きな場所に運ばれたな。
どこかの建物に入る気配と、シャッターの閉まる錆び付いた音。
あんまり想像したくないが、ひと気のない港の倉庫的な場所なのかもしれない。
などと自分の現在地を把握しようと努めながら歩いていると、誘拐犯たちに乱暴に椅子に座らされた。そしてダクトテープらしきもので足を椅子に固定される。両手は後ろ手にグルグル巻きだ。こりゃ逃げようがねえ。
「目隠しを取ってやれ、それと口も利けるようにな」
と、誘拐犯らの間で指示が交わされ、次いで俺の顔を覆っていた目隠しや猿ぐつわが外される。
薄暗い。やはり何処かの倉庫内だったようだ。
俺の両隣にはキャロルとララ子が、俺と全く同じ感じで椅子に縛り付けられている。
「2人とも大丈夫か?」
「ええ、人生2度目の誘拐を味わって、他人に命を握られてること以外は大丈夫よ」
「おかわり食べそこなったぞ……」
とりあえずは2人とも怪我はしていないようだ。
或いはこれから怪我をさせられるのかもしれないが。
「で、俺達はなんで誘拐されたんだ?」
俺は唯一自由な首を動かし、正面に立っている男を睨み付けた。
誘拐犯は視界内に複数人居るが、俺の正面に居るその男だけが、覆面を外して椅子に座っていた。恐らくはコイツがボスなのだろう。そういう風格がある。
見た目からして外国人。
青い瞳に、金髪のオールバック。
顔はハリウッド俳優かってくらいのイケメンだが、表情は死んでいる。瞳にはハイライトがなく、いかにも人を沢山殺してますって感じの目をしている。実際殺してるのだろうが。
そのボスらしき男は、サバイバルナイフをチラつかせるように手慰みにしながら、ジッとこちらの様子を窺っている。
「……何が目的なんだ?」
質問に対する答えがなかったので、一応もう一度質問を重ねてみる。
するとボスは、わざとらしく溜息を吐いてがっくりと頭を垂れた。
「俺達の雇い主は、キューブを欲しがっている」
そして気怠そうに要求を口にする。
狙いはキューブか。まあ、そうだろうな。
「今キューブは手元にない。というか国内にもないんだが」
「知っている、知らないはずがないだろう」
ボスは顔を上げ、今度は背もたれに思いっきり背中を預けながら天井を見上げる。
「前回のヤツらが失敗して、それで俺達が寄越されたんだ。事情は全部把握している。そんなのは当然だ」
「やっぱり前のヤツらの仲間か」
「仲間ではないが……まあ、仲間みたいなものか。どうでもいいな、やめようこんな話」
ボスはダウナーな様子で何度か溜息を吐き、それからようやく顔を前に向けた。
目が合う。普通に怖い。だが先にそっぽを向いたのはボスの方だった。
あまり目を合せるのは得意ではないらしい。
「お前らは人質だ。お前ら、というかそっちの女がな」
ボスが目を合せないまま、キャロルの方を指差して言う。
「合衆国大統領の娘だ。人質としては、まあ有用だろう。そんなのがフラフラ日本をブラついてるんだから、誰だって誘拐する。そうだよな?」
「主語がでけえな、誘拐なんてすんのはお前らみたいなヤツらだけだろ」
「ははは、言えてる」
渇いた笑いを挟んでから、ボスは俯いてコンクリートの床をジッと見据えた。
「人質は大統領の娘だけでいい。この意味が分かるか?」
「俺とララ子は解放してくれるってことか?」
「お前面白いな」
「真顔で褒められると怖いんだが」
まあ、解放はしてくれないだろう。
じゃなきゃわざわざ攫ってきた意味がない。
考えられる可能性としては、見せしめに痛めつけられたり、或いはもっと悪い目に遭わされるかだ。
「アメリカは脅しには屈しないわよ」
キャロルが毅然とした態度で人質など無駄だと告げる。
ボスはナイフで自分の指先をチクチクと突っつきつつ、キャロルの言葉を鼻で笑った。
「はっ、お前のパパがお前を溺愛してることは周知の事実だ。羞恥の事実とでも言い換えた方が良いか?」
「日本語上手いな」
「ありがとう」
「Mr.代表、テロリストと馴れ合わないで。親し気に接して取り入ろうとするのは、彼らの常套手段よ」
「彼ら、なんて一緒くたにして語るな。俺は俺だ。気分で会話してる。この会話だって俺の趣味みたいなものだ」
「良い趣味してるわね、クソ野郎」
「口が悪いな大統領の娘。お前みたいなのは嫌いだ。おい、コイツの口を塞いでおけ」
キャロルに猿ぐつわが嚙まされる。
あまりボスの機嫌を損ねない方が良さそうだ。
せめて口だけでも自由でいたい。
「俺はお前に興味があるんだ、FMKの代表」
「え、なにそれこわい」
誘拐犯に興味を抱かれるような真似はした覚えがない。
ボスは顔を横に向けながら、横目で俺をギリギリ視界に捉えて来る。
「変な意味じゃない。お前の下には曰く付きの人間がどんどん集まってくる、そこの大統領の娘みたいな変わった経歴の人間が沢山な。だから興味を持った。それだけだ」
「あんま嬉しくない評価だな。それに今は折角集まった仲間が離れて行ってる真っ最中だ」
「それはお前のせいじゃないだろう。例えばあの金髪のメイドとチャイナ服、それからキューブの中にいるAI。彼女たちが今お前の近くに居ないのは、前回の誘拐事件で色々と問題があったからなんだろ?」
どこまで調べてるかは知らないが、少なくとも前回の誘拐事件周りのことは完璧に把握しているらしい。
「そうだよ、お前らのせいでトレちゃん達はVTuberを休止させられてるんだ。とんだ営業妨害だよ。どうしてくれる?」
「俺に言われてもな……前回の誘拐は俺じゃないし。だがまぁ、そうだな」
ボス格の男は、おもむろにナイフを締まって代わりにスマホを取り出した。
そしてスマホのカメラロールにキャロルの写真を収める。
「大統領閣下からの返事があるまで、前回の誘拐について詳しく聞かせてくれないか?」
「事情は把握しているとか言ってなかったか? 今更俺から話を聞いてどうすんだ?」
「書類上の報告には目を通しているが、当事者から話を聞いたことはないからな。それに……まあ、俺の趣味だよ。気に入ったヤツの話を聞くのは。単なる暇潰しだと思ってくれていい。お前だって猿ぐつわされたまま、ジッと命運を祈るのはイヤだろ?」
それは確かにイヤだが……だが今ここで回想するのか……。
なんか予定とは大分違う時と場所と状況での回想になるが、仕方ないか。
「分かった、じゃあ前回の誘拐事件の回想をしてやる。詳細にな」
「ああ、頼む」
おかしな状況だが、俺は気にせず数時間ぶりの回想を始めることにした。
「あれは10月末のことだった――」
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