一時帰宅

「Mr.代表、いつまでそうしてるのかしら?」


 どれくらい座り込んでいたのだろうか。

 時間にして10分くらいか?

 

 急かされるほど長時間座っていたつもりはない。

 もう少しくらい放っておいて欲しいというのが正直な意見だったが、こうやって現実逃避していても状況が何も好転しないだけは確かだ。時間は何も解決してくれない。それどころか、時間が経てば経つほど厄介になる問題だってある。


 顔を上げ、ブリッジを見渡す。

 どうやらブリッジに残っているのはキャロルと俺だけらしく、鞍楽とララ子は何処かに行ってしまったらしい。あと黒王号も。


「今何時か分かるか?」


「さあ? 私のスマホも時計も、密林の屋上に上がる前に預けてそのままだから、時間が確認出来ないわ。ここには時計もないみたいだし」


「携帯はあとで回収しに行かないとな。素直に返してくれると良いんだが」


「そうね。まあ、正確な時刻は分からないけれど、陽が昇ったばかりだから、早朝なのは間違いないわね」


「だな」


 北巳神に腹パンされてから、不覚にも長時間気を失ってしまった。

 お陰で頭は冴えているが、骨が逝ってるらしい脇腹辺りが滅茶苦茶痛い。

 もうちょっと手加減してくれればいいものを。北巳神のやつ、キャンプの時に蘭月にぶん殴られたことを根に持っていたのかもしれない。だがナイフで首を掻っ切られなかっただけ温情か。


「いってぇ……宇宙の謎技術で骨くっ付けられねえかな」


「出来るかもしれないけど、私はオススメしないわ。流石に得たいが知れなさ過ぎるもの」


「それもそうなんだけど、せめて鎮痛剤くらいは欲しい。つーか病院行きたい」


「それには船から降りる必要があるわね。ララを呼んでくるわ」


 キャロルが一旦場を離れる。

 少しして、ララと鞍楽を伴って戻って来た。


「骨くらい船の設備でくっ付けられるぞ! ちょっとお腹を開く必要があるけど!」


 痛みを訴える俺の声を聞いたララ子が、眩いくらいの笑顔で恐ろしい提案をする。

 宇宙人に解剖されるのはご遠慮願いたいので、それは謹んでお断りさせていただく。


「船から降ろしてくれたらそれでいいよ、人体実験はまた今度な」


「ちぇー。じゃあどこに降ろせばいいんだぞ? 地球上のどこにでも降ろしてあげられるぞ」


 なんなら別の惑星にでも行けそうだったが、宇宙旅行はまた別の機会にとっておくべきだろう。今は遠出する気分じゃない。


「FMKの事務所に降ろしてくれ」


「ほーい」


 ララ子が操縦席に座って、ポチポチと無駄にいっぱいあるボタンやらレバーやらを操作する。

 そして一瞬グラっと船が揺れて、


「着いたぞ。今事務所の真上を飛んでるぞ」


 あっさり目的地に到着した。


 ■


 宇宙船から降りる時は、謎のワープ装置みたいなので地上まで一瞬で転送してくれた。

 屋上でアブダクションされた時と同じで降り注ぐ光の中を通って来たらしく、地上ではそれなりに騒ぎになっていたが、誰もまさか宇宙人の仕業だとは思わないだろう。


「宇宙船はステルスモードで上に待機させてるから、誰にも見えないぞ!」


 とのことなので、宇宙船が見つかる心配もなさそうで安心した。


 そんなこんなで数時間ぶりに事務所に帰宅。

 当然だが、事務所は出た時同様、誰も中に居なかった。

 もしかしたら一鶴が戻って来ているかもと、ほんの僅かに期待していたのだが、残念ながらそれは叶わなかったようだ。


 少し気落ちしながらも薬を探す。

 常備してある救急セットの中から鎮痛剤を飲んで、それでようやく痛みが和らいだ。


「それでこれからどうするの?」


 どうしようか。

 わざわざ密林まで赴いたが、結果だけ見れば何も捜査は進展していない。

 分かったことと言えば、密林には半裸の変態がいるってことくらいなものか。


 有栖原とジャングルキングは、瑠璃が卒業した件も含めてFMKに手出しはしていないと言っていたが、あの言葉をどこまで信用していいのかは微妙なところだ。まだ容疑者リストから外すのは時期尚早といったところだろうか。


 それに……そうだ、タイムリミットがあると言っていた。


「有栖原がタイムリミットがどうとか言ってたのを覚えているか?」


「ええ、勿論」


「FMKが陥ってる状況は、時間が経てば取り返しが付かなくなるってことだろうが、それを知ってる時点で有栖原たちは何らかの情報を握ってるってことだよな」


「そうなるわね、=犯人になるかどうかはともかく」


「だとしたらアイツらから情報を聞き出すのが一番なんだろうが……」


「簡単には口を割ってくれないでしょうね」


「いっそ宇宙船に拉致って、尋問するとかどうだ?」


「そんな怖いこと出来ないぞ!」


 ララ子から直接NGが出たのでこの案はあえなく却下だ。


「だけどもう一度話に行くのは有りかもしれないわね。スマホも返してもらいたいし」


「宇宙船があるから、屋上に乗り込みに行くだけなら簡単だしな……脱出するときもアブダクションしてもらえば良いだけだし」


「あ、ちょっと待って欲しいっす!」


 と、密林に乗り込み直すかどうかを考えていると、鞍楽から待ったがかかった。


「自分、今日学校なんで一回帰るっす!」


「あ、そういや今日平日か」


 曜日感覚が完全になくなっていたが、今日は平日のど真ん中。

 この集まりは自由参加的に始まったので、鞍楽を縛る理由は何もない。

 居なくてもそんなに困らないしな。瑠璃の学校での様子は大体聞けたし。


「学校終わったらまた合流するっす。ララ氏、学校まで送り迎えして欲しいっす!」


「いいぞー」


 宇宙船を送迎に使うな。

 あとどうやら黒王号は鞍楽の同級生だったらしく、このまま一緒に学校まで行くらしい。


 それで鞍楽と黒王号が居なくなって、残ったのは俺とキャロルとララ子の3人だ。


「じゃあ密林にもう一回乗り込む? 今度は空から」


「いや……」


 カチ込みに乗り気なキャロルを俺は手で制した。


「あっちには北巳神みたいのも居るし、下手に乗り込んで制圧されたら今度こそ詰みだ。アブダクションだって、万能じゃないだろ?」


「だぞ。建物の中とかに入られたらアブダクれないぞ」


「北巳神の腕なら、俺程度を建物の中に引きずり込むのは楽勝だろうな」


 そうなれば終わりだ。

 タイムリミットとやらが来るまで俺は軟禁され続けるだろう。


「それじゃあどうするの? 私のスマホ」


「俺に考えがある」


 言って、事務所のタブレットからあるデータを引っ張り出して、俺は固定電話の受話器を取った。


「助っ人を呼ぶ」


「助っ人?」


「忍者だ」


「ニンジャってなんだ? 食えるのか?」


 お手本のようなバカ台詞はララ子のものだ。コイツは宇宙人だし忍者を知らなくても仕方ない。宇宙人のクセに古えのネットスラングを知ってたりするが、どうやら地球の知識に偏りがあるらしい。

 一方キャロルはというと、


「NINJA!? Mr.代表、忍者と知り合いだったの!? ナンデニンジャ!?」


 と、軽いニンジャリアリティショックを発症していた。欧米人は忍者大好きだからね、仕方ないね。

 そんな忍者好きのキャロルには、更なる朗報がある。


「知り合いっていうか、その忍者は2期生オーディションの応募者だよ」


「ええ!?」


「しかもお前やララ子と同じで、ちゃっかり最終選考まで残ってる」


「もうその忍者合格でいいわよ」


「だからそれを決めるのはお前じゃないが」


 合格出来るかどうかは最終選考次第……なのだが、その最終選考の審査員だった1期生達は目下離散中。本当なら明後日には最終選考のはずだったんだがな。このままだと日程通りには進まないだろう。


「あと、キャロルは知らないだろうけど、その忍者は例の誘拐事件にも関わってるぞ」


「え、そうなの?」


「ああ、ついでだし、その忍者も交えて誘拐事件の回想やっとくか。アイツなら俺たちの知らない情報も掴んでるかもしれないし」


「あら、クララが居ない時にその回想やっちゃっていいの? あんなに聞きたがってたのに」


「……元からアイツに聞かせるつもりのなかった話だから問題ない」


 機密事項満載の事件だからな。

 どんな弊害があるか分からないので、おいそれと無関係の一般人には聞かせられない。


「だからクララがあんなにせがんでも別の話に逃げてたの? 酷い人」


「ララは聞いてていいのかー?」


「ララ子はなんかもう存在が機密みたいなもんだしいいかなって」


「急に適当ね」


 ■


 で、忍者に電話を掛けたところ、1時間程度で事務所に来ると返事があった。

 それまでやれる事もないので、とりあえず腹ごなしをすることに。腹が減っては戦が出来ないしな。


 事務所下の喫茶店U・S・Aがちょうど開店時間だったこともあり、俺達は軽いモーニングをUSAで注文したのだった。


「この喫茶店はFMK関係者行きつけの店で、瑠璃や幽名なんかはしょっちゅうここでお喋りして時間潰したりしてるんだぜ」


「さ、サンクチュアリじゃないの……」


 キャロルは大げさな感想を言いながらモーニングをぺろりと平らげた。

 だが味の感想は普通だったらしく、可もなく不可もなくといった顔をしていた。


「でもどうして店名がUSAなのに、店内BGMがドイツ国歌なのかしら……」


「俺以外でそこにツッコンでるヤツ初めてみたよ。俺がおかしいワケじゃなかったんだな」


「もしかして、USAってユナイテッド・ステイツ・アメリカの略じゃなくって、全然別の言葉の略称だって可能性はないかしら?」


「ほぅ……新しい観点だな。十分考察の余地はあると思うぜ」


「代表ー、これおかわり頼んでもいいかー?」


「もう5回おかわりしてる気がするけど、あと1回だけならいいぞ」


 そんな感じで比較的のほほんとした時間を楽しんだ。

 色々と疲れる展開が続いたから、やっと一息付けた感じだ。

 だがこうしている間にもタイムリミットとやらが近付いているのだとすると、あまりに暢気すぎる時間とも言えなくもない。


「真面目な話、もし有栖原やジャングルキングの言ってることを信じるとしよう。ヤツらが瑠璃を卒業に追い込んだ犯人じゃないのだとしたら、容疑者は残り2組に絞られるワケだが」


「アメリカか、もしくは貴方の両親かって話よね? やっぱり本命は貴方の両親だと思うわ」


「違う……と言いたいところだが、俺が一番怪しいと睨んでた密林が違うとなるとなぁ……」


「まあ、結局のところ本人に聞くのが一番早いってのが最終結論だと思うわ。そろそろ調べが付いてる頃でしょうし、私のスマホさえ取り返せればナキの居場所は分かったも当然よ」


 そういや知り合いとやらに瑠璃の居場所を調査させていたんだったか。

 そうなると、いよいよ瑠璃との対面ということになる。

 まだ事件解決の糸口も、何が原因だったのかも分かっていないというのに。

 今の俺が瑠璃に会って、一体何を話したら良いと言うのか。


「……何を弱気になってんだ俺は。とにかく話してみないことには、何も解決しないってのに」


「その通りよ、案ずるより産むが易しってやつね」


「どこで覚えて来るんだ、そういう日本語」


「Vの配信」


「あ、そう……」


「ララも地球語はVTuberの配信見て学習したんだぞ」


「そうなんだすごいね」


 とかくだらない会話を繰り広げていると、不意に店の扉がカランコロンと音を立てた。

 もしかしたら忍者が来たのかと思って、視線を扉の方へと向ける。


 忍者は居なかった。

 そこに居たのは、黒ずくめの集団。

 数は全部で6人。覆面で顔を隠しており、明らかに普通じゃない雰囲気だ。


 この光景に既視感を覚える。

 前にもこんなことあったな。

 そうだ、あれは確か10月末の――誘拐事件。


「ヤバイわよ、Mr.代表」


 キャロルが緊張した面持ちで俺の頭を上から押さえつけてくる。

 同時にキャロル自身も頭を下げて、姿勢を低くした。


「アイツら、多分あの時のヤツらのお仲間よ」


「マジかよ」


 まさかこのタイミングで、また誘拐事件が再発しようってのか?

 いや、このタイミングだからか。


 あの時はトレちゃんと蘭月が居たからどうにかなったが、今は俺達を守るものが何もない。

 そこを狙ってきたのだとしたら、最悪だ。

 マズイ、マズすぎる。


「おいおい、あんたら客か?」


 テンガロンハットを被ったアメリカン気取りの店主が、黒ずくめたちに近づいていく。

 黒ずくめたちは顔を見合わせ、それから何かを示し合わせたかのように店主の口を塞ぎ、関節を極めて抵抗力を奪った。そして目にも留まらぬ早さで店主は裏に連れて行かれてしまった。

 なんてこった。


 開店間もない為、客は俺たち以外に居ないのは幸か不幸か。唯一の店員も制圧され、彼らにとっての邪魔者はいなくなった。

 黒ずくめたちは真っ直ぐに、俺たちの座っている席まで歩いてくる。


「付いてきてもらう」


 黒ずくめの男が流暢な日本語でそう言った。

 覆面と、オマケにゴーグルまで装備しているせいで国籍は分からないが、多分日本人ではないはず。

 前の誘拐犯たちもそうだったしな。


「断るって選択肢は?」


 俺が言うと、問答無用と言わんばかりに黒ずくめたちが俺とキャロルを席から引き摺り出す。

 ついでに巻き込まれるララ子。


「まだおかわり食べてないぞ!」


「そんな場合じゃなモゴモゴ」


 猿ぐつわを噛まされて、言葉も動きも封じられてしまった。最悪だ。

 それから目隠しもプレゼントされ、強引に店の外まで引っ張り出される。次いで、店の入り口に横付けしてあったであろう車の中へと押し込まれる。


「出せ」


 そのまま車は発進してしまった。


 まさか俺が誘拐されるとは。

 前回の誘拐事件で誘拐されたのは、一鶴とキャロルだったのに。

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