ワールド・イズ・ノット・イナフ

 俺はよく昔の夢を見る。

 いや、昔の夢というのは語弊があるか。

 何故なら、夢の中に出てくる両親は、俺が見たこともないような優しい顔で笑ったり、仲の良い家族がそうするみたいに俺や瑠璃を抱き締めてくれるからだ。


 だから俺が見てるのは昔の夢などではなく、俺自身が望む儚い願望でしかない。

 こうだったら良かったとか、なんでこうじゃなかったのだろうとか、そういう胸の内に抱えたモヤモヤが俺の夢の構成要素なのだろう。


 今見てる夢も、だいたいそんな感じで俺の願望を忠実に再現している。



 FMKの事務所でみんなが勢揃いしてる。

 みんなってのは、みんなだ。


 FMK1期生の4人。

 一鶴、幽名、トレちゃん、そして瑠璃。


 移籍組の2人。

 奥入瀬さんと、事務所のモニターにはbdも居る。


 あらゆる面で優秀な運営スタッフの3人。

 七椿、蘭月、フランクリン。



 居なくなった仲間達が事務室に集まっていて、いつもみたいにギャーギャー騒いでいる。

 俺は一鶴がまたバカなことを言って周囲を巻き込んで大騒ぎしてるのを見て、呆れながら頭を痛める役回りだ。


『とにかくそろそろ静かにしろ。今日は大事な日なんだから』


 俺がそう注意しても騒ぎは一向に収まらない。

 まあ、こういうヤツらだからな最初から俺も期待しちゃいない。一応注意してみただけって感じだ。

 だから諦めて、苦笑を浮かべつつ手を叩いた。


『オーケー、もう入ってきてもいいぞ。ほら、お前ら、今日から先輩になるんだから後輩の前では大人しく……おい! 早速絡むの止めろよ一鶴!』


 俺が合図すると、新しい顔触れがゾロゾロと事務所に入ってきた。

 数は10人。彼ら彼女らは、FMK2期生オーディションを勝ち残った新しい仲間たちだ。その中にはキャロルや鞍楽、ララ子の姿もある。


 なるほど。

 素晴らしい未来の夢だな。

 正しく俺の願望を忠実に反映している。


 この未来に到達するためには、あまりにも多くのピースが欠けてしまっている。

 どれかひとつ、誰かひとりでも欠けていたら、俺の望む世界は成り立たない。


 だから殊更にハッキリと否応無しに、この光景が夢幻だと理解させられてしまうのだ。そして夢だと理解して尚、俺はここから醒めて現実に戻ることを拒否してしまっている。


 なんで現実は思い通りに事が運ばない?

 俺の望みなんていつだってささやかなのに。

 いつだって俺は、本当に欲しいものを手に入れることが出来ない。


 今度こそはと思っても、いつも何処かのタイミングで現実という名の悪夢に裏切られる。裏切られてきた。今回のこれだってそうだ。


 現実に期待するのは間違いだ。

 やりたいことだの目標だの、そんなもののために頑張ったって、結局いつかは全て徒労に終わる。


 だから俺はあんなにも空っぽに生きていた。

 期待するだけ無駄だから。努力したけどそれが報われなくて、自分が傷付くのがイヤだったから。


 でも、だけど、だ。

 アイツらになら傷付けられても良いと思った。


 一鶴も幽名もトレちゃんも、瑠璃も、アイツらはいつだって俺の現実を滅茶苦茶にしてくれた。

 どれだけ予定を立てても台無しにしてくれるし、想定外の問題を持ち込んでは予想外の着地点に突っ込んで誰も彼もを驚かせた。FMKを設立してから、俺の思い通りに事が運んだことなんて誇張抜きでマジで一度もなかったと思う。


 でも不思議と不快には思わなかった。

 むしろ心地良かったまである。

 現実が思い通りにならないのに、あんなに楽しかったのは初めてだったかもしれない。


 世界を丸ごと手にしたとしても、それだけじゃ満たされない。


 さりとて、望むが望むままにならなずとも、人は幸せになれる。


 それをアイツらは俺に教えてくれた。

 俺はみんなに救われていたんだ。

 

『でももう、目醒めなきゃ』


 夢の中で誰かが言った。

 知らない声……いや、聞き覚えのある声だ。

 だが誰の声だったか思い出せない。


『夢は夢だから。こんなとこに引きこもってちゃダメ』


 誰だ。

 声の主を探して事務室の中を見渡す。

 そして異変に気が付いた。


 2期生の数がひとり多い。

 おいおいこれって……。


『11人いる!』


『お兄ちゃん、絶対それ言いたかっただけでしょ』


 俺の叫びに瑠璃がすかさずツッコミを入れてくれた。

 夢の中でも律儀な妹だ。でもみんなの前では代表と呼べとあれほど……。


『ほら、もう起きなきゃ』


 と、瑠璃に気を取られている隙に、2期生の内のひとりが俺に肉薄してきた。

 いや、コイツは2期生じゃない。

 コイツは……。


『お前は……!』


 腹部に鋭い痛みが走る。

 11人目が持っていたナイフが、俺の腹に突き立てられていた。


『代表ちゃんが悪いんだよ、全部』


 仰向け倒れた俺の上に、11人目が跨ってくる。

 誰も助けてくれない。気付けば事務所には俺とコイツの2人だけ。


『君が私だけを見ないから』


 11人目が何度も何度もナイフを突き立てる。

 痛い、痛い、痛い……!


『死んじゃえ』


 死……。



 ■



「死んでたまるかこのクソがぁ!!!」


「オゥノォオオ!!?」


「……は?」


 馬乗りになってる女を払い退けるつもりで、全力で叫びながら状態を起こした。

 はずだったのだが、伸ばした腕は空を切り、腹にのし掛かっていた重量感はまるで始めからなかったかのように霧散していた。


 ああ、いや、そうか。

 さっきまでのは全部夢か。

 悪夢オチとか最悪な目覚めだな。


 でも起きた直後にアメリカンな女の悲鳴だけは聞こえたような?

 そう思って首を横に回すと、腰を抜かしているキャロルが目に留まった。


「何やってんだ?」


「いきなりのジャンプスケアに驚いてたの」


「ふーん、VTuberになったらホラゲとかやるといいかもな」


「絶対やらないわ、天地神明に誓ってね」


 やたらと難しい日本語を駆使しながらキャロルが立ち上がる。


「おはよう、Mr.代表。体調は?」


「腹が痛い。刺されたのは夢の中だったはずなのに」


「ああ、だからうなされてたのね」


 キャロルが納得したように椅子に腰掛けた。

 真っ白な豆腐みたいな形の椅子だ。背もたれすらない。


 というか、部屋の中のもの全てが真っ白に出来ていた。

 椅子も机も、ベッドも、壁も床も天井も。

 白すぎて目が痛くなる。

 なんだこの部屋。


「おい、何処だここ。なんで俺はこんなとこで寝てるんだ?」


 問うとキャロルは、梅干しを食べた老婆みたいに顔をしわくちゃにして、複雑な心境を在らん限り全力で表現してみせた。

 ……老婆みたいは良くないな、女の子に向かって。


「ここが何処かって? 説明するのは簡単だけど、信じてもらえるかは微妙なところね。この私ですら、未だに自分がこんな場所に居るのが信じられないのだもの」


「何言ってんだ? 悪いが哲学的なのは好きじゃない……っ」


 腹がマジで痛い。

 なんなんだこの痛み……。


「大丈夫? 骨が何本か逝ってるらしいから、安静にしてた方が身のためよ」


「骨ぇ? 嘘だろ、じゃあここは病院か?」


「もっと凄い場所よ」


 とキャロルが言った直後、グラッと建物が大きく揺れた。

 地震……って感じの揺れ方ではない。

 この感じは、


「もしかして乗り物の中、か?」


「正解」


 乗り物か。

 だとしたら船だよな?

 飛行機の中にこんな部屋があるとは思えないし。いや船の中にもあまりなさそうな部屋だけど。


 とか話してる間に少しずつ記憶が蘇ってきた。

 腹の疼痛がイヤな記憶を呼び覚ましてくれる。


「痛ってぇな、クソ。そうだ思い出してきた……この腹は北巳神にやられたんだったな」


 有栖原に密林事務所まで呼び出されて、そこの屋上で半裸の変態と邂逅して、ワケ分からんことを言われたからムカついて帰ろうとしたら北巳神に腹パンされたんだったか。


 そこまでは覚えているのだが、その後どうなったかまでは思い出せない。

 確か空から光が降り注いできて、その光に呑み込まれて何もかも見えなくなって……気が付いたら夢の中だった。


「どうなってる? ここは……有栖原の手配した船か何かか? これから俺たちは魚の餌にされるとか、そういう有りがちな展開になるのか?」


「不正解よ、ただしここが船の中っていうのは当たり」


「答えを勿体つけるなよ」


「驚く顔が見たいだけよ。じゃあ、答え合わせといきましょう」


 キャロルがポケットから小型のリモコンのようなものを取り出した。

 そのリモコンを壁に向け、カチッとスイッチを押す。

 すると壁一面が、消えた。


「なっ!?」


 壁が消え、その向こう側が明かされる。


 空だ。

 遥か遠くに山脈が見えるが、俺たちの視線は明らかにその山より上にある。

 ついでに山の向こう側から朝日が昇るのが見えるが、どうやら俺はそこそこ長い時間眠っていたらしい。だが今はそんなことはどうでもいい。

 大事なのは、この乗り物が飛んでるってことだ。


「船じゃねえじゃねえか!?」


「いいえ、船よ。ちなみにその壁は窓ね、このリモコンでオンオフ可能な」


 キャロルがカチカチとリモコンを弄って壁と窓とを切り替える。斬新な窓だな。外から見たらどう見えるのか気になるところだ。

 じゃなくって、


「待て待て待て、疑問が増えた! ここは飛行船の中ってことか? なんで俺は空で運ばれてる!? 何処の上空だここは!? 有栖原たちはどうなった!?」


「飛行船じゃないぞ!!!」


「!?」


 俺の疑問に答える声があった。

 声の主は、白い壁を蹴り開けて(どうやらそこに扉があったらしい。全部白いから継ぎ目が見えなかった)、元気よく部屋の中に飛び込んできた。


 煌めくほうき星色の髪をした女の子。

 ニコニコ笑顔にチャーミングな八重歯が特徴的な、自称宇宙人の変わり者。


「ここはララの……宇宙船だぞ!!」


 ピカラレリアート・ミラーリン・ララ・ラピスアルマ。

 通称ララ子は、すっかり元気になった姿で、とんでもない真実を俺に明かしたのだった。

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