タイムリミット
捨ておくべき。
半裸の変態の言葉を脳内で反芻し、その意味するところを理解するように努める。
つまりはこの変態野郎はこう言いたいワケだ。
瑠璃とは……瑠璃だけじゃなく、今FMKに居ない人間とは、全員まとめてそのままお別れするべきだと。そういうことなのだろう。
「お断りだ」
一旦ノーを突き付けた上でもう一度、
「お断りだクソ野郎」
怒りに任せて中指を突き立てる。隣でキャロルが口笛を吹いた。
俺の挑発的な態度を受けてもジャングルキングは微動だにしなかったが、代わりに有栖原が地団太を踏んで怒りを露わにした。
「なんて! 無礼な! ヤツなのかしら!」
いつもキレ気味の有栖原だったが、今回のキレ方は当社比2.5倍くらい声を荒げている。
それほど有栖原は、この腰蓑一丁の偽ターザンに心酔しているのだろう。
だがそれがどうした?
こっちだって同じくらいに腹が立ってる。
言うに事欠いて、この俺に妹や一鶴達のことを諦めろだと?
ふざけろ。
「呼ばれたから来てみれば、こんなワケの分からん存在に全部諦めろって上から目線で命令されて、ハイそうですかって頷けるはずねえだろ」
「だったらそう言うだけに留めておけばいいものを! その中指は不要なのよ!」
「双方、控えよ」
ジャングルキングの一言で、有栖原は喉を絞められたみたいに急に声を詰まらせて黙りこくる。
だが俺が同じように黙ってやる義理はない。こいつらには聞いておかなければならない事があるのだから。
「お前らが仕組んだことなのか? 全部」
全部というのは、瑠璃が卒業を宣言したことや、それ以外にもFMKのライバーが同時に休止せざるを得なくなった現状について全部という意味だ。それら全てがジャングルキングや有栖原の差し金だったとしても、もはや俺は驚かない。
コイツらは疑いようもなくFMKの崩壊を願っている。
それは先程の捨て置け発言からも明らかだ。
やはり俺が睨んでいた通り、全てはコイツらの計画……。
「我らは一切関与していない」
だがジャングルキングは自ら堂々と関与を否定してきた。
嘘か実か、俺にはこの変態の証言がどっちなのか見極める術がない。
そんな小賢しい嘘を吐くような器には見えないが、それはあくまでも俺の主観での感想にすぎない。もっと情報が要る。この変態について。
「……そもそもアンタは一体なんなんだ」
「王だ」
「答えになってねえよ」
ジャングルキングからはまともな返答を期待出来そうになかったので、俺は未だに怒ってる様子の有栖原に視線を向ける。
「おい、有栖原。この裸の王様は、お前の雇い主って認識で合ってるのか?」
「……雇い雇われなんてビジネスライクな関係じゃないのよ。アリスと王はもっと深い信頼関係で結ばれてるのよ」
「そこら辺の話について、もっと詳しくお聞かせ願いたいんだが」
「アリス達の過去について、お前に語って聞かせるような話はひとつもないのよ」
「だろうな」
俺は次に北巳神に矛先を向けることにした。
「北巳神、お前はどうなんだ? お前もこのターザンのパクリみたいなヤツに心酔してるのか?」
「私と社長を同じにしないで欲しい。私こそただの雇われ」
「そうか、だったら有栖原よりはまだ信用出来そうだな。そこの王様は今さっき、FMKが陥ってる現状について一切関与していないって言ってたが、それはどこまで信用出来る?」
「それを私に問う意味が分からない。結局信じるか信じないかは貴方次第。時間の無駄」
「無駄でも何でもいいから答えてくれ」
「王は嘘を吐いていない。それは信用していい」
「……そうか、分かった」
どいつもこいつも信用出来ねえ。
それはよく分かった。
だが仮に有栖原とジャングルキングが犯人だったとして、今の俺に何が出来る?
こっちはノコノコと無策で敵地に乗り込んできてしまっている。
あっちがその気になれば、俺達はここから出られない……どころか、最悪ここに骨を埋めることにすらなりかねない。暗殺者もいるし。
スマホなんかも屋上に上がる前に全部没収されてしまっているから、誰かに助けを求めることすら出来ない。そもそもこんな状況で助けになってくれそうな誰かも今は居ないのだが。
「俺達をここに呼んだのは、今の話をするためだけって認識で合ってるか? もしそうなら、もう帰らせて欲しいんだが」
「無論、それだけなはずがないのよ。
ちくしょう、やっぱ罠だったのかよ。
有栖原のやつ、最初からこのつもりで――。
「――タイムリミットってなんのことだ?」
「あっ」
有栖原が一瞬しまったという顔をしながら、ジャングルキングの方をチラ見した。
ジャングルキングは無反応だったが、有栖原の態度からして何か口を滑らせたのは間違いないだろう。
「タイムリミットって何の話だ?」
「アリスは何も言ってないのよ」
「言ってたっす! 自分も聞いたっす!」
「黙るのよ!」
まあ有栖原はこれ以上何も言わないだろう。
だから勝手に考察させてもらう。
有栖原は俺達をここから出したくない。
それは俺達にFMKを元通りにされてしまうと困るから。
でもタイムリミットが来れば出しても構わないとも考えている。
つまり、タイムリミットが来てしまえば、俺達がどう動こうとも、もうFMKは元に戻らないと有栖原は考えているとも受け取れる。
「もしかして……俺達には時間がないのか?」
「知らないのよ!」
「いや、嘘だ。やっぱりお前たちは何か知ってて隠してる」
犯人かどうかはともかくとして、恐らく有栖原たちは俺達よりも遥かに多くの情報を握っているに違いない。だから先手を打ってきたのだ。俺が余計なことをしてしまう前に。
そうと分かったらこんなところでグズグズしていられない。
「悪いが帰らせてもらう」
「させないのよ、北巳神!」
有栖原の号令に従い、漆黒の暗殺者が瞬間移動した。
気付けば俺の眼前に。この光景は、いつぞやのリフレインだ。
「全て終わるまで眠ってて」
やっば……!
またこのパターンかよ……!
幸いにも北巳神に殺意はないらしいが、そんなのはこれから起こる事象になんの影響も与えない。
今回ばかりは誰も助けに来てくれない。
北巳神の拳が俺の腹部に突き刺さる。
肺の空気が強制的に全部吐き出され、骨が何本か致命的な悲鳴を上げた気がした。
足が地面から離れ、そのまま後方へとゴミクズみたいに吹っ飛んでいく。
あんな華奢な見た目なのにパワーはゴリラかよ……!
多分蘭月やトレちゃんほどではないのだろうが、それでも鍛え方がそこらの人間とはまるで違うってことか。
「Mr.代表!」
「代表さん!」
「全員動かないで」
キャロルと鞍楽が俺を助けようとしてくれたっぽいが、北巳神に動きを封じられたのだろう。誰も俺を助け起こしてはくれなかった。
今の一撃でもう俺はほとんど瀕死みたいなものだ。
ちくしょう……暗殺者ならもう少しスマートに意識を刈り取れよ……こっちはインドア趣味の一般人だってのに。
「北巳神……頼むから……」
俺は這いつくばった姿勢から、藁にも縋る想いで北巳神の顔を見上げる。
相手は無慈悲な暗殺者だ。こちらの要求だの命乞いだのを聞いてくれるはずがない。
これはただの時間稼ぎだ。こうしている間に、なんとか打開策を……。
いや、現状を打破出来る策などあるはずもない。
ここに来てしまった時点で詰んでいたようなものだ。
俺は選択を誤った。
ここに来たこともそうだが、もっと前から選択を間違えていた。
どこでだ? それが分かれば苦労はしない。
でも今でも絶対の自信を持って間違ってなかったと言えることがある。
それは、FMKを作ったこと。
そして、瑠璃や一鶴、幽名やトレちゃんをFMK1期生として迎え入れたこと。
それだけは、例え世界中を敵に回したとしても、絶対の絶対に誰にも否定させたりはしない。
「――なに?」
北巳神が困惑する声が耳に届いた。
なにが起きたのかは分からない。
分かったのは、北巳神が空を見上げていたこと。
それと、直後に天から光が降り注いできたことだけ。
「な、なんなのよこれは! 我が王!」
有栖原の悲鳴じみた声が最後に聞こえ、そこで俺の意識は光に呑まれて――消失した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます