代表と社長と密林の王者……それと有象無象

 どこぞの熱帯雨林から一部をそのままコピペしてきたのではないかと思うようなグリーンヘルズビルの屋上の有様に、俺達はただただ異様な空気に呑まれて圧倒されてしまっていた。


 一体何の目的でビルの屋上に熱帯の原始林を再現したのか。

 疑問はその一言に尽きるが、答えを知ってるだろう有栖原はさっさと背中を向けて歩き始めてしまっていた。


「こっちなのよ、グズグズするなのよ。あとここで逸れたら身の安全は保障出来ないのよ」


 有栖原の警告の後直ぐに、何処かで獣の唸り声が聞こえて来る。

 近くの茂みがガサガサと音立てて揺れ、また別の場所から何かが通り過ぎる気配がした。


「大人しく付いていった方が良さそうね」


「それかこの屋上を去るか、だな」


 反骨心から無理矢理2択を絞り出したが、結局俺達は有栖原の後を追いかける。

 ご丁寧にも足元までジャングル仕様で、土と草が屋上の床を覆い隠していた。お陰でちょっと歩きづらいが、俺達が歩いている箇所は地面が踏み固められているので、足を取られるほどではない。しかし踏み固められているということは、それなりに人の出入りが頻繁にあるということなのだろう。


「なあ、ここはなんなんだ?」


「王の居城なのよ」


 珍しく質問に答えてくれたが答えになっていない。

 でも折角のなので別の疑問も解消しておこうかな。


「なんでここはこんなに明るいんだ? 今は夜のはずなのに、昼間と同じくらい明るい……っていうかよく見たら上に太陽が見えるんだけど。おかしくね? やっぱここ異世界?」


「だーっ! うるさいのよ! ここは常に昼間と同じ明るさを再現してるのよ! 空が明るいのはただの映像! プロジェクターによる投影なのよ! 最新のホログラム技術の応用で、空間に直接映像を映してるのよ! ちなみに外からは普通のビルの屋上に見えるよう映像を流してるのよ! 他に質問は!?」


「お、おう、ありがとう。もう質問はいいよ」


「フンッ! なのよ!」


 質問攻めにされる前に全部自分から答えていくスタイルで返された。

 まあ、なんでわざわざコンクリートジャングルの直上にジャングルを完全再現してるのか、一番気になるその理由を教えてくれてないのだけれども。


「……っていうか、キャロル」


「なにかしら」


「近くない?」


「っ!」


 キャロルはほとんど俺にしがみ付く形で隣を歩いている。

 歩きづらいし、なんとなく気まずい。


「もしかして怖いのか?」


「だってここ異常じゃない!」


 怖いらしい。

 傲岸不遜で恐れ知らずかと思ったが、大統領令嬢は案外ビビリらしい。

 そういや例の誘拐事件の時も、キャロルが足を引っ張っていたって話を聞いていたっけ。鞍楽に誘拐事件を語る時がちょっと楽しみだ。


「着いたのよ」


 とか話していると、目的地にあっさり到着した。

 位置的に屋上の中心部分だろうか。密林の草木に阻まれてイマイチ座標が不明瞭だが、自分の空間把握能力を信じるならば位置的にはそのくらいだと思う。


 そこに、石造りの祭壇のようなものが存在していた。

 ピラミッド状に高さのある石の祭壇……いや、玉座・・は、苔と蔦で装飾されており、細部に至るディティールまで実にそれっぽくなるよう作られている。


 そしてその玉座には、何者かがどっしりと鎮座していた。


 顔は……ちょうどジャングルの草が邪魔で顔が見えなくなっている。

 体つきは筋骨隆々。恐ろしいことにフランクリン以上の体格と骨格だ。

 体格から恐らく男だということだけは分かる。


 というか、上記の情報は割とどうでもいい。

 最も大事なのは、玉座の男が半裸だということだ。

 腰蓑のようなものは身に付けているが、それ以外の現代人らしい衣服を男は一切身に纏っていなかった。


 やばい、コイツは色んな意味でやばい。

 どうリアクションを取るのが正解なのか反応に困る。


「遅れてしまって申し訳ないのよ、我が王」


 眼前の半裸に俺達が盛大に困惑していると、有栖原がその半裸に向かって慣れた動作で片膝を付いて頭を下げた。


 うっそだろお前。まさかこれがお前の言ってた我が王なのかよ。

 とは流石の俺も口に出せなかった。それほどまでに、玉座の半裸が放つ威圧感と存在感は異様だったからだ。

 黒王号だって怯え切って「くぅ~ん」とか言っちゃってるし。馬から犬になっちゃった。


「申しつけの通り、連れて来たのよ。コイツが」


 と、有栖原が俺を指差す。


「FMKの代表なのよ。他の連れは、まあ気にするほどでもない有象無象なのよ」


「聞き捨てならないわね」


 有栖原の発言にキャロルが即座に噛みつく。

 この状況でも噛みつけるとは、流石のプライドの高さだ。

 俺だったらとりあえず聞き流しちゃうぜ。


「親の七光りの次は、有象無象ですって? 言ってくれるわね、ドワーフチビの分際で」


「ド……! お前、ただじゃおかないのよ!」


 スラングで身長をバカにされ、煽り耐性のない有栖原が我を忘れて勢いよく立ち上がる。

 直後、



「 鎮 ま れ 」



 地の底から響くような重い声が、ジャングルにリバーブした。

 有栖原が慌てて再び頭を下げる。

 俺やキャロルは動けなかった。


「し、失礼したのよ。でもコイツらが……!」


「些事だ」


「う……分かったのよ」


 あの有栖原が、跪いて言いなりになっている。

 その光景だけで十分だった、あの都市伝説を信じるのは。


 間違いない。

 この玉座に座る半裸の巨漢こそが、密林配信を裏から操っている真の黒幕なのだ。


 それを証明するように、有栖原が玉座の左側に控え、黙ってついて来ていた北巳神がその逆側に当然のようにポジションを取る。


 密林配信社長と、お抱えの暗殺者兼VTuber。2人の腹心を従えた密林の王――ジャングルキングは、しばし沈黙して何も語ろうとはしなかった。だが視線が俺に向けられていることだけはなんとなく分かった。顔は見えないはずなのに、俺は文字通り蛇に睨まれた蛙のように身動きひとつ取れない。無駄口ひとつ叩けない。なんなんだ、この存在は――。


「FMK代表……もしくはビリオンズ・プロジェクトの被験体」


 唐突に、ジャングルキングが何事かを口走る。

 FMK代表とは俺のことだが、ビリオンズなんたらってのはなんだ?

 確か以前にも有栖原が同じ単語について俺に聞いてきたことがあったが、そのよく分からんプロジェクトの被験体だって言ってるのか? 俺が?


「なぁ、ビリオンズ・プロジェクトってのは……」


「まだ王が喋ってるのよ、口を慎むのよ愚かな道化師」


 質問を有栖原に遮られた。

 ムクムクと反骨心がうずいて来るが、ここで騒げばそれこそ道化師っぽくなってしまいそうなので、とりあえず静かにしておくこととする。別にジャングルキングにビビってるワケじゃないので、そこんとこヨロシク。


 しかし待てど暮らせど、なかなか王は言葉を発して来なかった。

 さっき喋ってる途中とか言ってた割には、次の発言まで随分と勿体付けてくれる。

 なんだよこの間は。


「貴様は」


「あ、やっと喋ったっす」


 王がようやく口を開いてくれたのに、それに被せるように鞍楽が突っ込んでしまった。

 神をも恐れぬ狂人かよ。狂人だったわ。


「そこのお前! 不敬なのよ! 黙ってるのよ!」


「鞍楽、頼むから一旦狂人ムーブやめような」


「らじゃっす!」


 本当に分かってんのかどうか分らんが、とにかく鞍楽はお口にチャックをしてくれたらしい。

 そして再び長い沈黙が始まる。


「いや、もっかいここからかよ!」


「お前も黙ってるのよ!」


「やべっ、ついツッコんじゃった」


 だってもう一度タメから入るとは思わないじゃん。

 そりゃ誰だってツッコミを入れるだろ。


 というかこの場に一鶴や幽名が居たらどうなってただろうか。

 多分ツッコミすぎて一生話が進まなくなっただろうな。

 勿体ない。


「FMK代表」


 もう一度たっぷり間を空けたジャングルキングは、俺への呼びかけから発言を再開する。


「貴様は、これ以上余計な働きをするべきではない」


 そして、偉そうに俺に何事かを指図してきた。

 何もするなと、そう言ってきたのだ。


「貴様の下を去った者達は、そのまま捨て置くべきだ」


 言ってる意味が分からない。

 飲みこめない。


「貴様の愚かな妹を含め、あの者達は安定した世界にいらぬ災いを引き寄せる災禍の種である」


 故に、と密林の王が言った。


「捨て置くべきである」

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