語り手は騙り手なのか?

「途中まで良い話っぽさあったのに、オチに『でもナキはいなくなった』って付けて台無しにするの良くないわよ」


「名言の最後に『全裸で』って付けたら台無しになるみたいな感じっすね」


「その例えは良く分からないけども」


 現実を思い出させたのが不快だったのか、キャロルと鞍楽の反応はあまりよろしくなかった。

 俺だって話のオチにナキが居なくなることを持ってくるのは不本意だった。

 それでも常にそこを念頭に置いて話していかなければ、何が何やら何のための回想なのか分からなくなってしまう。必要悪だったのだ。


「鞍楽、ひとつ質問していいか?」


「なんすか? プライベートなことは自分NGっすよ」


「今話した、料理対決配信があった日の翌日の、学校での瑠璃の様子はどうだった?」


「ん? 瑠璃氏っすか? どうって言われても………………あっ、ドムガル案件終わってからは、いつもよりずっと不機嫌な日が続いてたっすけど、料理対決以降はいつもの調子に戻ってた気がするっすね」


 料理対決以降は、精神面での不調もちゃんと解消されていたようだ。少なくとも幽名との間に生じていたわだかまりは、この後に起きるナキ卒業の原因じゃない可能性が高い。鞍楽の相手を見る目が確かなら、だが。


 となると、ここまでの話はナキが卒業を決める動機とは無関係……なのだろうか。

 料理対決配信が終わってからも、ナキアンチは変わらず活発だったし、やはりそっちが原因なのか? 叩かれ続ける現状に心が耐えきれなくなって卒業した? 確かにそれなら理由としては尤もらしい。が、その程度でナキが夢を諦めるような道を選ぶはずがないというのは、俺が誰よりも知っている。アイツはそんなことでは絶対にVを辞めない……はずだ。


「Mr.代表」


「ん……なんだ?」


「考察するなら口に出して欲しいのだけれど。私達、一応一緒に同じ謎を追っている仲間なのだから」


「ああ、それもそうだな、悪い。ナキが居なくなった原因について考えてた」


 つい頭の中だけで考え込むのは悪いクセだな。

 もう少し周りと考えを共有しておくべきか。特に今は。


「私はやっぱり、彼女の両親が原因だと思ってるわ」


「だから言ったが、ナキの親が原因だったなら、俺が放置されてるのはおかしいんだって」


「それはMr.代表の主観では、でしょ? ナキのご両親が実際どう思ってるかなんて、本人以外は誰も知り得ないのじゃなくて?」


「全部分かってる上で、あの人たちは俺を見逃してると?」


「見逃してるというか、見捨てられたのかも。可能性としてはあり得ると思わない?」


 それはあの人たちのことを知らないから、そんな事が言えるのだ。


「ない」


「そう……まあ、Mr.代表がそう言うのなら、もう何も言わないわ。どうせ直接会えば直ぐに何もかも分かるのだから。……チッ」


 キャロルがスマホを見ながら舌打ちをした。

 どうやら瑠璃の行方を調べるのは、思いのほか時間が掛かっているらしい。


「自分、全然話についていけてないんすけど! ナキ氏の両親ってなんの話っすか!」


「気にしなくていいぞ。それより鞍楽はどう思う? ナキの卒業した理由について、ここまでの情報で何か気付いたことはないか?」


「うーん、そうっすね……やっぱナキアンチが原因なんじゃないんすか?」


「だがナキは、Vを絶対に辞めないという不屈の意志を持ってる人間だ」


「でも実際辞めてるじゃないっすか」


「いやまあ、そうだけど」


「全然不屈じゃないっす。矛盾っす」


「……」


 鞍楽に論破されてしまった。

 が、直ぐに俺は気を取り戻す。


「そうだ矛盾してるように見えるな。だが、不屈の意志を持っていても道を諦めざるを得ない状況ってのがあるだろ。ベタだけど、陸上の選手が足の怪我が原因で走るのを諦めるみたいな」


「じゃあ声帯が焼き切れて喋れなくなったとかじゃないっすか。それならもうVとしては致命的っす」


「電話で卒業するって言って来てるんだが」


「そもそも、ナキ氏が不屈の意志を持ってるって前提が間違ってるんじゃないんすか?」


 前提が間違ってるだと?

 コイツは俺が瑠璃に対する見方を間違ってたって、そう言いたいのか?

 いや、鞍楽は瑠璃=俺の妹だってことは知っていても、ナキ=俺の妹だって事を知らない。知っていれば同じことは口が裂けても言えないだろう。


「じゃあこうしよう。例えば瑠璃がVだったとする」


「瑠璃氏はVなんすか!? ただのアルバイトスタッフだったはずでは!?」


「例えばつったろ。で、俺は瑠璃のことは誰よりもよく知ってる、兄だから。ここまではオーケー?」


「っす」


「よし。で、瑠璃はナキと同じくらいの不屈の意志を持ってると俺が証言したとする。その前提で瑠璃がナキと同じようなシチュエーションに陥ったとして、あの瑠璃がアンチ程度に屈して卒業を決めると思うか?」


「普通に思うっすけど」


「なっ……!?」


「そんなに絶句するようなことっすか?」


 いや、するだろ。

 だって俺は瑠璃のことならなんでも知ってるんだぞ。

 その俺が瑠璃はアンチに心折られるはずがないと言ってるんだ。

 だから俺は、キャロルがそう推理したように、瑠璃が居なくなった原因は外的要因によるものだと決め打ちしていたのに。


「本人の心は本人以外知り得ないって、さっきキャロットも言ってたじゃないっすか。だから普通に代表が瑠璃氏のことを見誤っていたとしてもなんら不思議はないと思うっすけど」


「そうね、実は問題の焦点はそこにあるのではないかしら」


 鞍楽の説に便乗するように、キャロルが推理を展開していく。


「まずここまでの回想についてだけれど、基本的な描写は全て語り手の主観によって構成されているだけで、事実とは異なる点が含まれている可能性が大いにあると私は思っているわ」


「俺が嘘を吐いてるって言いたいのか?」


「意識的にせよ無意識にせよ、思い出話ってのは自然と捻じ曲がるものよ。人間の記憶っていうのは曖昧に出来てるから。動画でも撮ってない限り、確かな真実は何も残らない。そして、人の心の内なんてものは、動画にすら残らない」


 キャロルが俺の目を覗き込んで、言う。


「相手が何を考えているのかなんて、本当のところは誰にも分かりはしない。それは例え肉親だろうと兄妹だろうと同じことよ」


「だが長年の付き合いで推測くらいは出来る」


「でもそれがもし外れていたら?」


「俺は外さない。妹のことは俺が一番良く分かってる」


「……その思い込みが、Mr.代表の語る回想の、一番の危険な部分ね。こと家族に対する心情部分には、強烈な補正が発生する。そう念頭に入れて聞く必要があるわ」


「言ってろ」


 俺は心のどこかでキャロルの言葉が正論であると自覚しながらも、それが尚更面白くなくて目を瞑って暗闇の中に逃げ込んだ。


 俺が間違っていたのか?

 瑠璃は本当はアンチに心折られたのか?

 それならそうと言ってくれれば……いや、瑠璃の性格なら言うはずがないか。


 その証拠に、料理対決からナキが卒業するまで、一度たりとも瑠璃が俺に何かを相談してくることはなかった。


 そして俺も料理対決以降は、どうせ瑠璃ならもう大丈夫だろうと、アンチに関する話題を振ることはなくなっていた。


 もしそれが一番の間違いだったのだとすれば、本当に俺はどうしようもない。

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