【オフコラボ】FMK1期生で料理対決!【ナキ/幽名/小槌/☆】#3

 その後、一通りのルールやらなんやらを説明してから、早速調理に入ることとなった。


「えっと、それでは両チームとも持ち場についてください」


 先程まで進行を務めていたナキに代わって、調理中は琴里がマイクを握ることになる。

 琴里には1時間程度は場を繋いでもらうことになるが、トーク部分は密林の面々も助けてくれるだろうし心配はいらないだろう。御影星なんかも楼龍ほどではないが、琴里のことを気に掛けているらしいと小槌から聞かされてるし。


「それでは調理開始です!」


 ここで銅鑼のSEを鳴らす。

 エプロン姿の4名が一斉に動き出した。


「さてと、いっちょやってやりますか」


 開始直後、小槌がやけに大きな声で意気込みを口にする。

 そしておもむろに、上腕部分に巻いていた白い布をスルっと解いた。

 布の下には円を描く龍の絵と、その円の中心に記された『特』の文字。

 やっぱ仕込んでるんじゃねえか。


「あれはもしや――伝説の特級厨師の紋章」


「へっ、こいつぁ今日の料理は期待出来そうだなぁオイ」


「えっと……小槌さんの服の二の腕のとこに変な紋章がありますけど……なんですか特級厨師って……?」


 ノリノリでネタに乗っかる射手咲と御影星。

 元ネタを知らない琴里は普通に困惑。

 打麦と北巳神も多分ネタが分からないのか、真顔ですんとしている。


「いざ……クッキングバトル!」


 今度は御影星だけが爆笑してた。

 そのネタさっきもやったし、笑いのカバー範囲も微妙だろ。

 小槌がふざけている間にも、相方の☆ちゃんが笑顔で黙々と調理を始めているが、笑顔の裏ではさぞかしイラついていることだろう。調理の時間も限られてるってのに。

 

 しかもVTuberである以上、調理場の映像などは配信に載せられない。

 つまり、今小槌がやっていた『腕に巻いている布の下にそれっぽい紋章が隠されている』ネタはリスナーには見えていないのだ。腕に巻いていた布を頭に巻き直している食戟のなんたらネタを含め、完全にリスナーの存在を無視した笑いを取りにいってやがる、小槌のヤツ。


 まあ、そこら辺は見えてないリスナーに配慮して、何が起きていたのか琴里が実況してくれていたので問題はない。

 そもそも全てが見えていなくとも、リスナーという生き物はライバーが楽しそうにしているだけで満足するものなのである。楽しそうにしているだけで誰かを楽しませることが出来るというのも、ある意味配信者には欠かせない資質なのだと思う。多分。


「えーっと、序盤は両チームとも食材の下拵えからでしょうか。パッと見では、奇抜な食材や怪しい調味料を持ち込んでる様子は……ない、ですね。良かった」


 琴里が大真面目に実況しながらホッと胸を撫でおろす。

 賞金が掛かってるから小槌もガチで勝ちに来てるだろうしな。

 それを見て、御影星が「つまんねー」と横槍を入れて来た。


「料理配信つったらよぉ、やっぱアレだろ。とんでもねえゲテモノ期待すんだろがよやっぱよぉ」


「そんなの期待してるの御影星先輩だけですよ……」


「んだよ琴里は相変わらず真面目だなオイ。それよりオメェどうなんだよ、FMKで上手くやれてんのか? イジメられてたりしてねえか? どうなんだコラ、正直に言えや」


「イジめとかないですよ……FMKの人は皆さん優しいですし……何より運営がまともなのが一番……あ、今のはなしで……!」


「だははは!! 確かに有栖原のガキはクソだもんな! 言うようになったじゃねえか琴里よぉ!!」


「そ、そこまでは言ってないです!」


「でも実際――クソだよ?」


「クソです!」


「ちょっと……射手咲さんと打麦ちゃんまで……」


「おぅ、北巳神もとりあえずなんか言っとけや、テメェもあのガキに不満のひとつやふたつはあんだろうが」


「ノーコメント」


「おもんねー」


 密林勢がFMKの配信で密林運営の悪口で盛り上がってる……。

 これ後で有栖原から苦情が来たりしないよな?

 いや、ここまで嫌われてるアイツが悪いんだろうけど。


「あっ、ここで動きがありました。姫依ちゃん&ナキちゃんチームです。玉ねぎをみじん切りにして炒めたものを、合挽き肉と混ぜ合わせて……これはハンバーグ……でしょうか」


「こりゃロコモコ丼だな、卵も用意してるしよぉ」


「御影星先輩……普通にネタバレです」


「んだよ琴里、別に良いだろうが。料理漫画だってよぉ、調理してる様子見て野次馬どもが何作ってんのかガヤガヤするじゃねえか。ちなみに小槌&ステんとこはオムライスだな」


 全部ネタバレしていくスタイルやめろ。

 情報を小出しにしてリスナーに何の料理が出て来るか予想させておいて、完成してから写真を配信に載せて答え合わせするって、事前の打ち合わせで説明したはずなんだが。

 段取りを台無しにしやがって。


 にしても幽名とナキは、表面上は和気藹々と楽しそうに共同作業しているな。

 これが裏では現在進行形でバチバチしてるなどと誰が信じるのだろうか。

 一番はこの配信中に2人のわだかまりが解消されることだが、そんな簡単に仲直り出来るのならこんなに苦労していないというのが本音だ。それに、お互いに譲れないものが根底にある以上、もう前のような関係には二度と戻れない可能性だって大いにある。


 だけど俺は思うのだ。

 人間同士の関係ってやつは、壊れたらそれでお終いなわけじゃないと。

 壊れたって、新しい形に再構築されて続いていくだけなのだと。

 問題は再構築された関係がどんな形をしているかだ。


 だから俺は、幽名とナキの問題に関しては、もう然程心配していない。


「はい、そこまでです。調理時間終了です! 両チームとも、作業を止めてください!」


「心の料理……調理完了!」


 控えめな琴里にしては大きめの声量で、調理時間の終わりが告げられた。

 そしてしつこくクッキングファイターネタを擦っていく小槌。だからそれ御影星にしかウケてないぞ。


 小槌と御影星はキャンプの時にも酒盛りで意気投合してたし、コイツらは悪い方向で波長が合うんだろうな。


「では完成した料理を順番に出してもらいますが……どっちが先に料理を出しますか?」


 琴里が聞いているのにどっちのチームも名乗りを上げない。


「料理漫画的に考えたら後攻が有利だもの。先行は負けフラグって言うしね。絶対に後攻がいいわ」


「先行はヒメ様とナキにユズルデス!」


「そんにゃこと言われたら先行選びたくにゃくにゃるけど。そもそも、こっちだって後攻がいいと思ってたんだから」


 ギャーギャーと言い合いを始める3人。

 これ、ここで数分くらい尺を使うやつです。

 進行役の琴里には申し訳ないが強く生きてくれとしか言いようがない。


「わたくしは先行がいいと思いますわ」


 とか思っていると、幽名が醜い言い争いに綺麗なトドメを刺した。

 オロオロとしていた琴里は、幽名からの助け舟に分かりやすく顔を綻ばせる。


「じゃあ立候補があったので、姫依ちゃん&ナキちゃんチームが先行で!」


 そのままなし崩し的に先攻後攻の順番が確定した。

 

「よっしゃ! 勝ち確!」


「デース!」


 ハイタッチで喜び合う小槌と☆ちゃん。

 この2人は既に勝った気でいるらしい。


 そんで既に負けた気でいるヤツもいる。

 ナキだ。


「もー、姫様。にゃんで勝手に先攻選んじゃったの? チームにゃんだから相談してよぉ」


 猫撫で声で誤魔化してはいるが、目が笑っていない。

 ナキはまたも幽名が自分の思い通りに動いてくれなかったことに怒っているらしい。


「わたくしは、自分が正しいと思ったことを貫くだけですわ」


 そんなナキに、幽名は凛とした佇まいでそう返答してみせた。

 キッチンにイヤな緊張感が走る。


「でもにゃかま仲間として相談は大事だと思うけどにゃあ」


「わたくしはやると決めたら即断即決を心構えとしておりますの」


「流石姫ちゃん、思い立ったが吉日なら、その日以降はすべて凶日ってワケね」


 今度はトリコネタかよ。

 じゃなくて、小槌はちょっと黙っててくれ。

 最近小槌に黙っててくれって思ったり言ったりする回数増えて来たな。

 基本アイツの言動はノイズが多いし仕方ないね。


「姫様は最近全然私の言う事聞いてくれにゃいよね」


「わたくしも外に出て色々と学び、変わって来ていますので。いつまでもナキにおんぶに抱っこじゃありませんわ」


 睨み合い、バチバチと火花を散らし出す2人。

 御影星が「お、喧嘩か? おもしれェ、やっちまえ、殺せ!」とか野次り出す。

 他の密林勢は、とりあえず静観している。


 小槌と☆ちゃんは、どうすべきか俺の方を見て指示を仰いできた。

 俺はカンペに「やらせておいて大丈夫」とだけ書いて演者たちに示す。

 この場に居る中で一番パニクってたのは琴里だが、使命感に駆られて仲裁に割って入らなかったのは英断だろう。幽名とナキには、2人なりの考えがあるのだから。


「ほんっっっっ……っとに姫様は我が儘だよね! 私これでもいつも我慢してるんだけどにゃあ!」


「否定はしませんわ。実際わたくしは、誰に何を言われようとも自分を曲げるつもりはありませんから」


「ひとりじゃお風呂にも入れなかったクセに!」


「今は入れますわ」


「入れるようににゃるまで、ずっと私が全部洗ってあげてたのに!」


「お世話になった恩義は1秒たりとも忘れたことはありませんわ。湯浴みも、着替えも、その他の……多分配信では言わない方がいいことも、ナキには感謝しきれないほどの大恩がありますわね。分かっております」


「姫様は……姫依は私にお世話焼かれてば良いの!」


「オイ、あたしら何見せられてんだコレ?」


 御影星の感想はほとんど全員の代弁だっただろう。

 これは喧嘩は喧嘩でも痴話げんか。そうじゃなければ、ただの惚気だ。


「わたくしもナキにお世話焼かれるのは好きですけれども、わたくしだってこれでも成長していますのよ。もうひとりでだって生活出来ますわ」


「嘘。だって洗濯出来にゃいじゃん」


「それはそのうち覚えますわ。今はまだ出来ないだけで」


「片付けだって出来にゃいでしょ! 料理配信の後、いっつも私とスタッフで片付けしてるし、着替えをひとりで出来るようににゃったって言って、脱いだ服も下着も全部その場に脱ぎ捨ててるし!」


「それは……そのくらい良いではありませんこと?」


「姫依ちゃん……流石にそれは?」


 琴里にまで否定されて、幽名は驚いたように少しだけ仰け反る。


「ともかく! 姫依は私の言う事だけ聞いててよ!」


「イヤですわ。わたくしは、わたくしのやりたいようにさせて頂きます」


 2人はしばし睨み合った後、示し合わせたかのようなタイミングで、同時にそっぽを向いた。


「もう姫依にゃんて知らにゃい! そんにゃに勝手にしたかったら、勝手にすればいいよ!」


「最初からそうしてますわ! だからナキのアンチにだって、あの場で物申したのですわ!」


「私だったらスルーしてた! あんにゃ風に過剰反応しちゃって、こっちはいい迷惑!」


「わたくしに怒るんですの? 悪いのはどう考えてもアンチ……というのもおこがましい、ただの荒らしですのに。ナキの言ってることは、全然全く、これっぽっちも納得いきませんわ!!!」


 かつてこんなに幽名が声を荒げることがあっただろうか。

 これが幽名の、あの日ナキに言われた言葉に対する返答だというのがハッキリ伝わってくるほどだ。


 まさか公式配信という場で、ドムガル案件事件の話まで引っ張り出すとは俺も思ってもみなかった。

 しかも内容はアンチへの対応に関する意見の食い違いについて。


 ここら辺については知っての通り、お互いにガチの意見のぶつけ合いになっているが、その前に散々世話を焼いただの焼かれただのを言い合ってたお陰で、雰囲気がヒリつかずに中和されている。この空気なら、公の場で思う存分言いたい事を言える。そんな空気になっていた。


にゃっとく納得出来るか出来にゃいかじゃにゃくて、私に迷惑かかるから止めてって言ったの!」


「ナキが迷惑だって思うなんて、わたくしが分かるはずありませんわ!」


「胸張って言わにゃいでよ!」


「良かれと思って言ってやりましたのに!」


「良くなかった!」


「それは申し訳ございませんでした!」


「じゃあもうやらにゃいで!」


「それは約束出来ませんわ」


「にゃんで!?」


 そこで誰かが「ぷっ」と噴き出した。

 幽名の返答がツボに入ったのか、射手咲がくっくと喉を鳴らして笑い始めたのだ。

 射手咲が我慢できなくなったのを皮切りに、他のライバー達も2人の間抜けなやり取りにクスクスと笑い出す。


 これは……してやられたな。

 幽名とナキがどういう形で、今回の問題に着地点を見出すのかと思っていたが、この形は俺の予想外だった。


 内々の問題を、配信の中で笑いに昇華した。

 言葉にすればシンプルだが、2人の配信前のギスギスを知ってる人間からすると、この着地は見事と言う他ない。


 笑いに昇華しつつも、互いの意見を改めてしっかり言い合い、そして2人の関係性は新たなステージへと入っていく。

 配信で起きた問題は、配信の中で解決する。

 これがいい、これが多分正解なのだろう。


 ■


「なぁ、お前らも料理対決の配信を見てたなら知ってるだろ? 幽名とナキは、所謂ナキアンチに対する自らの立ち位置を明確に発信した。幽名は友達を傷付けるものは、例えその友達に黙っていろと言われようとも立ち向かう決意を。そしてナキは、自らが傷付けられる立場にいながらも、アンチなんて知った事じゃない、無視してやるって言ってのけたんだ」


「ええ、聞いてたし見てたわ。コミカルなやり取りで中和していたけれど、2人の熱い気持ちは画面越しに伝わってきてた」


「自分もっす。立派だったっす、あの2人は」


「……ああ、ありがとう。今この場に居ない2人に代わって礼を言うよ」


 立派だったのは鞍楽の言う通りだ。

 でも俺はもっと別種の感情を2人に抱いていた。


「あの時俺は……なんていうか、アンチに困らされてる2人には申し訳ないし、不謹慎だと思ったけど……その……ワクワクした」


「ワクワク?」


「そう、ワクワク。またはドキドキ?」


「吊り橋効果っすか?」


「それに近いかもな。あの時の幽名とナキは、誰の手にも負えないくらいに暴走して、ホント酷い子供みたいな言い争いをずっと続けてた。何分くらいだったか……えー……」


「1時間08分と39秒よ」


 なにその正確な時間は。

 キャロル、お前まるでFMK博士だな。


「バカみたいだよな。2時間料理配信して、他箱からゲストまで呼んでるのに、その半分以上をあの2人の言い争いに使ったんだぜ? どうかしてる」


「どうかしてるわね。でも私、あの配信はすごいFMKっぽいなって思ったわ」


 FMKっぽい、か。

 FMKっぽいってなんなんだろうな。

 それは内に居る俺には、イマイチまだ分からない感覚だが、外からFMKを見ていたキャロルにはそれが分かるのかな。


「キャロル、FMKぽさってなんだと思う?」


「究極の自己中」


「言い得て妙だな」


「もしくは後先考えない破滅願望主義?」


「それは良く分かんないけど」


「もうちょっと噛み砕いて言うなら、そうね……触れるモノ全部を傷付けちゃいそうな、そんなデンジャーさかしら」


「――」


 おふ……心臓止まったかと思った。

 とうとうアメリカさんは、思考盗聴システムまで完成させたのかと思ったよ。マジで。


 だって今キャロルが言ったのは、FMKというアルファベット3文字の本来の由来だったからだ。

 フューチャー・マジェスティック・ナイツとかいう戯けた横文字の方じゃなくて。


「キャロル……お前本当にFMKが好きなんだな」


「じゃなきゃ、こんな変な事務所に応募しないわよ」


「……だな」


「自分は普通っすね。好きでも嫌いでもないっす」


「や、そういうとこお前は逆に向いてるよ。うちの事務所」


「褒め言葉っすか?」


 残念だが褒めてはいない。

 というかまた話が横道に逸れまくったな。


「で、だ。俺はFMKっぽい危うさを放つ幽名とナキを見て、不謹慎ながらもワクワクドキドキした。何をしでかすか分からない怖さが、あの時の2人にはあった」


 それはまるで、競馬に1億ぶっこんだ小槌を見た時のような。

 自分のやりたいこと、やるべきことのために、それ以外の全てを傷付けるような危なっかしさを、俺は2人から感じていた。


 幽名には前々からそういう片鱗があったが、あの時初めて、瑠璃にも同じモノを感じさせられた。


「羽化する直前の蛹を見てる気持ちだったよ、料理対決をほっぽり出して口論してるナキを眺めていた時の俺は」


 ナキは、兄という立場の俺が贔屓目に見たとしても、やはり小槌や幽名や☆ちゃんほどの才能はなかったように思う。そういう意味では、ナキアンチの言う通りFMK1期生の中では他より1歩劣っていたのは事実だ。そんなことはアンチなんかに言われるまでもなく、ナキ自身が一番良く分かっていただろう。


 でもそれがなんだ。

 ナキはFMKの本家本元なんだぜ?

 1歩の遅れがなんだ、俺の妹なら余裕で他の3人にも並び立てる。


 俺はそう確信していた。


 ■


「えーっと……なんだか長々と別のお話に時間を取られてしまいましたが……それでは料理対決の勝者を発表したいと思います!」


 長いながーーーい幽名とナキの口論の後、ようやっと2人は疲れて静かになった。

 それからすっかり冷めてしまった料理をレンチンで温め直して、料理対決は決着を迎えた。


 判定は、満場一致で幽名&ナキの勝利だ。

 やりたい放題喋り倒して、荒らしよりもよっぽど企画を荒らした上での勝利である。

 2人とも素直に勝利を喜ぶ余裕などなさそうだった。


 だが正面切って言いたい事を全部相手にぶちまけた幽名とナキは、どこかスッキリして晴れ晴れとした表情になっていたように思う。反面、最初は笑って2人の痴話げんかを見守っていたその大勢は、俺も含めて気疲れでクタクタになっていたのだが。


 いやほら、2人の掛け合いは面白かったし、ワクワクドキドキしたはしたけどな?

 1時間以上は長すぎるって。究極の自己中って言われても否定出来ないよ、君たち。


「わぁーーーーん!! 姫ちゃんとナキちゃんの口喧嘩に付き合わされた挙句に、金一封を取り逃すなんて最悪なんですけどー!」


 大声で泣き真似をしながら絶望に打ちひしがれる小槌。

 負けた時のリアクション100点満点か。


 ちなみに小槌&☆ちゃんチームの敗因は、小槌が良かれと思ってオムライスに混入した隠し味にある。

 何を入れたのかは知らないし知りたくもないが、そのせいで審査員たちは5人共ゴミ箱にゲーゲーしていた。とんだ配信事故だ。リスナーには例によってウケてたけども。でも2度とやるなバカ。変なゲームや料理漫画ばっか参考にするからそういうことになるんだよ。クッキングパパを読め。


 そんなこんなで料理配信は事故事故事故の連続で終わった。

 配信の後、瑠璃はお疲れ様も言わずに帰っちまうし。


 だが瑠璃と話し合うという当初の目的は、ある意味幽名が達成してくれていた。

 話し合いというよりは言葉の殴り合いって感じだったけど。

 殴り合いってかネコパンチくらいの強さ? まあそこはなんでもいいが……。


 ともかくこの配信で、幽名と瑠璃はお互いに言いたい事を限界までぶつけ合った。

 ドムガル案件直後の喧嘩とは違って、今回のは誰の邪魔も途中で入ることなく、ほんとのほんとにお互いが何も出て来なくなるまで自分の主張を一方的にぶつけていた。途中から同じ話がループしてたりもした。もしかしたら前の時も、途中で止めたりせずに最後までやりたいようにやらせとくべきだったのかも……いや、流石にそれはないか。


 で、多分2人はそこでお互いに理解しあったのだと思う。

 この問題は、同じ場所に着地するってことが絶対に出来ないってことに。


 幽名はこれからも言うべきことを時と場所を選ばずに言うだろう。

 そして瑠璃は、そんな幽名の荒らしもスルー出来ない欠点を永遠に認められない。


 幽名と瑠璃の関係は、ここで完全に壊れた。

 だが前もって言ってあったように、人間同士の関係ってのは、壊れたからそれでお終いってワケじゃない。


 災い転じて、生まれ変わる。

 新しい関係性の始まりだ。


「ねえ、姫衣! 仮眠室散らかりすぎなんだけど! 私が居なきゃ掃除もまともに出来ないの!?」


 料理対決の配信翌日。

 なんと瑠璃は何事もなかったかのように事務所に顔を出していた。

 しかし今までのように幽名を甘やかしていた瑠璃はどこにもいない。

 まるで普段俺にしてるみたいに、幽名対して風当り強めに接する瑠璃がそこに居た。


「わ、分かってますわよ。今から掃除しようと思っていたのですわ」


「は? じゃあその手に握ってるスタジオの鍵はなに? 今からしようとしてたのは配信でしょ?」


「それは……今日はアールビーオー・オンラインのアプデがあって……瑠璃、後生ですから今日だけは見逃してくださいませ。幽名姫衣の名に懸けて、明日は絶対に掃除しますわ」


 幽名も幽名で、言い訳してしどろもどろになる珍しい様子を見せていた。

 その後結局、瑠璃が幽名の耳を引っ張って仮眠室まで連行していた。


 前までだったら文句を言いながらも瑠璃が掃除を肩代わりしてたのにな。

 料理配信したあとの後片付けだって、いつも俺達がやってたのに。

 これからはそういう部分にも厳しくなるだろう。


「あの、あの……大丈夫なんでしょうか?」


 仮眠室に引きずられていく幽名を見送った奥入瀬さんが、本当に心配そうにしながらソワソワオロオロとする。

 俺はパソコンから目を離さないまま「あー、ダイジョブダイジョブ」と適当に返事をした。


「アレはアレで良い関係になったと思う。だから奥入瀬さんももう心配しなくて良いよ」


「まあ……代表さんがそういうなら……姫衣ちゃんも昨日の配信のあとから元の調子に戻ってきましたし」


「言いたい事全部ぶちまけてスッキリしたんだろうな」


 幽名も今朝から元の光り輝くようなお嬢様然とした態度を取り戻していたし、もうこっちが仕事中なのに窓際で溜息を吐くこともなくなっていた。色んな意味で一件落着だ。根本的な問題ナキアンチの方は未だ改善されていないけれども。


 ま、そっちの方は法的措置も進めてるからいずれは大人しくなるだろう。

 それまでの辛抱だ。


「てかてかてかぁ! 姫ちゃんが元気になったんだから、いよいよ奏鳴さんにお仕事してもらおうかしら!?」


 忘れていたが、幽名が元気になったことで一鶴もうるさくなっていた。

 そういやコイツ、奥入瀬さんに作曲依頼とかしてたんだっけな。


「さあ行くわよ! オリジナル曲で印税ガッポリ生活! 目指せ1億再生!」


「ええええ、ちょっと待ってください一鶴さん……! 私も今日は姫衣ちゃんの掃除を手伝おうと……!」


「姫ちゃんのことは今日は瑠璃ちゃんに任しときなさいって。それよか、あの2人が昨日の配信で貰った金一封をどうやってゴニョゴニョゴニョ」


 奥入瀬さんは一鶴が連れ去って行ってしまった。

 なんか最後に聞き捨てならないことを話していたような気がするが、くだらんことで蘭月の手を煩わせないで欲しいものだ。ただでさえ1次選考がヤバイレベルで忙しいってのに。


 そんな感じで、多少なりとも人間関係に変化はあったものの、FMKは無事に平穏を取り戻したように見えたのだった。


 この時だけは。


 ■


「でも結局、1ヶ月後にナキは居なくなった」


 どれだけ良い思い出だけを抽出しようとも、全ての物事はその結果に帰着してしまうのだ。

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