各々の求める着地点
いやもう、瞬間凍ったね、空気が。
幽名とナキがチームだって分かった途端、瑠璃は全員に聞こえるように舌打ちしたし、幽名はそれを聞いてとうとう両手で顔を覆った。動じてなかったのはトレちゃんくらいだろうか。
俺は幽名が泣き出したのかと思い、内心死ぬほど焦っていた。
だが幽名は俺が思っているよりもずっと強かった。
「――最高の組み合わせですわね、負ける気がしませんわ」
顔を覆っていた両手を離した幽名は、幽名らしい毅然とした物言いと顔付きで、そう言い放った。
きっと幽名の中にも葛藤や恐れはあっただろう。
一歩間違えば瑠璃との仲に致命的な溝が生まれてしまうのは明白。
それでも幽名は立ち向かうことを選んだ。
だけど瑠璃の強情っぱりも大したもんで「チームなのですから席は隣にしますわね」と幽名がわざわざ椅子をずらして真横に座って来たのに対し、これまたわざわざ椅子を大きく動かして幽名から距離を離しやがった。
やっぱり一筋縄じゃいかないか。
「チームアップはそんな感じだ、2対2で料理を一品作ってもらって、その味で評価を決める」
「おぉ、この空気で何事もなかったかのように話を進めるんだ」
「一鶴、静かに。茶々は入れるな」
「へーい」
「……で、料理のお題は『米料理』だ」
「米料理……」
俺がお題を発表すると、幽名が真面目な顔で顎に手を添えた。
配信でクッキーを焼き始めて以来、幽名は料理が趣味みたいになってたからな。
ホールケーキですらひとりで作ったりしてたし、幽名がどんな米料理を作るのか今から楽しみだ。
問題はチームワークの方だけだな。
「それで食材だが、今から配信開始時間までの間に、各自予算内で好きなものを調達してきて欲しい」
「予算はイクラデス?」
「1万円以内だ。まぁ、それだけあれば普通の食材を買う分には困らんだろ。あと領収書を忘れずに。それと予算を本来の用途以外の目的で使ったら即失格だからな、一鶴」
「名指し!?」
「そこそんな驚くとこか?」
まぁ一鶴の相方はトレちゃんだ。
財布をトレちゃんが持っておけば大丈夫だろう。
「それと地味に大事な補足だが、白米はこっちで予め炊いておくから、炊き込みご飯系の料理は作れないと思っておいてくれ」
等々細かいルールの補足があったが、そこら辺は以下省略とさせてもらう。
「ってな感じで、時間もあまりないから今からスタートとしようか。両チームとも、相手チームに聞こえないよう作る料理を決めて買い出しに出てくれ。配信開始10分前までにはキッチンに集まるよう、頼むぞ」
「オッケー! さぁ、トレちゃん行くわよ! 審査員を唸らせる至高の一品を作って賞金はあたしのものよ!」
「イヅル、その財布から手を離すデス」
「ちょ……人間の腕はそんな風には曲がらな……ぎゃー!」
一番騒がしいのが早々に会議室から出て行って、残ったのは俺とチーム幽名&瑠璃だ。
「瑠璃様、わたくし達もなんの料理を作るのか決めるとしましょう」
「……別になんでも良いんじゃない? 姫様が勝手に決めてよ」
「そういうわけには行きませんわ。わたくし達はチームなのですから、協力し合わないと」
「なりたくてチームになったんじゃないし」
瑠璃はとことん非協力的な姿勢を崩さないか。
ちょうど邪魔者もいなくなって当事者たちだけになったことだし、今が待ちに待った話し合いのチャンスかもしれない。
そう思って俺が口を開こうとしたタイミングで、
「瑠璃」
と、幽名が瑠璃のことを初めて敬称略で呼んだ。
それで俺は何も言うべきではないと口を噤んだし、流石の瑠璃も無反応ではいられなかった。
バカな兄妹2人の視線が、純白の少女へと向けられる。
「わたくしは瑠璃のことが好きです」
幽名は臆することなく真っ直ぐに感情を言葉にする。
恥ずかしげもなく堂々と。
「路頭に迷いそうになっていたところを助けてくださったから、とかではなく、純粋に友達として瑠璃のことが好きです。そしてこの感情は、瑠璃にどれだけ冷たくあしらわれようとも絶対に永遠に変わりませんわ」
「……だから、なに?」
「何も。ただ、それだけを知っておいて欲しかっただけですわ。これから先、瑠璃がわたくしのことを顔が見たくないほど嫌いになろうとも、わたくしは一方的に好きであり続けます」
好きという感情をゴリ押す幽名。
傍から聞いていたら、ただひたすらに好意を伝えているだけのように見えるが、俺と瑠璃はその言葉の裏にある真意に多分ほとんど同時に気が付いた。
「何それ……まるでこれからもっと、私に嫌われることするみたいに聞こえたけど」
瑠璃が正しくドンピシャな疑問をぶつける。
そして幽名は迷わず頷いてみせた。
「もしこれから先、またナキを貶めるようなリスナーが配信に現れたら、わたくしは誰が止めようとも、それで配信が滅茶苦茶になろうとも、絶対に物申してやりますわ」
「――っ! なんでそうなんの!?」
瑠璃が机を叩いて立ち上がった。
「荒らしは無視だって言った! なのになんで逆方向に突っ走んの!?」
「だってやっぱり許せませんもの。わたくしの友人に無礼を働く輩を黙って見過ごすなど、幽名姫衣の沽券に関わりますわ」
「本当に私のためを思うならスルーしてって言ってんの分かんないの? ありがた迷惑なんだけど。結局自己満で物申しただけじゃん、姫様は」
「そうかもしれませんわね。瑠璃のためというより、わたくしのためという側面の方が強いかもしれませんわ」
「開き直んないでよ。自分勝手なことばっか言って」
「……確かにわたくしは自分勝手ですわ。ですがそれは瑠璃だって同じでしょう」
「は?」
「わたくしの意志を無視して、自分の意見を押し付けようとしている。そして少しでも意にそぐわないことがあれば、さっきまでのように、ずっと小さな子供みたいに拗ねてみせる。それが自分勝手と呼ばずになんと呼びますの?」
「それは――」
まさか幽名から正論で返されるとは思ってなかったのか、ろくに反論出来ずに瑠璃は悔しそうに口を閉じる。
考えなしに喋って正論で黙らされるとこは俺と同じだな。反論しようと思えば出来るけど、自分が間違ってるって分かってるから何も言えなくなってしまう。瑠璃も頭では分かっているのだ、自分の考えだけが絶対の解答ではないということが。
そう、やっぱりこの問題に正しい答えなんてない。
なぜなら、幽名も瑠璃も、求めている着地点が全く違うからだ。
目的地が違えば、必然的に手段も道のりも変わる。
だからこの話し合いは、どちらも折れなければ平行線にしかなり得ない。
「わたくしは、自分が正しいと思った道を突き進むのみですわ」
「……そう、もう分かった。それ以上は、いい」
瑠璃は諦めたように腰を下ろした。
「じゃあ、さっさと料理何にすんのか決めよ。時間を無駄にした」
「ええ、そうですわね」
そして幽名も瑠璃も、何事もなかったかのように料理対決の打ち合わせに入る。
淡々と話し合いを進める2人だったが、2人の間には何か見えない壁のようなものがある気がした。
いや、壁というのはちょっと違う。
これはむしろ――
「ちょっと代表、そこに居られると集中出来ないんだけど」
「え? ああ」
「さっさと自分の仕事に戻ったら?」
瑠璃に出てけと言われ、俺はおずおずと会議室から出て行く。
俺の言った通り幽名は見事ぶちかましてくれたが(しかも瑠璃相手に)、その結果が良い方向に作用したとは現段階では言い難い。
だがしかし、俺が感じた感覚が間違っていなければ……。
俺は答えを確かめるために、オフコラボの配信開始を待った。
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