脳ミソまでは筋肉じゃない

 さて、ドムガル案件以降の幽名の様子は大体分かってもらえたと思う。

 配信する意欲が回復しないまま、日がな一日窓際で黄昏たり、奥入瀬さんに世話を焼かれたり、なんとか幽名にやる気を取り戻させようとする一鶴に絡まれたり、まあそんな感じだった。


 そんな幽名とは対照的に、薙切ナキはこれまで以上に精力的に配信に取り組んでいた。

 まだ不貞腐れているのか、こっちからの連絡には一切応じてくれないのは相変わらずだったが、それでも配信は毎日こなし、休日には半日近くぶっ続けで配信することさえあった。


 ドムガル案件から存在が目に付くようになっていたナキアンチは、ナキの配信に直接湧くことも増えていたが、ナキはその全てを宣言通り無視。自身の荒らしに対するスタンスを、言葉だけではなく行動で証明していた。


「リーダー、あんたの妹なかなかガッツがあるな」


 VTuberに興味がなく、仕事だから仕方がなくスタッフとして働いてやってます感の強いフランクリンでさえ、ナキが見せた不屈の意志に敬意を表していたほどだ。


 そうだな、そこは偉いよ。

 アイツはいつだってなりたいものの為に全力だ。

 VTuberには早々に設定が崩れて地が表に出るタイプと、頑なに自信に課せられた設定を守り切るタイプが居るが、ナキは完全に後者のタイプのVTuberだ。ネコ語尾とか、地声とは全然違うカワイイ声とか、そういうVTuberとしての役作りだってリスナーの前では滅多に崩さない。


 ナキは自分の中に理想の配信者像をしっかりと持っており、それを守ろうとする強い意志がある。プロ根性と言い換えても良い。だからナキはいくらアンチが湧こうとも、配信の空気を乱さないためにスルーを貫く。笑顔で居続けるし、リスナーに説教もしない。それが、薙切ナキの規範だった。

 だからこそ、安易な行動で案件配信を台無しにするところだった幽名を許せなかったのだろう。


 それは理解出来る。

 でもそれが幽名にあんなことを言って良い理由になるかと言うと、それはまた別の話だ。

 そして売り言葉に買い言葉で瑠璃に似たようなことを言った俺もまた、反省の対象なワケで……。


「なぁ、七椿……瑠璃とはまだ連絡が取れないのか? もうあれから1週間になるんだが?」


「まだ取れません」


「フランクリン」


「こっちもだな」


「はぁ……」


 時間が経てば経つほど、あの時勢いで口にしてしまった言葉の重みに胃が痛くなる。

 相手が妹だからと遠慮なしに言いすぎてしまったというのはある。

 しかし俺は代表として自制を利かせなければならなかった。

 大失態だ。


 あの時の失敗をさっさと挽回して、賑やかで楽しいFMKに戻って欲しいのに、肝心の瑠璃がこの調子ではそれも難しいだろう。

 瑠璃があのままだと、必然的に幽名の方もモチベが低いままだろうし……どうしたものか。


「コウイウのは放ってオクのが一番ネ。ヘタに構いスギテモ、かえって逆効果アルヨ」


 蘭月がカップ麺を啜りながら無責任なことを言う。

 昼飯を食べている間も1次選考作業の手を休めないのは大したものだが、それだけオーディションのタスクが切羽詰まっている証拠でもある。スケジュール通りにオーディションを進行させるためには、もうちょっと人手と時間が足りない。

 俺はコンビニ弁当の中身をお茶で胃に流し込みつつ、蘭月を睨み付けた。


「放っておいても元通りにならなかったらどうするんだよ」


「そのトキはそのトキアル。壊れるトキは壊れる、直るトキは直る。ニンゲンの縁ってのはソウイウものネ」


「真理っぽいこと言ってるけど、俺はそんなの絶対にイヤだからな」


「じゃあ精々頑張るネ」


「頑張る……けど、どうしたらいいと思う?」


「ダカラ放っておけイッテルアル」


 蘭月はカップ麺を汁まで飲み干して、空の器をデスクに叩きつける。


「情けないオトコネ、ヒトリじゃ何も考え付かないアルカ?」


「色々考えてはいるんだが、まず瑠璃をどうやって話し合いの場に引っ張り出したらいいのか……」


「家にイケバいいだけアル」


「諸般の事情でそれは出来ない」


「ジャア、アッチから来てもらうしかナイネ」


「来てもらうって……呼び出すにもそもそも連絡が付かないって話をしてたんだが?」


「方法は無限にアルアル」


「アルアルってなんか間抜けだな」


「もうボスには何も教えないアル」


「冗談じゃん」


 とうとう蘭月にも無視されるようになってしまった。また失態だ。


「リーダー、ちょっといいか?」


 蘭月に梯子を外されて途方に暮れていると、フランクリンが声を掛けて来てくれた。


「なんだ?」


「なぁに、俺もちょっとはマネージャーとしての役割を果たしとこうと思ってな」


 筋肉モリモリマッチョメンのフランクリンは、デカい図体をしておきながら俺に可愛らしくコショコショと耳打ちをした。


「――なるほど、その作戦なら間違いなく瑠璃は事務所にやってくるな」


 目から鱗。

 フランクリンが俺に提示した作戦は、瑠璃の性格を完璧に逆手に取ったものだった。

 これがCIAの手腕か、恐れ入ったぜ。


「でもなんで急に俺に協力するつもりになったんだ?」


 さっきも言ったが、フランクリンはあくまでもCIAの人間であり、キューブの監視のためだけにFMKに出向させられている可哀想なマッチョなのだ。

 なのでVTuber事務所のタレントのメンタルケアにまでは手を貸してくれないと思っていた。

 そんな俺の疑問に、フランクリンはニヒルな笑顔で答える。


「リーダーは俺の頼みを聞いて、お嬢の1次選考をちゃんとやってくれただろ? こいつはその礼だ」


「ああ、大統領の娘の話か。1次選考の書類とPR動画を見たけど、熱意は伝わってきたからな。あれなら1次選考は合格で問題ないし、そこはあの子の実力だよ」


「それでもだ。アンタが突っぱねてたら、お嬢の望みはそこで断たれてた」


 ■


「キャロットのPR動画ってどんなだったんすか?」


「ああ、それは――」


「ちょっと止めて。この事務所にも守秘義務ってものがあるんじゃない?」


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。良い自己PRだったと思うぞ?」


「良いから黙って続きを話しなさい」


 ■


「そうか、理由は分かったよフランクリン。その作戦、ありがたく実行させてもらうとする」


「グッドラック」


 そして俺はSNSのFMK公式アカを通じて、とある宣伝を投稿した。

 その数日後、瑠璃はまんまと釣られて事務所に顔を見せることになった。


 ■


「果たしてその作戦の概要とは――!」


「回想でそんな引きを作る必要あるっすか?」


「こういうのは気分が大事なんだよ」


「でも大体なにをしたのか予想付いたっすよ、自分」


「ちょっとクララ、ネタバレやめてよ。私まだ考えてるんだから!」


 キャロルにネタバレを禁止されたので、正解は次回ということで。

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