手が足りず、目も足りず

「わたくしの軽挙妄動で瑠璃様や、ひいてはFMKの皆様にご迷惑をお掛けしてしまい誠に申し訳ございませんでした。これからは身勝手な言動を慎み、仲間たちの足を引っ張ることのないよう活動することを、幽名姫衣の名に賭けて誓いますわ」


 とは、案件配信後に行った個人面談において、しょんぼりとした幽名が俺に宣誓した内容である。


 俺の個人的な見解だが、先の案件配信で幽名は何も間違ったことは言っていなかったと思う。

 あの時、ナキアンチに腹を立てていたのは俺も同じだったし、bdにハッキングで荒らしを懲らしめるようにけしかけていた俺の方がどちらかというと思慮が足りていなかった。


 俺からしてみたら、悪いのはナキアンチと、そして仮にも自分のために怒ってくれた幽名を糾弾するような真似をした瑠璃の方だ。

 アイツが幽名にあんな言い方をしなければ、ここまで事態がややこしくなることもなかっただろうに。


 しかし瑠璃の言う事にも正論が含まれているのも事実だ。

 幽名と俺はナキアンチに過剰反応するべきではなかった、少なくとも配信中は。

 対応するのは配信が終わった後で良く、それも裏で運営が対処すべき問題だった。

 そこは幽名の配信者としての未熟、そして俺が管理するFMK運営の稚拙さの招いた失敗だ。

 反省して改善に取り組むべき課題である。


 反省は大事だ。

 だが己を省みて臆病になり過ぎるのは如何なものだろうか。


 案件配信から4日目。

 幽名は今日も配信をお休みすると俺に申告してきた。


「申し訳ございません、代表様。どうしても配信する気分になれませんの」


 深々と頭を下げていた幽名が顔を上げる。

 メランコリックが眉尻に現れており、顔色も青白く(それはいつもか)、幽名のテンションは相変わらず下り坂の様子だった。


 2日、3日は様子見していた俺も、流石に4日目ともなると不安になってくる。

 幽名は配信回数が多い方だったし、これまでプライベートでも配信でも常に一定以上のテンションを維持し続けてくれていた。それがたった一度の躓きでこれだ。

 場合によっては、このままVTuberを辞めてしまうのではないのかという未来も想像してしまう。


 最悪なことに、幽名をこの業界に誘った張本人であり、初めての友達でもある瑠璃から『辞めたら?』なんて酷い言葉を浴びせられたのだ。そのショックは計り知れないだろう。

 ナキアンチの更生に失敗したことや、そもそもアンチに構ったことが失敗だったという件も重なっている。配信へのモチベーションがマイナスに振り切れるのも無理はない。


「そうか、分かった。気持ちが前向きになるまでゆっくり休むといい」


「はい、御厚意感謝致しますわ」


「というか、毎回律義に休みの報告もしなくて大丈夫だぞ? 一鶴なんてマネージャーに断りもなく、平気で1週間くらい配信しないこともあるしな。幽名もアイツを見習って――いや、見習う必要はないが、もう少し気ままに休んだりするといい。配信者なんて元々そういう職種みたいなとこがあるし」


「……はい」


 俺の小粋なトークにもクスリともせず、幽名は曇った表情のまま事務室を後にした。


「相当弱ってるわね、姫ちゃん」


 来客用のソファでゴロゴロ自堕落を貪っていた一鶴が、事務室のドアを見ながら呟いた。


 ■


「ちょっと! そのソファに小槌が寝そべってたの!? クララ、今すぐ私と席を変わって!」


「なんか分かんないけどイヤっす!」


「キャロルが何に興奮してるのか知らんが、フランクリンなんかも休憩中にそのソファで寝てたぞ」


「最悪」


 ■


「あんなに引きずるほどかしらね、ちょっと配信で暴れて、ちょっと瑠璃ちゃんと意見を違えた程度で」


「流石は1億を競馬で擦ったのに、翌日にはヘラヘラ笑ってたヤツは言う事が違うな」


「まあね」


 ちなみに今のは1ミリも褒めていない。


「ってか代表さんさぁ、あたしをダシにして笑い取ろうとするの良くないと思うわ。あたしだって1週間も配信休む時は多少は申し訳なく思ったりするわよ。全然平気じゃない」


「そりゃ悪かったな。で、人気配信者さんの金廻小槌さんは、平日の昼間っから事務所で何を?」


「あっ、今代表さん、あたしが何の用事もないのにここで暇を潰してるとかバカにしたでしょ」


「いや? 俺はまた金を無心するタイミングを見計らってるんだろうなぁ、と警戒してたんだが」


「ひどっ! あたしのイメージどうなってんの!?」


 お前のイメージは今言った通りのそのまんまだ。

 小槌は本気で傷付いたようなオーバーリアクションを取っていたが、数秒後にはそれにも飽きたのか表情を不敵なモノへと変えた。悪い事を企んでいる時の顔だ。


「今日はここで奏鳴さんと落ち合う約束をしてたのよ」


「奥入瀬さんと?」


 珍しい組み合わせ……でもない。

 そういえば、ちょっと前にも一鶴が奥入瀬さんを連れて事務所に乗り込んで来たことがあったな。

 ちょうどドムガルの案件依頼が来た日だったか。


「まさかお前、まだ小槌オリジナル曲の件を諦めてなかったのか?」


「ったり前でしょ」


「あの件は、奥入瀬さんに作曲を依頼する金がないからポシャったんじゃなかったのか?」


「金の都合はついたじゃないの」


「……ああ、案件の報酬のことを言ってるのか」


「もちろん」


 ドムガルの案件で小槌に支払われる報酬額なら、事務所のマージンを差し引いても作曲料金としてならまぁ足りないこともないだろう。

 肝心の案件配信がスッキリしない形になってしまったのは残念だったが、依頼者であるセイヴ・ザ・ピース側からは、むしろFMKに対して同情的な文面のお仕事メールが届いていた。つまるところ、ケチは付いてしまったが案件的には問題なしということらしい。

 セイヴ・ザ・ピースは機会があればFMKにまた案件を依頼したいとも書いていたが、そこは社交辞令だと受け取っておくべきなのだろう。


 ともかく、案件報酬は小槌、幽名、☆ちゃんの3人全員に無事に振り込まれる。

 Tubeの収益化とは違って、こっちは18歳未満でも問題なく受け取りが可能だ。

 だが案件報酬が振り込まれるのは来月の25日前後だ。依頼をするには気が早すぎる。


「せめて手元に金が入ってからにしとけよ、そういうのは」


「手元に金があったら使っちゃうでしょ。そういうワケだから、作曲料金をあたしの案件報酬から引いて、奏鳴さんの方へ振り込んでよ」


「無茶苦茶だろお前、自分で払えないなら作曲依頼しようとするなよ。奥入瀬さんもいい迷惑だろ」


「もう遅いわよ。今日は曲の完成品を持ってきてくれるって話になってるんだもの」


「はぁ? マジかよ」


 やってることの順序がマジでアホだった。

 金も貰ってないのに口約束で依頼を受けてしまった奥入瀬さんの方も問題有りだが、どうせ一鶴に強引に約束させられたのだろう。可哀想に。


 今後は同じことが起きないよう注意しとかなくてはならないが、とりあえず今回だけは一鶴の言った通りの形で作曲料金を奥入瀬さんに支払うしかない。そうしないとまたライバー同士の揉め事になってしまうだろう。

 ただでさえ、幽名と瑠璃の件で頭を悩ませているってのに、これ以上のトラブルは御免だ。


「あの、失礼します……」


 そうこうしている間に、奥入瀬さんが事務所にやってきた。

 その姿を見つけるなり、一鶴が嬉しそうに楽しそうに奥入瀬さんを出迎える。


「お、きたきた! 待ってたわよ、わたしのガチョウちゃん!」


「ガ、ガチョウ?」


 多分、金の卵を産むガチョウだと言いたいのだろう。

 最悪なヤツだ。


「さあさあ、こっちこっち! 遠慮しないで座ってよ奏鳴さん!」


 馴れ馴れしく奥入瀬さんの肩に手を回しながら、一鶴が応接ソファの方へと歩いていく。

 奥入瀬さんの方は、なんだかものすごく顔色が優れない様子だった。


「あの~……作曲の件なんですけど……」


「まぁまぁ、話を急くもんじゃないわよ。茶菓子食べる? どう? 喉渇いてない?」


「あの、大丈夫です……あの……」


 一鶴が作曲の労を労うように、奥入瀬さんを優しく持て成す。

 持て成すのは結構だが、茶菓子も飲み物もソファも全部事務所の備品だ愚か者。


 勝手に来客用の高級茶葉と菓子を卓に並べた一鶴は、そこでようやく「それで?」と話を始めた。


「あたしの曲はどんな感じに仕上がった?」


「あの……それなんですけど……」


「うん」


「ご……ごめんなさい!」


「うん?」


 奥入瀬さんが卓に額がぶつかりそうになるほど深く頭を下げ、小槌が首を捻る。

 雲行きが怪しくなってきたな。


「ここ数日、姫衣ちゃんのことが心配で心配で……作曲の進捗……ダメでした!」


「え」


「仕事だから作曲しなきゃって部屋に籠ってましたけど、姫衣ちゃんが大変なことになってるのにもう我慢出来ません! 私しばらくは姫衣ちゃんに付き添って一緒に過ごします! 一鶴さんの曲は、その後ってことで!」


「えぇえええええ!!?」


「失礼します!」


 奥入瀬さんは言いたい事を言ってスッキリした顔をしてから、律義にも俺や他のスタッフに「お騒がせしてすいませんでした」と頭を下げてから、幽名の元へと向かって行った。

 後に残されたのは、間抜けな顔で固まる一鶴だけだ。


 まぁ、そりゃそうなるだろ。

 幽名と奥入瀬さんの関係性を考えたら。


「くそっ……こうなったら、あたしが一肌脱ぐしかないわね」


 しばらくして、硬直が解けた一鶴がそんな捨て台詞を残して事務所を去っていった。

 何をするつもりか知らんが、アイツが介入したら状況がややこしくなるのだけは確実だ。


「蘭月、見張っとけ」


「選考作業がイソガシイのに大丈夫アル?」


「仕方ないだろ」


 どいつもこいつも問題ばかり持って来やがる。

 ただでさえ忙しいってのに。

 正直俺がもう一人欲しいくらいだ。


 この忙しさも、2期生オーディションの1次選考が終われば少しは落ち着くはずなので、それまでの辛抱だ。

 そう思っていた時期が俺にもありました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る