ラララのラ

 鞍楽がウキウキした様子で、馬の背中からぐったりした少女の身体を引きずりおろす。

 何拾って来てるんだコイツ。


「コラコラコラ、犬猫感覚で人間を拾ってくるな。元あった場所に戻してこい」


「救急車が先じゃない? あとポリスメン」


 至極まっとうなツッコミを入れてくれるあたり、キャロルは経歴はともかく感覚だけは常識的だ。


「路地裏で行き倒れてたっす! 爆笑っす!」


 そして鞍楽はまともじゃねえぞお前。


「行き倒れって、どうすんだよ、コレ……ん?」


 事務所の床に仰向けに倒れる少女には見覚えがあった。

 ほうき星のような煌めく水色の髪、10代前後の幼過ぎる体躯。そして白を基調とした特徴的な学生服。

 間違いない、この行き倒れを俺は知っている。


「お前、ララ子か?」


 名前を呼ぶが返事はない。

 ただの屍のようだ。


「知り合い?」


 キャロルの問い掛けに、俺は頷きながらも微妙に首を傾げる。


「あ、ああ……そうだ、多分」


「多分?」


「なんか記憶と違う気が……いや、気のせいか?」


「何言ってるの? というか、どういう知り合い? FMKの関係者?」


「お前や鞍楽と同じポジションの人間だよ」


「――コレも3次選考を突破したFMK2期生候補ってこと?」


 キャロルが今度は値踏みするような攻撃的な目付きで、行き倒れの少女をマジマジと観察する。


 そう、この子はFMK2期生オーディションに応募してきた女の子で、名前はララ……俺はララ子と呼んでる。

 年齢は見た目通り10歳くらい……だったはず。

 1週間ほど前に事務所で面接をした時には、保護者の方が一緒に来ていた……ような?


 なんか変だな。

 ララ子との面接の時のことを思い出そうとすると酷く記憶が朧げになる。


 というか、面接で見たララ子はもう少し身長が小さかった気がする。今は小学6年生くらいの背丈だが、最初に会った時は3年生くらいの身長だったような……いや、俺の記憶違いか。

 いくら若者の身体的成長速度が爆速だと言っても、流石にこの短期間でここまで背が伸びるわけがない。なんか髪の毛もすげえ伸びてる気がするが、それも気のせいだろう。うん。

 ここ最近色々なことが有り過ぎたせいで疲れているのだ、俺は。

 

「おーい、ララ子。生きてるかー」


 頬をぺちぺちと叩いて覚醒を促すが、一向に目を覚ます気配がない。

 寝息を立てているので死んではいないのだろうが……。


「どうするの?」


「保護者と連絡取って迎えに来てもらうしかないだろ」


 何で事務所近くの路地裏なんかで行き倒れていたのか知らないが、保護者と逸れて迷子になっていたのだとしたら普通に事件だ。

 こっちの状況も切羽詰まっていて正直それどころじゃない感もあるが、流石に子供が困っているのを見過ごせるほどドライでもない。顔見知りであれば尚更だ。

 そう思って事務所のタブレットの電源を付け、オーディション応募者のデータからララ子のデータを探し出す。


「えーっと……あったあった」


「私にも見せて頂戴」


「あ、おい、キャロル」


 応募者の個人情報が書かれたデータだ。

 部外者に見せるような代物じゃない。

 しかしそんなのはお構いなしに、キャロルが横から画面を覗き込んできた。


「なにこれ……本名『ピカラレリアート・ミラーリン・ララ・ラピスアルマ』? 出身はピッコリーノ星? ふざけてるの?」


「…………ふざけてるな」


 名前、出身地、プロフィール、その他諸々。

 全部の項目がおふざけとしか思えないような事が書いてある。

 なんだこのデータ。なんでこれで1次選考を通過出来たんだ。

 よくよく思い出してみたら、3次の面接で自分のことを宇宙人だのなんだのと宣ってたのもコイツだったな。

 何から何までふざけてる。


「保護者の連絡先は……これ、だよな?」


 確か面接の時に保護者から連絡先を聞いて、このデータに追記しておいたはず。

 しかし書いてある番号は、どう見ても電話番号には見えない適当な数字の羅列だった。

 一応掛けてみるが、やはり存在しない電話番号だった。


「なんで電話番号を聞いた時におかしいと思わなかったんだ……いや、面接したの俺だけど、俺が聞いたんだけど……」


「相当疲れてるのね、Mr.代表。それで保護者と連絡が取れないなら、この子はどうするの?」


「この子携帯も持ってないっすね! お手上げっす!」


 勝手にララ子の手荷物検査を実施していた鞍楽が、バンザイのポーズで降参の意を示した。

 持ち物はおもちゃの光線銃? に、初めて見るパッケージのゼリー飲料、それとボタンのいっぱいついたリモコンっぽいもの。確かに誰かと連絡を取れるような機器は持ってなさそうだ。


「もうポリスメンに電話したら?」


「そうだな……いや、それは良くない気がする」


「は? どうしてかしら?」


「え? ……なんでだろう」


 とにかく警察はダメだ。

 理由は分からないが、どうしても警察を呼ぶ気にはなれない。

 なんだろう。ララ子は俺が保護しなくてはならない気がする。

 そういう約束をしていた気がする。


「うん、そうだ。ララ子はとにかく事務所で保護しよう」


「本気なの?」


「ああ。それに本人が目を覚ましたら保護者との連絡手段も見つかるかもしれないしな。気長に待とうぜ」


「まあMr.代表がそれでいいなら異論はないわ。そこはかとなく犯罪臭がするけども」


「自分はどうでもいいっす!」


 鞍楽が拾ってきたのになんで一番無関心なんだよ。

 とりあえず面白そうだから拾っただけか。


「で、これからどうする?」


「自分そろそろ誘拐事件とやらの話を聞きたいっす!」


「私はやっぱりナキの現在地を調べて、さっさと直接対決した方が早いと思うわ。Mr.代表的にも、彼女を取りもどさないことには、何も始まらないのでしょう? だからさっき言った条件を呑んでくれるのなら、私のお友達に頼んでナキの居場所を調べてもらうわ」


 キャロルの言うお友達とは、CIAだのFBIだのの職員のことだろう。

 フランクリンと個人的な交友がある彼女のことだから、他にも色々なパイプがあってもなんら不思議には思わない。

 確かにキャロルの力を借りられれば、ナキの居場所を特定することも容易なのかもしれない。

 bd不在の今、そういう方面で頼りになりそうなのはキャロルだけだ。

 だが、問題はその条件だ。


「でもそれでお前を内定させるってのがなぁ、このオーディションの前提が崩れるっていうか」


「このオーディションの前提?」


「1期生たちが一緒に活動したくないと思うような人間は、合格させない。それが最終選考にライバーとの面接を設けた理由だ」


「なるほど、だからそこを無条件にパスするようなやり方はしたくないと」


「ああ」


 ここだけは譲るつもりはない。

 いつもの俺の無駄なこだわりだ。


「オーケー、Mr.代表の言い分は分かったわ。じゃあ、条件のことは忘れていいわよ。特別に無条件で調べてあげる」


「どういう心変わりだ? どんな裏がある?」


「なにも。ただMr.代表を説得する方が時間が掛かりそうだと思っただけ。多分だけど、FMK1期生を再集結させて無事に最終選考を開始する方が手っ取り早そうよね?」


 言って、キャロルはスマホを取り出しながら席を立った。


「ちょっと電話してくる。ま、小一時間もあればナキの居場所は分かると思うわ」


「居場所が分かっても、説得材料も、あいつがどういう状況に置かれているのかも分かってないがな」


「じゃあもう少し回想を重ねて、状況を整理し直しましょうか」


「誘拐事件のこと知りたいっすー!」


「バカもうるさいし」


 仕方ねえやつだな。


「でもその前に、案件配信翌日からのことも知りたいわ。あれだけのギスギスイベントがあったのだから、しばらくは事務所の空気も不味かったんじゃない?」


「そうだな……ナキも関わっている話だし、そこから詳しく回想していくか」


「誘拐事件ー!」


 本当にうるせえ。

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