回りくどいから

「ナキ氏の両親っすか、なるほど。まー、状況的に妥当な感じはあるっすよね」


 なにせ家族丸ごと黙っていなくなったタイミングで、ナキも卒業宣言を出している。それも本人の意思に反すると思われる形で。

 上記の情報を加味して考えるなら、その家庭環境に何か原因があったのではと考えるのが自然だろう。


 そもそも事務所の契約的に、未成年者は保護者の許可が必要だしな。親がダメだと言ったらアウトだ。鞍楽の言う通り、人選としては至極妥当であると言えた。


「Mr.代表、ナキの両親はどんな方達なのかしら?」


「代表がナキ氏の親のこと知ってるワケなくないっすか?」


「あの人達は、一言で表すなら毒親だな」


「なんで知ってるんすか? やっぱストーカーなんすか?」


 もう面倒なので鞍楽は一旦無視することにした。


「毒? ポイズン? ミュータントか何かなの?」


 キャロルはキャロルで毒親が通じていない様子だった。

 日本語ペラペラだから忘れてたが、キャロルはチャキチャキのアメリカ人だもんな。そりゃ通じない日本語もあるか。


「毒親ってのは、言っちまえばクソ親だな。ゴミ親でもいいぞ」


「なんだか憎悪の籠った解説っす」


 実際籠ってるからな。


「あの人達は自分の子供のことを、都合の良い道具か、着せ替え人形か、トロフィーくらいにしか思ってないような親失格のクズだ」


「Mr.代表、少し冷静になってもらえる?」


「俺は冷静だ」


「冷静じゃない人間は大体同じ事を言うわ。ヘイ、クララ、ちょっと何処かで飲み物を買ってきて貰えるかしら? Mr.代表はリフレッシュする必要があるみたい」


「らじゃっす! ハイヨー、黒王号!」


 キャロルにパシられるがままに鞍楽が馬ごと事務所を飛び出していく。

 あの馬、黒王号って呼び名なのか……またこの世界にどうでもいいトリビアが生まれてしまった。


「で、もう少し詳しく話してもらえるかしら? Mr.代表と貴方の妹のご両親について」


 キャロルが鞍楽をパシらせたのは、単に踏み込んだ話をするのにアイツが邪魔だと思ったからのようだ。

 そもそも飲み物なんて事務所の冷蔵庫にいっぱいあるしな。

 ともあれ親の話か……恐ろしく気が進まない。


「したくないって言ったら怒るか?」


「私、自由の国で一番偉い男の娘よ? 勿論個人の自由は尊重するわ」


「恩に切るよ」


「どうせ調べさせれば直ぐに分かることだし」


「……分かった分かった、俺の口から話すよ」


「手間が省けて助かるわ」


 他国の諜報員に家庭環境を探られるのは気持ち悪いしな。

 だったら正直に話した方がまだマシだ。

 俺は諦めて最低限のことくらいは教えてやることにした。


「俺らの両親は、2人共世界的にそこそこ有名なエンジニアで――」


「ああ、そういうのは知ってるから飛ばして構わないわ。有名だものね、貴方がたの両親。そこそこなんてレベルじゃないくらいには」


「何が調べさせれば直ぐに分かる、だよ。もう調査済みじゃねえか。じゃあもう話すことはねえな」


「あるでしょ。私が聞きたいのはご両親の家庭での姿よ」


「じゃあ話の腰を折らずに黙って聞いててくれ」


 しかし家庭での姿と言われてもね。


「……あの2人は基本的には家に居ないことがほとんどだった。いつも世界中飛び回ってて、俺と瑠璃の世話をしてたのは雇われの使用人みたいな人達ばかり。誕生日にだって顔すら見せやしない」


「うちのパパも大概だけど、そっちはそれ以上ね」


「物心ついた頃には、親ってのは子供の傍に居ないものだって認識してたよ。それくらいあの2人は家に帰って来なかった。何年も帰って来ないことだってザラだった」


 幼いころの俺はそれが当たり前なのだと自分に言い聞かせていた。

 だけど自分を騙し続けるのにも限界があって、寂しさまでは誤魔化しきれなかった。


「ガキの時はずっと孤独を感じてたよ。使用人たちはみんな愛想は良かったが、何処か他所他所しくて、俺が話しかけようとしても何かと理由を付けてどっか行っちまったりしてたし」


 後から分かったことだが、使用人たちはそういう風に接するよう命じられていたらしい。

 その理由ってのがまたお笑いで、使用人風情が家の者と気安く会話するべきじゃない、なんてクソくだらない理由だった。意味が分からない。

 ちなみにそのことを俺に教えてくれた使用人は、俺とお喋りしていたことがバレて即日クビにされていた。それ以降、俺は自分から使用人に話掛けなくなった。俺のせいでクビになったら申し訳ないしな。


「交友関係にも厳しく口出し――まあ、口出しって言っても本人たちの口からじゃなくて使用人伝いだけど――してきたし、家の中でも外でも俺はずっとひとりだった。独りにさせられていた、あの両親に」


 だから久しぶりに家に帰って来た母が、まだ赤ん坊だった瑠璃を連れて来た時は正直嬉しかった。

 瑠璃の存在が俺を孤独から解放してくれたのだ。

 母は瑠璃を置いたあと直ぐにまた何処かに行ってしまったが。泣き叫ぶ赤ん坊に背を向けて。


「ふーん、子供を自分の思い通りにコントロールしたがってたってところかしら?」


「それも超遠隔からな。子供をラジコン扱いしやがって」


「どうどう、落ち着いてMr.代表。それで?」


「それでも何も聞いた通りだよ。あの人たちは、自分は家に居ないクセに、俺達兄妹のことにはやたらと厳しく躾けてきた。一日のスケジュールから、将来の進路まで全部初めっからルートを引いて、その上を走らせようとしていた」


「あら、それにしては今は自由にしているように見えるけど?」


「ああ、あの人たちに就職させられた会社は勝手に辞めてやった。報告もしてないし、バレないように対策もした」


「ワォ、やるわね」


 バレないための偽装工作のために10億あった内のいくらかを散財するはめになったが、それであの人たちの決めたルートを外れられるのなら安い買い物だった。

 だからこそ、瑠璃が俺が会社を辞めたことを嗅ぎつけて来た時は内心死ぬほど焦った。結局、瑠璃が情報をどうやって仕入れたのかは聞けず仕舞いだったが、それは今はどうでもいい。


「ま、あの人たちはそういう人間だ。だから瑠璃がVTuberなんてやってると知れば、ほぼ間違いなくキレるだろうな」


「じゃあやっぱり、ナキは両親に卒業させられたんじゃないの?」


「俺もそう思ったんだが……」


「何か気になることでも?」


 あの人たちが瑠璃の夢を妨害してきたというのなら納得は出来るが、だがしかしやはり腑に落ちない。


「やり方が手緩いんだよ、あの人たちのやることにしては」


「ふむ、普段はもっと過激だと」


「やるなら徹底的にやる人たちだよ。それこそ、瑠璃が未練を残さないよう、圧力をかけて事務所を潰すくらいのことはしてくるはず」


「もう潰れ掛けてるように見えるけど。この事務所のこのザマが、ご両親の嫌がらせの結果とは受け取れない?」


「だとしたら回りくどい。ジュラル星人並みに回りくどいやり方で潰しに来てることになる。あの人たちならFMKの全チャンネルBANとか、会社の口座凍結とか、事務所そのものを物理的に破壊とかそれくらい分かりやすい手で来る」


「全ライバーをなんらかの事情で休止させるっていうのは、それに比べたら確かに遠回りなやり方ね」


 それに、だ。


「もし事務所を潰そうとあの人たちが動いていたなら、その過程で俺が代表やってるってことも気付いたはず。でも俺の方には一切接触してきていない。これは有り得ないんだよ」


「だけど行き先も告げず家を引き払ってる辺り、Mr.代表はもうご両親に見限られたと見るべきだと思うけど」


「だと嬉しいんだがな」


 それも有り得ないと、俺の直観が告げていた。


「何にせよ、何が正解かは本人たちに聞けば分かるんじゃないの?」


「それが出来ないから困ってたんだよ。瑠璃にしろあの人たちにしろ居場所が分からん」


「電話は?」


「瑠璃は電話に出ない。そんであの人たちは元々こっちから連絡取る術がない」


 それに会えて話が出来ても、それでハイ解決とはならない。

 結局は瑠璃が卒業を選んだ原因を突き止めないことには、大団円は迎えられないのだから。


 その原因が両親にあったのなら俺は全力で戦うつもりだが、もし違った場合は藪を突いて蛇を出すだけの結果になる可能性もある。そうなれば事態はより悪化するだけだろう。

 失敗は許されないからこそ慎重を期しているのだ。だからこその回想、振り返りの旅なのである。


「なんなら私の伝手で、ナキとご両親を捜索してあげられるけど」


 キャロルが願ってもない提案をしてくる。

 猫の手でも借りたいのが現状だが、キャロルのそれは猿の手だ。代償か代価が必要なのは聞くまでもない。


「どうせ捜索する代わりに最終選考を待たずに自分を合格させろとか言うんだろ?」


「それで全部元通りになるのなら安いと思うわ」


「ま、考えとく」


「飲み物買ってきたっす!!!」


 ちょうど話が一段落したところで鞍楽が戻ってきた。


「面白い拾い物してきたっすよー!」


 死体みたいにぐったりした少女を馬の背に乗せて。

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