仕組まれた卒業?
「絶対に辞めない、ね。つまりはそのナキの言葉が、Mr.代表の暴言がナキ卒業の直接の原因ではなかったという根拠なワケね」
案件配信当日の回想を聞き終えたキャロルが、間髪入れずに核心へと踏み込む。
「そうだ」
「それって根拠としてはちょっと薄くないっすか?」
首肯する俺を見る鞍楽の視線は懐疑的だ。
キャロルの方も完全には納得していない顔をしている。
「口では強がってても、裏ではしっかり効いてたかもしれないっすよ」
「小さな歪みが後々大きくなっていったパターンかもしれないし、Mr.代表に『お前が辞めるのがいいんじゃないのか?』って言われたことが全く無関係とは言い切れないものね」
「いや、それはない」
2人の意見は尤もすぎるが、俺はそれらをバッサリと切り捨てる。
「どうしてそう思うんすか?」
「それは……そうだな……えーっと……」
「言葉に詰まってるっす! 適当言ってるっす!」
「えぇい、うるさいヤツだな。言葉に詰まってるんじゃなくて、言葉を選んでたんだよ」
俺は瑠璃という人間を良く知っている。
根っこの部分は俺と同じで暗くてジメジメしてるが、アイツはちょっと前までの俺とは違ってやりたいことや目標をしっかりと胸の中に据えている。
そのやりたいことというのがVTuberなワケで、折角立場を最大限有効活用して企業勢としての地位を得られたのに、そのポジションを誰に何を言われたからと簡単に放棄するほど余裕がある器でもない。何がなんでもしがみついて離さない覚悟くらい決めていたはずだ。
「ナキは、自分からVTuberを辞めるって選択は選ばない。俺が強権を発動して強制的にクビにするとか言ってたらそりゃ話は変わってただろうが、俺が言ったのはあくまでも提案的なニュアンスだ。だからナキは遠慮なく突っぱねたし、それで夢を諦めるような柔な信念は持ってない。アイツはそういう人間だ」
「なんか随分とナキ氏を知り尽くしてる風なことを言うんすね」
「この世で一番アイツのことを知ってる自負が俺にはある」
「え……なんかそれはキモイっす。所属ライバーへのストーカー行為は止めた方がいいっすよ」
やっぱナキ=瑠璃だってこと鞍楽にも教えといた方がいいかな……。
じゃないと鞍楽の中での俺のキャラがどんどん変な方向に行ってしまう気がする。
兄妹だから色々と理解し合ってるって意味だからストーカーとかじゃないからな!!!
「――でも実際問題、薙切ナキは自ら卒業を宣言してFMKを去った」
キャロルが世界を断つ斬撃並みの鋭さで、俺が今しがた語ったナキ像を一刀両断する。
そう、現実としてナキは自主的な引退という形でVTuber生に幕を降ろした。
そこがおかしいのだ。
「ナキは電話で辞めると言ってきたが、その時に理由を聞いても無理としか返って来なかった。それからずっと音信不通」
「ナキ氏の自宅とかに会いに行かなかったんすか? 事務所なら自宅くらい把握してるっすよね?」
「……もぬけの殻だった」
「え?」
「家にはナキどころか、家族の姿さえなかった。……何日か前に引っ越したんだとよ」
ナキ=瑠璃は実家住まいだ。
そして瑠璃の実家=俺の実家でもある。
だのに、俺の知らぬ間に家族が丸々何処かへと消えてしまっていた。
当然行先も分からない。
「失踪ってことっすか?」
「そうだな」
「それって……瑠璃氏と全く同じ状況じゃないっすか」
当たり前だが瑠璃は学校からも姿を消している。
そのことから、鞍楽は瑠璃がいきなり失踪したということも知っているのだ。
「変な偶然もあるもんすね!」
しかし能天気な鞍楽の脳みそは、ナキと瑠璃が同一人物であるという結論に結び付けられなかったらしい。一瞬緊張した俺がバカみたいだ。
「ねえ、Mr.代表。ちょっといい?」
キャロルが神妙な面持ちで軽く手を挙げて来た。
「なんだ?」
「まず第一に、ナキは自ら卒業という選択を選ぶことは絶対にない。これは確定でいいのね?」
「ああ」
「でもナキは自分の意思で卒業を選んだ。これも間違いない?」
「ああ」
「じゃあ結論はかなり絞られるわよね?」
キャロルはそこでわざと間を作って俺と鞍楽の顔を交互に見比べた。
名探偵気分で勿体ぶるな。
「ナキは卒業するつもりがなかった、にも関わらず卒業という道を選ばざるを得なかった。本心ではVTuberを続けたがっている。それが彼女の夢だから。でも辞めた……いえ、辞めさせられた。そうしなくてならないように、仕向けられた」
「どういうことっすか? 仕向けられたって、一体誰にっすか?」
「状況的に候補はいくつかあるけど、そうね……Mr.代表、貴方本当は心当たりがあるのでなくて? ナキ卒業の背後に潜む黒幕の正体に」
キャロルは若干問い詰めるような口調で俺に回答権を譲ってきた。
本当は、というほど確信的な何かがあったワケではない。
ただこうして冷静になって回想に耽ることで、瑠璃がどういう姿勢でVTuberとして歩んでいたのかを思い出すことが出来た。
やっぱり俺には、瑠璃が自分から卒業したがるとはどうしても思えなかった。誰が他の人間のせいで瑠璃がそうしたのだと思いたかった。
だから、この推測は、ある意味で俺の願望でもあると前置いておく。
「ナキを卒業に追い込んだのは、恐らく彼女の両親だ」
どこか腑に落ちない思いを抱えたまま、俺はその答えを口にした。
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