絶対に辞めないと少女は言った
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「そんなこと言っちゃったんすか? ナキ氏相手に? 辞めるならお前が辞めろって? うわぁ……ブラック事務所っす!! クソ運営っす!!!」
鞍楽はまだ回想中だというのに全力で茶々を入れて来る。
言いたい放題だが言っちまったものは事実なので反論の余地はない。
大人しくサンドバッグになるだけだ。
「というか自分分かったっす! ナキ氏が卒業を宣言した理由は、その時代表に辞めろって暴言吐かれてショックを受けたからっす! 犯人は語り手だったパターンっす! QED!」
「それが答えだったら俺はここまで悩んでない」
「違うんすか?」
「違う」
「う~ん……キャロット氏はどう思うっすか?」
鞍楽に問われたキャロルは、俺に向かって親指を下に向ける。
「ギルティ」
「有罪っす!」
「どうでもいいけど、自分達がオーディション受けてる事務所の代表に、面と向かってクソ運営とか言ったり親指下に向けるお前らのクソ度胸はマジですげえと思うよ」
「話を逸らし始めたっすよ」
「Mr.代表、貴方には黙秘権があるわ」
「分かったからそろそろ回想の続きいいか?」
「自分の都合の良いように過去を捏造するつもりっすね? そうはいかないっすよ」
「しねぇよ」
■
「運営でもないヤツが他のライバーに辞めたらって何様だよ。そんなこと言ってる、お前が辞めるのがいいんじゃないのか?」
口に出してから『しまった』と思ったが、もう遅い。
同じ発言でも代表の俺が辞めろなんて言うのは重さが何倍も違う。
まともに受け取るなら、事実上の解雇宣言だと解釈されてもおかしくない発言だ。
仮眠室内の緊張感も体感5割増しくらいになった気がする。
今の瑠璃なら勢いで「じゃあ辞めてやるこんな事務所!」くらい言いかねない。
流石に直ぐにでも撤回するべきだろう。
「すまん、流石に言いすぎグボハァ!!?」
撤回を言い切る前に右ストレートが飛んで来た。
からの、腹に一発。からの、膝を付いた俺の頭に頭突き。
俺は為す術もなく地に伏せた。
「ぜっっっったいに辞めない!!!」
俺をボコボコにした瑠璃が断固拒否する。
「私は遊び感覚でVTuberになったんじゃない! 本気の本気でなりたくてなったの!! 辞めろって言われても辞めない!!! 絶対に!!! 私が辞めるかどうか、おに……代表なんかに決める権利はない!!!」
「いや、代表さんには決める権利あると思うけど……?」
「ない!! 一鶴さんは口を挟まないでよ!!」
「金がないと発言権もないのね……世知辛い」
喉が擦り切れんばかりに叫んだ瑠璃は、疲れたのかぜぇはぁと肩で息をする。
FMKは元はと言えば瑠璃のために作った事務所だ。
その瑠璃を俺がクビにしたのでは色々と本末転倒だろう。
だから俺に瑠璃の進退を決める権利がないというのはある意味正しい。
「そうだな、俺にそれを決める権利はないよ」
「なんで? どゆこと?」
「一鶴は黙っててくれ」
「あたし泣いていい?」
■
「なんで代表にナキ氏を解雇にする権利がないんすか? 弱みでも握られてるとかっすか?」
ナキ=瑠璃であることを知らない鞍楽は、過去の一鶴と同じ疑問を抱いている。
回想はあくまでもナキの中の人と俺が話しているという体で進めており、瑠璃の名前はここでは出していないから。
そして俺はまだ鞍楽の質問には答えられない。
「いずれ分かる時が来る」
「アニメの勿体ぶって謎を教えてくれない重要キャラみたいになってるっす!」
「勿体ぶってるワケじゃないんだが……回想に戻るぞ」
■
「FMKに瑠璃は必要な存在だ」
俺はそれを認めた上で「だけど」と続ける。
「一鶴や姫様やトレちゃん、奥入瀬さんやbdも同じくらい欠かせない存在なんだよ。FMKはお前だけのモノじゃない、みんなの居場所なんだと俺は思ってる」
「だから?」
「だから……何なんだろうな。何を言いたいのか分かんなくなってきた。俺も結構頭ごちゃごちゃしてる」
あとさっきの瑠璃の頭突きが地味に効いてる。
それは口に出さなかったが。
「代表、私からよろしいでしょうか」
と、そこまで存在感を消して壁際で眼鏡を光らせていた七椿が、俺が言葉を詰まらせたタイミングで声を掛けて来た。
見るに見かねてという感じだろうか。
それともある程度全員が主張を吐き出すまで待っていたのか。
七椿の考えはいつもながら読みづらいが、俺は有能事務員を信じて選手交代することに決めた。
「皆さんの言い分は分かりました。が、ここでこうして言い合いを続けても、余計に話が拗れるだけだと判断します。なので後日改めて個別に話をして、その上で今後どうするかを決めていきましょう」
七椿は冷静に日を改めるべきだと提案してくる。
確かに現状それがベストかもしれない。
時間が経てば頭も冷えるだろうし、言いたい事をまとめる時間だってもらえる。
時間的にもそろそろ高校生組は帰らせないとだしな。
「そうやって先延ばしにしたって私の意見は変わんないから」
瑠璃があろうことか七椿にまで噛みつきだす。
おいおい、アイツ死んだわ。
「……誰彼構わず喧嘩を吹っかけるのは結構ですが、これだけは言っておきます」
「な、なに」
「私は瑠璃さんの味方です。私だけではなく、他の皆さんも。この事務所に瑠璃さんの敵はひとりも居ないということをお忘れなく」
本当に、本当に珍しく、いつも無表情の七椿が感情を顔に出していた。
七椿は、小さい子供を優しく諭すような慈愛に満ちた微笑みで、瑠璃の肩に手を添える。
「っ……そんなお説教聞きたくない!」
でも今の瑠璃にはそれすらも効果が無かったらしく、七椿の手を払って事務所から出て行ってしまった。
瑠璃が居なくなり、後には痛々しい沈黙だけが残る。
「七椿、大丈夫か?」
払われた手を擦る七椿を心配したが、いつもの無表情に戻った七椿は「心配いりません」と言って眼鏡を光らせた。
「私にも妹が居るので、つい放っておけず出過ぎたことを言ってしまいました」
「七椿の妹?」
七椿が自分語りをするなんて珍しいこともあるもんだ。
思わず全員が耳を傾けるが、七椿は背を向けて、
「忘れてください。先程提案させて頂いた通り、この話の続きは明日以降ということで。私は事務室に戻ります」
そのまま出て行ってしまった。
「じゃあ俺らも解散、したいところだが……」
瑠璃に辞めたら? と言われて以来、幽名は一言も喋らなくなってしまっていた。
俯いており表情は窺えないが、まともな精神状態じゃないのだけは分かる。
放っておくわけにはいかないだろう。
「あたしはもうちょっとだけ姫ちゃんに付いてるから、代表さんとトレちゃんは行っていいわよ」
そう思っていると一鶴が助け舟を出してくれた。
確かにこういう時は同性の人間の方が適任か。奥入瀬さんが居てくれたら喜んで付き添ってくれただろうが、なんだかんだ一鶴も面倒見は良いので任せておいて問題ない、か。
「悪いな、頼む」
「今度ご飯奢ってね、焼肉が良いわ」
「はいはい」
ブレない一鶴の軽口に少しだけ救われつつ、俺はトレちゃんと一緒に仮眠室を後にした。
その日の主だった出来事はそれくらいだ。
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