今なら分かるという後悔
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「えぇ~!? あの案件の最後の姫様って、☆ちゃんの声真似だったんすか!? 全然気付かなかったっす!」
案件配信の回想を終えるなり、待ってましたとばかりに鞍楽が大声でリアクションを取った。
回想中に大声を出さずに我慢してたのは、話の腰を折らないための気遣いだろうか。なんでそんなとこだけ無駄に律義なんだ。
「私は気付いてたわよ、あの配信を見た時から」
一方キャロルは特に驚いた様子もなく、ここぞとばかりに知ってましたアピールでマウントを取りに来た。
「キャロルが知ってたのはフランクリンから事情を聞いたからじゃないのか?」
「だから配信を見た時からって言ってるでしょ?」
「☆ちゃんの声帯模写は完璧だったと思うが」
「チッチッチ、プリンセスの声真似をしてるスターライトが喋ってる時、2Dモデルの口パクがスターライトの方だけ動いてしまっていたわ」
「へえ……よく見てるな」
実際キャロルの指摘は正しかった。
あの場面だけを切り抜いてみてみると、幽名の声で喋ってるのに、☆ちゃんの2Dモデルが喋ってるように見えるというチグハグな映像になってしまっているのだ。
そこに気付いている者はあまりいないようだったが、キャロルはその少数の目敏い人間に含まれていたようだ。
「それに、スターライトがプリンセスの振りをした時の最初の謝罪の言葉、『☆ちゃん様、小槌様、それとリスナーの皆様。本当に申し訳ございませんでした』も間違っていたわ。プリンセスはスターライトを☆ちゃん様とは呼ばない。ステちゃん様と呼ぶはず」
「それも正解……詳しいなぁ」
「私はFMKに入るためにこの国に来たのよ? これくらいは分かって然るべきでしょう?」
「自分は言われるまで分かんなかったっす」
やっぱ分かる人間には分かってしまうものなんだな。
2期生オーディションを受けた人間の中だと、他にも☆ちゃんが声帯模写で幽名に成り代わっていたことに気付いていた者が1人居た。
その子は3次選考の面接時にそのことについて真偽を問うてきたんだよな。
何か質問はありますかって聞いたら、そんな質問が飛び出て来たから面食らっちまった。
そういう意味では、あの子は少しキャロルと似ている部分がある。
多分、相性は悪そうな気がするけど。
「それで? Mr.代表、この案件の話はこれで終わりじゃないのよね?」
脱線もそこそこに、キャロルが話の流れを強引に軌道修正してくる。
キャロルの言う通り、案件配信が終わったからこの話はハイ終了、なんてことにはなっていない。
そうなっていればどれだけ良かったことだろうか。
案件の話が挙がった時に最初に言ったはずだ。
この話が始まりだったかもしれないと。
10月末の誘拐事件を物語の転だとするなら、この案件は謂わば起に当たるのではないだろうか。
そして今回の話の中心に居るのは、俺の妹である瑠璃だ。
「俺にとって……いや、俺達にとって本当に大変だったのはここからだ。主に事務所の空気的な意味でな」
「目を覚ました姫様が癇癪起こしちゃったっすか? やっぱ無理やり配信から降ろしたのがまずかったっすか?」
「それもなくはないが、もっと事態はややこしくなった。瑠――じゃなくて、ナキの中の人が案件配信直後の事務所に乗り込んで来たんだ。かなりキレた状態でな」
「あ、そっちっすか」
「そういうワケだから、幽名が目を覚ました辺りからまた回想するか」
「その前に自分トイレいいっすか?」
「おう」
鞍楽は馬に乗ってトイレに向かっていった。
鞍楽が事務室を出ると同時、キャロルが俺にジト目を飛ばしてきた。
「Mr.代表。クララには薙切ナキの中身が貴方の妹だってこと教えてないの? どうして?」
「鞍楽が瑠璃と同じ学校の後輩で、瑠璃自身が鞍楽には自分がVやってるってことを内緒にしてるらしいから」
「把握したわ。でも回想する上でその縛りは邪魔になってない?」
当然邪魔になってる。
さっきの回想だって、bdとの俺の会話の中にあった軍事AIがどうとかの話や、ナキが俺の妹であると分かるようになってる会話部分はボカして話していたし。
俺の脳内ではボカしのない情景描写と会話が完璧に再現されていたが、2人にはそうは聞こえていなかっただろう。
嘘偽りなく話すとか言いながらこれなのだから大人は信用ならないね。
「鞍楽に全部話せないのは仕方ない。そもそもbdの生い立ち関連だって事務所の中じゃ半分が知らないままだし、瑠璃が俺の妹だってことも同じだ」
「そう。それならそれで私は構わないけど、さっきの回想の、主にMr.代表とbdの会話部分についてボカしていた部分を今のうちに教えてくれない?」
「分かった」
立場上FMKの色々な裏事情を知ってしまっているキャロルになら話しても問題ないだろう。
そう判断して一連の会話を改めて回想し直す。
俺がハッキングで荒らし共に分からせてやれと依頼したが、bdに断られたこと。
その理由が、アメリカ側にキューブ回収の口実を与えないためだということ。
今回の薙切ナキアンチの存在が、俺を怒らせるための何者かの罠だったかもしれないということ。
話を聞いたキャロルは複雑そうな表情で顎に手を添えた。
「bdはアメリカを随分と敵視していたのね。まあ、無理もないのでしょうけど」
「よっぽど連れ戻されるのがイヤだったんだろうな。だから必要以上に慎重になっていたんだ。今なら分かる」
逆に言えば、あの時はbdの気持ちを理解していなかった。
肝心な時に助けてくれない薄情なAIだと内心毒づいてしまっていた。
バカ野郎だ。
「実際のところどうだったんだ、キャロル。お前の国はそこまでしてキューブを回収したがってたのか?」
俺の質問にキャロルは肩を竦める。
「パパや軍の考えまでは流石の私も分からないわ。でもこれだけは信じて欲しい」
俺の目を真剣な眼差しが射貫く。
「私が居る限り、
もう、ね。
「そうあることを願うよ」
「信用して欲しいわね」
「お待たせっす! 回想の続きをお願いするっす!」
そこで鞍楽が戻ってきたので、その話はそこで一旦止めることにした。
「じゃあ続きを話すぞ。案件配信が終わって、姫様が目を覚ました直後の話からだ」
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