VTuber事務所《FMK》 ~宝くじで10億当たったからVTuber事務所作ったらやべえ奴らが集まってきた~
【ドゥームズガールΘリィンカーネイション】大人気ブラウザゲームを紹介するわよ【小槌/姫依/☆】#5
【ドゥームズガールΘリィンカーネイション】大人気ブラウザゲームを紹介するわよ【小槌/姫依/☆】#5
「みなさま、一度お話をさせて頂いてもよろしいでしょうか……そう言った幽名の声音は、最初誰の発言なのか分からないくらいに、いつもと調子が違っていた。まあ、お前らもあの配信を見てたなら知ってるとは思うが」
淡々と回想を続けていた俺は、喉を休めるついでに鞍楽とキャロルに話を振った。
「そうっすねぇ、いつもはホワホワ~って感じっすけど、あの時はガギガギッて感じだったっす」
「その擬音はちょっと分からんが」
「グギガガガギゴッって感じっす」
「どういう音だよ」
鞍楽の表現は独特過ぎてあんま参考にはならないが、あの時の幽名の声音が違うことは感じていたようだ。
それはキャロルも共通認識だったようで「そうね」と同意を示してから、何も映っていないスマホに鋭い視線を落とした。
「あのマイペースで天然なプリンセスが、誰がどう聞いても怒っているとハッキリ分かる形で怒りを露わにしていた。それほどまでに、あの時のリスナーは酷かったわ。見るに堪えないというのはああいうのを指して言うのでしょうね」
キャロルはともすればあの時の幽名と同じくらい怒っているのではというような険しい顔で、幽名がああなってしまった原因を口にする。
そうだ。
回想でわざわざ描写していたことからも分かる通り、幽名がキレてしまった原因はリスナーからのコメントにあった。
もっと言うとリスナーからのコメントの『薙切ナキを貶める発言』に対してだ。
友達のために他のVTuber事務所まで乗り込んで大立ち回りするのが幽名姫依という少女なのである。そこを勘定に踏まえるならば、友達をバカにするようなコメントが続けばどうなるかどうかは火を見るよりも明らかだ。
でも俺はあの時咄嗟にそこに思い至らず、結果として幽名の怒りが爆発するまで後手を踏んでしまった。
理由は、自分が一番良く分かっている。
「あの案件配信の間……俺は、心の中でずっと瑠――ナキのことばかり心配していた。チャットに書き込まれるナキへの誹謗中傷じみたコメントを見て、ナキが傷付かないか、これでナキが荒れたらどうケアしてやれば良いか……そればっかりをずっと考えてた」
俺の告白に、キャロルは「そう」と特に驚く様子もなく頷いた。
「それはMr.代表とナキの関係性を考えれば至極当然ね」
キャロルはフランクリン伝いで薙切ナキ=瑠璃だと知っており、しかも俺と瑠璃が兄妹だということすらも知っているらしい。それも恐らくはCIAの手腕か。フランクリンのやつ……。
「関係性ってなんすか?」
「部外者は引っ込んでなさい」
「キャロットも部外者っすよ」
「私は3日後の最終選考で合格するから、もうじき部外者じゃなくなるわ。これはもう決まっていること、謂わば私という主人公が通過すべき歴史の絶対点なの。お分かり?」
「ほ~ら、エサの時間っすよ」
「ヒヒーン!」
「無視するんじゃないわよ! だからなんなのよその馬? は!」
キャロルは十分普通じゃない枠組みに居る人間だが、鞍楽みたいなネジのぶっ飛んでるタイプの人間には流石に振り回されるらしい。そういう意味では常識人ではある。
そんなキャロルが、付き合ってられないとばかりに鞍楽から視線を外してこっちを見る。
「Mr.代表がナキのことで頭がいっぱいだったのは納得したわ。でも、それだとさっきまでの回想の描写と矛盾が生じる。Mr.代表がナキのことを考えていたなんて話、一回も出てこなかった。リスナーのコメントを見てもかなり冷静に対応してたように感じたけど? それは私の勘違いかしら? それとも――」
「あー………………すまん、あえて省いて回想した。理由はあれだ……目の前で配信してた小槌や☆ちゃん、それに姫様のことをちゃんと見れてなかったって、お前らや他の人間に思われたくなかった……からだな」
かなりダサイことを言ってる自覚はあるが、これがあの案件配信で起きていた事実のひとつだ。
俺がもう少し広い視野を持てていれば、こうはならなかったかもしれない。
対応を間違えたという点ではトレちゃんの騒動に通ずる点があるが、今回のはもっと根深くて俺にとっては深刻な間違いだった。
だから今の今に至るまで、俺はその事実を胸の内に秘めて誰にも話さずに居た。
だが、ここは間違いを正し、真実を追求するための場だ。
嘘や誤魔化しは、もう止めなくてはならない。
「Mr.代表の気持ちは分かる……とは言えないわね。私は一人っ子だし」
「俺は自分が一人っ子だったらなんて想像も付かないよ。なりたいとも思わない」
「だったら、彼女を連れ帰るためにも全部をありのままに正直に話すべきね。間違いを認めなきゃ成長は望めない。Mr.代表が今までと同じままなら、ナキが帰って来ても、きっとまた何処かで同じことが起きるだけよ」
「……分かってる」
「ならいいわ、続きを話して頂戴。嘘や誤魔化しは無しで」
キャロルの言葉に俺は深く頷いた。
あの時の自分の思考を正確にトレースする。
「――俺は幽名が怒ってるのを見て、配信を止めることも出来たのにそうせずに野放しにした」
「何故?」
「幽名が俺と同じようにナキのことで怒ってくれてるって、本当は分かってたから。だから、アイツなら上手い事リスナーにガツンと言ってくれると……俺の気持ちを代弁してくれると思ったんだ」
でも、それが間違いだった。
■
今度は嘘も欺瞞も誤魔化しもない、ありのままの心情を添えてドムガルの案件を振り返ろうと思う。
ぶっちゃけ、この場に居ないナキの悪口をわざわざチャットに書き込んでるリスナーはクソだと思っていた。配信の最初の方からナキに対するアンチじみた幼稚なコメントが多かったが、正直俺はそのせいで出だしからずっとイライラしてた。
「おいbd、このクソコメしてるバカのPCにウィルスを送りつけてやれ」
『正気ですか?』
「俺はすこぶる正気だ」
『正気ですが冷静ではないようですね。生憎ですがそんな映画に出てくる邪悪なAIみたいな真似はしたくないので、お断りさせて頂きます』
「チッ」
声を潜めてbdとそんなやり取りをしていたほどだ。
だから幽名が俺と同じくらい憤りを露わにしていることに気付いた俺は、あえて事態を静観することにした。こういう問題は、配信者側が一回ちゃんと注意すれば案外すんなりと収まったりするものだって認識が俺の中にあったからだ。
結論は言うまでもないな。
俺は甘く見ていた、ネットの悪意を。
「みなさま、一度お話をさせて頂いてもよろしいでしょうか」
それまでの流れを遮るように、幽名が配信に感情の籠った声を乗せる。
幽名が怒っているのは誰の目にも明らかだった。
☆ちゃんはアワアワしながら幽名の方を見ていたし、ガチャに夢中でヒートアップしていた小槌でさえも、冷や水を浴びせられて現実に引き戻されていた。
「ど、どったの姫ちゃん? お話って……ゲームのことよね?」
それでも小槌が今の幽名に果敢に質問を投げたのは、ひとえにこの案件を失敗させたくなかったからだろう。小槌は隣に座る幽名に、いいから落ち着けと必死にジェスチャーを繰り返していた。
しかし幽名はそんな小槌に冷たい一瞥をくれる。
「申し訳ございません、小槌様。今はゲームよりもっと大事な話があるのです。だから少しわたくしに時間をくださいませ」
「って言われても……」
小槌が珍しく本気で困惑した様子で、助けを求めるように俺の方に振り返った。
同時に幽名も強い意志の籠った視線を俺へと飛ばしてくる。
俺は迷わず幽名に対してだけ頷いて見せた。
小槌はしかめっ面になって、幽名はこちらに深くお辞儀をしてからマイクへと向き直った。
一発かましてやれ、幽名。
「この配信を見ているリスナーの皆様、今から少し真剣なお話をしますので、少しだけ傾聴のほど宜しくお願い致しますわ」
そう前置いた幽名は、背筋をピンと伸ばし、両手を膝の上に置いた姿勢で語り始めた。
「今回の配信の中で、一部のリスナー様がわたくしのお友達を悪し様に貶める発言を繰り返しているのが見受けられました」
今の幽名がどんな顔をしているのか俺には見えない。
だが少なくとも、配信に映る幽名姫依の2Dモデルはまったく笑っていなかった。
「他者に対してどんな感情を抱こうとも、それは個人の自由だとわたくしは思います。でも、これは違うと断言出来ますわ。こんな――」
そこで幽名は言葉を詰まらせた。
「――こんな、相手を傷付けるだけの言葉、わたくしは到底容認出来ませんわ」
幽名はハッキリと否定の意を示す。
「どうしてそんな風に相手を平気で傷付けることが出来るのですか? わたくしには理解出来ない、したくもない。こんなふうに嫌悪感で満たされるのは初めての感情ですわ。貴方がたは間違っている」
不理解、拒絶、嫌悪。
そして否定。
あの幽名からここまでネガティブな言葉が飛び出てくるとは誰が想像しただろうか。
今回の件はそれほどなのだと、全員が理解させられたことだろう。
「わたくしのお友達をこれ以上虚仮にするのは許しません。他人を傷付けるような発言しか出来ないのであれば、わたくしはそんな人間にこれ以上配信を見て欲しいとも思わない。消えてくださって結構ですわ」
案件配信で、見ているリスナーの一部に消えても構わないと宣言する。
それがどれほど企業に対するマイナスがあるのか、それを幽名が分かっているのかは微妙なところだ。
だがどんな結果になろうとも、俺は構わないと思った。
想いは同じだったから。
だから止めなかった。
「わたくしが言いたい事は以上ですわ。不快な思いをされた方には謝罪致します、申し訳御座いませんでした」
幽名が深く深く頭を下げる。
それは画面の向こう側のリスナーたちには見えない行為だ。
しかし例え画面越しだったとして、今幽名が言った言葉の重さだけは伝わったはずだ。
それほどまでに幽名の一言一句には感情が込められていた。
心が痛くなるくらいの、哀しみの感情が。
「ん……そうね、ありがとう姫ちゃん。頑張ったわね」
重苦しくなったスタジオで一番最初に沈黙を破ったのは、やはりと言うべきか小槌だった。
しかしその口から出た言葉は思いのほか優しさに溢れている。
小槌は隣の幽名の頭をそっと抱き寄せて、自分の胸にぎゅっと押し当てた。
「姫ちゃんにしては言葉が少し……わりと結構きつかったけど、あたしも大体はおんなじ意見よ」
幽名の頭をポンポンと子供をあやすように叩きながら、小槌が言う。
「あたしも匿名の場で好き勝手なこと言った経験があるから、言う側の気持ちも分からないでないわ。身につまされるってこういう事を指してるのかしらね、使い方あってる? ま、それはどうでも良いとして、あたしは今はこちら側よ」
こちら側とは、幽名と同じ立ち位置という意味だろう。
「姫ちゃんがあれだけ言った後にわざわざもう一度説教するつもりはないけど、誹謗中傷を垂れ流していたバカはこれ以上――」
そこまで言って、小槌は口を開けたまま唖然としたように固まった。
視線は配信のコメント欄に固定されている。
小槌の後頭部を眺めていた俺は、イヤな予感を感じながらも手元のタブレットに視線を落とす。
ドムガルの配信枠には、さきほどよりも更に多くの誹謗中傷が書き連ねられていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます